17.何で区別が存在してるんですか?
「というわけで、ユニ。今回はルネについて対応覚えて」
「対応……?」
「そ。非戦闘ファンの誘導と戦闘参加ファンへの指揮」
「あの、何で区別が存在してるんですか? 普通、避難誘導ですよね?」
まあ、人間のファンはほぼそれで良いけど、魔族はほぼ参加側に回るからなぁ……。下手に動かれるならこっちで指示出して動いてもらう方が効率良いし。
実際、チケットに戦闘参加有無を入力してもらってるけど、ほぼ人間と変わらない魔族でも参加にチェック入れてるんだよな……。下手すると人間でも。
むしろ参加を制限した方が良いんじゃないかとも話出てるし。
「あの……アイドルのファンてそういうものでしたっけ? 何か違和感あるんですが」
「その違和感は正しいとは思うけど、俺達は俺達だし、俺達の伴侶星はそうなの」
うちはうち、他所は他所。
「そもそも場所を変えるとか……」
「そっちの方が手間なんだよな」
場所が大体分かって、時間も多分ここだろうって当たりがつけられる状態なら、俺達が場所とか変更するより、俺達が迎え撃つ方がコスト考えると断然良い。
俺達が場所とか時間を変えたらファンにまず負担が掛かる(普通は戦闘が発生する時点で負担のはずだけど何故かうちの伴侶星達は喜ぶからノーカン)し、警備的にもわかってるなら多少の増加で済むのに、移動したら改めて新規配置になって余計人員費用とか掛かる。
勿論、俺達が迎え撃てないなら場所変更とかにするけどな。てかまずその場合は間違いなく強制的に変更指示が騎士団(公的な所)からくる。
迎え撃てる、対処出来るレベル、対処出来ないのはむしろ問題って判断されたからこその、ミウさん通しての連絡だろう。
それでも自信がないなら中止しろってことだ。
「あ。ちなみにユニ、敬語直ってないからペナルティ。ポーズ練習の時間増やすから」
「ひっ!」
ひ! 言うな。
歌って踊りながらの魔術に関しては、血反吐を吐きながら練習してる甲斐あってユニもまあなんとか突発的なトラブルが無い限りは出来てきてるが、ポーズとか取る時がダメダメのままだ。
笑顔がまず笑顔になってない。ポーズも止める所はピシッと決めないと何やってるかわからない。
改善の余地はまだまだある。
「ユニ、ユニ。大丈夫。ボクのマネしてればすぐだよ!」
キュルン! とまぁ美少女な笑顔とあざといポーズで言うルネ見てると、一瞬、簡単なんじゃないかって騙されそうになるよな……。
「いや、騙されないですよ? 絶対そんな簡単じゃないでしょ!」
おお。ユニが学習してる。偉いぞ。
まあ、学習しても結果は同じだけど。
「えー? 騙してないのにぃ」
そうだろうな。こいつにそんな考えはないだろう。実際、本当にルネのマネを完璧に出来ればある程度の時間稼ぎは出来る。
完璧にマネ出来れば、だが。
いっそ無心……悟りの境地に至って自動人形のようにマネ出来れば楽にはなれそうだ。
「もう時間もないし、伴侶星達との初対面なんだから死ぬ気でやるしかないな」
「そうそう! 一番似合うヘアメイクとかアクセサリーとか色々選んで決めるものは沢山あるよ」
「いや、そういうのは……勝手にしてもらっても良いので…………わからないし」
「はい、ユニ。筋トレ追加な」
「ひょ!?」
なに驚いてるのか。
「もー。ユニ、ダメだよ? そういうのも自分で選んでこそなんだから」
選ぶ所からファンに向けたサービスは始まっている。これはデートの時に何を着ていこうか悩む事に似てる……んじゃないかな。多分。
相手に、俺達ならファンに、一番似合って見栄えのする自分を見て欲しい。だから真面目にそれぞれ選ぶ。
「ボクはいつだって、一番可愛いボクを届けたい」
ルネの伯父上はいつだって完璧な衣装を提供してくれる。けど、それでもルネはもっとこうしたいとか、ここはこうだと良いとか、意思表示する。
それが無い時でも、どこがどう良いと思ったのかをきちんと伝えている所は、ユニも見習って良いよな。
「ユニ、素材は良いんだから」
「あの、な、なな、なんで、近」
「お買い物、いこ」
明日の放課後の特訓メニューが決まった。
「それで。何でいるんだ?」
放課後に向かった第一階層、シアンレード領の領都。中心街にある上から下まで化粧品を集めた五階建てのお洒落なキャンディポットめいた外装の店舗の前で、ソワソワウキウキと佇んでいたカシス某がいた。
俺の言葉にルネがカシス某のそばに立つ。
あ。カシス某、尊死って顔で昇天しかかってるけど大丈夫なのか?
