表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

10.学園は社会の縮図




 ユニのご両親は幼い子供ほど無邪気には喜べていない。

 そりゃそうだ。同じだったらむしろ心配になる。

「ご夫妻には引っ越し先でお仕事も用意してあります。具体的にはユニカのお父君には領立公園の管理人をメインで、後々はツアーなども行う予定なのでそのガイドなど。これは範囲が広大なので幾つかのエリアに分け、その中でご住居のあるエリアが担当になります」

 慣れるまでは月給300,000Cと聞いている。

 試用期間は半年。その後に改めて見直しを入れて給与の改定が入る仕組みだ。

「お母君には最寄りの村で売店を開くのでその販売員か、ルネのお母君が運営している花畑でのお手伝いなど選択肢があります。どちらもちょっとと言う事でしたら応相談で」

 花畑はわからないが、売店の試用期間は三ヶ月。

 ただ月給がその間は160,000Cらしい。

 正式登用で200,000Cだ。

 フルタイムは難しいだろうとの事でシフト制。わりと良い条件じゃなかろうか。

 ここから保険料とかそれこそ税金が引かれるから実際に手にする金額は少し下がるが。

「うちはねぇ、病気になったりしたら領民だと治療費に割引あるし、(サークル)交通機関の発達は一番だから、便利だよぉ?」

 ふふん、とルネが自慢気に薄い胸を張る。

 その背にある純白の翼がソワソワと揺れていた。

「陣を使えば気軽に領都まで行けるし、領民なら領都に入るのにお金も掛からないよ! 領都はたーっくさん、お店もあるし、楽しいものがいっぱいだから絶対来てね!」

 ユニの弟妹がそんな言葉にわくわくと瞳を輝かせる。キラキラして眩しい。

 まあ実際ルネの言葉はその通り。

 かつては草原だった場所は今や大都市でエンタメの発信地だし、人間が利用し易いように陣の開発と整備が進んで今では蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 どこでもすぐ移動出来るので最近は自前で移動出来る魔族でも使ってる事が多い。

 幼い子供達のキラキラと好条件にユニのご両親は物凄く揺れている。

 多分最後の躊躇は……。

「とても良い、身に余る待遇ですが……借り主は私ではいけないのでしょうか?」

 ユニ父君が困ったように眉根を寄せながら言う。

 そうだよな。子供に債務負わせる形だからそりゃ二つ返事で頷くわけない。

 いや世の中には二つ返事でやる鬼畜もいるけど。

「先程も申し上げた通り、これはユニカさんが私達のメンバーとして活動することが前提の融資になりますので、私達ひいてはスポンサーが必要としているユニカさんが借り主でなくては意味が無いのです」

 物凄い人でなしな言い方するなら、ユニが関係ないならそもそもその家族がヤバい状況でも助ける義理も理由もない。

 助ける理由と義理の対象が借り主にならないと意味が無いのがおわかり頂けるだろう。

「ただし融資した額の返済はユニカさんだけに限定しませんので、ご家族で少しずつ返す形でも一向に構いません。また、この融資は領の預かりとなるので、他の金融機関に権利を渡すこともしないのをお約束します」

 たちが悪い民間だと、借金自体を別の所に譲渡したりするのもあるからな。

 まあ、複数借りてる場合は一本化するためにやむを得ない時もあるけど。

「それから、ユニカさんには軽く言ったのですが改めて。私達の活動はきちんと利益分配を行うので、ズバリお給料が出ます」

「え。本当に出るの?」

「出るよ」

 ライブがない月でもライブに向けてのレッスンはお仕事だ。当然、毎月一定額が支払われる。

 ぶっちゃけユニなんかそれこそ文字通り血を吐くくらいレッスンするんだから何も無かったらやってられない。

 学園の部活動とはいえ、むしろ学園のだからこそ、利益を上げる事は推奨されている。

 学園は社会の縮図だ。

 自分達の能力を活かし、それを使ってどう生計を立てていくかを実験出来るまたとない機会。

 だからこそ、利益を上げる活動が公認されている。

 一部例外はあるけど。例えば風俗業とか。

 種族としての生業を持ち込むならありにしなければいけないが、それだと学園の風紀を一定以上乱す事態がおきかねない。

 そういう諸々があって学園内で娼館などの運営は禁止されている。

 ホストクラブなどは高等部からは運営許可が下りるけど、色々制約はあるらしいと聞いた。

 閑話休題。

 そんな訳で俺達はしっかり稼ぐ。

 歌やダンスなどでファンを楽しませる為に日々レッスンし、その対価として利益からきっちり給与を出して分配している。ライブまでの準備に費やす時間や体力、研鑽(けんさん)だって仕事です。

「……父さん、母さん。出来れば、この話受けていい?」

 ユニが覚悟を決めたようで、ご両親へと向き直る。

「ユニカが納得しているのなら、私達は良い。……すまない。だが、返済は私達に回しなさい」

「そうよ。不甲斐ない親だけれど、仕事まで用意して頂けるなら、お母さん達だってやるわ。それに……返済しながらでも今よりずっと良い暮らしになると思うもの」

 まとまったな。長かった。

 もー、ちょー頑張った俺!

 さくさくとユニに契約書に署名捺印もらって、これでやっとユニ正式加入! ここまで長かった! そしてここからが本当の始まりだ。

 切り替えてこー!

