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7.飼うって言うな




 ユニの家を後にして、俺達は家がある第一階層、ルネの住んでいる街の南門外にある陣駅サークルステーションにいた。

「じゃあ、また明日ね」

「ちょっと待て」

 ルンルンで帰ろうとするルネの首根っこを掴んで引き止める。

 背中の翼と髪を避けて首根っこだけ掴むのって結構難しいんだ。

「なぁに?」

「なぁに? じゃない。ユニの弟妹にどんな話した」

「えー? ライブやるから観に来てね、って」

「他は」

「レフのお歌は凄いよー! って言っておいたよ!」

「言わんでいい!」

 何してくれてんだ!

「あとは高い高いして、ついでに練習してる魔術見せただけだし」

 そう言いながらルネは人差し指でピンク色の軌跡をハート形に描き、描かれたハートは少しして空気に溶けて消えてしまう。

「ユニにも出来る? ってあの子達が言ったから、ユニも頑張って何とか丸描いてた」

 可哀想に。やっと解放されたと思ったのにやる羽目になったのか。

 そりゃ、弟妹に期待されて出来ないとか超言いづらかっただろう。やるしか無いよな。頑張ったんだな、ユニ。

 思わず心の中で合掌した。

 でもまだ始まったばかりなのでさらなる頑張りを期待する。

 本番までにその裏でもう一つ魔術走らせなきゃいけないし。無詠唱で発動して、口は歌わないといけない。

 やることは山積みだ。そしてやる事と言えば、

「ユニのご実家、どうする?」

「んー……兄様に相談してみる」

 珍しく神妙な面持ちでそう言うルネ。本当に珍しい。

 普段が能天気で紛れもないアホの子だから超貴重映像。

「100万C以上動かす時はまず報連相してって言われてるし」

「まあ、確実にそれ以上は動くな」

 聞いた話を元に携帯型の端末を操作してさっくり概算出してみたけど、最低200万Cが確定で掛かる。

「ユニにも一度確認しないといけない……」

「そうだねー」

 と、言った所でいつものルネに戻った。

 あれか。真面目な顔は時間制限でもあるのか。

「いざとなったら家族ごと買えば良いけどね☆」

「やめい」

 冗談に聞こえるがこいつはやりかねない。

「だってぇ、ユニみたいな掘り出し物そうそう居ないし」

 人差し指を唇に当てて上目遣い。耐性のない奴はルネのこの仕草で8割が陥落する。

 俺はしないけど。

「それでも一応最低限、本人の同意がないと人身売買は成立出来ないだろ」

 ダメ、無理矢理、絶対。

 ちなみに人身売買自体は特に規制されてないし、領地の法にも触れない。

 それも全て前提が合意の上だから。

 基本、全ての前提は両者の合意。合意しているなら春をひさごうが、身売りしようが、臓器売ろうが咎められる事はない。異世界では駄目な所もあるとは聞くが、とにかくここでは合意の元に結ばれる契約は誰も咎めない。

「まあ、ねえ。そこも含めて兄様に相談してみる。飼ったらちゃんと面倒みなきゃだし」

「飼うって言うな。飼うって」

 言い方ってもんがあるだろ。

「俺の方でも利益とかのやつ取りまとめておく」

「ヨロシクー。頑張ろうね」

「はいはい。お前がユニ拾って来たんだから一番頑張って責任持てよ?」

「モチロン!」

 本当に大丈夫だろうな? 下手な説明だと色々詰むんだからな?



「ごめんね。レフ君」

「いえ……」

 なあ、大丈夫つったよな?

