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竜の民  作者: とんぼ
二章

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99/152

ノード城にて



そういえばノード城の正面を見たのはこれが初めてだと、内部と同じく物々しい造りの門構えと扉を見てふと気づく。

城壁の所々にある尖塔は物見の意味しかないのか飾りという飾りがない。

唯一『らしい』飾りといえば、ノルトマルク辺境伯家の家門であろう紋章が施されている青色の旗のみだ。


あらためて自分の運の良さを感じた。

辺境伯家といえば東の方でも高位の貴族だ。

名前に『辺境』とつくだけで、何の位もない私からしたら公爵・侯爵と相違ない。

そんな高位貴族の『正面入り口』から入って良いとされるぐらいに信用されているのは、本当に運が良かったと言えるだろう。

そうやって一人感じ入っていると、ズメイの尻尾が私の頭の後ろを小突いてきた。

浮遊感が消えているのに気づいて、手綱から手を離し地面に降りる。

こつ。綺麗に鳴らされた石畳が簡素な音を立てた。


次にノード城に来る時は鍛練場や厩舎に降りるのではなく、正門前に降りてくれと言われて降りたのだけれど、そりゃあもう凄かった。領都も城も、騒ぎようが。

事前に知らせがあったはずなのに、同じ黒い服を着ている女の人たちは脱兎のごとく逃げていくし、出入りの商人であろう男の人は大きく鞭を振るって馬を走らせ、荷馬車が傾くんじゃないかと思うぐらいの速さで正門から出て行ったし。

久しぶりに目立てて大変嬉しいらしいズメイは、さっきの街の上でも大盤振る舞いだったし。

もしかしたら何軒か屋根が壊れてるかもしれない。確実に爪が掠った記憶がある。


(雨漏りとかしないことを祈ろう…)


