エピローグ:守るべきかけがえのない存在として。
「モフモフ」
「起きる?」
「モフモフ、モフモフ」
(……今日はやけに甘えただな)
いつものようにベッドで横になりながら、リルの抱き枕になっていた。
「モフモフ、モフモフ」
(ま、たまにはいっか)
ほんの一瞬に近い魔力操作ができたあの日から、しばらく経っている。
アークエルからは安静と言われたが、翌日には全回復。全身に傷みどころか、これまでにないくらい好調だった。
それにはアークエルは驚きを通り越し、容赦なく魔力操作の特訓をさせられた。
そのスパルタ指導に、短い時間ではあるものの意識して出来るようになってきている。
「ねぇ……」
「ん?」
腕の中で身動ぎするリルが見つめてきた。
何か物言いたげな翠眼の瞳を前に、静かに耳を傾ける。
「何でもない。……起きる」
「あ、うん……」
けど、それは杞憂だったかもしれない。
ベッドから飛び跳ねるように起きるリルに連れられ、そのままリビングへと向かった。
「おや、今日は遅いんだね」
リビングの扉を開くとアークエルが既に起きていた。
「おはよう、アークエル」
「おはようございます」
元気よく挨拶をするリルを横目に、軽く頭を下げて席に着く。
「……何かあったのかい?」
「いえ、特には」
魔物達に食事の用意をしてもらいながら、アークエルが怪訝そうな声音で問うてくる。
だけど、これといった問題は起きていない。
「キュキュキュ」
「うん、みんなおはよう」
周りに集まる魔物達に対して、変わらず挨拶を交わしていくリル。
その姿はいつも通りで、ついさっきみせた物言いたげな表情は何だったのだろうか。
(まぁ、変わらず元気そうだな)
注視してリルを観察するも、これといって変わった様子はない。
「それなら――」
「キュキュキュ!!」
最後まで言葉を言い切らず、アークエルは視線を窓辺へと向けた。
それに伴って魔物達も騒ぎ始め、食事どころじゃなくなっていく。
「な、なに?」
戸惑うリルを横目に、アークエルに声を潜める。
「……アークエル?」
「たく、あたしとしたことがすっかり忘れてたよ」
舌打ちするアークエルは、椅子に深く腰を掛け直す。
「悪いね二人とも、ここにはもう長い出来ないようだ」
「ど、どういう事?」
不思議そうにリルは小首を傾げる。
「……侵入者だよ」
何とも不穏なワードに、魔物達の様子を窺う。
(かなり警戒してる? となると――)
「キュキュ!」
「師匠」
気づけば手もとに師匠がいて、何やら必死に訴えてくる。
「それほど強いんですか」
「キュキュ」
だが、落ち着いた様子で首を横に振った。
「……なるほどね」
「アークエル?」
このやり取りを見ていたアークエルは、得心が言ったように腕を組む。
「コイツ等が伝えたいのは、リルの身だろう」
「……リルの身?」
「要するに、あたしの張った結界のひずみを見つけだせた魔物。それはかなりの力を有し、自分より上位を喰らう」
一瞬、脳裏にあのクマのような魔物が過った。
「リルの魔力に引き寄せられて、森の魔物が攻めてきた?」
「それも、かなりの強者だろうね」
それだけを言い残して立ち上がるアークエルは、行儀悪くトーストを頬張った。
「お前ら、準備しな」
「ギュギュ!!」
「わわわ」
これまでにない野太く、ガサついた鳴き声。
リルが両耳を塞ぐほどではあったが、それだけやる気に満ちていることを表していた。
「アンタとリルはここに――」
「アークエル、私が行くよ」
「……なんだって?」
リビングを後にしようとするアークエル、世話を焼いてくれていた魔物達を止めた。
険のある表情で睨まれ、鳴き声で必死に抗議までされる。
だからといって、無闇に呼び止めたわけではない。
「状況はどうであれ、この事態を招いたのは私達でしょ? ……責任というわけでもないけど、泊めてもらってる恩返しというか……助けになれればと……」
