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第二章:初めましてお嬢さん、ここは危険地帯ですよ?2

 悠長に考えている暇もなければ、これから先を想定すると答えは一つしかない。


(その娘に触れるな!!)


「ヴッガァアァァァ!!」


 だけど気づけば叫ぶように吼え、足場となった針葉樹林を蹴り倒し、一直線に少女の元へと駆けていた。


 勢いをそのままに拠点の前をウロウロする数匹を踏み潰すと、銀世界の一部が赤黒く染まっていく。


 だがそれも一瞬で、勢いを増す雪にかき消されてしまう。


 何もかもを白に染め、全てを覆い隠すように振舞う自然界。だからといって優しいわけではなく、常に非情で力持つ者だけに微笑む理不尽さ。


「わ、ワンちゃん?」


 着地時に地面が揺れ、枝葉に積もった雪すら滑り落ちる勢いだった。さすがに驚いて起きた様子の少女が拠点から姿をみせる。


(良かった、さっきの揺れで雪に埋もれてなかったみたい)


 キョトンと瞳を丸くさせ、状況を全く理解していない面持ち。


(とにかく今は逃げないと)


 だからといって状況の説明してあげる暇も、互いに通じ合う言葉もない。


 出来ることとすれば、少女が身に纏う真っ赤なコートのフード部分を銜えて逃げる。


「わっ、わっ、わっ!」


 咄嗟の事に少女は驚きながらも、逃げだすような抵抗はない。


「どこかに移動するの、ワンちゃん!」


(そう)


「グルゥ」


 むしろ無邪気にはしゃいだ声を発し、浮かせられた両手足をバタつかせる。


(緊張感無いなぁ~)


 鼻から嘆息を吐き、周囲を見渡す。


「わぁ~いっぱいいるぅ~」


 両手を叩く少女。


 それが余計に獣達を引き寄せるのか、向けられる無数の好戦的な敵意と殺気。


 今さら感もあるが、喰うか喰われるかの弱肉強食の世界だ。しかも今回は二種族間の抗争に第三勢力として割り込み、片方の親玉を仕留めた。それもあって統率力が失われ、後は狩られるだけ。


 ただ、もう片方の勢力は健在でいる。


 正確な個体数を把握していたわけでもなく、ただただ飛びかかってくる火の粉から少女を守るための行動だった。


 結局は巻き込み、危険に晒してしまっている。


 経験から複数を相手取るには分が悪く、少女を守りながらともなると行動に制限がかかってしまう。これまでは一匹だったというのもあり、守りながらは未知の経験。


 何よりも――、


「ねぇねぇ、ワンちゃんのお友達?」


 少女の好奇心が旺盛すぎる。


 こちらの出方を窺う獣達を指差し、嬉々とした声を発し続けた。


 気づけば取り囲まれて逃げ場はなく、数だけが増えていく。


(逃げるにしたってこれは……)


 喉を低く鳴らし、無数の目がこちらの行動を監視する。


 活路らしきものは見いだせず、少女という枷が動きを鈍らせていく。


 一向に動く気配がないからしびれを切らしたのか、もしくは群れとしての戦略か。数匹が一斉に地面を蹴り、飛びかかってくる。


(これは……)


 視覚が捉えた数匹を前脚で、直感が伝えてきた後方からのを尻尾で攻撃する。それで数匹は動かなくなったが、全てを捌き切れるわけじゃない。全身に浅く傷をつけられながらも怯んではいられず、少女を銜えたまま立ち居振舞う。


「お~おぉ~! 楽しぃ~~!!」


 右に左にと揺さぶられ、飛びかかってくる獣達に悲鳴でもあげるのだと考えていた。


 だけど少女の無邪気にはしゃいでいる声がよく響く。


(この娘、ホントに暢気だなぁ~)