自分の荷物を鞍から下ろし、その場でズメイから鞍を外す。

しばらくお互い単独行動になるので、少しでも快適に過ごしてもらえるようにと思ってだ。

鞍が当たっていた首の後ろあたりが軽いのか涼しいのか、器用に前足でかいている黒い竜が帰りも目立って良いのか確認してきたので頷く。


「何かあったら呼べ。何も無くても呼んで良いがな」

「ああ。竜たちのこと頼んだ」

「ちゃんと寝るんだぞ、シシー」


荷物を地面に下ろしてその上に鞍を乗せたところで、ズメイの頭が胸元に突っ込んできた。

鼻から漏れる生暖かい呼気がマスクの中に伝わって冬の空気を吹き飛ばしていく。

呼吸されるたびにポンチョも浮いては引き寄せられ、二の腕の後ろあたりがくすぐったかった。

猫が頭を押しつけてくるよう、ぐりぐりと押しつけられる竜の頭を撫でれば、黄色い石がはめ込まれた角飾りが朝日に輝く。

この光ともちょっとしたお別れだ。寂しくないと言えば嘘になる。

久しぶりの、いや、もしかしたら初めてかもしれない。

西の方に来て、一人になるというのは。


黒い鱗に添えているだけだった手に力を込め、ズメイに飛びつく。

ズメイの鼻筋に沿って乗った私の体の重さを確かめるよう、穏やかに細まっていたズメイの瞳が突然、獰猛に開いた。

瞳孔まで細まってきたので何事かと思えば『嫌な匂いがする』と。

私も鼻を動かせば、たしかにこう、清潔すぎる薬草をすり潰して濃縮したような、変な匂いがした。

それは私を迎えに来たという三人の騎士たちから漂っている。


「随分派手に登場したな」

「壁の見回り組連中、声がすごかったぞ。うおー!って」

「そりゃそうなるさ。俺だってまだソワソワする」


金髪、茶髪、茶髪の三人は腕相撲をした後に、私が吹っ飛ばした人たちだ、と、思う。たぶん。おそらく。人数が多すぎてよく覚えてないが。

親しげな様子で話しかけてきているからきっとそうだろう。

城の人たちで、騎士たちで、ズメイを怖がらず話しかけてくるのはあの日に鍛練場にいた人たちだから。


それでも竜に近寄るのは躊躇われるのか、十歩は離れている場所で後ろに手を組み待っている。

そこから漂う匂いに首を傾げるも、清潔すぎる薬草の匂いならば問題ないだろうと唸り始めたズメイを宥めた。


「あれ以上近づかれたくない。俺はもう行くぞ」

「あ、うん。送ってくれてありがとう。助かった」

「いいな、何かあったら、いや何かある前に呼ぶんだぞ、絶対だからな」

「そんな無茶な…」


私に予知能力なんてないのに。そんなに間抜けに見えているんだろうか。頑張らねば。

匂いがよほど嫌だったのか、口から多めに煙を出しながら誤魔化している相棒に苦笑し、さっさと飛んで小さくなった影を見送った。


「あれ、ドラゴン…えっと、名前はズメイ、だったか。一緒じゃないのか?」

「山にいる竜たちの世話を頼んでる。何かあったら呼ぶ」

「な、なるほど」

「他にもいるんだな…ヒュミル山脈に…」


ズメイが飛び去っていったのを、口を開けて見上げていた三人が近寄ってくる。

私個人は怖くないようで、少しだけ安心した。

地面にある荷物に手を伸ばし、鞍を担いで三人に歩み寄る。


「荷物はどこに置いたら良い?」

「おっと、そうだった。こっちだ。部屋に荷物置いたらスヴェン様にご挨拶な」

「あと、今度こそちゃんと部屋に泊まっていただきます、ってエミール様が言ってたぞ」

「厩舎で良いのに…」

「「「死ぬ気か?」」」


この季節に外で寝るも同然なんて言語道断、と言い切られてしまっては否定できない。

ズメイと絆を結んでいなければ私だってそんな死と直結するような場所で寝泊まりはしないが、久しぶりに思う存分馬と触れ合えると思っていたのに。

時間があるか分からないが、隙を見て顔を出すことにしよう。

それなりに膨らんではいるが、鞄一つに収まっている荷物を運ぼうと手を差し出してくれたのを丁寧に断る。中にあるのは大事な資料でもあるので。


「ならいいけど。荷物少ないな?女の子ってもっと多いのかと」

「多すぎるとズメイに乗せられない」


それもそうか、と納得した茶髪の人が歩き出したのに合わせて他の二人も『ようこそ』と言ってくれた。

三人の背を追いかけ、一歩踏み出した時、まだ言っていないことを思い出す。


「お世話になります」


頭を下げて三人に言えば、おう、と朗らかな声が帰ってきた。



朝食を終えて書斎に移動し、領地に関する書類の3枚目を読んでいる所に、ドアが慌ただしくノックされて何事かと身構えた。

入室の許可と同時に入ってきたのはエミールで、年甲斐もなく顔を赤らめながらそわそわと落ち着かない様子に本気で何事かと思う。


「シシー様がお越しになりました」

「何、もう?早いな、まだ三日しか経っていないが」


