Caution!
「行ってきます……あ」
朝。僕が靴を履きかけていると、ポケットがブルブルと震えて、通知音がした。
「『熱中症警戒アラート』が出てる」
「日傘持っていきな!」
部屋の奥からお母さんが顔を出して、僕に日傘を投げて寄越した。
「行ってきまぁす」
改めて扉を開けると、たちまち熱気が全身に襲いかかってきた。異常気象だ。すぐに制服から下着まで、汗でビショビショになってしまった。日傘が無かったら、僕は冗談じゃなく死んでいたことだろう。
最初の角を曲がったところで、再びスマホが鳴った。
「今度は『感染症警戒アラート』か」
どうやら最近、また例の感染症が街に広まっているようだ。学校に行く途中でコンビニに寄り、マスクを買った。レジは混雑していた。僕と同じように『感染症警戒アラート』を受け取った人々が、僕と同じ理由で並んでいるのだった。何とかマスクを手に入れた僕は、日傘片手にのんびりと学校へと向かった。
「手越! 遅刻だぞ!」
教室に着くなり、国語の飯田が僕に怒鳴った。皆の視線が一斉に僕に集まる。
「今何時だと思ってるんだ!」
「えーっと、11時24分……」
「もう三限目だぞ!」
「だって仕方ないじゃないですか。先週から『地震警戒アラート』が出ていたので」
「何?」
僕は肩をすくめた。
「引っ越したんですよ。僕の住んでた地域が『アラート』の対象範囲だったんで。この一週間以内に地震が起きるかもって。それで、先週から隣町に仮住まいしてるんです。そしたら学校まで片道3時間もかかっちゃって」
「引っ越したぁ?」
「あ、それと先生。僕今日で学校辞めます」
自分の席に着きながら、僕は欠伸混じりに報告した。
「『学歴警戒アラート』が出ているので。このままこの学校にいても、将来ろくな働き場所がない。だったら転校するべきだって、『アラート』が教えてくれたんです」
「待て待て。さっきから勝手に話を進めるな。それじゃワシの立場はどうなる?」
飯田が困ったように禿頭を掻いた。
「それでか。先週から、ワシのスマホの『出世警戒アラート』が鳴り止まんのじゃ。そう簡単に生徒に辞められては、ワシの評価に関わる。転校は認めん!」
「すみません、僕は僕の人生の方が大事なので」
それで、辞めた。
新しい学校は偏差値も高くて、僕は晴れて望みの大学に入ることができた。大学は楽しかった。憧れの一人暮らしも始めたし、彼女もできた。卒業までには何社か良い感じの内定をもらい、『ブラック企業警戒アラート』を参考に、危なそうな会社を回避することができた。
数年後。『経済成長警戒アラート』と睨めっこし、転職を三度繰り返した僕は、『世間体警戒アラート』に従って長らく同棲していた彼女と3秒で別れ、婚活会場で出会って1秒の人と結婚した。翌年には待望の第一子が誕生したが、その時、僕のスマホが鳴り出した。
「貴方……見て、元気な男の子よ」
「離婚しよう」
「え……?」
出産を終えたばかりの妻が、きょとんとした顔で僕を眺めた。
「何言ってるの? 今さっき、子供が生まれたばかりじゃない!」
「僕だって本当はこんなこと言いたくないよ。だけどこの数週間以内に、『浮気警戒アラート』が出てる」
僕はため息をつき、スマホの通知画面を見せた。
「僕ら、このまま結婚していても幸せになれないみたいだ。『アラート』は絶対に正しいからね」
「そんな……貴方、待って!」
引き止める妻を振り切って、僕は病院を飛び出した。
走りながら、僕はうっすらと涙を浮かべた。本当は離婚などしたくなかった。だけど、仕方がない。『アラート』が鳴ったのだ。今までもずっと、僕はそのおかげで『正しい道』を選ぶことが出来た。『正解』の人生を歩んできた。それで何もかも上手く行っていたのだから……。
……さて、これから何処に行こう。飛び出してみたは良いものの、何処に行くあてもない。ふらふらと彷徨っていると、突然スマホが鳴った。鳴り止まなかった。通知欄には、これから僕に降りかかるであろう不幸や危険が、びっしりと並んでいた。
数日以内:『自暴自棄警戒アラート』
数週間以内:『悪逆無道警戒アラート』
数ヶ月以内:『自殺警戒アラート』
何だか物騒な文字列を見て、僕はむしろホッとしていた。大丈夫。これから僕に何があろうとも、『アラート』がちゃんと警告してくれる。だけど、変だな。故障だろうか? 数ヶ月から先の『アラート』が、いくら更新しても表示されない。
一体どういうことなんだろう?