エピローグ:守るべきかけがえのない存在として。3
それからエルス達は、アークエルの張った結界を抜けて帰宅した。
「エルスッ!」
玄関の扉を開くと、勢いよく飛びついてくるリル。
「た、ただいまリル」
リルの声に遅れて、リビングの方から姿を見せるアークエル。どこか険し気に目もとを細めて、呆れたように両肩を竦めた。
エルスが羽織っている風除けは所々が破け、乱れている髪。
「……無事で何よりだよ」
「ど、どうにか……」
「キュキュ」
深くは語らず、エルスは苦笑いを浮かべた。
抱えていた師匠もくたびれたように、足もとに集まってきた仲間達に気遣われていく。
「一休み。と言いたいところだけど、あまり時間がないよ」
「え?」
間の抜けた表情で、エルスは小首を傾げた。
『グウォォォオオオ!!!!!』
『ギャギャギャギャ!!!!!』
『ギュルルゥゥウゥ!!!!!』
すると様々な魔物の鳴き声が、鬩ぎ合うように木霊していく。
「ッ!?」
「お耳がぁ~」
咄嗟の事に耳を塞ぐこともなく、自然と身体を低くしてしまう。
それがしばらく続き、静まった頃にはエルスとリルは放然としていた。
「い、いったい何が……」
そんな中、平然としていたアークエルに視線で問いかける。
「簡単な話さ、エルスが雪原の主を仕留めた」
「主を仕留めた?」
思い当たるのは、クマの魔物しかいない。
「そのことで、次の主を決める闘いが始まるんだよ」
「それって……」
雪原地帯でのやり取りを知るエルスは、驚きで言葉を失ってしまう。
代わりに、アークエルが続けて述べる。
「しばらくこの地帯は荒れるね。……悪いことは言わない、今すぐここを離れな」
声音を厳しめに、アークエルは乱雑に後頭部の髪をかく。
「けど、結界が……」
ルエスとリルは偶然とはいえ、アークエルの張った結界に綻びを生じさせて今に至る。中には五感の優れた魔物もいるが、結界との境目は迷ってしまう。
だから魔物達が近づくことはなく、平穏な日々を過ごせていた。
「確かに結界は健在だが、綻びが生じたままだ。今さら修復したところで、前の主以上の存在が表れでもしたら気づかれる」
アークエルはリルの事を見据える。
「……それがいつになるかはわからない。今日か明日、もしくはすぐにっていう可能性もある」
「そんな……」
物言いたげなアークエルの視線に、エルスは意図を察してしまう。
(……だからといってどこに行けば)
気づけば雪原地帯にいて、ここ以外の外に関しては知識での範疇でしかない。
再びリルを守りながらの行動は、危険しか伴わないだろう。
「ルエス……」
「リル」
揺れる翠眼を前に、ルエスはかける言葉が思いつかない。
「こんな機会だ、町に行くのはどうだい」
「……町に?」
急な提案に、エルスはアークエルの言葉に耳を傾ける。
「ああ、この事態がすぐに収束するとも思えない。ここだって安全ともいえないなら、いっそのこと町にいった方が良いだろう」
「ごめん、アークエル」
「……謝らなくていい。アタシこそ賑やかな時間を過ごせたよ」
「……アークエルは一緒じゃないの?」
リルの純粋な質問に、アークエルは腰に手を当てた。
「アタシとコイツ等だけならどうにでもなるが、エルスとリルを守りながらはちょっとね」
「……そっか」
しょんぼりと項垂れるリルに、アークリルは苦笑いを浮かべた。
「別に会えなくなるわけじゃない。……先に街で待っててくれればいいよ」
「……ッ! そっか、そうだよね!!」
声音を弾ませて飛び跳ねるリルに、アークリルは手を叩いた。
「そうと決まれば即行動だよ」
「うん! 着替えてくる」
そういって、リルは寝室の方へと駆けだしていった。
その後を数匹の魔物が追いかけていく。
「アークリル」
エルスはアークエルを静かに見つめる。
「事実、ここら一帯がどうなるかはわからないのは本当だよ」
アークリルは嘆息したように肩を落とした。
「だけどね、リルには両親がいるはずだろ?」
「……確かに」
「それに、アタシに会いに来た理由もわからないまま」
だけどリルは、明確に【雪原の魔女】を探していると口にしている。
「そう。リル自身、不可思議なことが多すぎる」
ハッキリと言い切る辺り、アークリルなりに観察した上での考察なのだろう。
「何よりもリルの安全を考えるなら、町に行った方がいい」
揶揄うような笑みを向けられ、エルスは金色の双眸を丸くさせた。
「……わかった。アークリル、今までありがとう」
「言っただろ? 別に会えなくなるわけじゃないって」
言い聞かせるような口調のアークリルに、エルスはハッとした表情を浮かべて頬を緩めた。
「うん、また会おう」
「ああ、元気でいな」
そう言葉を交わして、エルスとリルはアークエルの家を後にした。
「キュキュ!」
「こっち?」
先行する師匠の後を、リルは元気よく追いかけていく。
「リル、転ばないでよ」
その後を、エルスは周囲に気を張りながらついていく。
(……アークエルの言う通り、かなり荒れてる)
視認できないが、知覚できる範囲には魔物達の存在を感じられる。
可能な限り魔物との遭遇を避けるように師匠が道を選び、今のところ危険は生じていなかった。
だが、町に辿り着くまでは気は抜けない。
「あっ」
「リル!」
雪に脚を取られるリルに、エルスは飛ぶようにして手を掴んだ。
「ほら、危ないから」
「けど、エルスが守ってくれるでしょ?」
「それは……」
そう笑顔で言われてしまったら、今までの行動に矛盾が生じてしまう。
なし崩し的に始まったリルとの【雪原の魔女】が続き、どうにか会うこともできた。気づけば仲も深め、いつまでもあの家にいるものだと感じていた矢先だ。エルスが雪原の主を倒したことで居られなくなってしまった。
アークリルに何から何までお世話になりながら、迷惑までかけてしまっている。
あげく快く見送ってくれて、次の再開も約束を交わしてくれた。
そのためにも、今を大事にしていかないといけない。
「そうだね、リルの事は私が守るよ」
「ありがとう、エルス。……わぁ!?」
リルの事を起こす流れで、エルスはそのまま抱き上げる。
「キュキュ!」
「今行きます」
急かすように鳴く師匠に、エルスは小走りで雪原を進む。
(……これからどうなるかわからないけど、リルだけは私が守っていこう)
決意を改めるように、エルスは自身にそう言い聞かせた。