 と思いながら、必死に少女を守るために立ち回る。


 ただやはり、数の暴力には押されつつあった。


 一か所に留まり続けるのは四方を囲まれて、相手取る数が多すぎる。不意を突く死角からの攻撃に対処が遅れ、幾度となく少女の身を危険に晒した。


 それで自身が傷つこうとも、お構いなしに少女の事を守り続ける。


 だからといって、ただ身を削るわけにはいかない。


 根底にある、生への渇望。


 一度となく危機に直面しながら、こうして弱肉強食の世界で生き抜いてきた。常に変わり続ける現状を冷静に判断、適応していくことで今がある。


(……この群れ、もしかして)


 積み重なった場数という経験則から、一定の法則に気づくことができた。


(移動するよ)


「グルゥ~」


「なに、なに! どうしたの?」


 喉を低く鳴らしただけで、銜えられたままの少女は不思議そうに瞳を丸くさせる。まるでこちらの意図を組みったかのような、はたまた次の楽しい何かを期待するような無邪気さを滲ませて。


 それが手に取るように、ありありとした感情が少女から伝わってくる。


(いや、そんなつもりはないんだけど……)


 それに返す言葉を発しようにも伝わることはなく、息つこうにも安易に口を開くことができない。


 そんなこともあって、少女の断りもなく地面を跳躍した。


 あくまで少女の身を守るための行動であり、迫りくる群れからの逃亡ではない。


 いつまでも防戦一方という現状を打破しなければ、ただやられるだけ。


 一種の賭けではありつつも、これ以上傷口を増やして血を流し続けるわけにもいかない。時間が経てば幾分かは自然治癒するとはいえ、回復速度を上回る無数の傷に命の危機を覚える。


 それを本能で察しつつ、動いた一歩。


 軽く跳躍しただけで針葉樹林の枝元まで辿り着き、ほんの一瞬とはいえ安息の地と成り得た。


 ただ、本当に一息つく間というだけ。


 眼下からは後ろ脚で立ち、跳躍して幹をよじ登ってくる個体が迫る。


(……やっぱりだ)


 その事実だけを確信として、心もとない針葉樹林の枝を足場に移動していく。


「高い高ぁ~い」


 まあそれも、少女にとっては視点の高さが変わっただけの事。


 無邪気にはしゃいでいた声音を高くさせ、小さな両手を興奮させたように叩き鳴らす。


(お願いだから煽らないでくれないかな……)


 未だに危機から脱したわけではなく、逆に相手を興奮させるだけの行為。


 似たようなケースで獲物を狩る種族もいて、理性や知性のない獣達からすれば闘争本能を刺激する。


 種として生き残るため身につけ、学んだのであれば賢い部類なのだろう。


 それが仲間ごと煽り、獣としての本能を刺激されては意味をなさない。


 結果、理性と知性を失った果ての同士討ち。数体は息があるようだったが、次への闘いに挑む力は残っておらず、別の種族に駆られてしまった。


 少女の場合も意識しての事ではないのだろうが、触発されたように獣達は本能をむき出しに吠えてくる。


 それだけだった。


 針葉樹林をよじ登ってくる数体を地面に叩きつけ、やられた仲間に憤って威嚇してくる。


 剥きだす牙と闘争心を向けてくるだけの、獣の群れでしかない。


(見立て通り、登れる個体とそうじゃないのにわかれてる)


 このまま膠着した睨み合いを続けていても良かったが、それは一匹だった時の事。


「お~どうしたの、ワンちゃん?」


 銜えられたままで両手足をぶらりとたらす少女は、何の動きもないことに不思議そうな表情を浮かべていた。


(とりあえず枝を足場に逃げ――)


「キィィ!!!!」


 いつまでもこうしていられないと思った矢先の、奇声を発して襲ってくる無数の獣。それはさっき統率者を失い、ただ狩られるだけのはずだった残党の群れ。


 全滅、もしくは逃げたと思い込んでいた。


 上空から降りかかってくる、無謀にも近い決死の捨て身。


 それが一体であれば後れを取ったところで対処、反撃で来ただろう。


(この数は……)


「うわっ」


 咄嗟に次の足場へと移動しようとしたが、蓄積した疲労と無数の傷が支障をきたした。


 空中に身を放り出す形で、無数の獣達に圧しかかられる。


 それでも少女だけは守らんと、銜えたフードを離さない。


「お、落ちてるよ、ワンちゃん!」


(……このままだと)


