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第四章:祝! 人間化!!3


 それからしばらく、アークエルの家でのんびり過ごさせてもらっている。


 とはいえ、することは限られていた。


「ねぇねぇ! 遊びに行こう」


(リルって本当に自由だよなぁ)


 お腹が落ち着き始めた頃には、リルのエネルギッシュさは今まで以上。他人の家だというのにお構いなしなのか、席を立ったかと思うと手を引っ張ってくる。


 そのままリビングを後に、アークエルの家を散策することになった。


「お料理場だ!」


 出てすぐ、リビングの隣にはキッチンがあった。


 壁際にはグリルと水場、食器を納める複数の棚があり。そしてメインとなる部屋の中央には、細長い調理台がありありとした存在感を発揮している。


 そこはついさっきまで調理をしていたからか、食材の痕跡が散らばっていた。


(い、いったい何匹いるんだろう……)


 そこにはリビングにいた、細長い胴体をした魔物のような存在が複数と動き回っている。


 どの個体も似ているからかわからないが、テーブルに並んでいた料理の数々を作ってくれていたのかもしれない。


「キュキュ?」


「キュキュキュ?」


 何匹か顔を見合わせ、不思議そうな鳴き声で首を傾げていた。


「いっぱいいるんだね!」


(そう、みたいだね……)


 後ろから、リビングの方でお世話をしてくれていた個体も足もとに集まってきた。


 そんな個体数の多さに、若干とだが戦々恐々とさせられてしまう。


(群れで行動する魔物とはやり合ったことはあるけど、個として弱いから……。だけどコイツら、私以上の格上なんだよね?)


 数という暴力で襲われたら、ひとたまりもなくリルを守れないだろう。


 それを使役? しているアークエルは、どれほどの実力を有しているのだろうか。


「ご飯美味しかったです。ありがとうございます」


「キュキュキュ!」


 足もとと調理台の上に集まる魔物のような存在達に、リルは屈託のない笑顔で感謝を告げていく。


 似たようにしたかったが、生憎と言葉を発せられない。


(その、美味しかったよ)


 どうにもならない気持ちを秘めつつ、リルの元に集まる魔物のような存在を見つめた。


「キュキュ?」


「キュキュ!」


(……っ!?)


 すると、それを感じ取ったかのように飛びついてくる。


「アハハハハッ! すっごく気に入られてるね」


 発せられない悲鳴を内心で発しつつ、数で群がってくる魔物のような存在達からの熱烈な歓迎を全身で浴びることに。


「リルもッ!」


 挙げ句には床に転がされて、リルまで抱き着いてきた。


(だ、誰か収拾つけて……)


 しばらくキッチンでワチャワチャしながら、再びアークエルの家を散策へと繰り出した。



 キッチンを後に、数匹の魔物のような存在を引き連れていく。


「お風呂ぉ!」


 リルの元気な声がよく響き渡った。


 背の高い衝立で隔てられた、脱衣所も合わさった広めの空間。真っ白なタイルは清潔感があり、大きめの窓から射し込む光がそれをさらに強調させていた。


(そういえば、水とかってどうしてるんだろう)


 振舞われた料理もだったが、食器を洗うための水もだ。バスタブに取り付けられた蛇口を捻ると、白い湯気を立てる水が出た。


 原理はどうであれ、外の環境からはあまりにも想像できない充実した設備。


 周囲に魔物の気配も感じられないことも含めると、どこか隔絶された空間を想像してしまう。


「あっ、リルのお洋服!」


(……ああ、本当だ)


 天井を指差すリルの声に、一度思考を遮られる。


 今さらでもあるが、リルが身に着けている白のワンピース。どこか少女っぽさを残しながらも、お淑やかさを醸しだす一着。


 だが、よく動き回るリルにははためく裾は邪魔かもしれない。


「せっかくだし一緒に入ろう!」


(ッ!?)


 何の脈略もなく、急にワンピースを脱ぎ捨てるリル。


 ピタピタと足音を鳴らしながら、バスタブに近づいてくる。


「ねぇねぇ、お湯ためて」


(えっ、あっ、どうすれば……)


 色々なことに思考が追いつかないでいると、魔物のような存在達が率先と動いてくれた。


「キュキュ!」


 慣れた動きで蛇口を捻り、バスタブにお湯を溜めていく。


 その間に身体を洗えるよう、たくさんの泡を作り出す。


「ほら、お洋服脱いで」


(あ、うん……)


 リルに言われるがまま、身に着けていた黒のワンピースを脱いだ。


 ただここで、一つの問題が生じた。


(……みず。……水、だよね。いや、ここには温められた水が流れている。魔物の時はそこら辺の雪を食べていたけど、改めて目の前にすると……)


 本能というべきか、ちょっとした恐怖心が身を竦ませた。


「んっ、ん? どうかしたの」


 気づけば手を握っていたリルが、不思議そうに小首を傾げていた。


(どう伝えればいいのかな……)


 喉元に手を添えながら、リルの事を見つめる。


「ほらほら、いつまでもこのままだったらお風邪ひいちゃうよ」


(あっ……)