ここに来てから、色々とお世話になりっぱなしではあった。
魔物達には身の回りのありとあらゆる事。
アークエルからは住まいの提供どころか、色々な知識やリルを守る術など。
返しきれない恩ばかりだ。
だから常々、何かできないモノかと考えていた。
ただその責任を、リルに押しつけるわけにはいかない。
「多少は戦えるようになったと思う。だからこれくらい――」
「キュキュ」
尻尾で手の甲を叩いてくる師匠が、何を伝えたいのかわからない。
「……師匠」
だが様子からして、手に負えない相手なのかもしれない。
もしそうだとしたら、リルを守るに適した存在がここには多数いる。
(せめて逃げる時間くらいは作らないと……)
ある程度の覚悟は決まっている。
だけど、欲を言うなら今じゃない。
「アークリル、私に行かせて」
「ふむ」
顎に手を当てて考え込むアークエルは、目もとを細めて見据えてくる。
「お前らの意見を聞こう」
すると様々な鳴き声が合唱のように始まり、終いには掴みかかる程の喧嘩にまで発展していく。
「あ~あ、訊いたあたしがバカだったよ」
露骨に嘆息したアークエルは、乱雑な手つきで髪をかく。
「一番に訊くのはアンタだったな、師匠さん」
「キュキュ」
待ってましたと言わんばかりに、師匠は胸を張ってみせた。
集まる視線の中、師匠は黙り込んだ。
「キュキュ」
「師匠?」
しばらくして、師匠は小さな手を上げてきた。
(握れと?)
「キュキュ!」
「やれます!」
何やら急かすように甲高く鳴かれ、咄嗟に師匠の手に触れた。
「決まりだね。ついて来な」
まるでそれを見透かしたような笑みを浮かべ、アークリルはリビングを出て行く。
その後を慌てて追いかけようとしたが、小さな存在が立ちはだかった。
「……どこに行くの」
「……リル」
細い両腕をめいっぱい広げて、リルは力強い眼差しを向けてくる。
「いつものアレだよ。だから――」
「ウソ、どうしてそんなこと言うの」
「うッ」
間髪入れないリルの糾弾に、胸もとを抑えてしまう。
(私、嘘が下手なのかな……)
それ以外の要因もあるだろうが、リルを前に上手い言葉が思いつかない。
視線を合わせるようにしゃがみ込み、真っすぐと見つめる。
「お外におっかない魔物がいるみたいなの。それを退治しに行ってくるね」
「……それって、リルのせい?」
「……どうして?」
「だって、さっき私達って……」
「それは……」
事実としてはそうだが、あの時のリルは意識が定かじゃなかった。
それに体質の問題もあり、故意にではないのだ。
だからリルを責める要因はない。
「リルだけ何もしないのはイヤ。だから一緒に戦うの、ルエス!」
「……ルエス?」
「あっ……」
慌てたようにリルは口もとを手で覆うも、さすがに聞き逃す距離じゃない。
それでも念のため、リルに訪ねる。
「ルエス。……それが私の名前?」
「イヤじゃない?」
いつもの天真爛漫さに影が差し、悪さがバレたような年相応の雰囲気。
「むしろ、ありがとう」
そんな不安を吹き飛ばすように、リルの事を力強く抱き締める。
「く、苦しいよ~」
喜びを表現しすぎたようで、リルに肩を叩かれてしまった。
「ご、ごめん。加減が……」
小さな背中に回した腕を解き、リルから少し離れる。
「リルにはこれくらいしかできないから、ムリはしないで」
すると、今度はリルの方から抱き締めてきた。
(……ホント、リルは不思議な存在だな)
なし崩し的に始まった【雪原の魔女】探しから、気づいたら人間の身体を手に入れた。それに加えて様々な知識に、戦うための術まで学んだ。
どこまで通じるかわからないが、師匠から太鼓判もある。
だから全力で、リルに降りかかる火の粉を払うだけ。
「何してるんだい!」
「今行きます!」
玄関先から叫ぶアークリルに、反射的に言葉を返す。
「……じゃあ行ってくるね、リル」
「うん。待ってるね、ルエス」
そんな短いやり取りを交わして、リビングを後にした。




