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第一章:え、ここってもしかして異世界? だったらせめて人間でありたかった!!2


(……うっ)


 ゆっくりと重い瞼を開くと、射し込む光に右前足で目もとを覆う。


(……い、いい天気だなぁ)


 次に目が覚めた時には、晴れ渡るほどの青空が広がっていた。


 ただ全身の痛みが消えることなく、意識を失うまでの出来事が現実だったと物語る。

確認のために横たわったまま首を起こして視線を下へ向けると、全身を鈍い銀色の毛皮に覆われていた。


(ゆ、夢じゃないんだ……)


 ちょっとだけ残念感が否めないながらも、生きていることに息を吐く。


 だからといって、命の危機が完璧に去ったわけではない。


 カサカサと草木に隠れている何か、近づきはしないものの遠くからこちらを観察する何か、上空から甲高い鳴き声を発する何かetc……。


 その息を潜めて身を隠す何かが、こちらを標的として捉えている。


(……数は、多いな。けど、あのクマほど強くはなさそう)


 このまま横たわっているわけにもいかず身体を起こすも、すぐに襲ってくる気配はない。こちらの動きをねっとりと張りつくような視線を向け、今も息を殺して身を潜めている。


 多少のけん制になったと安堵しつつ、ゆっくりと視線を動かす。


 どこまでも広がる雪原地帯は、気が休まる場所はなさそうだった。


(生き残らないと……)


 それでもゆっくりと歩みを進め、生い茂る針葉樹林の中へと姿を消していった。


 これから先に待ち受けるは、希望か絶望か。


 そうでなくても自然界。


 力こそが全ての、弱肉強食という表現が適した世界が広がっている。隙をみせたら喉笛を噛み千切られ、協力や交渉といった知性を持ち合わせない獣達が蔓延り、生きるためにしのぎを削り続けていく。


 そんな中に右も左どころか、ただの元人間が放り出された。


 一匹のオオカミとして転生し、生き永らえるために歩みは止められない。


(まずは食べれるモノを探さないとな……)


 ノソノソと痛みを訴える身体を引きずるようにして、針葉樹林の中を進む。


 とはいえ、すぐに目ぼしい食べ物が見つかるわけではなかった。


 頭上を見あげれば赤い木の実が、申し訳程度にぶら下げってはいるものの届かない。助走をつけてよじ登るには、身体が本調子じゃない。


 でなくても、今求めているモノとは違う。


 空腹を満たすには物足りず、体調を万全にするにはもう少し栄養価の高い食べ物を求める。


(お肉、お肉かな……)


 周囲を見渡しても一面銀世界で、様々な気配だけは感じられる。


 ただ元とはいえ人間だったというのもあって、理性がそれを危惧、良しとせずに二の足を踏んでしまう。


 もしこの一線を越えてしまったら、人間として戻ってこれないという恐怖もあった。


(そういえば小さい頃、雪とか氷柱食べてたら怒られたっけな……)


 それでも水分補給には困らず、空腹を誤魔化すように雪を頬張った。



「グルゥゥ~」


 茶色い毛並みをした四足歩行の獣。


「シャァァ~」


 全身が細い紐のようにくねらせる緑色の獣。


「……」


 睨み合う二体の様子を、少し離れた場所から息を潜めて観察する。


 後者の獣はどこか見覚えがありつつも、雪原地帯で生息しているという異様な光景。対して全身を逆なでに威嚇する四足歩行の獣は、どこか怯えているようにもみえた。


 先に動いたのは蛇のような獣で、近くに聳える木の幹に巻き付く。


 まるでそれは予期していたかのように、四足の獣は跳躍していて両前足でさっきまで蛇がいた場所を攻撃する。


(……今の動き、目で追えなかった)


 もしかしたら蛇の魔物が遅れてなのか、応戦するように飛びかかっていく。


 それを交わして前足で押さえつけようとしたが、目にもとまらぬ速さで絡みついた。そのまま締めつけているのか、悲鳴にも近い鳴き声を発しながら全身を雪の上に転がして暴れる。


 そこにとどめを刺すように、晒された腹部に蛇の獣が嚙みついた。


 すると、あっという間に動かなくなってしまう四足の獣。


 そのまま蛇の獣は小さな口を開き、仕留めた獲物に喰らいついていく。


(……ゆ、油断できないんだな)


 出来るだけ音を立てないようにその場を後に、食べれるモノを探しに戻った。



 またほかの場所でも。


「ギャアギャア」


「クルゥゥゥゥ」


 似て非なる鳴き声が二種類、頭上から聞こえてくるので咄嗟に体勢を低くした。


 だが襲ってくる様子はなく、枝葉を激しく揺らしてボタボタと雪の塊が降ってくるだけ。


(こ、今度はなに!?)


