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13/30

紙と筆の分遣艦隊

 誰もいない控室。

 扉を閉めるとエリーは無言で固まっている。

 不安そうな顔。

 なるほど。

 この控えめな雰囲気は、高貴と言えば、見えなくもないが。

 俯いて、話しあぐねているよう。

「お姫様!」

「は、はい」

 ルイは微笑んでみせる。

「やっぱりお姫様か」

「ごめん———」

「今さら謝らなくて良いよ」

 ルイは畏まる気はない。



 正直、疲れ果てている。

 驚きもしない。

「自然体でいてほしい。今まで通り。それとも、この数日間のエリーは演技だったのかい?だったら本当のエリーでいてほしい」

 エリーは首を横にふる。

「あれが普通だし、今も普通」

 エリーはきっぱりと

「うちはこれ以上でもこれ以下でもないよ。王族とか言っても、ウェストリアの田舎育ちだし、公務もあまり経験ないし…」

 不安そうな声色がだんだん尻すぼみしてくる。



 正直ルイはほっとする。

「安心した」

 目の前にいるのは、どこをどう見ても自然体のエリーである。

 それにしても



「どうして海軍士官をやってる?」

「兵役に就かないといけないから。うちの国、王族は三年間の義務だから。それだったら、外国を見て回れる海軍士官が良いかと思って。なれたのは予備士官だったけれど」

「そういうことか」

 王族は王族で縛りが多くて大変らしい。



「それで、お婆さんは女王なのか」

 言っておいてルイは疑問に思う。

「う~ん?マーシア王国女王の孫でベリック分王国(ぶんおうこく)の王女?」

「うちのお(ばあ)ぁ———、うう~ん、祖母は女王と言ってもマーシア王国の女王。ウェストリアは連立王国(れんりつおうこく)だから。王国が十個あるし、分王国(ぶんおうこく)や公国は三十個ぐらいあるかな」

 ウェストリアの成り立ちは、かなりややこしい。

 なのでエリーは、かなり、かいつまんで教えてくれた。



「マーシアはウェストリア連立王国(れんりつおうこく)十邦(じゅっぽう)の一つ。ベリックはマーシアの分国(ぶんこく)。ベリックの王は代々マーシアの長子(ちょうし)が継ぐの。なので、うちのお母さんはベリックの女王、だから二重性のベリック=マーシアが性」

 一般にはベリック家と呼ばれるらしい。

 何やら複雑な歴史をルイは感じる。

 王侯貴族の名前が長ったらしいのは世の常だが。



「うちの正式な名は、ソフィー・エセルフレッド。公にはソフィーの名でとおってる。けれど家族や親しい人はエセルフレッド、略してエリーでとおってる」

「だからエリーか」

 言っておいてルイは気付いた。

 エリーにエリーと呼んでほしいと告げられた時のことを。

 思い出して胸に右手を当てる。

「光栄だね」

 ルイは会釈する。

「こんな俺で良ければ」



 対するエリーは

「こんなうちで、申し訳ないけれど」

 さっきから始終沈んでいる。

 不安を隠そうと頑張っているのがわかる。

「ルイ、うちに力を貸してください。うちは誰がどう呼ぼうと、一介の海尉心得(かいいこころえ)だし、その経験しか持ち合わせていない。王女も代将(だいしょう)(くらい)も今は分不相応だよ。まして何万もの人たちを救い出す力なんて、今のうちにはない。だから力を貸してください、ルイ・マルブール」



 ルイは今さらだと思う。

 念押すように

「言っただろ、君を守るって」

 諸手をあげて笑ってみせる。

「———しかもどっかの誰かのせいで、余計なお世話なのに、身命を賭して守れなんて命令まであるんだ。もう俺は追い詰められて行き場がないんだ。こんな俺で良ければ、なんなりとお申し付けをエリー」

