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新型魚雷は焼いても美味しくありません。

「右70、一斉転舵(てんだ)、方位170を指向」


 矢継ぎ早に発光信号を放つヤトヴィカ。

〈ヴァンダ〉を南南東に右転舵させる。

 魚雷が襲ってきた方位だ。



「敵は必ず襲ってくる。あたしらを狙ってな。そこに勝機がある」

 威風堂々、女海賊は意気込んでいる。

 が、エリーは不安を禁じ得ない。

〈ウィレム〉を襲った魚雷は視認できて、ニ十発はあったろうか。

 数は不明だ。

 けれど少なくとも6隻から10隻ぐらいいるかもしれない。

 4隻の小型艦で太刀打ちできる数には限界がある。

 それに敵の動向についてエリーは疑念を抱いてやまない。



 敵がある新兵器を配備しつつある。

 ルーベにいたとき、知りえた噂だ。

「どうか、誤報でありますように」

 思わずエリーは願っていた。



「気泡、発見!方位220から240、南西に、数4つ、距離、推定4500」

 見張りの示す先に確かに海面が白く泡ふいているのが見える。

「くそっ、推測距離を間違えた。敵はもっと近くにいやがった」

「あれが本物で、この距離だと、敵は西南西に逃走して左旋回しているか、はてまた北西から右旋回で我々を狙っている?」



「アスディックは?」

「感度無し」

 レフ大尉と女海賊は一計を案じる。

「やつらがその気なら、誘いに乗ってやろうじゃないか」

「騙されたフリか」

「敵がどういう性格か確かめる」

 ヤトヴィカは下命する。

「南西から北北西を重点的に捜索。敵の距離は至近だ。全艦、右転舵、方位300」

 ヤトヴィカの命令に戦隊は西北西に転舵していく。



 司令部の意識が西北西に向くなか、エリーはただ一人、南の方位をひたすら見据えている。

 あの噂が誤報でありますようにと。



 すると思いがけない人物から声がかかる。

「姫は、なぜ南を見ている?」

 問うてきたのはヤトヴィカ本人。

 エリーは呆気にとられて

「西南西の気泡は囮で、敵は依然、南に布陣していると———」

 思わず本音を口にし、エリーは後悔する。

 ヤトヴィカを真向から否定しているも同然。

 なのに女海賊は不敵に笑む。

「不思議なことを言う。気泡は敵潜が動いて逃げるときの囮だ。動かず、どうやって南から南西に泡を持っていく?」

「それは、特殊な魚雷で気泡を運んでいるからで」

「新兵器か?」

「ええ」

 女海賊は瞬時に声を張りあげた。

「全艦、最大戦速、面舵一杯!一斉転舵っ、回頭後、方位180を指向」



 聴音士の報告は同時だった。

「魚雷発射音多数!左舷、方位150から220!距離6000、急速接近中」

「このまま右回頭で魚雷回避。各員、雷跡を見逃すな」

ヤトヴィカは矢継ぎ早に

「アスディック、回頭後、方位150から210に捜索を集中」

「知ってたんですか?」

 エリーの問いに女海賊は南を見据えたまま

「この半年、敵潜に遭遇するたび、(だま)()ちにやられっぱなしさ、だが今度こそはな」

「ああぁ、だから」

「これですっきりした。姫、新兵器の正体はなんだい?」



 エリーは素直に可能性を示す。

過酸化水素(かさんかすいそ)燃焼推進(ねんしょうすいしん)魚雷かもです」

「なにそれ?焼いたら美味しいのか?」

 意気揚々と、ふざけるヤトヴィカ。

 エリーは真剣に焦る。

「航跡が見えない魚雷ですよ。焼いても美味しくありませんよ」

「そうか、喰えねぇボラかぁ」

「一定距離に達すると圧縮空気と燃焼ガスを纏めて噴射して気泡を発生させます。敵潜水艦(ゼーヴォルフ)はこれを使うよう、攪乱(かくらん)戦術を構築しつつある。そう聞いたことがあります」



