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浜辺……

その日の夕方、俺は美咲に携帯で一階のエントランスホールに呼びだれた。

呼び出される理由などの細かな説明は一切されなかったが、雇い主の言葉なら素直に従うしかない。

俺は、エレベーターに乗り、一階のボタンを押す。

エレベーター内にも、廊下などと同じように、派手な装飾が施されており、自宅になったというのに全く落ち着かない。

………い

や、まだこの家に着て初日なのだから、落ち着かないのは当たり前か。

エレベーターが目的の一階に着き、高い音を鳴らしながら扉が開く。すると、目の前には頬を膨らませた美咲が立っていた。

「遅い!」

少しあざといが、素でやっていることだろうし、怒っている姿も変わらず可愛い。

ちなみに、美咲はさきほどと変わらず、漆黒のワンピースを着ており、靴も黒のヒールサンダルを履いている。

「いや、ちょっとトイレによってから来ただけだし。そんなに遅くはないだろ?」

「………どうせ大きい方してたんでしょ」

「小さい方だよ! 分かるだろ時間的に!」

「とりあえず急ぐよ! 綺麗な時間終わっちゃうから」

「お、おう? 綺麗?」

俺は、美咲に手を引かれ、出入り口を通って外に出ると、出入り口の近くで待機していた、今朝と同じ黒塗りの高級車の後部座席に乗せられた。

ちなみに、左後部座席に俺、助手席に美咲、運転席には若い執事、の形で座っている。

「それで、今からどこに行くんだ?」

すでに夕方だと言うのに、この少女はどこに行きたがっているのだろうか?

「それは着いてからのお楽しみっ!」

助手席に座った美咲が、斜め後ろに乗っている俺の方を向いて、嬉しそうに笑った。

その後、五分ほどの時間が経過すると、目的地に着いたのか車が止まった。

「ここからは歩くよ」

車が止まった場所は、何の変哲もない駐車場だった。どうやら、目的地にはまだついていないようだ。

その後、十五分ほど歩くと、美咲の言う目的地に着いた。

「おぉ~。綺麗だな~」

俺たちの前には、夕焼けで綺麗なオレンジ色に染まった海と浜辺が広がっていた。

「これをゴンベイに見せたかったんだ。シンプルだけど、結構いい景色でしょ?」

「ああ、想像以上に」

砂浜に立つ俺は、素直にそう感想を述べた。

正直に言うと車から降りた時点で、夕方という時間帯と、潮風を感じたことにより、目的地が夕焼けの海であるということは気が付いていた。

だが、目の前の光景は、俺が事前に予想していたものよりも遥かに良い。

「この辺は、人気も少ないし、船も全く来ない。人の手が全く加わってない、純粋な海が見えるの。案外、そういう場所って少ないでしょ?」

確かに、俺の視界に映る範囲では、テトラポットや漁の仕掛けの重りといった、人工物が一切なく、自然な形で海が存在している。

こんな景色を見られる場所は、そう多くは無いだろう。

海も空も砂浜も、それら全てが、強くオレンジ色に染まっていて、なかなかに神秘的だと言える景色だ。

「ていうか、綺麗なのは分かったけどさ、なんで急に海に連れて来たんだ?」

もしかすると、美咲は案外ロマンチックを求める人間なのだろうか?

だとすると、少し意外だ。

「それは………えっとね………」

美咲は両腕を組み、小さく唸る。

「ごめん。それについては言えないかな」

「なぜ?」

「こっちにも色々とあるんだよ。言えない理由が」

「どんな理由?」

「それも………今は言えない」

「………そうか。謎多き少女だな、お前は」

これ以上質問攻めをしても、おそらく乏しい成果しか得られないだろう。

俺としても、そこまで気になることでは無かったため、美咲にしつこいと嫌われてしまう前に、彼女はロマンチックを求める人間だったということで、結論を出すことにした。

「まぁ、今日の所は、綺麗な景色をゴンベイに見せたかったってことで」

美咲は体を前に傾け、両手を後ろの腰元に回し、ニシシとした笑顔を俺に向ける。

ああ………やはり美咲はこの上なく可愛いな………。

「本当は夜に来たかったんだけど、今日の所は夕日で我慢してね」

「別に、我慢なんてしなくても十分に綺麗だぞ」

少なくとも、文句を言えるほど、目の前の景色はお粗末なものではなく、むしろ逆に、感謝を述べたくなるほどの絶景。我慢することなど何もない。

「海見たら泳ぎたくなるね。まぁ、もう冬だから、泳ぐとかはさすがに無理だけど」

美咲は、苦笑いを浮かべながら頬をかく。

「そういえば、ずっと思ってたんだけどさ、お前その格好で寒くないのか?」

美咲の着ている漆黒のワンピースは、肩に紐が掛かっているタイプの物。

肩や腕、それに胸元、それら全てがかなり大胆に出ている。

凄く似合っているとは思うが、正直かなり寒そうだ。

「まぁ、寒いけど、これが私のトレードマークだから」

「ワンピースがトレードマークって………。帽子とか眼鏡とかならまだしも、それじゃあ全身がトレードマークに支配されてるじゃねぇか」

「それがこの私、美咲流のファッションだから」

その美咲流の意志を継ぐ者は、未来永劫現れないだろうな。

「それ以外の服を着ようとは思わないのか?」

「全く思わない、かなっ」

美咲は、今日一番の笑顔を俺に向け、その笑顔が、俺を再度ときめかせる。

「それともゴンベイは、私にこのワンピース以外の服着てほしい?」

「い、いやまぁ、結構似合ってるし、しばらくはその服でいいんじゃない………か?」

「アレ? もしかして、私を褒めてテレてる? 顔赤いよ?」

「ゆ、夕日のせいだ!」

「ハハ、なにそのベタな言い訳」

美咲は俺の態度を見て、クスクスと笑う。

その後も、数分間ほど雑談をした後、夕日が完全に水平線に沈み切るのを見届けた。

「そろそろ帰ろうか」

「そうだな」

俺と美咲は、話しながら歩いて、浜辺を後にした。

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