p.1 「誕生日」
出会いがあった。
この先の人生を捧げてもいいと思えるほどの感動を得た。
出会いがあった。
6歳の誕生日、身体に染み入る夏より暑い情熱を見た。
出会いがあった!
夢を見つけた!
だから!
今日も僕は気になるあの子を「放課後でーと」に誘うのだ!
――――――――――――――――――――――――
………なさい
……きなさい
「レイト!起きなさい!」
「ひゃい!」
ふわふわとした眠りの外から刺すような怒声。
母、アンナの声でベッドから飛び起きる少年、名をレイトという。今日で6歳になる。
「はぁ、早く着替えて降りてきなさい」
「ワカリマシタ!」
「バカやってないで早くしなさい…」
ため息交じりに言うアンナと眠気が残るレイト。アンナは呆れたような台詞を残し、レイトの寝室から1階の居間へ降りていく。
「ビックリした」
たたき起こされたレイトは今の心境を吐露する。
彼の父親譲りの栗色の髪は寝ぐせで乱れ、母親譲りの碧眼は未だ焦点を定めない。
瞼をこすりながら意を決し、レイトは夏夜の暑さでびしょ濡れになった肌着と下着を素早く脱ぐ。
「昨日の夜は暑かったな、」
レイトは部屋の隅にある大きい籠の中から適当な衣服を取り出す。
「けど、今日は誕生日!いっぱい楽しむぞー!」
レイトは服を鷲づかんだまま、眠気を吹き飛ばすように大声を出す。しかし、調子に乗りすぎたレイトにアンナが冷や水をかける。
「早く来なさい!」
「ひゃい!」
アンナの怒鳴り声が一階の天井を貫いた。
「は、早くおりなきゃ」
――――――――――――――――――――――――
「ふぅーくったくったぁ、朝からおかずちょっと多かったし、やっぱ誕生日さいこうだなぁ」
「レイト!いっぱい食べると大きくなれるぞ!」
レイトの呟きに若干ズレた返事をするこの男はレイトの父、リック。リックはこの街〈ディサァート〉の守衛隊長、だからなのか声がとても大きい。
「リック、今日は休みなの?」
「いや、今日は午前中は兵舎にいないといけない」
「そう、家事でも頼もうかと思ったけど無理そうね」
「無理だな!そういうのは不器用すぎて出来ない!」
「元気に言うことでも無いわ」
元気よくそう宣言し、仕度を始めるリックにため息をつくアンナ。
「レイト、午前中は家事をするからお昼を食べてから大通りに行きましょう」
「なにしに行くの?」
「何って、あなたの誕生日プレゼントを買いに行くのよ、それともいらないのかしら?」
「うそうそ、いるいる!」
「それまでは………………外に行ってなさい……」
「えーーーーそとぉーあついぃーー」
「………まぁ、昨日みたいに邪魔しないなら良いわ」
「ウッ、ソト……イッテキマス」
レイトは昨日、家事の邪魔をして家から追い出されるほど怒らせてしまった事を思い出す。
「行ってきます!!」
「「いってらしゃい」」
不意を突くようなリックの声に反応するレイトとアンナ。そして、リックは仕事へと出かけていった。
「じゃあ、遊びに行ってくる!」
「そう、お昼時には帰ってくるのよ」
「わかったぁー」
――――――――――――――――――――――――
勇んで家を出たレイトだったが友達と約束などもなく、一人ではやりたいことも思いつかなった。
「何しよう……そうだ、おじさんのとこに行こうかな」
レイトはそう呟いて近く空き地へと向かう。
「おーい!おじさーん!」
「ん?レイトか、涼みに来たのか?」
「うん!今日もあついしね」
夏は暑い。
それはどこであっても変わらないだろう。
この世界では涼をとる手段として一般的なのは「魔法」である。夏になれば魔法の使える大人の周りに子供が集まるのが風物詩なのだ。
その中でも使える者も巧く使える者も少ない「氷魔法」。
それをこの空き地で何の見返りも求めず子供たちに使う、この経歴不明の青年、名をアレンという。
レイト曰く、髭が生えていて、いつもくたびれてるから「おじさん」らしい。
「あーーすずしーーい」
「凄くだらけた顔してるな、レイト?」
「だってぇー家の中も外もあついしぃーー」
「冷房の魔道具はどうしたんだ?」
「まどおぐはせっせぇーだっていって切ってるんだもん」
近年の魔導技術の発達は目覚ましく庶民がそこそこ安価で買える魔道具が普及している。しかし、性能には目をつぶることとする。
冷房の魔道具は手乗りサイズの魔道具で家を全体をそこそこ涼しくできるくらいの出力と引き換えに、材料費の関係もあり一回使い切り仕様である。
また、持続性にも難があり、井戸端会議では「値段の割に使えない」「結局、大量に買わないといけないので損した気分」とダメ出しの嵐である。
「まぁ、生活魔導具でも安くはないしな。ん?でもいつもは昼すぎに来るだろ、今日はどうしたんだ?」
「いつもはお小遣いをかせいだり友達と遊んだりしてるけど、今日は遊ぶ約束はしてないし、お昼には家に帰ってご飯食べたら、大通りに僕の誕生日プレゼントを買いに行くんだ!」
「……そうか、誕生日か。よし、俺からもプレゼントをやろう」
「え!?何くれるの!」
「まぁ見てろ、驚きのあまり泣いて感謝するはずさ」
そうレイトに言い放ったおじさんアレンは、両の掌を胸の前で向け合わせ、魔力を高める。
掌の間に魔力の球体が出来ていく。その球体の形が変わり始め、羽を広げた氷の小鳥が球体から飛び出してくる。小鳥が十匹出たところで、球体は氷の指揮棒に変形する。
「おーすごーい」
「思ったよりも感動が薄いな」
「うん、正直よくわかんない」
「生意気な、ここからもっと面白くしてやるよ」
飛び出した氷の小鳥はアレンの指揮棒に合わせて縦横無尽に飛び回る。レイトの周りを旋回する、氷の小鳥の尾羽から砂粒のような氷が溢れている。
小鳥の体と氷粒は日の光を受けて煌めいている。
辺りの気温も下がっていく。
小鳥たちは隊列を組みながら縦横無尽に辺りを飛び交う。
氷粒が舞い散り、空き地一帯が幻想的な空気に飲まれていく。
最後に小鳥は互いに交差しあい、螺旋軌道を描きながら上昇していく。
アレンが指揮棒を強く振ると上昇していた小鳥たちはその体を砕き、細かい氷片となって辺りに降り注ぐ。
「わぁーすごい」
「そうだろ?もっと感動した感じで、泣いて感謝してもいいんだぞ?」
「おもちゃが欲しかった」
「くっ、生意気な」
パチパチパチパチパチパチパチ
うぉー兄ちゃんすげーな!
もっとやってくれぇー!
おじさんすげー
拍手に紛れて辺りにいた大人や、近くで涼んでいた子供達からの野次がとんでくる。
「…騒がしくなってきたな、レイト、誕生日おめでとう」
「うん!ありがとう!」
そのあともレイトはアレンがせがまれて魔法を見せているのを楽しそうに見ていた。
レイトが家に帰ると、昼時を過ぎていてかなり強めにアンナに怒られた。