「ボクがお願いしたの。なんたってここ、彼のお家の事業だし」
コスメショップ【アルモニー】は第二階層の貴族とシアンレード領の共同開発で化粧品を作るブランドだ。基本的にはネット販売で、実店舗はここだけ。
カシス某が軽く咳払いをして、優雅に一礼する。
「本日は、アルモニー総責任者、ヴィルカシス・コルディエ・リュコスがご案内します。皆様がどうか楽しいひと時をお過ごし頂けますように」
薄い桃色のガラスとアンティークゴールドを基本として、砂糖菓子を入れるガラスポットのような外観の店舗。
茶に近い濃い紅のマットレスを踏み、大理石の床が出迎える中へと足を踏み入れる。
明るく高い天井には照明の光球が星の様に光っており、BGMには曲ではなく森など自然の音が使われているようだ。
「あちらの奥にある鳥籠形の昇降機か、反対の金の手摺がついた階段で上の階と行き来が可能です」
案内に広い店内を見渡せば、左右端に二階へとつながる緩やかなカーブを描く踊り場付きの階段。
さらにフロアの奥中央に、二機の昇降機が設えられている。
出入り口付近に一つ、フロア中間の壁際に二つの会計所があった。
「一階は基礎化粧品や洗顔や洗髪用品など普段使いの品物を主として取り扱っています」
かなり広いから取れるのだろうが、通路もゆったり、店内用だろう車椅子形の浮遊板もこれなら使いやすいだろうな。
「二階及び三階はカウンセリング化粧品。一階に比べれば少々値がはるものや、種族に特化した特殊な化粧品を取り揃えております。なお、日用化粧品含め各階にカウンセリングカウンターがございますので、どの階でもお気軽にご相談下さい」
にっこりと卒のない営業スマイルで、声を震わせる事なく説明している姿に、これ偽物かな? と思わなくもないが、さっきの尊死みてるから多分本物なんだよな。流石腐っても貴族。
感情の制御や外に出さない技術はユニに見習わせたい。
「四階はカフェサロン。美と健康の為のお茶やお菓子をご用意しています。そして最上階の五階は撮影スタジオになっており、四階と五階共に貸し切りも可能です」
さり気なくカフェサロンの所では今の季節のオススメ商品を添え、各階の説明を締めくくる。
「皆様の美と健康の為に全力で取り組み、応援しております。是非、美と健康に関わる品物のお求めはアーモニーで」
優雅な仕草と柔和な笑顔。まさに貴族という気品をオーラとして纏って一礼した。
「説明ありがとー! じゃ、まずは一階で洗顔とか洗髪の日用品と、基礎化粧品からだね」
そう。終わりじゃなく、ここから。
今の説明はチュートリアル。
ここからが本番。
「ルネ様、レフ様は会員証はお持ちですか?」
「ボクは持ってるよ!」
「俺は……あ。あった」
ルネはカードケースから、俺はミラーリのアプリから会員証を取り出して提示する。
「はい。結構です。それでは……」
ヴィルカシスの目がユニに。
「あう。持ってない、です」
「畏まりました。ではまずカウセリングカウンターで会員手続きをお願い致します」
笑顔……ではあるんだけどな。
何か圧。
この手順は絶対省略しないという、断固としたものを感じる。
俺達はユニがヴィルカシスによってカウンセリングカウンターにドナドナされて行く後に続く。
カウンセリングカウンター、とは言うものの。
いくつかのテーブルとソファ席で構成された島が点在するそこは、カウンターと言うより小規模のサロンのようだった。
「こちらにお掛けください」
一人掛けソファに座らせられたユニは落ち着かない様子で身じろぐ。
まろ眉だが明らかに困った様子のハの字になってる。
「まずは簡単な質問事項に回答して下さい」
「はい……。多い」
「口頭で答えて下されば、こちらで入力も致しますがどうされますか?」
俺もやった事あるからわかる。
確かに質問自体は簡単なのだが、数があるんだよな。
ヴィルカシスの問いに、ユニがお願いしますと頭を下げるのを横目にしつつ。
「ルネ、それいつ持ってきた?」
俺とルネは隣の島のテーブルとソファを使っているのだが、いつの間にか向いに座るルネの前には化粧品がズラッと並んでいる。
「今!」
「……全部買うのか?」
「んー。試して良かったら、かなぁ」
肌の色味を調えるコントロールカラーから始まり、アイライナーやネイルまで。今までの手持ちで見たことないヤツが沢山。
「レフも試そうよ。これなんかパール配合してるから、すっごく細かいキラキラが可愛いし」
「俺はキレイ系の透明方向に揃えてるからパス」
ルネは見たまま可愛い系。双子は男性的なカッコイイ系でそれぞれメイクや衣装を作っている。
ユニは俺と同じ方向に持っていく予定だけど……。
「俺との差別化で、キレイ系透明感の可愛い系にするか」
「ユニはそっちの方が良いね」
ちゃっかりもう幾つか化粧品を試しつつルネが言う。
「なあ、ルネ」
「うん?」
「お前、もし万が一、ユニが選ばれなかった時はどうする気だ?」
「え? 無いと思うけど、もしそうなったら約束したんだし、ヴィル君を入れるよ」
「そうか」
「うん」
こういう所だよな。
本当に何を考えてるか未だに読めない。
お前がユニを入れるって言って、色々肩代わりして、言い方悪いが借金背負わせて加入に持っていったんだぞ?
なのにコレである。
「レフ」
「ん?」
「大丈夫。そうならないよ。多分」
「その自信はどこから来るんだよ」
「んとね、直感かな!」
……絞めて良いかな。
「やだぁ。そんな恐い顔しないでよレフ」
「そんな顔させるなよルネ」
「はぁい。まあ、でも正直」
ルネはキュッと新色のリップを試した唇の口角を上げる。
「これくらい乗り越えなきゃ、やっていけないでしょ?」
それはそう。
いくら期間限定とはいえ、アイドルってのは甘くない。