 そのとき、マストの見張りが叫んだ。

「雷跡至近、方位140、数4、うぁっ、速い」

「新たな雷跡!方位150、数4、急速接近!」

 合計8発もの雷跡が、右回頭する〈ヴァンダ〉の左舷を4発づつ、同行線上に流れ去っていく。

「なんて速さだ。50ノットは出てるぞ」

「航跡もほとんど見えねぇ」

 皆どよめいている。

 距離はわずか100メートル。



 平静なレフ大尉も、さすがに一言

「転舵が遅かったら」

「間に合ってねぇ。けど、今回は付いてる」

 ヤトヴィカはエリーにウィンクしてみせる。

 (はり)(こぶし)を打ちつけ、相変わらずでかい声で

「方位200、回頭次第、原速に戻す。聴音室、準備良いかい。原速に戻したとき、次が(魚雷)来るよ。必ず頼んだよ」

「よーそろ」


〈ヴァンダ〉が右に一回転するなか、〈ワシリーサ〉〈スクプ〉〈ドラテフカ〉の3隻から雷跡の報告が次々舞い込んでくる。

 レフ大尉が海図台に線を引くと、女海賊は

「前方5000、8隻だな」

 ヤトヴィカは断言する。

「幅はざっと4000、右斜め斜線陣(しゃせんじん)で二列に並んでやがら」

 エリーは驚かずにいられない。

 さっきの雷撃から、敵の位置と数と陣形まで瞬時に導いていている。

 このお姉さんは伊達ではない。



 アスディックが敵を見つける一分前、女海賊は僚艦に指示する。

「雷撃が来るぞ。各艦転舵、本艦と〈ワシリーサ〉は面舵30、方位260、〈スクプ〉と〈ドラテフカ〉は左舷、方位140に転舵しな」

 4隻は回頭して急接近する。

 このままでは衝突の危険がある。まさにその時。



「魚雷音接近!数4、方位230から240」

「雷跡発見!左舷前方、雷跡2、方位230、続いて雷跡2、方位240、急速接近!」

「右舷前方に雷跡4、距離400、横切ります」

「右舷後方に雷跡4、距離300、同じく横切る」

 見張りの報告。

 各艦の連絡。

 合計16発の魚雷が襲ってきている。



「感あり!反響音4つ!方位135、150、165、180、距離2000」

 ようやくアスディックが敵潜を捕捉した。

 しかし雷撃が迫ってくる。



「〈スクプ〉、〈ドラテフカ〉、本艦前方400、及び後方300、雷跡がそっちに向かってるぞ」

 ヤトヴィカは続けざま

「取り舵10、左舷停止、右舷全速」

〈ヴァンダ〉も左舷の魚雷を回避すべく、ヤトヴィカの意のままに回頭する。

「当て舵10、回頭やめ、原針路保持、両舷原速」

 薄白い航跡が二本、〈ヴァンダ〉の右舷を猛スピードで流れていく。

「次が来る」



 女海賊は次の雷撃を見越して

「取り舵40、方位170、〈ワシリーサ〉付いて来れる?」

「こっちも魚雷回避中。回避後、続行する」

「了解だ」

「こちら〈スクプ〉、敵潜発見、方位230から250に4隻」

「どんぴしゃ」

 ヤトヴィカは狼のように高笑う。

「そっちの敵は任せる、お宅らで、せいぜい振り回してやってくれ」

「承知した」

「左舷に新たな雷跡接近!方位165、数2、方位180にも数2」

「こちら〈ドラテフカ〉、方位250、255から魚雷接近、回避中」

 左舷も右舷も敵潜の放つ雷跡に囲まれ、フサリスカ戦隊は密集してしまい、気付けば半包囲されつつある。



 四度目の雷撃に、さすがのバーカイトも

「大丈夫なのか?これ?」

「大丈夫です」

 エリーは心を落ち着かせて、不敵に言って見せる。

「操艦と速力でこちらは敵を圧倒しています。敵はヤトヴィカさんの前進に翻弄されています。現に敵は難民船の攻撃など構っていられない状況です」



 もっとも内心エリーも呆気にとられている。

 猛烈な敵の雷撃。

 さすがに敵の術中にあるのではと不安にもなる。

 しかし口には出さない。

 なぜなら女海賊は笑っている。

 あの猛獣なつり笑いは勝利を確信している証だ。

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