束の間
短めです
「…よし、これで束縛の魔法は解けたはず。どうだ?」
「ぼんやりしてた頭がすっきりした!ありがとう、シシー!」
「よかった。まだ傷が治りきってないから、あんまり動かないように」
「はーい!」
束縛の魔法が強くかかっていて、それに抗うため暴れ続けていた、体が長い竜の治療がようやく一つ進んで一息ついた。
小さな傷は治療室に進んでいる間に治るけれど、大きな傷は束縛の魔法を解いてからじゃないと進まないのが困る。
(廊下の石にも魔力を込め直しておこう。またしばらくここに戻れないし)
洞窟に等しい治療室と山の中の森とを繋げる廊下に備え付けられた青く光る石に一つ一つ手をかざしながら、今のうちにやっておきたいことを頭の中で描いていく。
畑の雑草抜き、子竜たちに水やりのお願い、部屋の掃除と、ズメイの寝床の飾り磨き。
他にも細々としたあれそれを思い浮かべていると『あいたたたたた』とお爺さんの声が山中に木霊した。
この声は竜たちの長、ノースデインである。
怪我をした様子はないけれど、体のどこかを痛めたようだ。
久しぶりに起きたな、と思う暇もない痛がりように、手早く石に魔力を込めていきながら駆け足になる。
外に出れば明るい太陽の光が目を貫き、眼球を焼くようだった。
山に戻ってきた昨日、なぜだか眠れず遅くまで本を読んでいたせいかもしれない。
「う…」
「今日は早く寝るんだな」
「分かってる…」
念を飛ばしたわけでもないのにさっと上空から降り立ったズメイに『分かってるな』と思いながら、跨がり痛みを誤魔化すため手の甲で擦る。
ゆっくり浮上して痛みに呻くノースデインの元へ連れて行ってもらえば、彼の寝床へ繋がる大きな門から長い尻尾が突き出ていた。
痛いのは尻尾なのか、くゆらせたりせずピクピクと痙攣している。
「ノースデイン、触りますよ」
「おお、シシーか。頼む。丸まって寝るもんじゃないな、尾がやられた、いたたたた」
人間でいうところの『寝違え』のような症状が竜には尻尾に起きるらしく、長い時間、尻尾を枕にしていたら痺れるし、痛みが走るようだ。
起きている間も寝ている間も、踏まれようが触られようが気にしない竜なのに寝違えるなんて可愛いなと思う。
とはいえ竜の恐ろしいところは、その『長い時間』が人間にとっては何十日間にも及んだりするのだが、それはさておき。
ノースデインが寝違えで起きるのはいつものことで、呻き声に駆けつけて寝違えを治すのもいつものことだ。
「はあ~~~~…落ち着いてきた、いつもすまんな、シシー」
「いえ、これぐらい。『ルー』ですから」
「かなり慣れてきたな。最初の頃は切り傷一つ治すのに時間がかかっていたのに」
よく練習したな、と尻尾の腹が頬を滑っていくのがくすぐったくて小さく笑いを漏らせば、じとっとした視線をズメイが投げてきた。
何、何なんだ。
「聞いてくれ、ノースデイン!こいつ、また人間どもを治すのに力を使ったんだ!」
「あれは急ぎだったろ!?」
「急ぎかそうじゃないかは関係ない!せっかくシシーが治したのにまた怪我するとは!信じられん!」
怒りで唸りを上げながら地面を尻尾で叩き続けるズメイ。
小さな小石が叩き潰されて砂粒になっている。
そこまで怒ることだろうか、と首を傾げるも、声に出せばさらに怒る気がして口を噤んだ。
ズメイに訴えかけられたノースデインは、痛まなくなった尻尾を暗がりの中に引き戻し、代わりに頭を覗かせる。
相棒の訴えに耳を傾けるがごとく、うんうん、と頷くノースデインに合わせて白い眉毛のような毛が揺れた。
「そうだな。あまり人間には使うな。昔、それでちょいと揉めたからな」
「…え?」
「ほらみろ!」
俺の味方が増えた、と言わんばかりに頭突きをしてきたズメイの角と押し合いをしていると、ノースデインの爪の先が分け入ってきて引き離される。
