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第一章:え、ここってもしかして異世界? だったらせめて人間でありたかった!!3


 そんな生活が、どれだけ続いただろうか。



「クルゥゥゥ~~」


 空中を翻すように飛ぶ、尾に生えた羽根が長い鳥。それに周囲が雪原という白に埋め尽くされた世界にも関わらず、注目を引きつけるカラフルな色彩を纏っている。


 それでも、生き残っているという猛者であることは変わりない。


(……空中戦、やっぱり不利だな)


 視界を針葉樹林の緑に隠され、いつどこから奇襲をかけてくるかわからない敵に神経を尖らせる。


 両翼をはためかせるたびに空気の流れが変わり、木々も揺らめく。

それを頼りに居場所を特定し、可能であればこちらからも責めたいのだが、お互いに戦うフィールドが異なる。


 だから防戦一方という形で、相手の出方を窺っていた。


(まあいい、今日の食糧にでもしよう)


 事の発端として本当に些細な、築いた拠点から獲物を探しにでたというだけ。待ち構えられていたわけでもなく、本当に偶然の出会いがしら。


 ただ、当初の目的は果たせている。


 後は喰うか喰われるかの、力だけがモノをいう。


 ガサガサガサと背後からの迫る音を聴覚が、空気中を漂う微かな匂いを嗅覚の二種類で捉えている。


 そして、野生の直感を頼りに四肢を動かす。


 逃げるための一手としてではなく、責めるための、襲ってきた獲物を狩る。


 立っている雪原に対して、助走を無しに垂直飛びした。それもただの跳躍ではなく、周囲に自生する針葉樹林の丈を超えるほどに。


(ヤバッ、見失わせたかも!)


 焦って眼下を、広がっていた白から緑へと変わった視界を見渡す。


 あえて隙をみせて獲物を誘ったつもりが、空中戦を得意とする獣というのもあって気負い過ぎた。


 だが目立つカラフルな羽根だ。


 狙った獲物が急に消えたことに焦ることなく、力強い羽ばたきで針葉樹林の中を飛びだすように真っすぐと向かってくる。


 甲高い鳴き声は得意とするフィールドを汚されたことへの憤怒、もしくは獲物を仕留めたという歓喜からなのか。


 それとも、どちらも合わさった感情なのかはわからない。


(そう易々とやられるつもりはないぞ、ってね!)


 一陣の風を切り裂くように向かってくるので、空中で体勢を整えることはせずに四肢を投げだして自然落下していく。


 ただやられにいくわけではなく、反撃(カウンター)を兼ね備えた構え。


 あえて腹部を晒して、的としてしっかりと狙わせる。そして迫ってくるギリギリのタイミングで身を翻して一撃を避けつつも、前足を羽のつけ根に爪をたてて背に飛びつく。


(あっ……)


 だがその目論見は外れて、突きたてようとした爪が浅く入るだけに留まった。


 お陰で地表、雪原へと真っ逆さまに落ちていく。


「キュルゥゥゥ~~」


 頭上では甲高い悲鳴をあげてよろめくだけで、傷を庇いながらも両翼を広げ続ける。


(あれで仕留めるつもりだったんだけど……次の手を考えないと)


 どんどんと遠ざかっていく獲物を眺めつつ、ひとまずは着地の姿勢を整える。


 針葉樹林が茂らせる枝葉の中に飛び込み、目に留まった太めの枝に両前足を引っかけた。その衝撃で空中をひと回転、落下の勢いを緩和させながら次の太い枝を足場に飛び回る。


 危なげない軽い足取りで雪原に降り立ち、一呼吸おいてから視線を上げた。


(さてさて、どこからくるかなぁ~)


 体勢を低くして構え、落ち着きを払った思考で周囲を見渡す。


 視覚として捉えられない獲物に対して、使えるのは聴覚と嗅覚に限られた。


 ピンと立てた耳は枝葉をかき分ける音に混じる鳴き声の方向を聞き取り、空気中に漂う独特な匂いが近づいてくる。


 次を考えるよりも、自然と身体が動いていた。


 聴覚と嗅覚を駆使しながらの、最終的には本能としての野生に従う。


(……来る)


 さっきと同様に跳躍するも、今度は垂直にではなく斜め上に。


 無数と自生する針葉樹林の中から一本、枝葉をかき分けるように姿を現した獲物の首根っこに爪を食い込ませる。タイミングはドンピシャで、針葉樹林の側面に縫いつける形になった。


 それもほんの一瞬で、勢い余ってメキメキと針葉樹林の方が悲鳴をあげて折れていく。


 だからといって獲物を放すことはせず、さらに爪を抉り込ませる。


 最後の断末魔は倒木する音に紛れて耳にすることはなく、残されたのは息絶えた骸のみ。


(ん~やっぱり空中戦となると勝手が違うな)


 赤く染まった爪の汚れを払うように前足を振り、仕留めた獲物を静かにみつめた。


 触り心地として不快感はなく、一枚ずつ丁寧な毛繕いが施されている。それが何層にもなってどこか模様のようにもみえ、細やかな手入れが行き届いていた。


 とはいえ、そんなことはどうでもいい。


 かき分けるようにして前足で羽根を退かし、時には毟って爪を伸ばす。


(……案外食べれる部分が少ないのかな?)