 現在、その翌日放課後。

 俺はルネと一緒にシアンレード領騎士団、その応接室の一つにいる。

 応接室の中央、ローテーブルを挟んで置かれた一対の二人掛けソファの一つに腰掛けている訳だが、その向かいにはルネのお兄さん。

 複数ある応接室でもわりとこじんまりして、そこまで堅苦しくない部屋なのは用件がごく身内的なレベルの為だろう。

 洒落たカフェの個室的な内装で、本来なら俺もこんな背筋伸ばして引きつった笑み浮かべなくて良い雰囲気なんだけどな。本来は。

 ルーティカリスさん、愛称で俺はルカさんて呼ばせてもらってるルネのお兄さんは、ルネとは全然違う。

 見かけは父君寄りらしく、束ねた白い長髪に褐色肌に赤い瞳、わりと外見から違うからパッと見では兄弟ってわからない。

 雰囲気もたおやかって感じで落ち着いていて、今も困ったように微笑んでいる。

「今日はお加減は……」

「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 大丈夫の前に「今は」って幻聴が聞こえた気がする。

「レッスンもあるのに呼びつけてごめんね。弟から昨日、少し話を聞いたんだけど、レフ君からも聞きたくて」

「いえいえ、いつもこちらこそお世話になっています」

 ルカさん、うちの最大出資者だから。

 他にも出資してくれてる人がいるけど、割合的に最初期の出資はルカさんがダントツ。

 かくしてユニには自主練向け宿題を出して駆けつけたわけだ。

 肌の色的にはルネより断然健康そうなのだが、雰囲気が儚い。

 儚いってより気苦労で瀕死みたいな。

「本当は、ユニさんという方にも会ってお詫びを申し上げたかったのだけど……」

 憂いをたっぷり含んだ濃い紅の瞳がルネを一瞥する。言わんとする事はわかる。

 そっちに構って取り返しがつかなくなる前に、デカい方から対処しようって事だろう。

 この人の事だから、詫びの品の用意とかもあるって思って先に弟をどうにかする判断したんだろうな。

「それで、ルネからは家族単位の人身売買の話しか上がってこないんだけど詳しく聞いても良い?」

「はい……」

 うん。埒があかなかったんだな。



「……というわけでして」

 ざっくりユニの加入(ルネが拾って来た)から昨日のユニのご家族とその状態(俺達から見た感じ)を話すと、ルカさんの目が遠くなった。

「そっかぁ……」

 本当にすみません。

 俺もなるべく手綱引くようにはしてるんですが何せルネなので。

「ルネには後でお話あるから待っててね。それとは別にして、確かにそれはあまり良い状態ではないね」

 そのお話って多分お説教だろうな。無駄とは思うが。

「そうなんですよね。仮にしろ何にしろ、今はメンバーなので、メンバーが心おきなく活動出来る、活動に打ち込める環境を整えるのは必須なので」

「レフ君が資料を作ってくれるとルネが言っていたけど、今あるかな?」

「はい。こちらです」

 作りましたよ。作りましたとも。

 すげー大雑把だけど一晩でまとめられらとこまでやったともさ。こうなる予感してたからな。

 作った資料を差し出すと、ルカさんはそれに目を通し始める。

「……ふう。この資料を見ると、レフ君もユニさんを助けたいんだね?」

「はい。可能なら」

 ハの字に眉を下げ、ルカさんは資料を見つめていたが、やがて一つ息を吐いた。

「わかりました。私の方でも稟議を上げておきます。恐らく通るでしょうから、ユニさんへの説明はレフ君達でお願いしますね?」

「兄様ありがとう!」

「お手数おかけします」

 よし! とりあえず予算まわり確保!

