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第一章:え、ここってもしかして異世界? だったらせめて人間でありたかった!!


(……こ、ここは)


 重い瞼を開くと、横殴りという表現が当てはまるほどの白い何か――雪が降っていた。


 ここがどこなのか、いったい何が起きたのか、どういった状況なのか。様々な疑問が脳裏を過るが、それに応えてくれる親切な存在はいない。


 ただ感覚としてわかるのは、視界いっぱいに広がる荒れ狂う銀世界の中で横たわっているという事だけ。他にも全身の自由が利かず、起き上がる気力すらも湧いてこない。


(こ、このままだと……マズイ……)


 本能的にそう感じ、前足を動かす。


(……?)


 不思議な違和感を抱きながらも、目の前に生える雪除けとなりそうな木を目指した。


 ゆっくりと、ゆっくりと、少しずつ前足を動かし続ける。


 距離にして数メートルか、もしくは数十メートルなのか。そんなことがわからない程に辺りは白で埋め尽くされ、横殴りに吹き付ける風もやむことがない。


 どうにか木の根元まで移動し、できた轍は振り返ると今にも消えかけていた。


(……すごい雪だな)


 やけに早く感じる鼓動に呼吸を整えながら、冷静に辺りを見渡す。

 

 遠近感が狂わされるほどの雪が一帯を覆いつくし、頭上にはどんよりと分厚い灰色の雲。白という世界に映える緑という色合いが、植物の生命力が逞しく思わされる。


 それに加えて、ついさっき抱いた疑問にも冷静な思考で対処できた。


(……私の身体、もしかしなくてもアレだよね……)


 右手という認識で身体を動かすと、四足歩行の動物みたいな、例えるならば犬に似た前足が視界に映る。念のために首から下、全身を確認すると雪の色とは異なるどこか鈍く銀色の体毛に覆われていた。


 再確認するために今度は右足と認識する部分に命令を飛ばすと、イメージ通りに動く。


(いやいやいや、せめて人間でありたかったかな!?)


「ウゥオォォォォォ~~~」


 自身が四足歩行の獣と化していることに、言葉とならない遠吠えを甲高く響かせた。



 一向にやむことない横殴りの吹雪を眺めつつ、身体を休める形で針葉樹林の幹を風除けに横たわる。

最初に覚えた倦怠感のようなものは回復し、置かれた現状を冷静に分析していく。


(ここがあの異世界? だとしたらほのぼのとか、のんびりライフじゃないよね。かといって冒険しに行くにしても私、ギルド登録とか絶対にムリそうだし……)


 諦めに混じったため息を吐きつつ、分厚く覆われた雲を眺める。


 だからといって動こうにも、天候の回復が見込めそうにない。


(そうなると、どう生きてこう……)


 途方もない気持ちになりながら、大人しくせざる得ないことに落ち着かない。


(……ん?)


 だが、どこからかお腹の奥に響く音が届いてくる。


 両耳をピンと立て、周囲を仕切りに見渡す。


 ただ視界が悪いこともあって方向が分からず、その元凶にも心当たりがない。


 気づけば四肢を起こし、体勢を低く身構えていた。


 決して意識したわけではなく、本能のどこかを刺激してくる身の危険。


 次第に響く音も重くなっていき、メキメキと遠くの方にある針葉樹林が折れていく。微かに地面が揺れているのも、足の裏から伝わってくる。


(……な、何かが近づいてくる)


 どうするべきかと考えている暇もなく、視界が一気に開けた。


「グルゥゥゥ」


 折られた針葉樹林とまではなくとも、二本の脚で立つと見上げてしまう背丈。横殴りの吹雪にも負けるどころか、我が道を進む強者としての貫禄が見受けられる。全身を覆う黒い毛皮は、銀世界の中で一番の存在感があった。


(……く、クマだ。異世界にも存在するんだ)


 本当にクマなのかという認識が疑問に抱くほどの、やけに発達した左前腕。それは倒木された幹以上にあり、異様に映った。


 獰猛な紅い双眸に睨み下ろされ、全身の毛を逆なでにしながらも足が竦んでしまう。


 本能が警笛を鳴らすほどに危険を知らせてくるが、立ち向かわざる得ない気にされる。


(に、逃げないといけないのに……)


 四肢に力を籠め、咄嗟に地面を蹴った。


「グウォォォ!!」


 それを皮切りにして、向こうにも動きがあった。


 横薙ぎに振るわれた左前腕の直撃を辛うじて避け、舞い上がる雪に視界が覆われた。遅れてその衝撃には軽く吹き飛ばされ、針葉樹林の幹に背中を強かに打ちつけられ呼吸が乱れる。


(あっ、これ、ダメなヤツだ……)


 口の中に広がる鉄の味を呑みこみ、針葉樹林を盾に逃げだそうとした。


 だがそれを良しとしない見えない一撃に、遅れて痛みを襲われる。


「キュゥン~」


 左前腕の一撃が針葉樹林を数々となぎ倒したことで、均された雪原に勢いよく転がされる。


(な、なに……? ッ!?)


