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10/11

10話 火は、日常を焼き尽くす。

日刊ランクインさせて頂きました。誠にありがとうございます。大変制作の励みになります。

 レティシアは軽く顎を引いた。

 その言葉が空気に溶ける、その直後だった。


「急報――!!」


 会議室の扉が乱暴に開かれ、伝令将校が飛び込んでくる。肩で息をしながら、手には赤封の軍報。緊急・極秘・即時開封の三重指定。


「トゥライナ王国、国境方面軍が――展開を開始しましたッ! 現地の偵察隊より報告、規模は五万――火装兵、火装騎兵、並びに信仰騎士団、既に前衛展開中、明らかに“開戦配置”と断定されます!!!!」


 その場に、沈黙が落ちた。

 音が消えたようだった。本当に急所をつかれた時は、こういうふうになるのだろう。誰も言葉を発せられない。

 絶望的な報告と沈黙に対し、レティシアだけが鼻をふんと鳴らした。


「将軍、このままでは、こちらの火装部隊は再展開が間に合いません。都市機能が遮断された今、迎撃は……!」

「わかっている。全て想定の上だ。このファダリアのみで防衛に割ける兵力はどれほどになる?」

「……予備戦力をかき集めて、四千がやっとです」

「ふむ。通信網と移動手段を火装に依存していた体制が、完全に裏目に出たか。ガルバからの増援がおそらくは4日、本国からの援軍は、おそらく2週間はかかるな。だが、持たせるしかあるまい」


 レティシアは椅子を離れ、ゆっくりと窓の方へ歩いた。

 朝の気配。だが、空は曇っている。陽はまだ昇らない。

 靴音だけが、床にコツンと響いた。

 レティシアは振り返り、声を張った。


「状況は悪い、が、絶望ではない——ノルドレオンは未だ健在。これより、非常防衛体制を発令する!」


 椅子を押しのけ、部屋全体が立ち上がる。


「――諸君、心せよ。ここから先は、修羅場だぞ」


 ◆


 ノルドレオン・ファダリア市第二区・中央市街。 いつもなら朝の市が立ち、通勤者と市民が行き交うはずの時間帯だった。 だがこの日は、様子が違った。


「……え、まだ閉まってるの? 10時すぎてるよね?」

「さっき向こうで聞いた。店主が“火装が起動しない”って。冷蔵庫も、照明も、運搬も全部止まってるってさ」


 小さな騒めきが広がっていた。 人々の顔には、まだ“事態の深刻さ”は浮かんでいない。 だが、それが確実に日常の外側の音であることだけは、誰の心にも届いていた。


 通りの影に立つふたりの姿。 アスコとアヤナ。

 アスコは、小ぶりなバッグを抱えながら、少し肩をすくめて呟いた。


「……買い出しに来てみたら、これです」


  アヤナは返事をしなかった。 眉一つ動かさず、通りの先を見ている。


「参りました、料理炉に使う燃素材が切れかけてるのに……あ、見てください。あそこの照明も落ちてます」

「……ああ」


 返した声に、わずかな緊張が混じっていた。 アヤナの視線は、すでに市街の異常を読み取っていた。

 火装車の停止。干渉看板の明滅。 市民の動きが“集団ではなく断片”になりつつある兆し。


「……アヤナさん?」


 アスコが不安げに問いかける。 その横顔を、アヤナが静かに見た。


「……」


 しばし、何も言わない。 だがその目は、まるで何かを確認するように、アスコの顔を見つめていた。


「……アスコ、このままふけるか?」

「……え?」

「そうすればとりあえず……面倒ごとには巻き込まれずに済むかもしれねえ」


 アヤナの問いに、アスコは言葉を詰まらせる。 彼の目が、問いではなく、すでに“答えを知っている者の目”だったからだ。


 その目に気づいたとき、アスコもまた、知った。

 これから起こることが、日常ではないことを。


 彼は返答を待っている。アスコが逃げたいと言えば、彼はそれに従うだろう。


 アスコの瞳が、揺れる。 だが、それは震えではなかった。 “受け止めた者の光”に変わっていく。


「……そうだよな」


 アヤナは、わずかに目を細めた。


「国なんかどうでもいい。だが――」


 アヤナは視線を外し、再び街を見渡す。


「お前の仲間が巻き込まれてるなら……話は別だよな」


 その声は低く、乾いていた。 けれど確かに、そこには“戦う者の声”があった。

 口元だけが、わずかに不敵に笑った。

 アスコは、何も言わなかった。 ただ、アヤナの袖を、そっと掴んだ。


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