 とどめを刺すための首根っこだったが、羽根だけでもかなりの層ができていた。仕留められただけでも不思議なくらいに、食い込ませた爪が致命傷になったとは思えない。


 ただみる限り息絶えていて、獲物を欺いている様子はなかった。


 それからしばらく纏う羽根に悪戦苦闘しながら、ようやくたどり着いた肉の部分は全体的にほっそりとしていて、肉付きよりも骨太の印象を与える。


 その予想は的中して、食べれて腹部位という結果に終わった。


 それでも仕留めた獲物であり、勝者としての権利を行使して平らげていく。


(ほ、骨は硬いか……)


 決して食い意地を張ったわけではないが、犬歯を突きたててみるも刺さらない。それどころか、時おりする歯の手入れをするにはちょうどいい硬さがあった。


 背骨の太い部分は銜えることすらできないので、翼か爪部分を吟味していく。


 選んだ爪部分を口に、近くに構えている拠点へと歩みを進める。


(さっきのでダメになってたりしないよね)


 出て直ぐというのもあって、最初は気にかけていたせっかく拠点。何本もの倒木を重ね合わせ、屋根がわりに枝葉を上に被せたモノ。やむことのない積もる雪を定期的に払い、重みで潰れることを防ぐ。そういった手入れをすることで、偶然近くを通りかかった獣から何度もやり過ごせた休まる場所。


 それをまた作るのは手間でしかない。


 針葉樹林の根元につけた傷を頼りに周囲を見渡し、鼻腔をひくつかせる。


(……なにこの匂い、今までで嗅いだことがない)


 恐る恐るといった足取りで拠点の出入り口に近づき、いつ振りかぶりに緊張の糸がピンと張り巡る。


「すぅ~すぅ~」


(……え?)


 規則的な寝息をたてる、背筋を丸めている小さな存在。これまで相対してきた獣達と比較するべき部分が多すぎた。


 白金色の長い髪は編みこまれ、手入れもしっかりと行き届いて艶もある。新雪とまではいかない地肌は少し力を込めただけで傷が付きそうなほどに柔らかそうで、幼いという小柄故に手足は短い。頭からすっぽりと真っ赤な頭巾を被っているから表情を窺えないが、それはどうでもいい事だ。


(息はあるようだけど、人間だよね……?)


 もしくは今までに遭遇したことのない獣が、独自の成長と進化の果てかもしれない。


 足音を立てずに近づき、前足で傷をつけないように肩口を揺らす。


「ん~」


(お、起きないし……)


 何度も揺すっても起きるどころか、しっかりと熟睡している。終いにはしつこいと払い除けるように手が振るわれた。


 あくまで弱肉強食の世界に身を置く一匹としての善意で、もしこの状態で雪原に放りだされでもしたら、もう目を覚ますことはないだろう。


 だからといって守ってあげられるほど、一か所の拠点に留まるようなことをしていない。


 どうにかして起こそうと頭を抱え、眠り続ける少女を見下ろす。


「ん、ん~?」


(あ、起きた)


 ゴロリと寝返りを打ち、仰向けになった少女と目が合った。


 澄んだ翠眼の瞳を薄っすらと覗かせ、手の甲で目もとを必死に擦る。


(あ~あ~そんなことした汚れるってば)


 どうにか止めさせようと顔を近づけ、鼻先でこちら側の意図を伝えようとする。


「なになにワンちゃん、く、くすぐったいってばぁ~」


 だがそれは伝わることなく、キャッキャッと声音を弾ませ両手足を暴れさせる。


(これだけ元気なら大丈夫そうだね。近くに人間が住んでるんだったら送って――)


 そこでふと、疑問が過った。


(村や町が存在している?)


 これまでただただ生き残るために雪原を駆け、襲いかかってくる獣達と死闘を繰り広げてきた。最初は何度も痛手を浴びさせられながらも今があり、食うに困らないほどに力をつけてきたと自負している。

その間にどれだけ雪原を移動し、幾つの拠点を築いてきたか。


 変わり続けない雪原に、寒さにも負けず自生する針葉樹林。それ以外には目ぼしいモノはなく、そんな世界なのだと思い込んでいた。


 ただこの少女の存在が、今まで形作ってきた認識が覆されていく。


(……この娘、何者なんだ?)


 ペタペタと鼻先を無邪気に触ってくる少女を、ただただ異様な存在として映り続けた。

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