「くれぐれも……くれぐれもちゃんと同意を取るんだよ? 絶対に無理強いしないようにね?」

「はーい!」

「…………レフ君、お願いね?」

「はい……」

 ルカさん、口の端から赤いものが一筋垂れてますよ。

 具体的に言うと血ですよねそれ。

 咳をするくらいの気軽さで吐血するんだよなこのお兄さん。

 胃がシクシク痛むらしく、ルカさんはハンカチで口許を押さえて片手は胃の部分に当てている。

 白いハンカチが見る間に赤く染まっていくけど大丈夫かな。

「レフ君……本当に、本当に……お願い、ね?」

「あ。はい。ガンバリマス」

 ルカさんの縋る様な眼が痛い。善処します。




「えっと……?」

 ルカさんと話した翌日の放課後。

 俺とルネとユニの三人は中等部校舎の屋上にある空中庭園、その中央にあるガゼボにいた。

 第四階層は夕暮れが一番長い。空は茜や淡桃、藤に紺。彩雲のように混じり合う時間を映す。

 イベントでは野外音楽堂にもなるそこそこ大きな屋根付きの上から見たら八角形の建物である。

 平時の今は幾つかのベンチが置かれ、それでも余る中央には星空を描いた絨毯が敷かれており、現在そこに俺は胡座、ルネは寝転び、ユニは正座して集っている。

「え? どっかわかんないトコある?」

「ルネ、クッキーこぼしながら聞くな」

 後で掃除はするけど。

「いや、全部……」

 まあ、だろうな。

 ユニの置いてきぼり感満載の顔に同情を禁じ得ないのだが。

「本当にざっくり言うと、善良低利貸しとして支援という名の融資しますけど借り入れしません? て事だな」

「借り入れって……」

「んとー、まずユニは一家で引っ越ししてぇ」

「は?」

「兄様がお家用意してくれるから心配しなくて良いよ?」

「いやいやいや、ちょ、ま」

「ルネ、ちょっと黙ってろ。ユニもとりあえず聞いて。二人共、一回黙れ」

 ふー。……よし。静かになった。

「ユニ。先日お邪魔した時に聞いたけど、ご家族ほぼ自給自足で、収入も無いに等しいよね?」

「……まあ、そう、かな」

 現金が必要な時は山で採れた物を村とかに売りに行ってるとは聞いた。

「学園は学びは無料だけど、それぞれの食事は自費だし、文具とかもしかり。交通費もそう」

「…………」

 お手製の転移石。前にユニの昼ご飯が惣菜パン一つだったのとか、そういう事柄から透けて見える経済状況。

 ついでに言うなら、綺麗に保たれてるけどユニの制服も多分古着だ。

 暗く瞳が沈んでいるのが前髪で隠されてなくても俯く様子からわかる。

「ユニ、学園は中等部だけ行って、在学中に就職に有利な伝手作るつもりだったんだって?」

「え。無理じゃない?」

「ルネ、黙る」

「むー」

 思ってもいま口に出すな。俺もそれ思うけど。

 ほら、ユニの空気どんよりしちゃっただろ!

「人には得手不得手があるし、そもそもユニは中等部からの入学にしたと聞いたけど?」

「ええ。まあ、そうです……」

「人脈重視なら初等部からの方が良いのに?」

「え。そうなの?」

「あー……。うん。それはそうだな」

 ルネの言葉にユニが思わずという声を上げる。

 そして人脈重視なら初等部からが良いという発言には同意。

 俺とルネは別にそこ重視してなかったから初等部は無難に目立たず過ごして中等部入ったけど。

 ちなみに人脈がどうでも良いってわけじゃなく、既に家の事情である程度出来上がってたからだ。

 それと流石に初等部だとアイドル活動するにも制約が多い。

 一番大きいのは収益の上限とか規模に制限が掛かること。初等部は言っても基礎を学ぶ所であって、基本をみっちりなわけだからそこ以外に注力されたら本末転倒。

 逆に言えば、基本的な一般常識とか知識があれば行かなくて良い。貴族なんてそもそも家でそこら辺は家庭教師やとって履修してる。

 それでも行くのは、主に人脈形成を学ぶ為だ。

 家族や家庭教師など使用人以外との関わり方を学んで、身分の外で自身の人脈を形成する為というわけ。

 それに、初等部からならそれこそ初めから一緒と言えるが、中等部からだと途中から感も否めない。

 仲間に入れてもらう側と仲間に入れる側。

 どちらが気楽かは人によるが、ユニは間違いなく後者の方が気楽だったはずだ。

 勿論、第三の選択肢として自身を核とした新しい仲間を形成するならそれもあり。

 けど、ユニはどう考えても無いだろう。

 そのタイプなら校舎裏に呼び出されてサンドバッグになってない。この選択肢はルネや俺が当てはまる。

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