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30/30

捕食者狩りは後味悪し

「面舵40、方位340、左舷全速、右舷停止!」

「魚雷接近!」

「くそ、どこで向きが変わるかわからねぇ」

 ヤトヴィカは舌打ちする。

「総員、暴走魚雷が接近している。命中時の衝撃に備えよ」



 警報音を鳴らしてレフ大尉は女海賊を一瞥。

「少々追い立てすぎだ、ヤトヴィカ」

「うっせぇっ、敵がヘボ魚雷をケツに溜めてんのが悪いんだ」

「下品な言い訳だ」

 苦笑するバーカイトに女海賊は睨んでいる。

 魚雷は〈ヴァンダ〉の左舷を追い抜く。

「転舵!取り舵40、方位270。アスディック、敵はどう?」

「敵A、依然、方位250、距離500を真西に逃走中」

「追撃だよ、両舷第一戦速」

 西へ逃走する敵潜をヤトヴィカは仕留めるべく〈ヴァンダ〉を急行させようとした。

 まさにその時。



「魚雷だ。回避した魚雷がまたこっちに向かってくるぞ!」

「ダ————ッ!」

 伝令にヤトヴィカは吠えた。

「取り舵10、方位220」

 副長にヤトヴィカは吠えた。

「どうなってやがんだ、これはっ!」

 エリーにヤトヴィカは吠えた。

「やいっ!なんか隠してるだろ⁉」



 エリーはヤトヴィカに吠えられる。今にも炎を吐きそうな怪獣顔で。

 正直、げんなりする。

 なんで、うちが怒られるん。

 空を仰いで脱力する。

「確証もない新兵器の噂話がこうも次から次へ、出てくるなんて、想像できませんよ」

「で、あれは、なんなんだよっ」



「平面模索可変魚雷かと思われます。ジャイロを使って一定距離のジグザグ航そうを繰り返して、左右から艦船を襲撃できる魚雷です」

「なんでそんなもん敵は作ってるんだっ」

「それは駆逐艦に襲われたときの対策で———」

「わかったよぅっ、ええぇぇい、くそっ」

 女海賊は地団駄する。



「左右を行ったり来たりするんだな?」

 話を聞いたレフ大尉は海図台に速記で線を引いていく。

「相手も曲者だな。敵Aは6ノットで航行している自艦の頭上を魚雷が行き来するよう設定している」

「つまり爆雷は」

「———使えないな」



「いや、使ってやる」

「どうやって?」

「パターンは分かったんだ。後は速力とタイミングだ。アスディック、敵の位置、針路分かる?」

「方位330、距離500、依然、真西に逃走中」

「分かった。原速で奴のケツ100に付ける。それまで、せいぜい騙されたふうに翻弄されてやる」

 ヤトヴィカは再度、爆雷攻撃するよう見せかけて、ジグザグ魚雷を二度かわして、アスディックに追尾させた。

 そうして敵の後ろ、距離100に達すると



ジグザグ魚雷が転舵して右舷から接近しはじめる。

「両舷最大戦速!」

「アスディック目標消失」

「ジグザグ魚雷、接近コース!来ます」

「新たな魚雷2!方位220、距離1500、このままだと当たるぞっ」

 今まで放っておいた敵Cが襲ってきた。

 敵は連携して絶妙のタイミングで魚雷を放ってくる。

「構うな。フルでまっすぐ進め」

 間に合わない。

 エリーは直観で悟る。

 ジグザグ魚雷をかわせても敵Cの魚雷はかわせない。

 仮に転舵すれば、ジグザグ魚雷の餌食となる。



「おい、当たるぞ———」

 バーカイトが呻く。

 素人でも直撃コースであることは目に分かる。

 悟るバーカイトにエリーは首を振る。

「ヤトヴィカさんを信じます。それがうちの仕事です」

 女海賊は諦めてはいない。

 あの笑い。エリーは直観的に信じる。

「砲術長、回避補助、回避パターンA、急げ」

 ヤトヴィカは主砲準備を命じる。

 一体、なにをするの?