 混乱する思考を遮るよう走った痛みに、立ち上がろうという気力が起きない。


 ただ痛みに堪え続けるわけにもいかなかった。


 いつの間にか詰められていた距離は目と鼻の先。高らかに構えられた右腕、鋭く尖った右手の爪を突き刺そうと放たれる。


 体勢を整えている余裕もなければ、放たれた一撃の速さに雪の上で身を捩じらせる。


(に、逃げないと!!)


 紙一重にも等しく腹部ギリギリの直撃を交わし、衝撃でさらに身体を転がされる。お陰で地に足をつけられ、左後ろ脚の痛みに耐えながら地面を蹴った。


 雪に深く刺さって動かせない右腕を盾に、左腕からの迎撃にけん制しておく。


 スルリと身体の脇を抜けて、一目散に針葉樹林が生い茂る中へと逃げ込んだ。


 だからといってすぐに安全が訪れるわけもなく、怒りに狂った雄叫びと共に空気と地面が揺れる。


 振り返る必要もなく追いかけてくる相手の気配。体格が大きいとは思えないほどに早く、負傷した左後ろ脚を引きずりながらでは分が悪い。


(追いつかれる……)


 本能的に身の危険レベルは高まり、脚を止めたらやられる。だからといって、大人しくやられるわけにはいかない。


 小柄な体格を活かして右に左に、針葉樹林の隙間を縫うように移動を繰り返す。


 その度に地面が震えるほどの一撃が繰りだされ続け、倒木してこようがお構いなしに追いかけてくる。むしろそれすらも攻撃手段として巨体を活かした体当たり、飛来する倒木を交わしながらの逃走。


 限界状態で神経をすり減らしながら、放たれる右手からの攻撃を避け、逃げ道を塞がれないように立ち居振舞う。


(……おかしい。最初のアレがこない)


 相手からの攻撃を避け続ける間、隙をみての反撃を考えたりもした。だがさっきからの攻撃は右腕のみ、最初の異様に発達した左腕を横薙ぎに振るわれていない。


 それを警戒して、反撃にでられずにいた。


(これは一か八か。……それに、やられっぱなしっていうのも面白くないッ!)


 逃げ回っていた脚の向きを変え、一方的だった攻撃に反撃を試みる。


 そんな意図を察し、強者としての余裕を露わに高らかに咆哮する。そして踏み込むように体勢を低く、発達した左腕を勢いよく振りかぶった。


(そこまで嬉々とされても、嬉しくないなぁー)


 距離にして数メートル、今さら逃げるにも勢いがついてしまっていた。いつの間にか痛みがひいていた左後ろ脚も駆使して、左右に身軽なステップで雪の上を駆ける。


 感覚としては軽いフェイントのつもりだったが、左腕から放つ一撃に自信があるのか動じた素振りをみせない。


「ヴォォォォ!!」


(来る!!)


 さっきまでの攻撃が当たらなかった苛立ちを籠めた一撃が、全身をバネに振るわれた。


 目にみえる鋭利な左手の爪を跳躍して交わし、そこを足場に間合いを詰める。


 無謀にも空中戦。


 もし予想が外れたら、次のみえない一撃に対応できない。直撃したら軽々と後方へと吹き飛ばされ、針葉樹林の幹に衝突したら全身の骨が折れるだろう。


 運よく雪が衝撃を吸収したところで、意識を失って一歩も動けずにとどめを刺される。


 そんな賭けに、勝利した。


 横殴りだった風向きが視覚的に変わったことを視認し、薙がれた左腕の一線を追従するように空気の層が生じて襲ってくる。


 だが、既にその間合いからは脱していた。


 相手の顔面をめがけての跳躍、せめてもと一撃を喰らわせるための爪が右目を傷つける。


「ウゥゥオォォ~~」


 悲鳴にも近い雄叫びをあげて出血する右目を抑え、雪の上を巨体が転がる。


 さっきまでの余裕は微塵も感じられず、痛みを必死に訴えている様子。


(この隙に逃げ……えっ?)


 その光景を空中で確認するも、不自然に全身が浮く感覚に襲われる。


 それはまるで避けたはずの左腕が生み出す余波だが、痛みに暴れていることで縦横無尽に放たれていた。


(ウソ……)


 空中での不安定な体勢とはいえ余波に受け、どんよりとした分厚い雲めがけて吹き飛ばされる。


 どんどんと地上が遠ざかっていく光景、暴れ狂う巨体のクマすらも小さくなっていく。


 だからといって、いつまでも飛ばされてはいられない。


 勢いは徐々にと減速していき、糸が切れたように地上へと身体が落下していく。


(いやいやいや、ムリだって!!!?)


 もはや【死】を想起したが、眼前に広がる針葉樹林の枝葉が衝撃を吸収してくれる。だがそれは全てとまではいかずに、全身を雪の上へと打ちつけられた。


(い、生きてる……)


 酸素を求めて口を開くと軽く吐血したが、辛うじて生きているという実感を得られた。それでも全身を打ちつけられたというのもあって節々は悲鳴をあげ、すぐには動けそうにもない。


 ただ一ついえるのは――、


(これで、今だけは生き延びられたのかな……)


 一向に回復する様子もない横殴りの吹雪に晒されながらも、束の間の安堵感に意識を失った。

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