「グルゥ」


 身をよじって数匹振りほどくも、既に地面へと落下している。ここから体勢を立て直したところで衝撃を抑えられず、最悪全身を叩きつけることになってしまう。


 すぐには動けないだろうが、命に別状はきたさない。


 ただ問題は、少女だ。


 人間という身であり、屈強とはかけ離れたか細さ。


 地面に叩きつけられただけで全身がダメになり、次に目を覚ますことはないだろう。


 だからといって上空と眼下には、数という暴力の獣達が待ち構えている。


 助かる見込みどころか、無事という未来が想像できない。


(ここまで、なの……)


 せめてもと最後の抵抗を、少女との落下タイミングをずらすために首を上に振った。そのタイミングで銜えていたフードを離し、少女と距離をとる。


「ワンちゃん!」


 必死に手を伸ばそうとする少女だったが、その小さな手は空を切った。


(これで、多少の時間稼ぎができる……)


 ようやく自由になった束の間、全身を翻して背中に圧しかかる数匹をクッションに。上空から追従してくる獣達に牙を、爪を立てて反撃する。


(うっ)


「グゥ」


 短い空中戦での攻防は終わることなく、地面に背中を打ちつける。


 軽く見悶え呻くも、待ち構えていたばかりに全身を噛みつかれていく。


「バアァウ!!」


 威嚇にも近く吼え、朧げな意識の中で身体だけを動かす。


 四肢に噛みつく獣達を顎が喰いちぎり、自由となった前脚を勢いよく横薙ぎに振るう。背中に圧しかかる獣に対しては、針葉樹林の幹に全身を打ちつけるように攻撃をしていく。


 時間にしては短く、本能に身を任せた行動だった。


(あ、あの娘は……)


 ようやく意識がハッキリとした辺りで、視線を上へと向けた。


 一帯を雪という白が覆い隠し、自生する針葉樹林の濃い緑と焦げ茶色。その三色が主にこの世界を占め、異物のように獣達が身に纏う体毛が存在している。


 時には、争いで流れた赤黒い色が地面を染める事も。


 ただやはり、自然にはない人工的な色合いは目をひく。


「うわぁわぁ~」


 適当に上空へと放り投げたというのもあって、少女は上下の感覚が無いようにクルクルと回り続けていた。獣達からは目もくれられず、恐怖というよりもやはり嬉々とした感情が声音から伝わってくる。


(た、助けに行かないと……)


 とはいえ、受け身をとれたところで意味すらなさないだろう。


 襲いかかってくる獣達を脇目に、四肢に力を込めて地面を蹴った。少女との間に割り込んでくる獣は容赦なく払い除け、一直線に落下地点へと向かう。


「ワンちゃん!!」


 短い両手足をめいっぱい広げる少女。すっぽりと頭部を覆っていたフードをはためかせ、快活とした笑顔を絶やさずにいた。


 それはまるで自分の事を見捨てず、助けてくれるという信頼からか。


 もしくは、何一つ状況を理解していないのか。


 降ってくる少女の一部を上手く銜えられる自信がなく、背中に乗せる形で受け止めた。


「ん~背中モフモフゥ~」


(はは、元気そうでよかった……)


 もぞもぞと背中で動かれる事に慣れなかったが、少女の無事がわかっただけで四肢から力が急に抜けた。


「わ、ワンちゃん?」


(だ、大丈夫)


「グルウゥ~」


 伝わらないだろうが、そう少女に告げて置く。


 心配をかけまいと立ち上がろうとするも、次第に意識が遠のき、視界もどこか暗く狭まっていく。


「ワンちゃん! ワンちゃん!!」


 それでも聴覚だけは、少女が必死に呼ぶ声を聞き取っている。


(……ここまで、かな)