「わーい! じゃ、さっそく引っ越そうね!」

「え゛」

「そうだな。契約書に署名もらったし、もう手続きOKだし」

 こんな危険地帯さっさとトンズラ決めよう。

 ほんといつ何が起こるかわかんないし。くわばらくわばら。

 そんな訳で俺が手を叩き、ルネがどこからともなく取り出したホイッスルを一吹き。

「やっちゃってー」

「え? え? え?」

 ユニとそのご家族が目を白黒させている内に現れる全身白い服装の団体。

 一斉に手早く、もう光の速さで家財一式を梱包していく。

「ユニとそのご家族はこちらをお持ちください」

 予め用意していた転移石を渡す。勿論、全員分。

 なおこれも融資の中に込みである。

「あの? これは」

「安心して下さい。新居へ一旦全て運びますから。その後で要る要らないは出来ますよ。あとこの転移石は新居前に設定してありますから」

「ユニは弟ちゃんと妹ちゃんに使い方教えてねー」

 そのまま転移石で移動。

 行き先は第一階層、ユニ家族の新居前。

 雲に届く一山を中心に複数の山が連なる山脈、白玲山脈。どの山も頂には雪が消えることなく残り続ける事から別名は雪冠山スノークラウンマウンテンという。

 そんな山の中腹あたりに位置し、周囲は濃い緑の針葉樹林。

 現在晩春というかほぼ初夏という事もあり地面には慎ましくも可憐な野の花が揺れている。

 家の周囲を軽く囲む素朴な柵とアーチを描く簡単な扉のないゲート。

「あの柵は簡単な結界の役目があるよ。雪崩とか魔物はあの柵からこっち側には来られないから安心してね。あとこれ、兄様から引っ越しお祝いだって」

 ルネがいつの間にか側に跪いている黒子から、捧げられているカンテラを当たり前のように手にしてユニ家族へと差し出す。

「魔物除けと、天候含め環境の危険を察知して色変わって明滅してくれる灯り。予備も渡しておくね」

 夜に見回りする事があれば良ければ使って、と。

 雪豹の獣人なら夜目は利くからいらないかも知れないが、あって困るものでもない。

 灯りとしてではなく、どちらかと言えば付与された効果の方が本命だ。

「さ! お家も見て! これが鍵!」

 何が何やらと目を白黒させているユニ父君に鍵を渡し、新居へと背を押す。

 がっしりとした平屋造りの大型ログハウス。

 玄関部分にはウッドデッキを兼ねたポーチがあり、光彩を取り入れる大きめの窓が玄関横にある。

 屋根もしっかりとしていて、雨樋なども万全の状態だし、壁も同じく。

 雨漏りも隙間風も通る隙など無い。

 ユニ父君が恐る恐る鍵を差し込むと、扉が開く。

「わー!」

「ひろーい!」

 開かれた扉の先に、ユニの弟妹が歓声をあげた。

 平屋造りの代わりに高くした天井を支えるガッシリした梁、そこに吊るされた灯りとシーリングファン、玄関兼居間となる空間は広く、飴色の板張り。

 この床には床暖房機能の術式が付与されている。

 それとは別に今は飾りの置かれた大きな暖炉。

 冬になればここに薪と共に火が点るだろう。

 片側には更に奥へと続く廊下。

 もう一方は食堂が見え、さらに奥にはアイランドキッチンが。

 ユニとその家族が呆然とした顔で家の中へ入ると、居間にすかさず引っ越し業者が荷物を運び込んでいく。

 と言っても悲しいかなユニ家の荷物って本当に必要最低限だった。数箱運び込んで終わる。

 引っ越しお祝いに俺も別途個人で何か贈ろうそうしよう。

「お台所から地下に降りれるから、後で確認してね」

「確か地下には食糧庫と緊急時に使用するセーフルームがあるんだよな?」

「うん。食糧庫にはある程度の食材入れてあるよ。セーフルームの陣はうちの騎士団に直行するやつね」

 緊急陣て確か管理人一家の戸籍と連動してる奴だな。

 登録者か登録者を同伴(手を繋ぐとかしてる)しか使用できない陣だ。

 騎士団という名の役所の所定箇所に転移するらしいけど、まだ使われたの聞いたこと無いな。

 ちなルネの所では救急用陣紙(サークルロール)ってものがある。

 魔力を流すか破くかすると医者の所に転移させられるやつ。家に常備薬のような扱いで置いとくらしい。

「向こうの廊下は、それぞれのお部屋とかお風呂にお手洗い、納戸やお客さん用のお部屋がある方に繋がってるよ」

「お部屋!」

「自分のお部屋⁉」

 うわー。ユニの弟妹、おめめがキラッキラだ。

 かわゆす。お菓子あげたい。

「お父さん! お部屋!」

「見てきていい⁉」

「……あ、ああ。行ってきなさい」

 ユニの弟妹が駆け出す。早い早い。

「ユニは? お部屋見なくて良いの?」

「あー……いえ、とりあえず、大丈夫、です」

 ルネの言葉に力なく首を横に振るユニ。

 疲れたよな。仕方なし。

 そんな事をしている間にも抜かりなく、優秀な黒子(スタッフ)達がちゃきちゃきと物事を進めている。

 俺も仕事をしよう。

「こちらが当面、約三ヶ月分の生活費」

 仮手続きした口座とカード、そして現金をユニ父君に贈呈。

「こちらはユニカさんの新しい制服と、文具など」

 これは御母堂に渡しておく。

「で。ユニには返済と給与振り込み先を兼ねる口座。仮手続きしてあるから、本手続きしてね」

 残りは書面で渡してあるから大丈夫だろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