2.幼馴染との出会い
俺とルネは幼なじみだ。
出会いはもっと見掛けが幼かった頃。
「シアンレードの令息が、ですか?」
「そう。私的な来訪だから同じくらいの子が遊びに来る、と思っていて良いわ」
母からそう言われた時の俺の心境は、ああそうなんだ、くらいだった。
直接会って、話をするまでは。
「はい。領地の特産もつ鍋、召し上がれ」
「――……」
え。
なに。これ。
「?」
ニコニコ笑顔でテーブルの向かいに座り、持ち込んだ魔術回路コンロと食材でもつ鍋を作り、器によそって差し出してくる、見掛け金髪赤眼の美少女な隣の領地領主の令息。
字面だけでもカオスの極み。
「あれ? もつ鍋嫌い?」
「いや、好きだけど」
「良かったぁ! じゃあ、はい」
「あ。ありがと……」
取りあえず、食べてから考えよう。
温かい器に思考を取りあえず放棄する。後で考えよう。
つか、今は無理。
俺が器を受け取ると、向かいの美少女も喜々として自分の分を食べ始める。
ほどよい塩気、脂の甘み。美味い。
あ。部屋に臭いつくかも。
母に怒られるか。そう思い器から顔を上げると、鍋の横にディフューザーぽいものが見えた。
ディフューザーと違うのは、それが湯気とか恐らく臭いを吸引してること。
「…………」
つまり、臭いの心配要らない。
何か、この時点で気にするだけ損な気がした。
そう。この時すでに俺は何か全てを悟ったような諦めにも似た何かを感じていたんだ。逃げれば良かったな。逃げられなかったけど。
「んー! 美味しーい! 頑張って獲った甲斐あって嬉しい」
「? ……獲った?」
「うん! これ、捕獲から解体加工までボクの手作り」
んー? ん? ん?
あれ? 隣の領地じゃなくて、隣の山とか林?
え? 領主の令息……?
猟師とかの聞き間違い?
いや、そもそも令息?
「あのさ」
「うん」
待った。もしかしたら人違いして令息待たせてる可能性……。
ヤバい怖い確かめよう。
「まだきちんと挨拶、してなかった、よね」
「あー……そう、かも?」
上品にテーブルナプキンで口許を拭い、にっこりと笑顔を浮かべて美少女が言う。
「エルリュネット・シアンレード・ミリーツァです。ルネって呼んでね」
スッと片手を胸元に添えて軽い会釈。
最後にウィンクも忘れない。
「レーティフィバリス・アクアリウス・ケルピア。……ルネって、やっぱり隣の領地の子、だよ、ね?」
「もちろん。シアンレードの名前を持ってるこんな可愛い子ってボク以外に二人といないよ。レフって呼んでいい?」
「かまわない。こちらもルネと呼ばせてもらうよ」
「んふふ。よろしく」
大輪の花。そんな笑顔ではにかんで、再び食事は再開される。
「でも、やっぱり兄様に譲ってもらって良かったー。ボク、まだお友達少ないから」
「譲って……?」
「あのね、最初はボクの兄様が伺う予定だったんだけど、ボクが行きたかったから代わってもらったの」
シメの麺料理を作りながらルネが言う。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
器を受け取り、麺を啜る。
音を立てつつも少しも汁を飛ばさない食べ方が妙に綺麗だ。
「ボクの兄様は優しくて強くて気高くて最の高」
ああ。その病持ちなのか。
うちには他に兄弟がまだいないからイマイチわからない。出来ても自分が兄になるから、きっと一生『弟』から見る兄はわからないだろう。
閑話休題。
俗に言う、ブラザーコンプレックス。ブラコンなのはわかった。
「なんだけど、兄様すこしスケジュールきつくて。来てもこんなにゆっくり交流できなそうだったから、それならってボクに譲ってもらったの」
「へぇ……」
何とも言えない。それしか言えない。
あんまりにも気のない返ししか出来ず、逆にこちらがどうしようとなる。
が、しかし。ルネは聞いちゃいなかった。
「兄様ってねー、すっごくゆーしゅーなんだよ? 頭が良くて父様のお仕事を見て手伝ったりしててね」
兄自慢炸裂だった。踏んでもいないのに地雷が勝手に爆発してくかのようだ。地雷と言うか花火か。