 決して力強くないリルの手にひかれ、争う間もなく湯気が立ち込める浴室内に歩みを進めていく。


「ねぇねぇ、お背中流して」


 目の前にチョコンと座ったリルだったが、どうするべきか要領がわからない。


「キュキュ」


(……これを使えと)


 すると、自身の体毛と遜色ないほど真っ白に泡立つ何かを手渡してきた。


(材質的に硬くなく柔らかすぎない……。こんなの一面()銀世界(そこ)にはなかったな)


 魔物の姿をしていた時には、狩った魔物の返り血を浴びることがよくあった。時には魔物から受けた攻撃で自身の血を流し、自然治癒に任せての行動が当たり前。


 辛うじて雪の上を転がっては、汚れを落とす程度くらい。


 だからでもないが、全身を洗う事なんかをする環境もなかった。


 こうして人間の身体を手にしたことで、今後から必要となることが増えていく。


 その一歩としての、入浴。


「……それを使ってリルのお背中流すんだよ」


 肩越しに視線を向けてきたリルに言われるがまま、恐る恐ると小さな背中に触れる。


「く、くすぐったいよ」


 どの程度の力加減か手探りでいると、リルの小さな頭部が微かに揺れる。


(も、もう少し強くてもいいのかな)


 スッと目もとを細めて、手に力を込める。


「ちょ、ちょっとイタイ……」


(ご、ごめん!)


 リルのその一言に、頭の中が真っ白になっていく。


 よく見れば、少しだけリルの背中が赤くなっていた。


(あ、え、血は、出てないみたいだけど、リルに……)


 温められている浴室内にいるにもかかわらず、一瞬にして背筋に冷たいモノが流れた。


「今度はリルがお背中流してあげるね」


 振り返ったリルは変わらず笑顔を絶やすことはなく、手にした泡立つ何かを向けてくる。


(……こ、ここに座ればいいの?)


 促されるままにリルが座っていた場所に腰を下ろし、肩越しに視線を向ける。


「もぉ、前向いてて」


(う、うん……)


 無防備にも背中を晒すことに慣れず、自然と全身を強張らせてしまう。


「んしょ、んしょ。……かゆい所ないですかぁ~」


 慣れない感覚に背筋を震わせながらも、程よい力加減に身を任せることにした。


「じゃ、お背中流すよ」


 それからどのくらい経ったのかわからなかったが、急に背中を熱い何かが流れた。


(な、なにっ!?)


 咄嗟の事に飛び上がり、気づけば空中で身を翻していた。


「……」


 驚くリルと空中で数秒間だけ目が合い、静かに壁際付近のタイルに着地した。


 翠眼の瞳を丸く、リルはジッと見つめてくる。


(……あっ)


 微かな沈黙が、浴室内に広がっていった。


 予想するほどでもなく、リルが背中の泡をお湯で流してくれたのだろう。


 それは手にしている丸い入れ物から伝わってくる情報で、決して悪気があったわけでの行為ではない。


 ただただ当たり前の事なのだ。


 だが、あまりにも不慣れな環境に身を置いていた。


「すっごいね!」


(っ!?)


 キラッキラとリルは瞳を輝かせ、弾む声音が浴室に響いた。


「えっ! え? どうなってるの!?」


(……どうって訊かれても)


 気づいたら反射的で、言葉にしようにも発せられない。


「ねぇねぇ、もう一回やって!!」


 興奮冷めやらぬリルに詰め寄られそうになり、ご要望に応えるわけでもないがタイルを蹴った。


「お~お~」


 パチパチと拍手されながらも、反応に困ってしまう。


(こ、これで良かったのかな……)


 それほど広くなくも、狭すぎない浴室内を宙返りする。


 何とも滑稽でシュールな入浴の光景だったろう。


 それから身体についた泡を流し、リルと浴槽に浸かった。


「はぁ~い、しっかりと肩までだよ」


(なんか、子ども扱いされてる気がする……)


 どちらかといえばリルより長く生きているはずで、血みどろな弱肉強食の世界で生き抜いてきた。


 にもかかわらず、リルのどこか世話を焼くような素振り。


 決して腹立たしいわけでもないが、どこか心の奥がむず痒く落ち着かない。


「い~ち、に~い、さ~ん」


 そして、しっかりと百を数えてからお風呂場を後にした。



(ふぅ……なんだか不思議な感覚だったな)


 リビングでリルの濡れている髪を拭いてあげながら、火照った身体を冷ましていた。


「キュキュ!」


「わぁ~ありがとう」


 透明な入れ物に注がれた白い液体を、リルは喉を鳴らして飲んでいく。


(……)


 そんな光景を目の当たりに、どんな表情を浮かべていたのだろう。


「……もしかして飲みたかった?」


 既に空になった入れ物を傾け、リルは小首を傾げて訊ねてくる。


 特段そういった意味ではなかったが、興味がないわけではない。それ以上にリルが本当に飲んでも安全か、変なモノでも入っていないかという心配が勝っていた。


「ねぇねぇ、もう一杯飲みたい」


「キュキュ」


 そうリルがお願いすると、当たり前となりつつある魔物のような存在が入れ物を背に乗せ出て行ってしまう。


 それからさほども経たないうちに、リルが飲んでいたモノと同じのが運ばれてきた。


「はい、冷たくて美味しいよ」


(そうは言われても……)


 小さな両手で包み込むように差し出された入れ物を前に、若干身構えてしまう。


 念のため匂いを嗅いでみても危険っぽさはなく、ただただ白い液体という見た目。


「キュキュ!」


 その確認行為が失礼だったのか、足もとで不満げに鳴く魔物のような存在に蹴られる始末。


(ええい、どうとでもなれっ!)