 そう、内心で笑ってしまう。


 あれだけ関わるまい、自身が生き残るためだといいながらも、気づけば少女を助けるために動いていた。


 結局のところ巻き込まれ、巻き込んでしまっている。


 どちらにしてもお互いに無事どころか、ここで終わりを迎えてしまう。


「わ、ワンちゃん?」


(ごめんね)


「グルゥゥ」


 せめてもと少女を守ろうとしたが、重くなる瞼と遠のく意識に争えそうになかった。


 一面を赤黒い色が次第に広がっていく。それが自身からなのか、もしくは他の獣達から流れたモノなのかはわからない。


 ただ事実として、血が流れ過ぎている。


「ワンちゃん!!」


(そんなに呼ばなくても、聞こえてるよ……)


 全身から力が抜けていく中、視界の端に捉えたのは少女に襲いかかろうとしている獣がいるという事。


 だからといって、守ってあげられる程の力はなかった。


「ワンちゃんッ!!!!」


 そんな叫ぶ声に、急に意識が引っ張り上げられる。


 気づけば振るっていた左前脚は、少女に襲いかかろうとしていた獣の胴を貫いていた。


「……わ、ワンちゃん?」


 間一髪のところもあって、少女と獣の距離が近すぎた。


 そのせいで少女の頬を返り血が飛ぶも、気づいている様子はない。


 そこには今にも泣きだしそうな程に涙を目じりに溜め、決壊しないように見上げている澄んだ翠眼の瞳があった。


(な、なんなの……)


 さらに、内側から不思議な力が湧き上がってくる。


 さっきまで全身を襲っていた重さはなく、それどころか今まで以上に軽い。


 反射的に少女を守ろうと振るった一撃は加減を忘れるほどだったが、これまでにないと遅れて自覚させられる。


(……これなら、まだやれる)


 四肢に力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。


「ワンちゃん?」


(もう大丈夫)


「グルウゥゥ」


 気のせいか、少女の周りが少しだけ輝いてみえた。


 ただそのことを気にしている暇も、伝わる言葉を発せられない。


「キィィ!!」


「ヴァウ!!」


 四方八方を種族が異なる二つの群れに囲まれ、一対多数という構図は変わらない。


 だからといって悲観的、絶望感に浸るどころか、負けないという自信が湧き上がってくる。


「ワンちゃん、もう大丈夫なの?」


 両手を組むようにして、胸もとで握る少女の声色は不安げで、無邪気にはしゃいでいた時との差が激しかった。


(普段からそうしてくれると、あまり面倒ごとに巻き込まれないだけどね……)


 少女の顔に近づき、頬のこびりついた返り血を舐めとる。


 不安を吹き飛ばすように元気づけ、もしくは慰めをしたつもりはなかった。


「ワンちゃん!」


 そのつもりだったが、少女が快活とした声音を発する。


(まぁ、こっちの方がこの娘らしいか)


 ぴょんぴょんと飛び跳ね、右前脚にしがみついてくる少女を見下ろしつつ、周囲に意識を張り巡らせる。


(……さてと)


 異なる種族同士が、まるで共闘するように敵意を向けてくる。


 再び三つ巴の構図には近くも、明らかに不利な状況であることは変わりなかった。


 とはいえ、相手にしている暇はない。


 優先順位は、少女の安全。


 それ故に、行動としては一択だった。


(逃げるよ!)


「バアァウ!」


「うわぁ」


 パクリとフード部分ではなく、少女の柔らかく細い胴の部分。獣達を喰らう時に歯を立てるのとは異なり、甘く噛むように銜えた。


 少しの力でも顎に加えようものなら今にも少女の鮮血が咲き誇るだろう。


「高い高いだぁ~」


 だというのに少女は、恐怖するどころか変わらず無邪気で、元気よく両手を叩く。


 それはまるで襲うことも、危害を加えることもしないという確証、もしくは守ってもらえる信頼があるのか。


(この娘、どんな風に生きてきたんだろう)