「白い髪と小麦色の肌、赤いおめめで、笑った顔がこもれびみたいにあったかくて、お花みたいに儚い感じもして」
これだけ言ってもシメ鍋の中身はドンドン減ってく。
いつ食べてる? いや、俺も食べてはいるけど。
丁度全部鍋の中身が無くなったのと同時に、ルネは完食した食器を置いた。
「でも、怒らせるとちょー怖いんだよ」
つまり怒らせた事あるんだな。
「この間ね」
つい最近かよ。
ルネの言うことには、手土産のモツ鍋素材を作った時の事だそうだ。
「うちの領地って、人間が来やすいから、ときどーき大量発生するんだよねー」
ルネの実家は隣の領地。
湖水地方と呼ばれるくらい湖や水棲種族が多くを占めるうちとは違い、多種多様な種族と実り豊かな陸地、そして何より人間。
「住人は大事なんだけどー、それ以外は害獣と一緒」
人間は大体が陸上で活動している。
となれば狙われるのはルネのいる領地の方だ。
住人は守り、それ以外は退ける。
その為に彼の領地では決まり事があった。
領地やそこに属する者へ害意が存在するかを調べ、無ければ保護、有れば狩る。そんなシンプルな決まり事が。
保護して住人となった後に害を出せば、その時はまた別に法律が適応されて裁かれる。
その前段階の篩で弾かれた害獣を狩るのは、領地の公的機関……ルネの所では騎士団だ。
騎士団のトップは領主。
ルネは領主一族として手伝いをしているのだろう。
「それでー、害獣を釣り出そうと思って、もちろんバッチリ釣れたんだけどぉ……」
手伝いどころか割とガッチリ食い込んでいた。
「トーゼンだよね。だってこんな可愛い子がいたら奴らが見逃すはずないし」
「あー……うん。まあ」
そう、だな。そうなんだけど……何だろうこのモヤる感じ。
俺の中の何かが認める事に抵抗してる気がする。とはいえ、実際美少女(?)なので否定も難しい。
「釣れたのが思いの外、いっぱいでね」
数人というか、一団て単位だったらしい。
早い段階の駆除だったはずなのだが、予想外の数だったようだ。
「それでも余裕で仕留めたんだよ? だけど兄様のお耳に入ったら『そんな危ない事を』って言われて……」
おい。いつの間にパフェ食べてるの? てか、いつ? え。自分で作ったの?
生クリームにチョコブラウニーとチョコソースたっぷりの本体にバニラとストロベリーアイスをトッピングしたそれ。
ダメ押しのようにチョコスプレーが彩りを添えている。
俺の前にも同じものがいつの間にか置かれていた。
「しかも兄様、声荒げたり全然しないの。むしろ淡々と……。向かい合って正座して無言でじっと……」
手洗い休憩や水分補給はさせて貰えるらしいが、それ以外はひたすら正座で無言の圧を掛けられたのが最早トラウマと言えるレベルのようだ。
「とりあえず謝っても、理由をとことんまで詰められるんだよ?」
とりあえずって所が間違ってる。
とはいえ、詰めるのは容赦がないな。
「結局、丸一日そうやって詰められて、反省文なみに悪かったと思う所とその対策を伝えてやっと解放されたんだよ……」
丸一日粘ったんかい。
そんなツッコミが心に湧く。
「でもね」
パッとルネが表情を明るく変える。
「やっぱり、代わって良かった。怒られてもお土産用意したかいがあった」
俺を真っ直ぐ見てくるその赤い瞳が、あんまりにもキラキラしていて、まるでルビーかガーネットのような、宝石みたいで。
「レフ、キレイな声だね。お歌、得意?」
「え。まあ、そこそこ?」
そう答えると、いっそう瞳の輝きは強くなる。
白状しよう。俺はこの瞳にあてられた。
だって、その真っ直ぐな瞳には、憧れや期待の色がたっぷり詰まっていて、そんな風に一心に見られる事なんて早々ない。
好意詰め合わせみたいなそれは、一種の誘惑で魅力だ。
家族以外からそんな期待を向けられるなんて初めてで、そこに負の感情が欠片もないなんて惹かれて当然だろう?
「ボク、レフのお歌聴きたいなぁ」
「……独りはちょっと」
「じゃあ、一緒に歌う! それなら歌ってくれる?」
「うん」
こうして、俺とルネの付き合いは始まった。
まさかこの時にした軽い了承が後々まで有効にされるとは知らずに……。
俺達は楽しく歌っていた。