ころりと後ろに転がった私が起き上がると、カラカラと笑うノースデインの姿が目に入った。
「協力してくれている人たちです。死なれたら困るからやっただけで」
「『協力』はこの山に連れてきて手当てをした対価だろう?」
「でも「昔の『ルー』も」…?」
「シシーのように善意で人間を助けて、神の僕とかいう奴らに目を付けられていた」
「!」
言い聞かせるように、何かを訴えかけるように。
ずずい、と細めた目を私に近づけたノースデインがいつかの過去を見せてくれる。
いつも見る父親ほどの年齢の『ルー』と、若い娘の『ルー』がまず現れた。
その2人を交えた8人がすぐ傍にそれぞれの竜を座らせて、眉間に皺を刻んだ難しい顔で唸ったり腕を組んだりしている。
静かな声しか響いていないが、おそらくかつての竜の民の偉い人たちだろう。
もうここにいない人たちが話しているのは、『神殿』の人間たちが厄介だ、ということ。
話を聞くに。
何という名前の神か分からないが、『神殿』と呼ばれる場所から神に仕える『神官』たちが『治癒師』を『聖女』として寄越せ、という話を断り続けている最中らしい。
『聖女』というのは『神殿』の教えの中に登場する救世主のような伝説の存在であり、多くの人の傷や病を癒やした存在なんだとか。
言葉の節々に『神官』の傲慢な態度に怒っていることが伝わってくるので、私の姿も声も届かないけれど、彼ら彼女らと全く同じ気持ちになった。
女の治癒師を、というのも気にくわない。治癒師は他にもいるのに。
悔しさが口に出たのか、八重歯が唇に食い込む。
「この後、神の僕たちが山の麓までご大層な金銀財宝を持って現れたが、大事な同胞を金で売るような真似をするはずもない。すぐに返り討ちにしてやった。悲鳴を上げながら逃げていく様は面白かったな」
おっと、まさかノースデインもズメイみたいなことを言うとは思わなかった。
隣にいる相棒を思わず見れば、その光景を思い描いていたのかとても楽しそうに黄色い目が弧を描いている。
過去を写した幻はそこで終わり、再びノースデインの白い瞳が私を覗き込んでいた。
「『聖女』とやらで何をしたかったのか分からんが、大方、都合良く治癒師を使うつもりだったんだろう。あちこちで争いが起きていたからな。…昔は竜の民がもっといたから守り切れた」
お前は違う、と唸るように言われて、何も言えない。
『守り切れた』ってことは、さっきの幻と違う時に色々なことがあったんだろう。
昔と違って、ここにいる竜の民は私1人。
何人かは駆けつけてくれる竜もいるだろうが、それもどこまで許されるかわからない。
ノースデインがここまで真剣に話すのだから、助言には従っておいた方が良い。
ただでさえ私は、どうすれば人と長く付き合えるか分からないのだから。
「治すな、とは言わない。いくら竜の治癒師でも、それでは治癒師じゃなくなってしまう。ただ、治す相手は選べ、という話だ」
「…はい」
「ズメイ、シシーができない時は代わりに見極めるんだぞ」
「任せとけ」
よし、と頷いて笑ったノースデインが寝ている間に何があったかを尋ねてきたので、腰を下ろして話をする。
やらなきゃならないことはまだあれど、せっかく彼が起きているのだからいっぱい話をしたかった。
廃墟の砦のこと、黒い硬貨を持っている奴らのこと、ノード城のことと、ジークハイン様たちのこと。
たまにズメイが茶々を入れてきたが、だいたいのことは話せたはずだ。
それらを聞いたノースデインは『今の人間は良いのが増えたな』と満足そうに笑って、寝床に戻って行く。
「悪巧みをしている奴らが分かったら私を起こせ。きちんと礼をしたいからな」
ずずん、と地響きのような音が暗がりから聞こえてきた後、眠たそうな声でノースデインがそう告げたので、ズメイと一緒に大きく頷いた。
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