 出逢って日どころか、時間も浅い少女からの見え隠れする謎の感覚。それは初対面の相手、人間に向けるのであれば危うく、世間知らずと言い表せれるだろう。


 ただそれも、獣を相手となればどうだろうか。


 知性も無ければ理性だって効かず、本能のままに力を振るう獣ばかりだ。安易に触れ合おうとでも近づけば怪我どころか、ペロリと食べられてしまいかねない。


 それなのに少女が向ける信頼のような、相手に身を任せる無心さ。


 だからといってそんな無垢さを汚すような、仄暗く抱きかねない悪意を向けられたっておかしくないだろう。


 もしそんなことで、この場に少女を放置して逃げだしたら寝覚めが最悪だ。


 ……と、こうして少女の事を助けている時点で、利害や損得といった事を考えていなかった。そうしている暇もなかったというのもあるが、全ては後付けされた言い訳でしかない。


(不思議だな、この娘がいるだけで何にも不安に思わないや)


 現状は変わらない。


 三つ巴の構図だったが、今は多勢に無勢。特に片方は群れの統率者を失った残党だ。


 手負いの獣程、本来以上の力を発揮する。


 どちらかの出方を見計らわず、迷いなく地面を蹴った。蹴ったといっても跳躍に等しく、真上というよりも斜め上、自生する針葉樹林の太い枝を一歩目として。


 だが、枝の上が安全というわけではない。


「キィィ~~!!」


 待ち構えていたかのように獣達が奇声を発するが、それすら置き去りにしていく。


(全身、軽ッ!?)


 そこまで力を込めたわけではなく、数体くらいに足止めされる可能性は想定していた。


 のだが、飛びかかってきた獣達が追いかけてくるどころか、渋滞を起こしたかのようにぶつかり合い地面に落下していく。


 そのこともあって充分に距離がとれ、逃げるには余裕があった。


 とは言えそれは頭上戦、針葉樹林の上での事。


「グルゥゥ」


 雪原の上では逃すまいと追従してくる獣達がまだいる。


 このままではいつまでも追いかけられ、他の獣すらも引き寄せかねない。


 それこそ少女を巻き込むどころか、弱肉強食の世界という火中に飛び込ませるようなものだ。


 それでは逃走の意味がなくなる。


(……しつこいな)


 いつかはこちらから仕掛けないといけない。


 だがやはり、少女という存在が枷となっている。


 これ以上の危険には晒せない。


「うぉ、うぉ、うぉ~」


 と、いう状況にも関わらず少女は変わらず無邪気だ。


 足場となる枝を跳躍するたびに短く声を発し、パチパチと両手を叩いている。


「すごいすごぉ~い」


 バタバタとフード部分をはためかせ、眼下を駆ける獣達に手まで振りだす始末。


(……?)


 そんな時、まだ距離があるにも拘らず地面が、空気までもを振動させる程の何かが近づいてくる気配を感じ取った。


 少女が気づいている様子はみられない。


 が、弱肉強食の世界に身を置き、しのぎを削ってきた獣達からすれば、野性的な本能が危険を知らせてくれる。


(この先に、多分いる)


 次第に追いかけてくる群れの数が減っていくのを横目に、このまま突き進んでもいいのかと思考を巡らせる。


 何をとは言わないが、直感が確証へと変わるのはすぐだった。


「グォオォォ!!!!」


 野太く遠吠えに近い威嚇、もしくは周囲に対するけん制か。発した音は空気を震わせ、針葉樹林の枝葉に積もる雪が落ちていく。


 その姿は遠目からでも特徴的な四肢、異常に発達した左前腕。


(やっぱりアレ、あの時のヤツだよね……)


 こちらには一切に見向きもせず、地面を震わせる程の力強い四肢で駆けていく。


 それはさっきまでいた獣達に囲まれ、少女と共に逃げてきた方角だ。


(……出来ることなら、相手にしたくないな)


 この世界に来て直ぐの事、右も左もわからない状態に襲ってきたクマのような獣。その時はどうにか逃げ切って今に至るが、姿を目の当たりにするのはあれ以来だった。


 距離にしては離れていて、一方的にこちらだけが気づいている。


 今はそれに甘んじる形で他の獣達を押しつけ、すれ違うように針葉樹林の枝を足場に跳躍し続けた。

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