部屋の外に耳を傾ければ、階下、しかも正門の近くから女性の悲鳴が聞こえた。

ドラゴンが暴れているのかと思ったが、何かが焦げる匂いも暴れる音もしないので、純粋にドラゴンが現れて怖がっているだけだろう。

気持ちは分かるので、慣れてもらうしかない。

メイドたちを統括しているテベッサが頭を悩ませるだろうと簡単に想像できて、折りを見て労うことを決める。


「クラーラとリリアーナの今日の予定は?」

「孤児院への慰問の予定でございます。今は厨房でご準備をされているかと。変更されますか?」

「いや、いい。領主の家族が何事もなく過ごしていれば民たちも安心するだろう。シシーを応接室へ。少ししたら向かう」

「承知しました」

「…………エミール」

「はい?」


これだけは読まねばならない書類を手にしつつ、意気揚々と踵を返したエミールに声をかけた。

入ってきた時の顔の赤みは取れているものの、老いて細くなった目が何十年分かと若さを取り戻しているのが分かりって己の口元が緩む。

書類の端で口元を隠しながら視線を逸らした。


「はしゃぐのも程ほどにするように」

「ほっほ。旦那様」

「何だ?」

「そう仰られる旦那様も随分楽しんでおられるようですよ」

「!」


失礼します。

言い逃げかのように書斎を出て行ったエミールが『やり返したぜ』と言わんばかりの良い笑顔だったので、引き出しから手鏡を取り出した。

男性用のものなので繊細な細工や華やかな縁取りはないが、身だしなみを整えるためだけの小さな鏡に、自分の顔が写る。


だらしない、とはいかないまでも、内面から子どもが滲み出てくるような、顔中の筋肉が緩んでいる。

眉間にある深い皺さえ、少し緩んでいる気さえする。

これはいけない。貴族とは感情を抑えて行動しなければならないもの。

私1人しかいないのになぜか気まずくて、大きく咳払いをした。


「…『竜の民』が戻ってきた」


改めて口に出せばじわじわと胸に浸透していく喜びに、胸元に当てた手で拳を作る。

かつて共に暮らしていたはずの存在が戻ってきた。

その事実がこんなにも嬉しい。


シドニア騎士王国にとって、『竜の民』が戻ってくることが悲願、という訳では無い。

博物館にしか残っていない存在で、姿形どころかどんな生活をして、どんな名前が残っているのかまるで分からない、遠すぎる存在。

ドラゴンという『災い』と共にあったとされるからこそ、どうしたって恐れの方が勝る。

戦闘民族であるとも残されている存在は、国の敵であれば厄介極まりないと大人になれば思うこともあった。


実際はどうだ。

黒いドラゴンはそれはそれは禍々しいが、その背に乗っているのがジークハインより年下の女性。

私から見れば『少女』と言って良い小ささの彼女が、騎士たちと同じように凜とした佇まいをしていたからこそ、『恐れ』は『かつての憧れ』に取って代わった。


白い雪に覆われた城の中庭が、幼心に夢見た景色と重なったのを今でも思い出せる。

夜の闇で染め上げたかのような鱗の巨大な体躯。

青に染められた異国の衣服が風にたなびき、月明かりを受けて濡羽色の輪郭を得た、ドラゴンの乗り手。

片手に手綱を、片手に鈍色の槍を。

獣が襲いかからんとするように丸まった背は躍動感に満ちあふれて。

周りを取り囲む見知らぬ騎士たちを見据える姿は図鑑で見るより勇ましく、また、眩しかった。


もちろん領主として、たったそれだけで全幅の信頼を寄せることはしない。

もちろん貴族として、最初の印象だけで全てを任せることはしない。

ただ、幼い頃に父が語ってくれた寝物語の記憶が蘇ったのは事実なのだ。

思い描いていた姿より『夢』が詰まっていたのだから。

再び緩んできた口元を、誰がいるでもないのに片手で隠して紙に目を落とす。

頭に文字は入ってくるのに一向に文章にならない。


「参ったな…」


書類を読むのを諦めて、たっぷりと綿が詰まった背もたれに身を預ける。

くるりと椅子を回して、書斎の背後にある窓から空を見上げれば、黒いドラゴンが飛び去るところが見えた。


「いい年をして…これではエミールのことを言えない」


ほんの少しだけ蘇った温かい記憶が『たまには良いじゃないか』と肩を叩いた。




ドラゴンっていうやつは聞くも見るもわくわくしませんか。

小学生の家庭科でエプロンとか裁縫箱とか、ドラゴンのやつ選びたかったのに『後で後悔するからやめとけ』と親に言われて諦めたのですが、いい大人になってもこの様です←


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沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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