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14.いやどういう意味です?



「騒々しいぞ。入室はもっとスマートにするものだ」

 とは銀髪をポニーテールにした眼鏡、緑の目の麗人先輩の言。

「まったく、忙しいのだ。用件は手短にな」

 これは黒髪に赤い目、そして垂れ犬耳の先輩の言だ。二人共にシャツとズボンの上に白衣という出で立ち。

 ドンドンドンドンドンドン! と悪質な取り立て屋の如く扉叩きまくった関係でちょっと拳が痛いが、効果はあった。どちらも体裁を完璧に取り繕っている。

「すみません。シル先輩。ところで手にしてる本、天地逆ですよ」

「う、うむ」

「そうですね手短にしますね、ミト先輩。ところで頭ボッサボサですよ手鏡とブラシの常備をオススメします」

「あ……」

 うん。今日も愛すべき馬鹿(愛すべき諸先輩方)だ。どっちも美人なのに同じくらい親しみ易い(アホの子)なのでついつい気安くなっちゃうんだよなあはは。あ。本音と建前逆になってた。まあ、心の声だから問題なし。口と態度に出さなきゃOK。

 それにしても……いつ見ても何も無い(シンプルな)室内だ。

 白い天井と壁、床は飴色の木製タイル。そこに二人のアルミ製デスクが通路みたいな幅開けて並んでる。あ。前回と違って薄っい安そうな白いカーテンが窓についてる。

 そして変わらず部屋の隅には茶色い紙製の箱が積まれていて、中身は諸先輩方の試作品やコレクション。

「そ、それで? 小生達は忙しいのだ。早く用件を聞かせて貰おうか」

 天地逆だった本をさり気なくデスクに置いて、シル先輩がほぼ伊達な眼鏡をチャリチャリさせる。動揺し過ぎですよ先輩。

「先輩方に新しいメンバーを紹介しに来ました。ユニ、入って。大丈夫。お二方とも優しいから」

 大丈夫大丈夫。怖くないぞー?

 てか早く来て。そんな視線と笑顔でまだ部屋の外で固まっているユニを手招く。

 意を決したのか強張った表情をしつつも、ユニが部屋に入ってペコリと頭を下げる。

「新メンバー? よく入ったな」

「ミト先輩、それどういう意味です?」

「諸君らの中に突撃出来る度胸と神経がある者が身内以外に居るとは、吾輩予想していなかったゆえ」

「別に度胸も神経も要らないと思いますよ?」

「「いや絶対要るだろ」」

 息ぴったりで合わせやがった諸先輩方。こういう時に息が合うんだからやっぱ仲良いんだな。

「あの、新しく入りました。ユリティニカです。よろしくお願いします……」

 まだビクついてはいるものの、きちんと挨拶するユニに諸先輩方が何故か憐れむような目を向ける。何でだ。

「可哀想に。何かよっぽどの事情があるのだな」

「然り。自身の意志ではないのだろう。難儀な事だ」

 いやどういう意味です?

 何か同情めいた視線をユニに向けながら、諸先輩方はユニにお茶や焼き菓子を勧めている。

 こっちには無いんですか。

「いえ、い、一応自分の意志、です」

 ユニ、一応って何だ一応って。

「そうかそうか。ほれ、ここに座れ。遠慮するな」

「これも食べてみろ。美味いぞ」

「うちのユニを餌付けすんのやめて貰えます? 貴方がたは孫を可愛がる親戚のご老人ですか」

 まあ嫌われるより気に入られる方がこの人達は良いけど。

「いや、何か可愛くてな」

「然り。貴殿達のような輩と比べるとどうしても庇護欲がそそられてな」

「シル先輩はまあ良いですけど、ミト先輩はアウトですね。失礼です。こちとら発注主ですよ。先輩達にお仕事あげてる側」

 しかもこの先輩ドサクサに紛れて輩とか言った。

「そういう所が可愛くないのだが」

 今度価格の割引交渉しようかな。

「話が進まないので、こっち見てもらって良いですか」

 パンパンパンと手を叩き、全員の視線を一度こっちに集中させる。

「ユニが自己紹介したんで、諸先輩方もお願いします」

「シルルだ。よろしく」

「アルティミトだ」

 シルルというのが銀髪に緑瞳の麗人な先輩。アルティミトというのがシル先輩より若干失礼な黒髪に垂れ犬耳の赤瞳な先輩だ。

「シル先輩は主にアクセサリー系の道具を作ってくれて、ミト先輩はそっちとは別系統の道具を供給してくれるから。具体的にはバイクとか大きめのやつ」

「え。バイク……ってあの他世界の道とか走ってるっていう機械ですか?」

「そうそう。俺達も時々パフォーマンスで乗ったりするから。あ。大丈夫。運転は主に双子がやる」

 まあ俺もルネも運転は出来るけど。

「何か道具が壊れたり使い方わからなかったら、それぞれの先輩に連絡して」

「新しいメンバーという事は、ユニ君の衣装も装身具化するのだろう? データ寄越してもらおうか」

「はいはい。これでお願いします。こっちが衣装」

「データって何ですか」

 シル先輩の携帯端末(ミラーリ)にルネの伯父上から預かったデータを転送する。

「うん? ユニの身体データだけど?」

「何勝手に共有してるんですか⁉」

「「必要だから(な)」」

 シル先輩とハモった。

「小生の構築した術式には各部位の正確な座標が要る。衣装と各道具(デバイス)の連結連動が」

「話すと長くなるから割愛しますよー」

「待て。これからが」

「うちの新メンバーが辟易するんでやめて下さい」

 割愛するっつってるでしょうが。それでも言うならオブラートに包みませんよ。キリがない。

「おい、吾輩にもデータ送れ」

「はいはい」

「プライバシーって知ってます⁉」

「大丈夫だよユニ。諸先輩方とはちゃんと機密保持契約してるから」

「そういう問題じゃなく!」

 恙無(つつがな)くデータ共有は終わる。

「どんなに騒いでも必要なんだから仕方ないだろ。いい加減、ユニも慣れる……というか腹くくって」

 なにはともあれ、これで衣装替えの道具も作ってもらえる。

「データ、受領した。明後日には送れるだろう」

「こっちは曲データも必要だ。振り付けデータもあるのだろう? 演出に関係するものをゴソッと全部送れ。他データが来次第、対応する」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

