14話 翠幻の“無”剣
淡い緑色の力の発現と共に、アヤナとアスコの足元に現れた霊性の足場。
それは人の目には淡く光る円陣のように見え、質量こそないが、“霊性粒子に従う肉体”には反作用の踏み場となる。
アヤナがしゃがみ込み、一本の鉱筆を発現した足場に叩き込むと、それがトリガーかのように、アヤナの体は弾丸のような速さで弾かれ、敵に突撃した。
「———!!?」
磁力反応弾のような速度。おそらくはその戦場の誰もが、そんな現象を目の当たりにしたことはないだろう。
鉱筆の鉱物成分が触媒となり、干渉場に蓄積されたラムダ粒子を反応させ、磁力反射現象を引き起こす。
アスコの霊性干渉能力と空間のラムダ磁場を瞬時に見切り、干渉構造を構築する並外れた集解能力があってはじめてできる芸当であった。
およそ、並の術士を何人集めて長時間祈祷をさせても同じ現象は起こせないし、そもそも発想がない。
———質量を伴った高速移動は、その衝撃波だけで、目標地点にいる敵兵の一群を紙のように吹き飛ばした。
驚きによって一同の動きが固まる中、アヤナは目の前の敵兵に一瞬で駆け寄り、爆弾のような蹴り技で、瞬く間に打ち倒してしまう。
「……二度と剣は抜かねェって決めたんでな。お前ら運がよけりゃーー五体満足で帰れるぜ」
馬の足を思わせるような、筋肉の筋が妖しく艶めいた。
魔獣を思わす力の塊のような男の肉体に、片腕のみで抱え上げられた少女の儚げな美貌は、あまりにも不釣り合いである。
空いた右掌に挟み込まれた鉱筆の束。ひとまわりだけ、アヤナはぐるりと戦場を見渡すとーーーー再び、跳躍した。
◆
空が鳴った。
——矢雨。だが、単なる物理現象ではない。
銀に輝く弓列から放たれたそれは、空間に軌跡を刻みながら、波状の残響を撒き散らしていた。
一つ一つの矢が、軌道上に干渉の残滓を残し、視線を交わせば意志を乱し、命中せずとも弾道の近くをかすめれば、その余波は精神構造にまで波を打つ。
トゥライナが得意とする霊性加護を付与した斉射は、火装式銃砲が登場するまで、その射程と空間制圧力において、大陸随一と恐れられていた。
「……これは”弓道”の業に近いな。懐かしいものを見た」
高速跳躍で中空を矢の弾幕に突進しながら、アヤナは身を捻り、右腕を弾く。
滑り出た鉱筆の数本が、手裏剣さながらに空間に撃たれた。
それは一点を突き進み、やがて”空間の裂け目”の到達点で絶妙に銀の矢尻に衝突した瞬間。
何もない空中に雷鳴のような轟音が轟いた。
空間を切り裂くように発生したプラズマのような閃光が、矢の雨を一瞬にして黒炭にし、霊性反応ごと無効化する。
天を覆う矢幕が、ことごとく黒炭の粉塵へと還った。
「物理的紫電反応……!? 火装か!?」
「馬鹿な、彼奴らの火導は尽くを潰したはず——ッ!?」
その現象に動揺する敵中のど真ん中に、アヤナは着地する。
動揺が広がる。それは、むくりと虎が街路に現れたような、そんな視線だった。
アヤナはアスコを抱えたまま、よくも器用に、優美にも見えるようなゆったりした動作で片脚を天まで掲げた。
四股? いや、それよりは後ろ回し蹴りの途中動作に近い。
戦場の最中にあって、表演武術のような緩やかな動作。
一瞬の静止ののち、斧が叩き落ちるように大地を震脚が踏み鳴らした。
空気を裂くような“裂音”とともに、地が呻き、空間が脈動する。
噴、という丹田から爆縮するような気合声と共に蹴りの振動が伝播する。
霊性を媒介にした“重波動”が目に見えぬ圧として周囲に放たれる。
空間に漂う霊性粒子が激しく振動し、衝撃波によって空気ごと押し返された敵兵たちは、一斉に数メートルも吹き飛ばされる。
「——アスコ、どっちだ?」
「はい、霊性座標、主軸四九——正中ゼロ! 向かって右に22度、今、波切れてます!」
アスコの金髪が金の糸のように、緋色を帯びる金眼が、光の線を描くように靡いた気がした。
アヤナは声に導かれて身を翻し、一本の鉱筆を放つ。
敵群の眼前数メートルで霊性反応を起こし、空を裂くプラズマ反応が、またしても敵の一群を行動不能にする。