 視線だけを上に向けると、二羽の鳥類が争っていた。


 濃い目の茶色い両翼を力強く羽ばたかせる片や、全身が雪の白さにも負けない翼を広げている。体格としての差はなく、かぎ爪や翼、全身をぶつけ合うように飛び交っていた。


 周囲の木々を障害物とすら感じない飛翔は流れるようで、枝葉の揺れと鳴き声があるから居場所の特定ができる。


(これは決着がつくのかな?)


 身の安全を考えるのであればすぐさまに立ち去るべきなのだが、生存し続けるためには知識が足りない。この自然界でのあり方と、どんな種類の獣がいるのかを知っておくべきと考えていた。


 雪の上を這うように進み、二羽の結末をひっそりと見届ける。


 何度目かわからない衝突を繰り返した末に、真っ白な翼を持つ鳥が地面に落下していく。


 それにとどめを刺そうともう一羽。両翼を閉ざして垂直に、追従する形で嘴が標的に狙いを定めて接近する。


 その速度は標的に追いついたかと思いきや、先に地面へと激突した。


(……え?)


 いかにも仕留めたと思った矢先の出来事だった。


 弱って地面に激突するのが先だと思っていた一羽は悠々と翼を広げ、動かなくなった相手の腹を啄んでいく。


 まったく現象が理解できなかったが、生々しい食事の光景に目を背けた。



 そんなこんなで至る所、様々な種類の獣達が繰り広げる死闘。


 中には食べ残された死肉に群がる種族もいたが、それに便乗するほど飢えていない。


(お、美味しそうにはみえるけど……)


 頭を振ってさらに奥へと進むも、第一に現在地が不明。一帯が白に埋め尽くされているのもあって距離感や、時間という概念すら薄まりつつあった。


 それでも周囲を見渡し、目印のように針葉樹林の幹に傷をつけて探索を続ける。


 拠点になりそうな目ぼしい所はありつつも、さすがに似た考えで行動する獣がいた。


 それをわざわざ立ち退き――力尽くに奪うというのも気が引けてしまう。生存し合う環境に置かれている状況が、元人間としての良心が邪魔するのか。


 歩き疲れて休むにも針葉樹林の根元に身体を丸めて瞼を閉じるも、常に神経を張り巡らせないといけない。些細な物音にすらも過敏に反応し、すぐに目が覚めてしまう。


 気が休まらずにただただ神経を削られ続け、思いだしたかのように空腹感が襲ってくる。


 恵みのように雪の上に落ちている木の実で空腹を誤魔化すも、限界というのはあった。


(さ、さすがに……限界だ……)


 一休みでもしようとした矢先、近くに何かが落下してきた音に気が立っていた。ただ敵意のような、獲物を探している素振りもない。


 念のためにとその物音がした辺りに、覚束ない足取りで針葉樹林の根元に身を潜める。

 

 そこには一羽の鳥が両翼を痙攣させていて、すぐには飛び立てそうにはない。


 それはまるで格好の餌食。


 しかもそれにいち早く気づき、競争相手になりそうな獣も見当たらない。そのまま放置していればすぐに他の獣が群がってきて、餌を得るための争いが始まるだろう。


 もしくは痙攣が収まってすぐに飛び立つかもしれない。


 何よりも、今という絶好のタイミングを逃すことになる。


 食事とも呼べるのか、空腹を満たすための雪や木の実を食べてきた。それ以外に目ぼしい食料はなく、あるのは弱肉強食の世界が繰り広げる自然の摂理。


 数えきれないほどの倫理と理性に苛まれながら、今まで空腹に耐えてきた。


(い、生きるには……仕方のないこと……)


