朝焼け
10月12日、〇六〇〇時。
武装特設船〈グダンスク〉船橋にて。
「おめでと」
ティーセットを海図台に置いて、副官兼護衛係は熱々のティーポットをマグカップに傾ける。
すると紅色の熱湯が流れだし、白い湯気が海図台にふわふわ広がる。
紅茶の甘い香りが船橋のなかを包み込む。
「殿下、ウェスティッシュ・ブレックファーストです」
おもわず滲むようにエリーは微笑みがもれてしまう。
「嬉しいかも」
疲労と眠気に耐え続けて、早く解放されたい気持ちが過るなか、さりげなく気遣ってくれる人がここにいる。
エリーは安らぎとも信頼ともいえない気持ちを抱いてしまう。
この人がいなかったら、うちはここまで来れたただろうか?
どうも無理な気がする。
いやいや、彼に甘えるな、うち。
目をつむって気を引き締めると、微笑んで見せる。
ルイは慣れた手つきでマグカップに角砂糖一つ。
スプーンを廻して、牛乳入りの小さなポットを傾けた。
牛乳と混ざり合ってはじめて紅茶といえるものが出来上がる。
「さぁ、正々堂々、くそじじいどもにデカい面を見せてやろうぜ」
いままで堪りあげたうっぷんを吐きだすように、意気揚々、ルイは屈託ない笑顔でマグカップを手渡してきた。
ブルーベリージャムとクリームのスコーンも用意してある。
エリーは頷いて受けとる。
熱々の一口に含んで喉に落とす。
身体が軽くなるように目覚め、甘美すぎて思わず一気に飲んでしまう。
「ぷはっ」と白い息がもれる。
「感謝だよ、ル、いえ、マルブール少尉———」
やっつけの武装船と痛んだ水雷艇だけで、一〇隻のルーベ船を奪ったのだ。
フサリスカ人にとってもウェス人にとっても大きな勝利である。
無論、これはエリーにとっても独立戦力の指揮官として大いなる戦果であった。
「けれど、まだ終わってないし、始まったばかりだよ」
エリーは不安だった。
疲れ果てているが、興奮と緊張を解けるほど余裕はない。
ルーベ軍はその気になれば、自分たちを軽く叩き潰せるほど強大。
ねずみとライオンぐらい差がある。
「乾杯するのは、ノールハーゲンに投錨してから。ちがうちがう、難民を運び終えてから、ううん、やっぱりウェストリアに帰ってから」
「戦争が終わるまで、乾杯できそうにないな、こりゃ」
「そうすべきかも」
「やれやれ」
ルイはジャムとクリームたっぷりに塗りたくったスコーンをエリーに手渡すと、自分もそのまま同じものを口に頬張って、紅茶を飲む。
「う~ん、こりゃ格別だな」
そう言いつつ、船橋の当直組にマグカップを手渡していく。
「ほぅ、これが本格的なウェス紅茶か」
〈グダンスク〉のラニツキ船長が黒髭をベージュ色に塗らして
「良い朝の一杯だ」
と一気に飲み干した。
「だが、今日は早く帰ったほうが良いな」と漏らす。
というのも、左舷側の霞んだ水平線から夕陽色の太陽が昇りだしていた。
朝焼けである。
天候は薄曇りで細かい雲が連なっている。
どうやら今日は天候が悪化するようだ。
「帰ったら、まず昼寝かなぁ」
悪天なら、やることも無く寝れるかもと、ルイは淡い希望的観測を夢見ていた。
〈グダンスク〉の左右には、水雷艇〈スクプ〉と対潜特設艦〈シュトヴィカ〉の二隻が波頭に見え隠れしている。後方には〈クラクス〉〈オストラヴァ〉と捕獲した客船、貨客船が九隻、そして最後尾を水雷艇〈ドラテフカ〉が守っている。
特設武装船〈グダンスク〉はカタパルトから今日一番の哨戒飛行艇を発進させようとしていた。
時刻は夜明けどき、〇六四〇時。
はるか前方の水平線上に、二本煙突の巨大な客船と、それを守る特設艦と駆逐艦が見えている。
自由フサリスカ戦隊は合流を果たそうとしていた。




