15.決闘だ!
「お、お茶です!」
「遅い。ミルクと砂糖がない」
「すぐに!」
シル先輩とミト先輩がバタバタと給仕……。
「お茶菓子は? それとテーブルもない。もういいや。どっちかがテーブルやって」
シル先輩が給仕してミト先輩は四つん這いでテーブルになった。
「ふう……。ごめんね。この子達、全然気がきかなくて」
「いえいえ。目的達成したらすぐ帰るつもりだったので」
にっこりと理事長はパイプ椅子に腰掛け、一口飲んだティーカップとソーサーをミト先輩の背中に置く。
「そうそう。新しいメンバー入れたんだよね? 僕にも紹介してくれるかな?」
「はい。……ユニ、自己紹介」
いつの間にか壁際で気配を消して佇んでいたユニを呼び寄せる。首を横に振るな。来い。
「ユリティニカ、パンスです……よろしくお願い、します」
「ちょっとこっち来てくれる?」
「はい……」
おっかなびっくり理事長に近づいていくユニ。
大丈夫だ。とって喰ったりはしない。多分。
理事長が小さな指にユニの前髪を挟んで、少し持ち上げる。
「ふぅん……。レーティフィバリス君」
「はい」
「この前髪どうするの?」
「本人次第ですが、一旦は切らずにピンで留めるなどで対処しようと思っています」
「そ。顔見せるならいいや。ありがとう」
パッと手を離して理事長は満足そうに再び紅茶のカップに手を伸ばした。
「あの、何で前髪?」
「何でってそりゃ、商品価値は最大化しないと」
ユニの問いにそう答えると、質問した当人はキョトンとした雰囲気になる。わかってないなこれ。
「理事長も出資して下さってるから」
「そ言うこと」
満足気に笑む(見た目は)ショタ理事長。
「期待してるよ〜。あ。次のライブのチケット手配よろしくね」
「はい。後ほどお送りします」
一応俺達、部活動としてやってるからな。
ちなみに理事長は初等部から大学部までの統括理事だ。
「何か必要なものがあったら遠慮なくこの子達に言ってね。とりあえず今度来るまでに応接セットくらいは用意させておくから」
「お気遣いなく。先輩方には充分良くして頂いていますし、いつも丁寧迅速な対応で感謝していますから」
「はぁ……中等部の子でもこれくらい出来るのに、キミたちときたら」
理事長の視線にシル先輩とミト先輩が呻く。
あんまりイジメないであげて下さい。後で機嫌取るの面倒なので。
まあ、用事も済んだし。ここは静かーにお暇しようかな。
「あれ放って帰って良かったんですか?」
「ユニ、また敬語」
「うあ。えっと、良かったの?」
「大丈夫大丈夫。むしろ長居するとユニも根掘り葉掘りされるよ?」
「あー……」
大学部から中等部の校舎に帰って来た。
多分もうそろそろ親戚接……親戚同士の団欒も終わっているだろう。終わって無かったらそのまま帰ろう。
そんな事を考えて廊下を歩いていた……んだが。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉ やっっっっと見つけたぞ!」
え。なに。何かトラブルの予感てか本気で誰? 誰が誰に言ってる? 俺の聞き覚えない声だから俺達じゃあ無いよね? え。でも何か足音がこっちに駆けてきてる?
「お前!」
猛スピードで後ろから駆けてきた見覚えの無い人物が振り返った俺達の前で急ブレーキを掛け、ビシッと指差す先は……ユニだった。
てか人を指差すとか無礼だな。
「お前、決闘だ!」
「は?」
ユニの顔が真顔で固まる。
「お知り合い?」
「全然知りません!」
超速攻でユニが叫びながら頭を左右に振る。
しかしなるほど。お知り合いではない、と。
なら、
「どんな恨み買う事したの?」
「そんな心当たりもありません! 知り合いじゃないって言ってるじゃないですか!」
いや直接的じゃなく、間接的にってセンも捨て切れないじゃん? と、常日頃ルネと接していると思うワケよ。
「僕を知らない⁉ お前っ」
「いやいやいや、当たり前でしょ⁉ どこのどちら様ですか⁉」
「僕の名はヴィルカシス・コルディエ・リュコス! この名を聞いたからには決闘は確定だ!」
「いや、なんで⁉」
ユニが即ツッコんでいる。
そりゃ、この名を聞いたからには死んでもらおう、くらいのニュアンスで決闘確定させられればそうも言いたくなるよな。
「お前如きが新メンバーなど、断じて許さんっ!」
「は? いや、あの、別にやりたくてやるわけじゃ」
「はあああぁぁぁっ? やりたくてやる訳じゃない? は? お前、なんなの? 今すぐ辞めろ!」
いや。ユニが辞める辞めないは君に決められる事じゃないな? ユニ自身だって決める権利が今はないのに、ぽっと出の第三者なんて論外。
という事で止めようか。
「ストップ。うちのグループメンバーに口出せる権利をそちらはお持ちでないですよね? ユニも迂闊に喋らない対応しない。ややこしくなるでしょ。そして俺の仕事が増える」
「う……ごめんなさい」
「わかればヨロシ」
気まずそうに項垂れるユニに頷きつつ、俺は改めて第三者に目を向けた。
無駄に薔薇とか背負って似合いそうな顔面。枝毛とか無縁そうな銀髪に金眼。
顔だけは良いな。チビでもなく、身体のバランスも細身ではあるけどヒョロガリではなくて何着せても様になりそうではある。
つまり、外見だけなら充分いける。
でも、だ。
「不合格」
「なっ、に」
「外見『だけ』なら合格だよ。そんだけでアイドル出来るならな」
おいユニ、「え。あれでもダメなんですか?」って顔すんな。今まで何を体験してきた。
「そもそもいきなり決闘とか言い出す常識の無さと無礼さがダメだろ。どんな法か知ってるならそれが『誰のために』作られたかまで認識しろ。認識してるにも関わらずやったならそれこそねぇよ」
あー、もう、何で俺が他人様の領法まで言わねばならんのか。今日は濃い諸先輩方とあの狸理事長のせいで疲れてるってのに。
「あれは力無きもの、不当に踏みにじられた者を救済する為の法律だ。基本人間仕様だ。『格下』が格上に挑む為のものだ」
第三者……えーと、何か木の実みたいな名前のが顔色を赤くしたり青くしたり忙しないな。
「格下なの?」
首を横に倒しながら聞いたら第三者が固まった。音でもしそうだな。ピシッて。
何でユニは、はわわわ……って感じになって右往左往してるの?