 エリーは呆気に囚われる。



「ジ、ジグザグ魚雷くるぞっ」

 最交尾の見張りは肝をつぶす。

 艦尾わずか5メートル、ジグザグ魚雷が突き抜ける。

「今だ、爆雷投下!」

「攻撃始め」

 爆雷投射機が勢いよく左右に爆雷を放っていく。

投下軌条からは6発。

「総員、衝撃波防御、パターンA。取り舵一杯。右舷全速、左舷後進一杯」 

 突然、艦首A、B砲が右舷へ、艦尾C、D砲が左舷を指向する。

 砲身はマイナスで海面。

「魚雷至近、直撃コース」

「姫、おっさん、伏せろ!」

 女海賊は一喝。

とっさに二人は甲板にへばりつく。

「主砲、全弾発射」

「撃て」

 発砲の衝撃と至近弾の衝撃が〈ヴァンダ〉を左に捻じ曲げる。

 巨大な水柱が艦首右舷と艦尾左舷に噴きあがって、甲板も艦橋も洗い流す。

 衝撃波に艦体が左に30度、いっきに転舵した。



「む、無茶だ。艦体が引き裂ける!」

 バーカイトは呻く。

 〈ヴァンダ〉は猛烈に左45度転針を果たしていた。

 流れ去る投下地点を一瞥してヤトヴィカは一言だけ

「次はCだ」



 告げぎわ、後ろから腹に響く衝撃波。

 海面が揺れる。

 巨大な白波が山々となって林立していく。

 敵Cの放った魚雷は右舷後方を虚しく流れ去っていく。

 敵Aがいる海面からは白く気泡が噴きあがって、甲板らしき木片が突き出ている。

 撃沈、或いは行動不能に追い込めたようだ。



「アスディック、ハイドロホン作動不能。故障だっ」

「前部B5、D3区画、浸水発生。後部G区画左舷でも浸水発生中」

 修理班は浸水箇所に翻弄されている。

 〈ヴァンダ〉は方位180のまま原速で進む。



「〈ワシリーサ〉より緊急連絡、敵C発見、敵は———」

「両舷最大戦速」

 命じてヤトヴィカは

「貸しな」

 伝令から通話機をひったくって

「こちらヤトヴィカ!」

「〈ヴァンダ〉、狙われてるぞ。敵は貴艦の前方、方位150、推定距離600、発射深度だ」

「潜望鏡視認、方位155」

「取り舵10、右舷全速、左舷停止」

「雷跡至近!」

 航跡が二発突っ込んでくる。

「助かったぜっ」

 ヤトヴィカは〈ワシリーサ〉に

「こっちはソナーが全部やられちまった。測距を頼む。それから、本艦を狙った魚雷だが、一定距離で変針してジグザグ航走するかもしれねぇ、気を付けろ」

 言ってるそばから、〈ヴァンダ〉が回避した魚雷2本は左に急変針する。



「測距なんてできるかっ」

 そうは言いつつも〈ワシリーサ〉はジグザグ魚雷を回避すると、方位30に急行してくれた。

 敵潜の位置を中継してくれる。

 ヤトヴィカは〈ヴァンダ〉を東に逃走する敵潜Cの頭上に張り付かせると、さっさと

 爆雷10発を投下して真北に変針した。

「最期だ、成仏しな」

 冷徹なまでに情け容赦ない死刑宣告の後、爆雷が炸裂して海面を真っ白に踊り狂わせる。

 あとに残ったのは気泡。

 どす黒く浮きあがる軽油の油膜。

「———また、殺めちまった」

 エリーは女海賊が目を伏すのを見逃さない。

 それは我に返った海賊の後味悪い懺悔のようであった。



「さっさと救助してずらかるぞ」

 女海賊は各艦に細かく指示を出す。

 撃沈はほぼ確実。

 仮にそうでなくても牽制はしている。

 電池切れで敵は潜航も限界。

 残雷は残っていても1、2発。

 これ以上の攻勢は敵も不可能だろう。



「もっとも、難民船を守れなかった時点で、あたしらの負けだ」

 興が冷めたように、ヤトヴィカ・ザイモイスキはため息をつくと

「少し疲れたよ。副長、あとの指揮は任せるよ」

 そう言って、艦長座に腰をすえる。

 後味悪い顔は神妙。

 ただ、ひたすら沈黙を貫いていた。


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