「感謝します。ルイ・マルブール」

 エリーは深々と頭を下げた。

「頭をあげてエリー。こんな俺でも出来ることがいくつかある。まずは差し当たって、(ふね)だ。それも戦隊を味方に組み込まないといけない」

 ルイは急いでいる。

 あまり時間がないのだ。



「殿下、上着の仕立てができあがりました」

 やってきたのは玄関にいた近衛軍曹(このえぐんそう)である。

 ジェシカ・オハラ近衛軍曹。

 他ならぬ、大使館でエリーを逃がすため、抜け道を案内した使用人である。

 その正体は、選抜(せんばつ)近衛連隊(このえれんたい)所属の軍旗持ちである。



 エリーは上着を受け取ると、すぐに羽織る。

 海尉心得の上着に代将をあらわす太い金糸の裾章。

 即席でも綺麗に縫われている。

「助かります。ジェシカさん」

「十年もやれば、誰でもできますよ」

 意気消沈気味のエリーにも近衛軍曹は動じない。

 淡々と一礼して

「なにか有れば、すぐにお呼びください」

 軍曹は、始終ルイを睨んでいた。



 年若い主が、得体も知れない男を招いたものだから、凄腕槍使いのお姉さんは始終ルイを睨んでいた。

「すっかり目ぇつけられちゃったなぁ」

 ルイは苦笑する。

 エリーはそれどころではない。

「艦の話、信じて良いんだよね?」

 不安で今にも泣きそうなほど追い詰められた顔でエリーはルイを見つめている。

「信じて大丈夫?なんだよね?ほんとに?」

 必ず手に入る保証はない。

 だが、あやふやな態度でエリーを不安がらせる訳にはいかない。

 ルイは右こぶしを力強く胸に当てて言い切った。

「大丈夫、任せてくれ」

「わかった。ルイがそう言うのなら、会ってもらいたい人たちがいるの」



 エリーに連れられルイは大広間の前に通された。

「待ってください。話はまだ終わってませんよ」

 部屋のなかから甲高い女性の声が響いてくる。

 と思うといきなり扉を開いて男が二人飛びでてきた。

「我々の話は終わりだ。難民の管理は貴国に一任する」

 邪険に吐き捨て、逃げるように立ち去ろうとするのは、グリュッセン海軍の大佐で、ルイは見覚えがあった。

 確か、戦艦の副長を転々としている男だ。

 一瞬、見下したような冷たい視線を浴びせて男は立去っていった。



 もう一人の青年大尉、こちらもルイは見覚えがあった。

 いや見覚えどころか、互いをよく知る相手だった。

「マールじゃないか」

「パウルか、元気そうで」

 ルイは驚いたが相手はそうでもなかった。

「待ってたんだよ、帰ってくるの」

「やめてくれ、歓迎されてないんだ」

 再開になごむ二人を不思議そうな視線で見つめるウェス軍の小さな将官に大尉は気付いたらしい。

 直立不動、俊敏な動きで敬礼する。

「グリュッセン海軍北部海域防衛司令部付パウル・イェンセン大尉であります」

「エセルフレッド・ベリックです」

 落ちつきをはらった優雅な答礼でエリーはお返しした。

 高貴な微笑みをたたえて。



「二人はお知りあいなんですね」

 ルイは砕けた笑みをみせて、イェンセンを締め上げた。

「うちの出世頭だ」

「ああ、やめて、恐れ多い」

 笑って腕を締め上げるルイに大尉は失笑して腕をふり払うと小声で

「ごめん、ちょっとバツが悪いんで、今日は引き上げるね」

 そう言って大尉は愛想笑いを浮かべたまま、足早に去っていった。

「ったく、何がバツが悪いですか」

 大広間から、甲高い声がかえってきた。



「バツが悪いなんて言ってる状況じゃないのに」

 甲高く澄んだ声を発して仁王立ちのメガネを掛けた———

「小学生?」

「グギャァァァ——————————ァッ」

 たちどころにメガネ小学生はルイに殴りかかってきた。

「なんなんですかっ、この国はっ⁉グリュッセンにはまともな奴が、いらっしゃらないんですかっ⁉失礼ですよっ、これでも二十九、大人ですぅぅっ。今すぐその手を除けて、わたしに一発殴らしなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ、エセルっ、その手を放してぇぇぇぇぇぇっ」

 暴れる臨時公使閣下をエリーは取り押さえて、なだめるのに三分ほど要した。



「えぇぇっと、こちらエミリア・コレットさん、臨時公使閣下です」

 苦笑交じりにエリーは紹介した。

 ふて腐れる公使閣下は野菜たっぷりのハムサンドを口にすると、紅茶を一気飲みして隈を作った涙目で睨みつけてきた。

「はんっ⁉どうせ交渉相手にもならない小学生ですよおぅ」

「ルイ・マルブールです。ご無礼をお許しください、ええっと公使閣下?」

「許しますよぅっ、こんちくしょう!みんな揃いも揃って自分の保身ばかり、やる気は無いし、身勝手極まりないし、文句や不平ばかり、この国はなんなんです?あなたたちは何者ですか?ルーベ軍の回し者ですか?」