 意を決して入れ物の縁に口をつけ、液体を口の中へと流し込んでいく。


(ッ!?)


 口の中に広がる程良い甘み。どこか魔物とは違う臭さはあるものの、体内に取り込んでも害があるようには感じなかった。


「ねぇ、美味しかったでしょ」


 ここで口にするものは全てが新しく、魔物だった時には想像できないことばかりが起きている。


 ただ魔物の肉を喰らっていた時には味わえない料理の数々に、習慣のなかった入浴。今も口にした液体だって知らない。


 恐らくこれはほんの一部で、まだまだ知らないことばかりだろう。


「リ、ル。あり、がとう」


「……」


 気づけば、聞き慣れない声が耳に届いてきた。


「今、リルの名前呼んでくれたの?」


 驚いたように見つめてくるリルに、正直反応が困った。


 どこか掠れて片言の、短く発せられた言葉。


 リビングにいるのはリルと、世話してくれる魔物のような存在達。後者は言葉を発せられずとも、何となく伝えたいことは鳴き声のトーンでわかる。


 そして前者は、さっきからスラスラと無邪気に話しかけ続けているのだ。


 そうなると、選択肢は一つしかない。


(もしかしなくても、私の声?)


 喉元に手を触れて、もう一度、何度も呼んでいた名前を口にしてみる。


「リル」


 今度はすんなりと、その名前を発せられた。


「ねぇ、もう一回」


 すると今度は、熱い視線でみつめてくる。


「……リル」


「うん」


 もう一度と、せがむように袖を握り締めてくる。


 だから――、


「リル」


「うん!」


「リル」


「うんッ!!」


 これで満足してくれたのかはわからない。


「ようやく名前を呼んでくれたねッ!!」


 けど、リルの表情をみれば一目瞭然だった。


(私なりに何度も呼んではいたんだけどね……)


 喜びを全面に表すリルの姿を目の当たりにしつつ、そんなことを告げるわけにも、まだ言葉を発することに慣れていないというのもあって口を紡ぐしかなかった。



 これでもかとご飯をたらふく食べて、慣れないお風呂にも浸かった。


「……」


(眠いのかな)


 ともなると、自然と睡魔が襲ってきた。


 特に何をするでもなく、リビングでまったりとしている。


 まるで膝の上に座っているのが当たり前になっていたかのように、リルは小さな身体を凭れかからせてきた。


 ついさっきまで賑やかだったが、ピクリとも動かない。


 規則的な寝息を耳に、優しく頭を撫でてあげる。


「ん……」


(ヤバッ、起こし……)


「ん~」


 咄嗟に手を離したが、リルは起きる気配もなく身動ぎした。


「キュキュ」


(……そうだね)


 何となくだが、言いたいことが伝わってきた。


 それに倣うように、リルを抱えて立ち上がる。


「キュキュ」


 リビングを後にして、招かれるように通路を進む。


 途中で散策を切り上げての入浴、それからリビングにいた。アークリルと魔物のような存在達が暮らしているとはいえ、広すぎるという感覚がある。


(広ッ……)


 それも部屋に入ると、改めて痛感させられる。


 一室の中央で存在感を主張するベッドは一人で寝るには広く、見た目からフカフカ具合が窺えた。他にも化粧台やタンスにクローゼットといった物はあるが、使われた痕跡がないながらも埃をかぶっていない。


「キュキュ」


(……何でもこなせるんだな)


 もしかしなくても、魔物のような存在達が家中を管理しているのだろう。


 促されたベッドにリルを横にしようとしたが、小さな手はしっかりと握られて離れそうにない。


(さてさて、どうしよう……)


 ベッド脇に立ち尽くしながら、熟睡するリルの寝顔を見下ろす。


 下手に起こしてしまうのも可哀そうで、目が覚めた時にいなくなっていたらと考えてしまう。


 あの時の表情は、二度とみたくない。


「キュキュ」


(うん、そうする)


 二人分の部屋を用意してくれていたかもしれないが、リルの傍を離れるという選択肢は考えられなかった。


 そのため、一つのベッドを二人で使う。


 それでも有り余るほどに広く、リルを抱えたままベッドの上を移動するのも一苦労など程にフカフカだった。


(おやすみ、リル)


 柔らかさにリルの身体がベッドに沈んでしまわないかと危惧して、抱きかかえ形で眠りに就いた。

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