4.職人て面倒臭い
「で、ストックの中で回せそうなのある?」
良く言えば無邪気にルネが言い、
「んな急にある理由ねぇだろ! しかも初がストックなんざ儂の矜持が許さねぇんだよ!」
まだわかんねぇのかオノレはぁぁぁあ! とついに立ち上がったフェルグスがルネの胸ぐらを片手で掴んで叫んでいる。いやもう本当にチンピラだからやめい。ほんと職人て面倒臭い。
「はいはいそこまで。本当に一応うちの看板だからお触り無しで」
チッと舌打ちを一つしてフェルグスが再び椅子にドカッと腰を下ろす。
「超特急ってまさか次のライブに間に合わせろとか言わねーだろうなぁ?」
「すまん。そのまさか」
「ふざけてんのかテメェ!」
「いやいやいや、本当にすまん。でもやって」
無言でユラリと立ち上がられると怖いな。
しかし、だ。
「超特急って事で、依頼料弾むから」
ピタッとフェルグスの動きが止まる。
立ち昇っていた殺気が瞬時に引っ込んだ。
「いくらだ」
ブスーっとして腕組みしたフェルグス。
ちなみにここで提示金額間違うと多分殴られる。
まだ俺は殴られた事無いけど、フェルグスの行動は予想できる。
「いつもの三倍でどう?」
「あん?」
勿論、最初からこの額では通らない事は承知。
これをベースに値上げするのが様式美である。
「うーん、無理言ってるのこっちだからなぁ、四でどうよ?」
「ふん……」
フェルグスが腕組みを解いて片手を腰に当てる。
もう一押しだ。
「五」
「チッ。今回だけだ!」
ちゃりーん。
本気で値段交渉ならもっと低いところから細かく上昇させるけど、今回は形だけ。
フェルグスもわかっているからここで手を打つ。
「ありがとう」
依頼を受けるとなったフェルグスがルネにホールドされているユニにロックオン。
「おい、ちょっとコッチ寄れや」
片手の指をクイクイと曲げて近寄って来いと言う。
「はい、パース」
「ひぎゃあ⁉」
軽くトンと背を押され、フェルグスの前にユニが飛び出る。その両肩をフェルグスがガッチリ鷲掴みにした。
あれだ。飛来した猛禽に捕まった兎とかのイメージ映像に置き換えられても違和感ない。
「う、あ、や、や、やめ」
「ほぉん。まあまあ良い筋肉ついてんじゃん」
「ぎゃあああ⁉」
脚から腰、腕、全身を撫で回されてユニの尻尾が毛羽立つ。多分耳も同様。というか全身の毛を逆立ててると思う。
「ぐっ⁉」
「おう。ちょっとこのまま声出してみ」
はたから見るとフェルグスがユニの首を絞めている様に見える。
……いや、本当には絞めてない…………はず。
「あ゛? 聞こえねぇぞ腹から声出せやぁ!」
絞めてないよな? 本当に絞めてないよな?
「ぅ……ぁ……かはっ」
「んだよ、根性ねぇなぁ、そこのアホですら笑って普通に話してたっつーのによ」
いや、ルネは普通じゃないから。そこ基準にしないであげて。
それでも気が済んだのかフェルグスがユニの喉から手を離す。
途端に床に崩れて咳き込むユニ。
良かった生きてる。咳き込むなら生きてる。
「粗方わかった。とりあえず三日寄こせや」
「了解。悪いな」
「そう思うなら依頼してくんじゃねぇよ。もしくはもっとコレ弾め」
片手の親指と人差し指で輪を作って見せるフェルグス。異界には地獄という場所もあるみたいで、そこもお金さえあれば何とかなるらしい。ピッタリな言葉だよな。
しかし、ユニは完全に怯えたみたいで、ルネにホールドされてるのに部屋の出入り口まで一直線だ。
リードごと飼い主引っ張ってく犬みたいな。
とりあえず用は済んだので、俺達はフェルグスの部室を後にした。
さて、曲を頼んでもやることはまだまだ山積みだ。
「ユニのイメージカラー決めなきゃね!」
俺達の部室に戻り、部屋の隅の暗がりで膝を抱えて震えるユニを置き去りにして、ルネがそう言い始める。
いや、必要な事だから良いんだけどな。
「い……め…………から?」
よほどフェルグスが怖かったのか、ユニの声はまだ震えている。あれは初回だけだからもうやられないと思うが。
「そうそう! ライブで下僕達がそれぞれ推しを主張するのに必要だし」
「…………」
ガクブルと一層身体を縮こませるユニ。長い前髪の下で顔を多分引きつらせてる。
あとルネ、お前なんかファンて言ってるけど違う文字になってねえ?
