5.心折ろうとすんな
「……お試しって」
「さー! 今日もレッスン頑張ろうね!」
「ひいぃぃぃ!」
当初のお試しでと言われた言葉の意味を再確認しようと呟いた瞬間、ユニはルネに引きずられて行った。俺も後から行くけど。
「あー。ユニの分のキンブレも発注しとかなきゃな」
これはメンバーが使うキンブレ。
振り付けでメンバー自身も使用する場面がある。
流石に少し仕様が違っていて、例を挙げるなら色変えは手元でカチカチしなくて良い。
そういうパフォーマンス中に使っても支障のない仕様になっているとだけ。
「……キンブレの話題出たし、多分今日はアレだな」
キンブレ召喚と返還の魔術を使いながらのレッスン。多分これだろう。
歌や踊りながらの魔術行使の基本練習に最適だし。
「最適だけど、キツいんだよな」
ユニ達の向かったレッスン室の方角に向けて合掌しておく。
まず指先に可視化した魔力と不可視の魔力の二つを集めて、それぞれを別々に動かさなければならない。
可視化された魔力で線を描き、その裏で不可視の魔力自体で召喚の魔術式を描く。
可視化されは方は指の動き通りだから簡単だが、不可視の方は魔力自体に動きを独立させて持たせなければならないのでめっちゃ大変。
正直、普通やらない。やろうと思うのは変態の域。
「そもそも、魔力可視化させるのだって普通に難易度高くてキツいし、それだけで汗滝だし」
俺もキツい。どうにか出来るけど、毎日やって慣れてないとマジで疲れる。
そんなやり方を考えるとか頭おかしいんだが、まあ実際頭おかしい奴らが作った術式だし、発端はルネだけど術式自体は大学部の有志が自らの趣味と欲望で快く開発してくれたオタク魂の結晶……。
「……確か、変身ものに使えるとか何とかでやってくれたんだよな」
異界の週末に放映されてるアニメで何かあるらしい。それが大好きな奴らが、これ再現出来るんじゃね? って嬉々として開発してた。
衣装も何かそれっぽく変える着替えの術式も提供されたけど、そっちは使ってない。
だっていきなり全身全裸でプリズムに光って衣装が徐々に変わるとかだし。
「ユニの口上、こっちで考えるか」
多分そんな体力気力共に残らないだろう。出来るフォローはしとかないとな。
「おーい、生きてるー?」
「…………」
現在レッスン室。
床に撃沈&五体投地して白く燃え尽きて灰寸前のユニ、その頭をつつく。ピクピクしてるから大丈夫だろ。
普通はそれすら出来ない筈だけど、流石獣人。体力は他種族より多いな。
「な……なん、な……」
「ユニー? まだ回復しない?」
タオルで汗を拭きつつルネがユニを見下ろす。
「今日はキンブレ召喚する所まで出来たら終わりだからファイト!」
鬼だな。種族としての鬼の方がまだ優しい。
彼らわりと気が良い奴ら多いし。まあ怒らせなきゃの話だけど。
「んー。仕方ないなぁ」
そんな事を言いながら、ルネが手にしたのは良く鉢植えとかに刺さってる緑色のアンプル。え。刺すのか?
「おい、ルネ」
「えーと、一滴……面倒だし、全部」
「待て待て待て」
用法用量は守れ。それ薬か?
這って逃げようとするユニ。さもありなん。
「これ? これは魔力回復薬だよ」
フリフリと指で摘んだアンプルを揺らすルネ。
「うちのかかりつけのお医者さんがくれたの」
ルネからそれを受け取ると、アンプルの側面にちゃんと用法用量が書いてあった。
これ、緊急時に使うもんだって書いてあるぞ。
緊急時にアンプル割って使えって。そうじゃないなら一滴を三倍に薄めろ書いてあんじゃねーか。
「没収」
「えー。まあ、あと四本あるから良いケド」
「まだあんのかよ」
とりあえずこれは預かっておこう。
で。だ。
「ユニ」
いや、俺の声でも固まるのやめい。
「怯えなくて良いから。ほら、これ食え」
ブレザーの胸ポケットから、包み紙にくるまれた女子の小指の爪くらいの小さい飴玉を取り出す。
大サービスで包み紙をむいてから飴玉をユニの口に押し込んだ。
「…………ぁ、こえ、で、る」
ヨロヨロヨボヨボと何とか床から身体を起こして、ユニは飴玉をなめる。
回復量とか即効性は多分ルネから没収したアンプルに劣るが、この飴もそこそこ良いはず。
飴をなめ終えたユニに水の入った筒を差し出すと夢中で飲み始める。
「回復した?」
「ルネ、ちょっと待ってろ。普通の奴はそのペースでやられたら心折れんだよ」
今だってガクブルしてんのに。これ以上ゴリ押したら逃げられるだろ。
俺は青い顔……ってより前髪で見え難いけど化け物みる顔でルネを見てるらしいユニに話し掛ける。
「魔力の可視化はいけそう?」
「……た、ぶん」
ほう。中々に筋が良い。普通、魔力の可視化も一日じゃ出来ない奴多いのに。
「えー。でも召喚まで」
「黙れ。心折ろうとすんな」
貴重な人材なんだぞ。
可視化まで出来れば今日は良いにしとけ。
「ルネ、見本」
黙れと言われたからか、無言でふくれっ面になりつつ、ルネが片手の人差し指を立てる。
