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第三章:いよいよ異世界生活っぽくなってきた……6

 それから右に左、真っすぐ。時折悩むリルの指示で雪原地帯を巡り歩いた。


「次は左!」


 と、言いながらも右手人差し指は右を向けている。


(……まただ)


 これで何度目かの、リルのちぐはぐな言動。


 最初は脚を止めて視線で問い、数回目以降からは何度か指差す方に進むも、リルが機嫌を悪くしてしまう。


 そのため、今では言葉の方を信じて歩いてきた。


「ん~次はどっちかなぁ~」


 特に指示が無ければ真っすぐと、何一つ変わらない針葉樹林の間を進む。


(……なんだろう、変な感じがする)


 背中に乗るリルは身体を左右に振り、難しい表情を浮かべていた。


 根拠のない違和感を抱きながらも、リルからの指示に耳を傾けて歩みを止めない。


「……ワンちゃん……あっち……」


 だがここで、異変が生じた。


 背中にあった軽すぎる程の重みが、急に消えたのだ。


 振り向いて視界の端に捉えた光景は、背中に跨っていたリルが滑り落ちていく。


 けっしてはしゃぎ過ぎてではなく、自ら降りた様子もない。


 何よりも、高さからして着地の際に脚を折る可能性もあった。


 にもかかわらず、リルは頭から落下していく。


(リルッ!?)


 咄嗟に前脚を差しだし、危うげなくリルをキャッチする。


(り、リル!?)


「グルゥ~」


 直接雪の上にという抵抗があった。


 ただ、まったく状況が呑みこめていない。


 変に刺激して、リルの容体を悪化させる可能性もあった。


(り、リル!!)


「グルゥ~」


 いくら呼びかけるように喉を鳴らすも、リルはうんともすんとも返事をしない。


(こんな時どうすれば……)


 それが余計に不安を掻き立ててくるが、何かをしてあげられるわけでもない。


(リル! リルッ! リル!! リルッ!!)


「アォォオォォ~」


 出来ることは、ただただ無情に吼えるだけ。


 その行為が他の獣を呼び寄せることになろうともお構いなし。


(リル! 起きてよリルってば!!)


 言語化されない呼びかけが、どこまでも広がる一面銀世界に木霊し続けた。




(こんな終わり方って……ないよ……)


 どれだけそうしていたかわからない。


 さすがに喉の限界を感じて吼えることを止めるも、リルが目覚める様子はない。


 そんな姿に瞼を伏せる。


 例え成り行きだったとはいえ、今さら元の生活というのも非情過ぎる。ただ生きるためだけに駆け、知略を巡らせ、一切の躊躇なく狩ってきた。


(……ねぇ、リル。起きてよ……)


 どれだけの獣を喰らったとて、最後には胸の奥にポッカリと穴が開く感覚があった。


 それを誤魔化すように再び獣を狩り、喰らい続ける。


 繰り返し、繰り返し、ただ生きるために。


 目的のない生存本能に、いつしか情という感覚が鈍りつつあった。


 それを変えた、リルとの出逢い。


 他の獣達と見た目に差はあれ、最初からやたらと懐いてきた。幼さに同居した快活とした明るさに、好奇心が旺盛過ぎるほどの行動力。


 何よりも獣を前にしても、身の危険すら感じず接してくる。


 果てには、なし崩し的に始まった【雪原の魔女】探し。


 その目的を達成することもなく、終わりを迎えようとしている。


(……リル……リルッ……リルッ! ……リルッてば!!)


「アォォオォォォォォォ!!」


 気づけば、喉が引き裂けそうなほどに吼えていた。


「あ~喧しいったらありゃしない。何だってんだいこんな場所で」


(ッ!?)


 慌てて振り返ると、針葉樹林の幹から姿をみせる一人の女性。


「……魔物? と、少女?? どういった組み合わせだい」


 スラッとした細身は、どこか神経質な印象を醸しだしている。だがボサボサの長いブロンズは寝起きかのようで、身なりを気にしない性分なのだろうか。


 状況が呑みこめず頭をかく女性は、スッと目もとを細めた。


「あ~そこの魔物、そう身構えなくても少女に危害は加えないよ。……て、言葉が通じるわけないか」


 女性に片手で制され、咄嗟に体勢を低くしていたことに気づく。


 ただ本能的な行動で仕方ないことではあったが、あまりにも不可解でしかない。


(声を聞くまで気づけなかった?)


 索敵の範囲によって精度の差はあれ、それを補う嗅覚や聴覚、視覚といった五感。それ以上に何となくといった野性の勘、第六感を頼りにしてきた。


 特にリルと行動を共にするようになってからは、できる限り獣との遭遇を避けるために意識を常に張り巡らせている。


 それは今もなのだが、女性は背後を取る形で姿をみせた。


(……もしかして【雪原の魔女】?)


