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彼のロボット

作者: 雉白書屋

「なんだ、これだけか? 町内会長」


 ある休日、彼は広場に集まった人々を見回しながら、町内会長に訊ねた。


「いやあ、そうは言ってもね、あんた。発明家ていったって、実績がないんだから、しょうがないじゃないか」


 そう、彼は発明家だった。この日、町内会長に頼み込み、町の住民を広場に集めてもらったのだ。主婦に子供にお年寄り、スーパーやバス停で見かけた顔ぶれだ。それぞれ所在なく立っている。


「ふん……まあ、最初はこんなもんでいいか。偉大な発明というものは、必ず世に広まるものだからな」


「あ、ちなみに今回は避難訓練のついでだからね。手短に頼むよ。家で見たい番組があるって、帰りたがってる人もいるんだから。それから、変なものを出さないでよ。子供やお年寄りがいるんだからさ。ただでさえ、あんたは変わり者って噂が立ってるんだし、もっとちゃんとしてさ。でないと、ますます浮いちゃうよ。だいたい、もういい歳なんだから奇抜なことはほどほどにして、もっと――」


「わかった、わかったから! まったく……えー、皆さん!」


 彼は胸を張り、隣に置いた大きな箱を指差した。


「私はついに! 世の中を変える発明を成し遂げました! それを今日、特別に皆さんにお見せします!」


 それなりの大きさの箱だ。何が入っているのか気になっていた人もいたのだろう。小さなざわめきが広がった。

 彼はその空気を察し、にやりと笑うと、自信満々に箱を開けた。中から現れたのは――


「ロボットです! どうですか皆さん!」


 彼は両手を広げ、鼻をプクッと膨らませた。どよめきと歓声、そして拍手を想像した――が、反応は薄かった。


「そのロボット……不格好だけど、ちゃんと動くのかい?」


 最前列にいた中年の男性が眉をひそめて言った。

 ロボットはちょうど中学生くらいの背丈だった。全体はくすんだ白色で、古びた炊飯器のような妙に生活感のある外観をしていた。


「もちろんですとも! さあ、スイッチを入れてみせましょう!」


 彼がロボットの首の後ろのスイッチを押すと、ギシギシと、ロボットの関節から錆びた金属が擦れるような不快な音が鳴り、住民たちは思わず耳を塞いだ。


「ぎこちないなあ。走れるのかい?」

「いいえ、走れません」


「空は飛べる?」

「いいえ、飛べません」


「重いものを運べる?」

「いいえ、運べません」


「今朝トースターが壊れたんだが、修理できるか?」

「いいえ、直せません」


「喋れるの?」

「いいえ、喋れません」


「じゃあ、料理は?」

「それも、できません」


 質問のたびに否定が続き、場に満ちていた期待はみるみる重たい失望へと変わった。そして、苛立った住民の一人が声を荒げた。


「じゃあ、いったい何ができるんだよ!」


 彼は口ごもり、目を泳がせながら言った。


「いや、何がといいますか……ほら、こうして動いているだけでも、すごいじゃないですか!」


 住人たちのため息が重なった。確かに、二足歩行のロボットを目の当たりにするのは初めてだった。だが、それだけではこの冷ややかな反応も無理もない。テレビやネットで、もっと洗練されたデザインのロボットをいくらでも見られる。

 興味を失った人々は次々に立ち去り、広場はあっという間に閑散とした。

 彼はしょんぼりとして、ロボット共に家へ戻った。お気に入りのソファに深く腰を沈め、大きなため息をついた。それからロボットをちらりと見て、呟いた。


「もっと、人々から称賛されるような発明がしたい……」


 そのときだった。突然、ロボットが彼の腕をぐいと引いた。


「な、なんだ?」


 戸惑う彼におかまいなしに、ロボットはずんずんと家の外へ連れ出した。そして、近所の家のドアを叩き始めた。


「はいはいはい、あら、また……。なんの御用ですか?」


 玄関を開けた主婦が眉をひそめた。


「いや、用というか、このロボットが……」


「何よもう、今、夕飯の支度を始めようとしたとこで忙しいのに……。あっ、暇なら子供たちの相手をしてくれません? さっきロボットの話をしたら『見たーい』って言ってたし」


「え、はあ……」


 彼は家に上がり、子供たちにロボットの説明をして、遊びに付き合った。ロボットはぎこちなく動くだけで、ほとんど役に立たなかったが、子供たちはそれを面白がった。


「ありがとね。助かったわ」


 主婦から感謝され、家を後にすると、またロボットが彼の腕を引いた。今度は別の家へ。そして、またドアを叩く。次々と家を訪ねて回り、彼はその都度手助けをした。不思議なことに、どの家もちょうど人手が足りない状況だったのだ。

 夜になり、ようやく帰宅した彼は電気もつけず、どっとソファに身を預け、大きく息をついた。 

 だが、その顔はとても満足げだった。


 ――ありがとう。おかげで助かったわ。

 ――あんた、変人だと思ってたけど、案外いい人だな!

 ――おお、直ったのか! 手先が器用なんだな。さすが博士! 

 ――ありがとう! 楽しかったよ!


 思い返すたび、声が蘇る。彼はようやく気づいた。自分が本当に求めていたのは、称賛や尊敬の念ではない。人と人とのつながり、互いに助け合うことだったのだ、と。

 このロボットは決して高性能な機械ではない。だが、望みを叶えてくれた。人々に慕われるという、彼の夢を――。


「しかし、さすがに少し疲れたな……。お前も少しくらい手を貸してくれたらよかったのに。ほとんど私が働いていたじゃないか。……まあ、仕方ないか。できることはないだろうしなあ……」


 彼は大きなあくびを一つして、目を閉じた。

 ロボットはじっと彼を見つめたあと、踵を返して家を出ていった。

 それから少し経ち、外から悲鳴が響いた。

 彼は飛び起き、思わず窓の外を見つめた。静寂――街灯の光がぼんやりと差し込む暗い部屋で、時計の針の音だけがカチカチと響く。耳を澄ましても、それ以上の音は聞こえなかった。

 今のは夢か――そう思ったそのとき、玄関のドアが開く音がした。

 ロボットが戻ってきた。彼に歩み寄り、ゆっくりと手を差し出す。

 次の瞬間、何かがぼとっと床に落ちた。


 それは人間の手だった。

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