あなたたちはペット
地球人はある日突然現れた異星人たちに地球を乗っ取られた。そして地球人は異星人の愛玩動物にされてしまった。
正しくは汎銀河連邦法にもとづき、保護された、らしい。このままだと、遠からず絶滅する種として。
「フィーニア。ねえ、フィーニア」
あたしの名前はフィーニアじゃない。あたしの名前は優梨、須藤優梨。
透明な檻の向こうにいる、長髪から尖った耳が突き出た女が心配そうな顔でこちらを見ている。あたしの飼い主のリリアだ。
「病院怖かったね。おやつ食べない?」
リリアはミルクレープが乗った皿を見せる。あたしの好物。
リリアが自分で調べて、再現してみせたミルクレープ。不本意ながらとても美味しいことは確か。
「別に怖くないし、要らないし」
あたしはさっきまで健康診断を受けさせられていた。気持ち悪い姿の異星人たちがあたしの全身を検査した。怖くはなかったけれど、気持ち悪かった。
リリアはあたしを、知恵も知性もないが、脆くてかわいい生き物として扱う。反吐が出そう。
「食べたくなったら食べてね」
リリアはそう言うと、檻の中にミルクレープが乗った皿とフォーク、それからカフェオレをトレーに乗せて、差し入れた。全部あたしのために地球のものを再現したもの。
あたしは檻の中にいる。あたしを怖がらせたくないための、特別製の透明な檻だ。あたしはこの部屋の決まった範囲しか動けない。
あたしはトレーを横目で一瞬見てから、ふんと横を向いた。
「私は仕事部屋に行くわ。何か欲しいものがあったら呼んで」
リリアの仕事はよくわからない。けれど大抵自宅で出来る仕事らしい。興味もない。
あたしは、ほんの数ヶ月前までは普通の高校生だった。異星人がやって来るまでは。
あたしは家族や友達と引き離され、リリアに飼われることになった。地球人は、異星人が襲来した時の戦闘で死んだ者以外は皆異星人のペットにされた。そうして、各異星人たちの星に連れて行かれた。
家族のことはそんなに好きじゃなかったし、友達はいたけれど、本当の友達って感じじゃなかったから、もう会えなくても別にどうでもいい。彼氏はそもそもいたことがない。でもミーはどうしてるだろう。ミーは我が家で飼っていた黒猫だ。人間のペットがどうなったかは、誰も教えてくれなかった。
リリアは、飼い主としてはまだ、いい方だと思う。
無理矢理撫でたり、抱きついたりしないし、檻の中は個室になっているトイレ含めて清潔に保たれている。
あたしはミーの気持ちなんか考えずに、撫でたいから撫でて、吸いたいから吸った。救いなのはちゃんとミーは嫌がって抵抗して、大抵逃げていたことかもしれない。あたしはミーのトイレの砂を取り換えるのを何回かサボったことがある。リリアは、そういったことはない。
でも、良い飼い主だからってなんだと言うの。そもそもあたしはペットなんかになりたくなかった。
ミーもそうだったんだろうか。そうだろうな。
一人になった部屋の中であたしは泣いた。自分とミーのために。
ううん、自分のためだ。こんなときもミーのことをちゃんと考えてあげられない。
ハッと気付くと、部屋の中が暗かった。あたしは泣き疲れて眠ってしまったらしい。
あたしのいる星は、地球と似た環境で、一日の長さも大体同じだ。だから今は夜で間違いない。
お腹減ったなと思いながら、あたしは周りを見渡す。そして悲鳴をあげた。
暗い部屋の中、灯りもつけず、リリアが座ってこちらを見ていた。リリアの緑の瞳だけが輝いている。
「驚かせたね、ごめん。灯りつけるね」
リリアがそう言うと部屋に灯りが点る。リリアたちの種族は夜目がきくが、普段はあたしに合わせて夜は照明を付けている。
リリアは、ファンタジーに出てくるエルフみたいな尖って細長い耳があることを除けば地球人みたいな姿をしている。タコみたいな気持ち悪い異星人に飼われなくてよかったとは思うけれど、同じ地球人に飼われているみたいで、やっぱり気持ち悪い。
そのリリアは、いま、泣いていた。
「なんなの…… なんであんたが泣くのよ」
「ごめんね」
「はあ? 何が」
「あなたたちをこんな目にあわせて」
その言葉にあたしはカッとなった。これまで感じたことのないような怒りが沸き上がる。
「ふざけんなよ……」
頭の中であたしは目の前のこいつを八つ裂きにしていた。口汚く罵りたかったが、言葉が出てこなかった。言葉では言い表せない。
「そうね、ふざけてるわね……」
リリアは涙を流しながら、言った。その言葉にもあたしは目の前が真っ赤になった。
「…………かえしてよ」
酷く低い声が出た。
「あたしを地球に帰してよ! パパとママとミーのいる家に帰してよ!」
それはリリアと会ったときに最初に言った言葉だった。
「ごめんね……それだけは出来ない」
リリアの返事もそのときと同じだった。
「何でよ!」
「……あなたたち地球人は汎銀河連邦が認める知的生命体の基準に達していない。それどころか、あなたたちを同胞として迎え入れた場合、この宇宙に破滅をもたらしかねない。だから、あなたたち地球人類は今生きているあなたたちでおしまい。汎銀河連邦のために、あなたたちの種は断絶される」
淡々とリリアは告げた。
以前に言われた内容と違っていた。あのときは「あなたたちを守るため」と言っていたのに。
「だったら、地球ごと滅ぼせばよかったじゃない!」
リリアは多分ただの民間人だ。そんなことが出来るはずもない。でも、言わずにはいられなかった。
「そんなこと許されるわけがないでしょう」
「あたしたちをペットにするのは許されるっていうの!?」
「いいえ、許されないわ。それでも、私たちはあなたたちを守りたい」
あんたは、あたしの何を守ってるのよ。
その言葉をあたしはリリアに投げつけられなかった。涙と鼻水で声にならなかった。
あたしたちは愛されているのだろう、慈しまれているのだろう。
まもなくこの宇宙から永遠に消える種族の最後の世代として。