「返す言葉なく申し訳ないです」

「だいたい、わたしはメドヴェージア担当なのに、なんでこんな国で尻ぬぐいしないといけないんですか?」



「仕方ないだろ、たまたま近隣で呼べる優秀な奴がお前さんしか居なかったんだから」

 仕事を片付けたのかベレー帽を被った野戦服の大男がようやく部屋に戻ってきた。

 ルイはこの大男と話す必要がある。

 あのクソ提督をたやすくおちょくったウェス軍の大男だ。

 はたして話が通じる相手であれば良いのだが。

 けれど今さら引き返す訳にもいかない。

 姿勢を正してルイは大男に敬礼した。

「ルイ・マルブールです」

 大男は待っていたと言わんばかりに答礼した。

「ウォリス・バーカイトだ。婆さんが寄こした小僧っ子とはお前さんだな。なんでもさっそく司令部を追い出されて、路頭にふらつく非行少年らしい」

「それに関して中佐にお話したい重要な要件があります。(ふね)を用意できます」

「ほ~ぅ、興味深い。詳しく聞こうじゃねぇか。だが、話す相手は俺だけじゃない。こっちの臨時公使閣下に裁断を仰がねぇとならねぇからな」



 振られた公使閣下は机をバシバシ叩いて

「はんっ、よいしょされても、ぜんぜん嬉しくないですよ。ようは都合のいい捨て駒じゃないですか。どうするんですか?もう渡航許可証の発給、やちゃってるんですよ。フサリスカの難民、五千人分発給するって約束しちゃったんです。一、二隻、船が手に入っても運べる数じゃないですよ」

 フサリスカ人と聞いてルイは偶然に驚く。

「それは本当なのか?」

「嘘だったら嬉しいですよ、こんちくしょーめぇっ」

「それなら好都合だ。難民を運ぶ(ふね)はフサリスカ人が動かしている」



 聞いてバーカイトが目を細めた。

「ほぉぅ、(フェリー)と言わずに(ウォーシップ)と言ったか?詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか?坊主」

 ルイは総司令部を追い出された後の経緯を話す。

 自由フサリスカ軍の戦隊が窮地に立たされていること。

「身命を()して、あらゆる手段を払って構わないと言われました。エセルフレッド・ベリックを守ること。それが俺に与えられた無期限の任務です。すでにクソ提督の不興をかって、厄介払い同然の身です。人命救助に即して辿るなら、もはやエリー、いえ、ベリック殿下に従うしかないと、覚悟を決めています。この提案、どうか取り入れていただけないでしょうか」



「クリスの婆さんから聞いたが、問題児だな、お前さん」

「人を助けるときは手段を選ぶな、あらゆる手段を模索し掴みとれ。それがクリスからの習わしです」

「なるほど、あの婆さんが見込んだ男だ」

 バーカイトはルイを睨んだ。

「お前さんは、四十万人の難民を一個戦隊で運べる勝算があるのか?一週間で」

「ありません」

 ルイはきっぱりと答えた。

不可能だ。

「ですが、今は一個戦隊で構わないです。海峡を渡るだけなら漁船でも構わないです」

「漁船で事足りるとは、随分、大きく出たな」

「それで充分なんです。味方の船は当てにならない。友軍は船を寄越せない。けれど船なら対岸にいくらでもいるのですから」



 バーカイトは若者の浅知恵と言わんばかりに失笑した。

「残念だが、中立国の船は当てにならんぞ。ヒースランドは戦火に巻き込まれたくない一心だ。一隻たりとて出さんだろう」

「ヒースランドなんて当てにしていません。敵潜が怖い奴らなんていりません。ヒースには、ほかにもたくさん船がいるじゃないですか。例えば俺たちがヒース海峡にいるせいでルーベ海を渡ることもできず、足止めされている船とか」



「おいおい、まさかとは思うが」

「幸い、亡国の追いつめられた、やけっぱちの義勇兵がここにはたくさん燻ぶっています。駆逐艦と水雷艇と仮装巡洋艦が手に入るんです。漁船以上に頼もしい大戦力だ」

「お前さん正気か?」

「正気じゃこの戦い、生き残れないですよ、中佐」

 不敵にルイは睨んだ。



 バーカイトはほくそ笑む。

「負けが確定した国の若造から、その言葉を聞くとは思いもしなかった」

「グリュッセンは負けません。俺が戦っている限り負けていない。過程はともかく要は最後に勝っていればいいのです。船の上で切り込みが出来ないなんて言わせませんよ」

 あの反抗的な目つきでルイはバーカイトを射抜いていた。

「この小僧め、大言壮語を吐きやがって」

大男は険しい顔を見せた。

「いいだろ、そこまで言うんだ、貴様に先陣を切ってもらう。だが、その前に、船を雇うも奪うも決めるのは俺じゃないし、お前さんでもないんだ」



 バーカイトとルイが仰いだ相手は小さな女性二人。

 うちメガネを掛けた公使閣下は始終ふて腐れ気味に

「制服組が勝てると思うなら、お任せしますよ。どうせダメ元なんですから」

 と言ってコレットはエリーを見ている。

 分遣軍(ぶんけんぐん)司令官にして、分遣艦隊(ぶんけんかんたい)司令官はエリーだ。

たとえ紙切れの筆で書かれた分遣艦隊であろうとも、司令官はエリーだった。

 小さな代将殿下に注目が集まるなか、エリーの腹の内は最初から決まっている。

 一刻も無駄にはできない。

 この二人が勝てると見込んでいるなら、勝算はあると。

「至急、戦隊との折衝を持ちましょう。グリュッセン側よりも早く」

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