 だがそれも、我慢の限界だった。


 周囲への警戒心どころか、その鳥が画策した身を挺した釣り。そんな事を考える余裕はなく、鋭く尖った牙を露わにする。


 逃げないように前足で頭部を押さえつけ、念のためにと片翼に致命傷を与えた。


 仕上げはもう、無抵抗に晒された腹部に噛みつくだけ。


 気づけば柔らかな肉を噛み締める感触があり、口内に広がる鉄の味。


(ッ!? うっ……オエッ)


 その瞬間、後頭部を殴られた衝撃に理性が引き戻された。


 そして口の中に含んだ肉を吐きだし、喉もとを過ぎて唾液に混じって飲み込もうとする不快な味に痰を切った。


(これじゃあ、他の獣達と同じじゃん……)


 せめてもという、元人間としての意地(プライド)があった。


 吐きだしたことで雪の上は赤く染まり、範囲を広げてジワジワと理性を蝕んでくる。


 事の発端からさほどの時間は経っていなかったにもかかわらず、カサカサという物音に両耳をピンと立てて周囲を見渡す。


 決して敵意に対する好戦的な姿勢ではなかったが、身を低くさせて構えていた。


 傍からしてみれば、獲物を奪わせないため。


 それが無意識だったという事には、気づいていない。


 低く唸るように喉を鳴らし、身を潜めている相手に神経を尖らせる。


 そこからひょっこりと姿を現したのは、灰色の毛並みをした一羽のウサギ。真っ赤な瞳が特徴的で、小柄で飛び跳ねる仕草は愛らしい。それはモフモフな毛並みも相まって警戒を緩ませがちだが、この雪原地帯を生き抜いている。


(か、囲まれた……)


 姿を露わにした一羽のウサギに気をとられている隙に、逃げ場を塞がれていた。


 一対多数。


 圧倒的な数での力を振りかざす、種族同士が群れとして生き残るための方法。


 それは卑怯だと問うたところで言葉どころか、倫理が通じる世界じゃない。


 見渡せば雪原を埋め尽くすほどの真っ赤な瞳が複数と向けられ、一挙手一投足を見逃すことはないだろう。


 愛らしさとは裏腹の、獰猛な獣であるという確固たる事実。


 一斉に襲ってこようものなら、結果は火を見るよりも明らか。


(こんなところでハイそうですか、ってわけにはいかないんだよね)


 だからといって、簡単に諦めるわけにはいかない。


 でなければ今日のこの時まで、元人間としての意地(プライド)を貫いて飢えに耐えてきたわけじゃなかった。


 明確な理由は定かではないが、置かれた環境がそうさせるのかもしれない。


(……ヤルしかない)


 喰うか喰われるかであれば、前者でなければ生き残れない。


 生き残るための覚悟を決めて、取り囲むウサギ達の動向に神経を尖らせる。


 今まで隠れて観察してきた獣達の中では、戦い方は未知数。それでも複数と目の当たりにしてきた獣達の慣れの果てに群がり、骨の髄まで貪っていたと記憶している。


 まるでおこぼれに預かる、力なきモノとしての享受か。


 もしくは、秘めた能力を隠しつつの生存戦略か。


 どちらかと定かじゃないながら、群れの中から一羽が飛びかかってきた。


 跳躍力を生かした、無鉄砲にも等しい体当たり。それが一方向からであればかわせなくもないのだが、四方八方から弾丸のように飛んでくる。


 初撃は危なげもなくかわせはしたものの、ほぼ死角にも等しい場所からの一撃。横っ腹に直撃したがダメージとしては軽く、致命傷と表現するには大袈裟すぎた。雪の上にポトリと転がった一羽はすぐに動けないようで、爪を立てた一撃を見舞う。


(……ああ、こんなに呆気ないんだ)


 たまたまだったのか、受けた初撃からの次がこない。


 よくみると、喰らおうとしていた鳥の方に群がっていく。


 まるで見向きもされていない状況で、逃げだすには絶好なタイミングだった。


 偶然とはいえ仕留めた獲物を諦めれば生き永らえられるも、次にまた同じことがあるわけでもない。


 何よりも、異様な光景に映ってみえた。


 我先にと獲物に喰らいつくため跳躍するも、それら全てが目的を達しているわけではない。空中で群れ同士がぶつかり合い、当たりどころが悪かったのか動かなくなる。それにすらも群がろうと跳躍し、また似たようなことが行われる。中にはぶつかり合った同士の片方が生き残り、力なく転がる同族に喰らいついていくではないか。


