天使プリンス
主人公はあまり喋りません
空王国の中心部にそびえ立つ天使の城には、天使キング、天使クイーン、そして天使プリンスの双子が国を護っていた。
王国の者は沢山の民に愛され、空王国をも同時に愛されていた。
ある時天使キングと天使クイーン、つまり双子の天使プリンスの両親が彼らに告げた。
「リーオル、テルシア、二人とも十八を迎え、そろそろ姫ぎみとなる娘が必要となる」
「そこで近々宴を開いて、招待客である年頃の女性の中から二人が気に入った方を花嫁として選んで欲しいの」
兄のリーオルと弟のテルシアは、最近恋愛をする相手を密かに考えていたものだから、二人の提案には賛成した。
「悪くない催し物だな。俺もテルシアも女性とは縁がない天使職にばかり追われてるから……良い相手がいれば、と考えてたところなんだ。
テルシアもそうだろう?」
「えっ?」
問われるとはおもいも寄らなかったテルシアは、突然の言葉に戸惑う。
兄のリーオルと違いテルシアの場合、心に想う女性がいる。
いるのだがテルシアはガラスのハートの持ち主なので、想いを寄せる女性にはグイグイ行かずに遠くから見ているだけの日々をおくっていたのだ。
「ええ……わたくしは、そういう催し物には参加いたしませんので……御兄様だけで、どうぞ」
謙虚に控え目に辞退するテルシアを瞳に映し、リーオルは彼の内心を読み取る。
天使キングも天使クイーンも内気なテルシアを気にかけ、宴に参加するように促す。
「このままだと寂しい人生を送る事になるわよ?
もし気に入る女性がいないとしても次回も宴を開催するから、考えてみて?」
「う……む。
妻の云う通りだ。
テルシアは少し控え目過ぎるかもしれんな」
心配な両親を安心させるかのようにリーオルが意見を云う。
「俺が女性たちにテルシアをアピールしてやろう」
「え……⁉」
「宴当日には沢山の女性を、お前のもとへ呼んでやるよ」
そして宴の日、天使キングと天使クイーンが招待客の前にリーオルとテルシアを紹介する。
「皆さま方、本日は息子たちの花嫁選びを兼ねた宴にようこそ!
二人は気さくで親しみ易い性分なので、どうか気軽に語り合って頂きたい」
「踊り子の舞いによる演芸やコーラス隊による歌も披露致します。
美味しいお食事も楽しんで下さいませ」
天使キングと天使クイーンからの挨拶が終わり、宴が良い感じに始まった。
テルシアは多くの女性の中から想いを寄せる人物フリルを見付け、そこへ視線を注いだ。
(あの人がここへ来られたという事は、花嫁に選ばれようとしておられる、のだろうか……)
「テルシア、あちらの女性が気になるのか?」
「!」
リーオルの勘は鋭いもので、テルシアが考えている事は全て見通している。
「い……いいえ、決してそのような事は……」
「なんなら俺があの女性を連れてこよう。
他の女性たちも交えて、会話を盛り上げようではないか」
「御兄様……わたくしは宴を楽しみたいだけで……」
テルシアが止めるのも聴かず、リーオルの足はフリルや女性たちが集まる場所へと向かう。
リーオルの目的はテルシアに女性を紹介する事ではなく、彼の評判を落とす事だ。
故意に女性たちの前である事ない事を言いふらし、最後に自身を持ち上げてそれをテルシアに見せ付けるのが目的である。
「御嬢さん方、お話しをさせて頂いて宜しいですか?」
自然に女性の集まる場に入れるのは、普段から天使職等せずに女性たちと交流しているからだ。
その時、フリルがチラリとテルシアに視線を向けた。「!」
女性たちはリーオルに小さな笑みを見せた。
そして品のあるおじきをし、返答する。
「リーオル王子からお声をかけられるなんて……意外ですわ」
「この度はお城にお招き頂きありがとうございます」
女性と気軽に話せるリーオルが羨ましく、テルシアは兄たちに背を向け彼らの話に耳を傾けた。
(あの方も御兄様に選ばれようと……?)
女性たちの心に忍び込んだところで、リーオルがテルシアについて話し始める。
「ところで我が弟、テルシアの事だが……あいつはなかなかの女好きでして……日常的に女性を口説いては、相手をその気にさせて飽きたら別の女性のもとへ行っては同じ行為を繰り返して……全く、兄として恥ずべき事ですよ」
話を聞くうちに、女性たちの表情に影がかかっていく。
皆嫌悪感に満ちた目を彼に向け始める。
「あんな女癖の悪い王子なんかより、俺の方が花婿にふさわしい……」
「そうですわね……リーオル、様がおっしゃるように……」
「それなりに合うお相手を選ぶべきですわ」
「この先の事ですもの」
雲行きが怪しくなるのを感じて、リーオルは楽しそうに声を弾ませた。
実に楽しそうに、だ。
「ですから、あんな軟派な王子より硬派な俺という王子を……」
「軟派、ねぇ……」
「硬派な王子、誰が硬派ですって?」
リーオルが見開いた目でしかと見ると、敵意むき出しの女性たちが彼を嫌悪感に満ちた目で睨んでいた。
リーオルが声をかけた時から、ずっとその目を向けていたのだ。
「え……?」
リーオルは唖然としている。
「わたくしたちをお忘れのようですわね」
「綺麗事の言葉でわたくしたちを口説いては、とっかえひっかえしていましたね」
「ご自身の事をテルシア様に棚上げするなど、言語道断ですわ‼」
女性たちの怒声に、テルシアは思わず振り返る。
気が付くと招待客の女性全員、リーオルを取り囲んでいた。
「「「「「「「ふざけないで!」」」」」」」
女性たちは手にしているグラスの水を、一斉にリーオルに向けてぶっかけた。
フリルを除いて。
数十人分の水を浴びせられ、リーオルはいたたまれなくなり城から逃げ出した。
「御兄様……!」
テルシアがリーオルを追いかけようとした時、女性たちは彼を止めた。
「テルシア様、あのような思い上がった者を気にする必要は御座いません」
「あの男はこれまでにテルシア様を貶めてきたのですから‼」
「たかが水を浴びたくらいで弱者ぶるなんて、片腹痛いにもほどがありますわよ」
そうは云われても、やはりテルシアはリーオルが気になる。
「テルシア様……あの男は数分するとケロッとしていますわ。
それよりも、フリル」
(えっ?
フリルさん……?)
女性たちに背中を押され、フリルが出てきた。
想いを寄せている女性が現れ、テルシアは緊張を隠せないでいる。
どうやらそれは、フリルも同じのようだ。
(勇気を……出そう!)
心の中にいるテルシアが、外にいるテルシア自身に声をかける。
(いるんだ……目の前に……その人が!)
「フリルさ……ん……」
「あ……テルシア様……」
「わたくしと……」
「わたし、と……」
二人の心は以心伝心。「「踊って頂けませんか?」」
今ここに、想いが一つ実った。
心の優しいテルシアとフリルは、ダンスの後リーオルのもとへ行くのでした