第三者プルプルしてるし。
「お言葉、ですが」
震えたまま第三者が低く声を絞り出す。カシスジュース飲みたいな……。
「なに?」
「それを、言うなら、何故、無礼も何も無さそうなこんな野暮ったい粗野な見た目と全然自分の幸運な境遇も噛み締めなくて災難とか思ってそうな勘違い野郎は良いんですか?」
凄いな。後半一気に一息で言ったぞ。めっちゃユニディスってるけど。
「いや、災難……とはもう…………幸運だとは思って…………一応自分なりに頑張ろうと、ひっ!」
「…………」
ゴニョゴニョ言ってるユニに射殺せそうな視線を向けるカシス何某。
「んー……ルネが欲しいって言ったから?」
それがまず第一。てか、ほぼそれ。
「呼んだー?」
「噂をすれば影が差す……」
伯父上の相手はどうした。終わったのか。終わってても今日はもう帰って来ないと予想したのに外れたな……。
ん?
カシス何某、物凄い顔でルネ見て固まってる。
何だろあの形容しがたき表情。いや、見たことあるような?
え。ちょ、泣き出した。怖い怖い!
「あれ? キミ」
ルネはカシス何某に見覚えがあったらしく、小首を傾げたがすぐに笑顔になる。
「いつもライブ観に来てくれて、お手紙くれる子だよね? 応援ありがとー」
「っ…………! ……!? ……と」
いや、怖い! マジで怖い!
ドヴァ……とカシス何某の目とか鼻とかから何か溢れてるんだが。多分、涙とか鼻……え、血? 鼻水と鼻血だとどっちがマシか判断に迷うな。
「どぉどぃぃいいっ……!」
なんて言ってるのかわからん。
ガクゥ! と崩れ落ちてる姿が、ごめん、キモいとしか……。
関わらない方が良いやつだ。ユニも同じ見解のようで、青い顔してこっちを見てきた。
なんでこうもルネのファンて色々ヤバいのしか居ないんだ? いや、考えて見れば双子のファンもアレな人達だし、これはもうあの一族のファン……あの一族にはアレな人達を惹きつける何か……いや、俺は違う。断固として違うと主張する。
俺とユニは巻き込まれた一般人。……そうか、だからユニにちょっとシンパシー感じるのか。納得。
「んーと?」
小鳥が首を傾げるようにルネがカシス何某を見る。
「いや、何か、ユニが加わるのが気に入らない、系の?」
「あー。そうなの? ふーん」
そうだよな。ふーんだよな。
ルネにとってこれはそんなもんだ。
「つまり、自分の方がユニより相応しいってコト?」
「まあ、そういう主張で間違いないんじゃないか」
「なるほどー。じゃ、比べてみる?」
「「「は?」」」
にっこり笑むルネに不吉なものを感じる。すげー厄介な予感……。
ピシッと片手の人差し指を立ててルネは言う。
「今度のライブ、ユニとヴィルカシス君が出て、他のファンにどっちが新メンバーに相応しいか決めてもらおう!」
「おい。いきなりとんでも無い事を言うなこのバカッ!」
どーすんだよその変更をした場合の調整諸々! 確実に俺の仕事だろ!
本当はド頭を引っ叩きたかったが、ファンの手前、襟を締め上げるだけにした俺えらい。
「やーん。苦しいよ、レフ」
「あんまりふざけた事ばっか言うならこのまま落とすぞ」
「ふざけてないのにー。真面目だよ?」
「なお悪いわこのバカ!」
これ以上仕事を増やして学生なのに俺を過労死させる気か!?
「れ、レーティさん、気持ちはわかりますけど、本当にやらないで下さいっ」
「止めるなユニ。あと敬語。くだけ具合『だけ』はこれ見習って良いから」
「あわわ……目ぇ据わってますって!」
おっと。アイドルとしてしちゃいけない顔になるのは宜しくないな。落ち着け、俺。
思いの外、力が込もっていたらしい。ルネの襟から離した手のひらが白かった。