 そんな可能性が脳裏を過った。


「……お前さん、もしかして言葉が通じてるのかい?」


 低くしていた体勢と戻し、リルの傍に座り込む。


 それが異様に映ったのか、女性は驚いたように瞳を丸くさせた。


 血色の悪い肌に反した、紅い双眸。


 こちらに興味を示しているのは伝わってくるが、それよりも優先するべきことがあった。


(リルは大丈夫なんですか?)


「グルゥ」


 軽く喉を鳴らすと、女性は我に返ったように視線をリルへと向けた。


「見たところ魔力の使い過ぎだね。大抵は寝てれば回復するだろうが、ただこの娘は短時間で急激に、大量な魔力を消費している」


 額に喉元、手首の脈を図りながら症状を語る女性。


「……にしてもこの年でこれとは、末恐ろしいね」


 かき上げた前髪から覗いた女性の横顔は、不敵な笑みを浮かべていた。


(……安心して任せても大丈夫なのか?)


 落ち着いた女性の様子からリルの無事を知れたが、どこか不安を拭いきれない。


 ただそれでも、いつまでも行動を共にはしていられなかった。


 また同じようなことが起きた際、女性のように振舞えるだろうか。


 それどころか、二度目があるという可能性。


 適切な処置ができる人間に預けるべきだ。


 何よりも、そうすることでこの旅は終わる。


 たとえこの女性が【雪原の魔女】でなくともいい。


 本来はリルをどこかにあるとされる町に届ける、その過程での【雪原の魔女】探しだった。


 過程を抜きにすれば、大まかに目的を達成したともいえる。


(……この女性といれば、リルは無事に帰れるんだよね)


 その事実を目の当たりに、ようやく肩の荷が下りる感覚があった。


 だがそのせいで、ポッカリと胸の奥に穴が開く。


(……て、そんなこと気する必要ないか)


 元々は一匹で行動をしてきた。


 それが一匹から一人に変わったのだ。


 そしてまた、一匹に戻るだけのこと。


(リル、元気でね)


 心の中でそう別れ告げて立ち上がる。


「待ちな、そこの魔物」


(……?)


「グルゥ」


 呼び止められて振り返ると、女性は腕を組んで険しい表情を浮かべていた。


「アンタとこの娘がどういった関係かはわからないが、面倒ごとを押しつけて去られると迷惑だ」


 至極当然といった正論に歩みを止めてしまう。


 その様子をみて、女性は言葉を続ける。


「言葉が通じてる様子からして少しは考えな。次に目が覚めた時、アンタがいなかったらこの娘はどう思う」


(それは……)


「グルゥ~」


 リルの事だから人懐っこく、見知らぬ女性がいたとしても問題ないはずだ。


 こんな獣、もとい魔物に対しても臆することすらなかった。それどころかこうして一緒に旅をしてきたのだ、だから大丈夫だと思えてしまう。


 本当に偶然、リルが一番に目にした存在でしかない。


 もし別の魔物だったとしても、同じだったのではと考えてしまう。


「なんだいこの魔物は、まるで人間のマネでもしてるのかね」


 困り果てたように頭をかく女性は、露骨なほどに溜息を吐いた。


「生憎とあたしは子供の面倒をみるが苦手どころか、研究の以外に興味がないだ。身の回りの世話だって従えている魔物に任せっぱなしで、こんな辺境の地に引き籠ってる」


 女性が指を鳴らすと、どこからか数匹の魔物がリルの周囲に集まっていく。


(こ、こいつらッ!)


 それがあまりにも急で、牙を向きだしに喉を低く鳴らす。


 普段であれば、それだけで魔物の方も臨戦態勢になる。


 ……はずだった。


「キュキュ?」


 手足は短く、胴体の長い真っ白な魔物たち。小さな鼻に粒なら黒い瞳、動きに合わせて揺れる長い尻尾が特徴的。小さくてすばしっこいだけの、簡単に踏み潰せてしまいそうだった。


 こちらをチラリと視線を向けるだけで、お仲間さんと顔を見配せするだけで動じない。


 むしろ、リルの周りをチョロチョロと動き回るだけ。


 敵意を向けてくる様子すらなかった。


「ハハッ、残念だったね。相手にするほどじゃないってよ」


(……はぁ?)


「グルゥ!」


 鼻で笑ってみせた女性の言葉に、何故か敵対心を抱いてしまった。


 これまで生き残るため、どれだけ必死にあがいてきたか。数え切れない場数を踏み、何度か身や命の危機に直面しながらも生き抜いてきた。


 それが、如何にもひ弱そうな数匹の魔物に見向きもされない。


 それどころか、格下としてみられた。


「とま、いつまでもこんなところにいられないよ。ほら、着いて来な」


 そう告げて、女性は歩きだす。


 それに続くように、数匹の魔物が小さな身体にリルを乗せて運んでいく。


(……ついていくしか、ないんだよね?)


 このまま立ち尽くしているわけにもいかず、渋々と女性の後ろをついていくことにした。

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