 よし。これで曲、衣装、小道具が揃った。あとはひたすらユニを鍛えるのみ。

 宣材写真も撮ったからグッズも発注出来たし、俺、頑張った!

 と言いたいところだけどまだあるんだよなぁ……。会場のデザインも少し変更したりチケットの販売とか諸々の確認とか。

 ほんと、分裂でもしないと間に合わないレベルになってきた……。俺も練習しなきゃだし。真面目に裏方補充は検討だな。

「しかし、失礼は承知だがよくこの新メンバーを入れようと思ったな?」

 シル先輩の言葉にミト先輩も頷く。

「吾輩にもわからんな。今受け取ったデータを見ても特段何かあるわけでもなさそうだが」

「本当に失礼ですね先輩方。いいんですよ。うちのルネが直々に拾っ……スカウトしてきた逸材なんですから」

「「今、拾って来た言おうとしたろ」」

 疲れてるから取り繕いも甘くなるんだよなぁ。失敗失敗。

「あ、あのっ」

「なに? ユニ」

 クイクイとユニが顔を引きつらせて袖を引く。

「な、なんで、体型とかのデータでこんなの言われてるんで……言われるの?」

「ああ。そりゃ、体型以外のデータも見やすくレーダーチャート表示にして閲覧出来るからだけど?」

「…………は?」

 体型データの他、学園のデータベースとも連携して情報引っ張ってきてるから、簡易表示でレーダーチャートが見られる。

 レーダーチャートってのは円の中に複数個の項目があって、それぞれの項目の頂点を線で結んだやつ。

 今のユニはどの項目も低くて、俺達と比べると結ばれて出てくる図形自体が小さい。

 ちなみにこのレーダーチャートには期待値の図形も表示出来る。

「なっ、あの、ねぇ! ふぎゅ⁉」

「それでも、これだけ数値が違うとハッキリ言って足手まといでは? まあ顔の造形は期待値高いが」

 シル先輩が優雅に、しかしがっしりとユニの顎を片手で下から掴んで、色々な角度から観察している。

「このデータを見る限り、脳筋の香りがするな。考査も近いだろう。大丈夫か? この成績で」

 ミト先輩はデータとユニを見比べて眉を下げる。あの顔は本気で心配してるな。

「ご心配なく。これからが勝負なので」

 いわずもがな赤点なんて取ったら補習で部活も制限される。それは絶対回避させないといけないから、手は尽くしますよー。

 ルネはいつも成績は中間を維持してるし、俺はユニに付きっきりでも問題無いよな。

 シル先輩がユニを解放するのを横目にしつつ、また増えた業務に少し疲労を感じたが仕方ない。

 データで苦手科目はなんとなくわかるし、ルネよりは教えるの楽そう。落ち着きって意味で。

 まあそんな感じで和気あいあいとしていたんだが……。

「キミたち、パトロン様にあんまり失礼なことして機嫌損ねないようにね?」

「ひゃっ⁉」

 今まで無かった声音が突然その場に落ちたもんだから、ノミの心臓なユニが飛び上がった。垂直飛び。

「「理事長」」

 先輩方の声と表情が揃う。うげ、って感じに。

「なぁにかなぁ? その顔と声ぇ……。僕、理事長よ? 権力者よ? 今まで散々、うだつが上がらなくて万年赤字のこの研究室を潰さないで目溢ししてあげてた慈悲の化身だよ? その態度なくない?」

 淡い茶の髪に丸い耳と子供らしく丸みのある顔。瞳はくりくりとして、その言葉とは似つかない可愛らしさだ。身長なんて俺の胸下までしかない。

 白いシャツにリボンタイ、茶基調のチェック柄ベスト、濃い目の茶の膝丈ズボンに靴下ベルトで紺色のソックスを吊っている。足許は見るからに質の良いローファー。後ろを向けばふさふさな尻尾が見えるだろう。……狸のな。

 可愛い。が、銭ゲ……利益追求はフェルグスと張るんじゃないかな……。

「ねえ、お茶は? あと、応接セットもないのに自分達の作業机とかだけ充実させてるってどうなの? バカなの? パトロン兼クライアント様に見逃して貰ってるからって甘え過ぎなの自覚して?」

 とりあえず俺は壁際にあったパイプ椅子を理事長の所に持ってこう。

 すぐにパイプ椅子に腰掛けて足を組む理事長。一応座る時にお礼を言ってくれる。そして諸先輩方を睥睨する。

「ねえ、お客様、しかも何度も言うけどパトロンに用意させるって正気?」

「も、申し訳」

「謝る前にまださっき言ったお茶出てこないんだけど?」

「た、只今!」

 パイプ椅子に肘置きがあれば皇帝の玉座に見えそうな気がする。まあ実際偉いんだけど。

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