(生きるためだからって、こんな……)


 しだいに雪の上は真っ赤に染まっていき、飛び交うウサギの数も減っていく。ただ転がる同族達に群がり、一心不乱に貪っている。


 今となっては喰らおうとして獲物はみる影もなく、広がる光景は同族喰い。


 だが逆にそれは、隙だらけ。


 初めに仕留めた一羽を見下ろし、おこぼれに預かろうとする数羽を仕留める。それにさらに群がろうとしてくるので、容赦なく応戦して息の根を止めていく。鋭い爪をひと振りするだけで動かなくなり、返り撃つように尾を振って針葉樹林の幹に打ちつける。軽いというのもあってそれだけで複数羽と仕留められ、徐々に数は減っていく。



 半ば消耗戦にも近かったが、終わった後にはウサギの骸が無数羽と転がっていた。


(ハァハァ、これで終わり……?)


 呼吸を整えるために吐く息は白く、周囲を染める赤の背景によく映えた。一心不乱だったというのもあって、我に返った後の妙な達成感が湧き上がってくる。


 広がる光景を目の当たりに、今まで観察してきた獣達のやりとりがちっぽけ。


 その当事者となり、不快感に押し潰されそうになる。


 ただ、当初の目的を思いださせるように空腹感が襲ってきた。


(生きるには、食べないと……)


 最後に仕留めた一羽に顔を近づけ、丸のみできそうなほどの口を大きく開いた。


(い、いただきます……)


 ブスリという食感が鋭く尖った犬歯から伝わってきて、それは次第に奥へと進んで行く。すると途中で硬い何かに当たり、そこから勢いよく喰いちぎった。


(うっ……)


 感覚がわからずに喰らいついたものだから口いっぱいに肉の塊と、鉄の味が広がっていく。どうにか吐きだすようなことはなく噛み砕き、一気に飲み込んだ。


 それでも残る、慣れない感覚。


 息を吸って吐けば鉄の味や匂いが脳裏を刺激し、気を抜くと胃袋から逆流してきそうになる。


(貴重な、貴重な食糧だ……)


 そこからさらにもうひと口といこうとしたところで、先ほど感じた硬い何かが目に留まった。


 小さくも脊椎動物であること物語る、モフモフな毛に隠れた肉を支える太い骨。


 それがあまりにも艶めかしく、結局は吐きだしてしまうも、それ以降は無心になって喰らい続けた。


 元人間としての意地(プライド)を捨て、他の獣達と同等になり下がっていく気分。


 だがそれでも生きるためには仕方のないことだと言い聞かせ、頬を伝う涙を気にせず喰らう。


 初めて得た、獲物の命を狩るという行為。


 それを食して自らの糧として生き永らえるのは、無情にも大変であるという事。それが弱肉強食の自然界であり、適応していかなければいけない環境だった。



(よし、こんな感じかな)


 たとえどれだけ飢えていたとしても、胃袋には限界があった。


 だからといって手つかずのまま食糧(ウサギ達)を放置しておくのも、他の獣達に餌付けしてしまうだけ。


 そのため一か所の針葉樹林に目印をつけ、その根元に纏めて埋めることにした。


 これが功を奏するかは定かではなかったが、もしものために備えて隠しておく。


 それでも隠せない、争った痕跡が残る雪原を染めた真っ赤な色。


(……降り始めた)


 かと思いきや、食糧を埋めている間に降り始めていた雪に隠されていく。


 見上げると広がっていた青空が曇り始め、フワフワと舞う雪が目についた。これからさらに降ることを考え、どこか身を潜められそうな場所を探しに移動する。


 埋めた食糧のことは心配だが、獣の嗅覚。そこを拠点に活動しても、匂いを辿って逆に引き付けてしまう可能性がある。


 それでさらに力ある獣にでも襲われでもしたら、また逃げ回るはめになってしまう。


 襲ってきたあのクマを考えると、第一はやはり身の安全を確保する事。


 その犠牲となるのが、埋めた食糧であれば背に腹は代えられない。


 また別の食糧を狩ればいいと、獣としての狩猟本能を開花させているというのは無意識だ……。


 シンシンと降り始めた雪の中を、当てもなく拠点になりそうな場所を求めていく。

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