その指先に淡いピンク色の光が現れ、そのまま指を動かすとハート形の軌跡を描く。
「とりあえず、丸でも良いから何か描けたら今日は終わりな」
絶句すんな。ルネの言ってたキンブレ召喚までやるよりはマシだから。
「ユニー、立てる?」
「……」
ルネがそう問うも、声も出せないでうつ伏せで倒れているユニ。
片手の指先でミミズがのたくった様な文字が魔力で書かれているらしく、消え入りそうな光量で光っていた。
恐らくダイイングメッセージを残したかったのか……。
本日、何回目かの魔力枯渇状態で今だと吐き気、目眩、悪寒、その他諸々の症状で動けないって所かな。
俺は黙ってユニの口に再び飴を押し込んだ。
魔力を回復させれば症状は治まる。倦怠感はしばらく残るけど仕方なし。
俺も通った道。
「む、り……やめさせて、下さい」
「大丈夫だよー。本当にヤバかったら、レフが止めてくれるから」
まあ、そう。歯止めが俺の役目だし。
俺の見た所、まだユニはいける。
ダイイングメッセージ残そうって考えられるし、実行に移してるからむしろまだ余裕だろう。
ルネなんかいきなりぶっ倒れるからな。
俺達だって出来るようになるまで、何度も限界ギリになった。
俺は倒れてないけど、それは歯止め役が倒れるわけにいかないからだ。他人様を管理するなら自身の管理は出来て当然だしな。
「とりあえず、文字が出来たんだから今日はOKで」
「えー」
「ユニとお前の速度は違うんだよ。そこは飲み込め」
「はーい。じゃ、今日はここまで!」
パン! と両手を叩くルネに、ひっそり黙々レッスンに参加していた双子が掃除用具を持って動き出す。
床をモップ掛けしたり、壁面の鏡拭いたり。
使う前より綺麗に! が信条の活動だからな。
「ユニ、立てそ?」
俺の言葉にユニが何とか腕立て状態で身体を起こす。
でも両腕ぷるぷるしてんなー……。
「ルネ。ユニ送ってくぞ」
「りょーかいっ。リジー、レー、あとよろしくね!」
「「はい。兄様」」
相変わらず自分の兄貴には物凄い素直で良い子やってるな。少しは他人にもそのサービスしろよ。
「あの……大丈夫、なので」
「いやいや。無理でしょ」
未だに立ち上がれてないし。プランクやってんの?
「選択権をあげよう。ルネに色々ゴソゴソされて転移石探られるのと、自分で差し出すの、どっちが良い?」
「どっちも嫌です」
しかしルネが笑顔で両手をワキワキしてにじり寄って来るのを見たユニは、震えながら転移石を俺に差し出してきた。
これ、カツアゲに見えないよな?
「第二階層か」
転移石に設定されている学園からの行き先に思わずそう呟く。
第二階層……そしてこの座標は万年雪の山脈だな…………寒そう。
万年雪の山脈付近は夏でも肌寒いくらいの気温だ。
現在は基本晩春。そろそろ暑くなるかなーって季節なんだけど。
そしてそんな環境よりも気になるのはこの転移石。
お手製だ。
「レフ、眉間に皺できてるよー?」
「あ、ああ。悪い」
軽く眉間を揉んでから、ルネに肩を貸して立つルネから、ルネの転移石を預かって行き先を設定する。
俺のも同じ設定をして、転移した。
転移石とは、階層の縦移動に使用する道具だ。
俺もルネ達も第一階層の実家からこれを使って第四階層にある学園まで通っているわけだが……。
辺りの大森林と呼べる飲み込まれそうな深い緑と蒼穹を背に広がる真白な大山脈を前に、俺は今一度ユニの転移石を見る。
設定座標を確認するために預かったそれは、お手製だ。
それだけの事実だが、少し頭が痛くなる。
本当にあいつは厄介なもんを好んで収集するな。
ユニの転移石は半ば白く濁っている。
装飾もない裸石だ。込められている往復座標は一つでここと学園だけ。
いや、正しくは一つしか設定出来なかったんだろうなぁ……。
石自体の質は、もういつ粉々になっても驚かないレベルのものだった。
これじゃ一つしか設定できないよな。術式を込めるには石の質が重要だ。質が良いほどたくさんの設定が出来るし、貯められる魔力も多い。
この最低質の魔石で、魔力空っぽでも石自体の値段は5万C。術式自体は一応大学部出てれば独学でも書ける。少しクセのある書き方してるから多分独学。
そして販売されている転移石は最低価格が一つ10万Cで往復縛りはなく三つの座標が設定出来る。
……はあ。何かくる予感。
ひとまずユニが立てるようにはなったみたいだし、ルネと代わるか。
「ユニ、家どっち。ルネ、先導な」
「オッケー」
「いや、あの、ここで良いので。自分で帰れますから」
「予め言っておくと索敵してみたら近くにブラットベアいるっぽいけど置いてって良い」
「ごめんなさい北に1キロくらい進んで下さい」
ブラットベア。普通の動物である熊の最大種より二倍くらいデカい。性格は獰猛。
普段の状態ならともかく、今のユニだと若干焦るくらいには強いらしい。
ルネなら空から攻撃して倒せるから脅威度低めだけど。
そんなこんなで俺達はユニの家を目指して進み始めた。