「ボクはピンク。可愛いボクにぴったり!」
うん。まあ、ルネ一択の色だよな。俺とか双子は無理。
「俺は水色」
双子は黄色と黄緑。
被らせるわけにはいかないから、他の色になる。
「そうだな……青とか」
「んー。ちょっと違くない?」
「薄い紫?」
「それも違ーう」
何色かとルネと言い合うこと数分。
ユニがポツリと消え入りそうな声で言った。
「消えたい……自分なんて無色で良い、色なんて自分にはおこがましい」
「それだ!」
「ひぇ⁉」
ルネが満面の笑みで宣言する。
「白! 決定!」
ふむ? 良いかもな。
「キンブレとかも色設定楽だし、わかりやすいか」
「あとねあとね、シンボルは雪の結晶!」
「OK。それでグッズ発注しとく」
「ひえ? はひ?」
バッグチャームと、キンブレとかに付けるチャームも雪の結晶だと綺麗だよな。
キンブレってのは異界でも同じのあるらしい。
そっちは確か電池? ってのを動力源にしてるけど、こっちだとそれが魔石になる。
ルネのいる領地では人間の割合が多いから、他に比べて電池とか魔力に頼らない科学的なものも多い。
ただ、人間の使用するエネルギー源は俺達からすると効率が悪いし、環境に大小影響を出すものが多いと思う。
だから自然の力を利用する発電なんかは許可しているけど、異世界でいう所の原子力とかを使用するのは禁止している。
魔石の効率には敵わないし。
閑話休題。そんなキンブレはライブで推し色にしたりして光らせコールに合わせて振るものだ。
キンブレ自体もグッズとして販売しているんだけど、これに着けるグッズも別途販売している。
灯身と持ち手の接合部にはめるリングに飾りの付いたものや、取っ手の底から手首に掛けるストラップなどだ。
そういった飾りにチャームパーツとしてそれぞれのシンボルとカラーをつける。
ちなみにルネはピンクのハート。まあそのままだな。
俺は音符と流水を組み合せてデフォルメしたもの。
双子は羽根と花の組み合せデフォルメ。
キンブレもそうだけど、グッズの大まかなデザインはこっちでリクエストして、専門の業者に頼む。
こっちは流石に学校外の所に発注しなきゃいけないんだけどな。この後すぐ連絡取ろう。
発注自体は今、手元の端末からやったけど、詳細は少なくともオンライン、出来れば直で。
学生って事もあってわりと時間はこうしてどんどん無くなっていく。
ライブが終わったらちょっと休むけど、またすぐ次のライブへ向けて動くし忙しい。
慣れれば何とかなるけど、ユニは大丈夫かな?
この世の終わりって顔してるけど。
「あ。レフ。ユニの分のマイクも必要だよね」
おっと。そうだ。それもあったな。
「マイ……ク?」
「ボク達の美声を隅々まで届ける為のアイテムだよ☆」
拡声と録音の機能があって、録音したやつは映像と合わせて後で円盤記録媒体にして販売する。
装着者だけに指示を伝えられるインカムの役目もあるから必須アイテム。
俺達は耳飾りなんだけど、
「ユニは耳……」
チラとユニを見るとビクッと身を竦ませて両手で耳を押さえた。
獣人の場合、わりと頭の上の方に耳があるし、高確率で耳に何かつけるの嫌がるんだよな……。
「み、みみ⁉」
「うん。わかった。耳は無しな」
コクコクコク、とものすごく高速で頷かれた。
しゃーなし。
「大丈夫。ヘアバンド型もあるし」
マイクには装着者だけに見えるインターフェイスが表示される魔術式が組込まれおり、出来上がるまでに幾度も試行錯誤を繰り返した一品だ。大学部製である。
試行錯誤の際、それこそ形態も色々試した甲斐があったな。
ごそごそと備品の棚を漁ってお目当てのものを引きずり出す。
「ユニ、ここに指どれでも良いから置いて」
白い布地で幅広の帯のようなヘアバンドの両端、その裏には同じ色の糸で細かな紋様が刺繍されている。
そこに指を置いて魔力を軽く流す……魔族ならただ数秒指を置くだけでOK、これで使用者の登録が出来た。
「染色前のやつがあって良かったな」
「ね。やっぱり予備って大事ー」
他のはそれそれメンバー色に染めてある。
白はこれ一つだった。ユニは耳飾りが駄目な分、このタイプでやってく事になるだろうから、こっちも発注掛けとこう。




