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竜の民  作者: とんぼ
二章

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もう一踏ん張り



あと5人ほど治療して終わりだ。話さないんだからまたズメイに落としてもらおう。

ぐつぐつと煮えたぎる湯のように思考を揺らしながらそう考えていると、一人がぽつりぽつりと話し始めたのを皮切りに、自身が知っていることを話し始めた。


『黒い硬貨』が示す組織の始まりは、過去のカザンビーク侵攻で嫡子を失ったビザンチンの貴族家の子孫が集まって作ったという。

その子孫たちは過去の栄光を取り戻そうとしているおり、ここで研究していたのは『あらゆる魔獣の強化をし、命じたままに動くよう操る技術』ということ。

魔法ではなく、どちらかというと錬金術や薬学が主らしいのだとか。

それを作り出していた研究者たちは全員ここを離れており、詳しい内容までは誰も知らない。


組織の幹部たちは『始まりの貴族』で占められており、この組織が何をしようとしているか、末端であるこの男たちは知らない。

最初は金で雇われた傭兵で『やばいこと』に手を付けていることを知って辞めようとしたが、辞めれなくなった、という所まで話したところで誰も声を出さなくなったので、知っているのはここで全てらしい。


「金で雇われたなら辞めれるだろ」

「そりゃ、しがらみの無い奴らは辞めていったさ、だが俺たちは…ここにいる奴らは皆、家族がいる。…今思えば、あいつらが無事かどうかも分からないのに」


さっさと辞めちまえばよかった、と項垂れて呟いた声は、最初の威勢はどこへやら、とても弱々しい。

家族を人質に取られている、らしい。

静かにそう言った男が嘘をついているようには見えない。

だから金でも命の保証でも口を割らなかった。

今ぺらぺらと話しているのは、それだけ痛いのが嫌だったんだろう。


『呆れたもんだな』

『全くだ』


私にそこまで思う血の繋がりはないから、家族の命と引き換えに、とかよく分からないが。

ズメイの呆れたため息と同じに息を吐き出し、最後の一人を手当てし終わる。

この分ではもう脅しはいらないだろう。

あとはジークハイン様に任せて、と立ち上がるとすぐ近くにいたはずの男がいないのに気づいた。

広場を見渡せばすぐ見つかったけれど、どうしてか距離が遠い。

青い宝石のような目と視線がかち合って妙な空気が流れた。

首を傾げるついでに、この変な状況が何か分かるかとズメイを見やれば、何が楽しいのか、上機嫌に尻尾を揺らしている。

一体何なのか。


「知ってるのはそれで全部か」

「ああ…幹部たちの顔も名前も知らねえ。全員、似たような仮面を付けてたからな」

「ふうん」


仮面か。なら顔は分からない。

ひとまずこれで聞きたいことは聞けただろうと、離れた場所にいるジークハイン様を呼ぶ。

ハッと我に返ったように頭を振った男は、大股で近寄ってきた。

話はちゃんと聞こえていたようで、あとは任せろ、と頷いた姿が頼もしい。


「お前たちのこれからだが…シドニアに来てもらう」

「だが家族が…!」

「家族もだ。どうせその様子じゃ一つ所に集められているんだろう。我々が人質を解放し、お前たちは我々に協力する。どうだ」

「い、いいのかよ、だって」


ちら、と私とズメイを見た男たちが怯えというには少し大人しい感情を目に乗せて、すぐに見下ろしているジークハイン様を見上げた。

さきほどからあの男たちの目もおかしいし、シドニアの騎士たちも様子がおかしい。

なんとなく私たちを遠巻きにしているというか。


(もうオドさんたちみたいになったのかな)


それならば時間を置かなければ。

隣にいるズメイの顎を撫でて、ちょっとした感傷を紛らわせる。

鱗に覆われた体からはあまり体温が感じられないが、手の平から感じる脈が大きくやっぱり安心できた。


「シシー」

「…何だ」


突然呼ばれたので小さく肩が跳ねる。

腕を組んでいる状態で半身をこちらに向けたジークハイン様は、今までで一番貴族らしい真剣な面差しで、こいつらに思うところはまだあるか、と聞いてきた。

思うところ。そりゃまあ、あるといえばあるけれど『男たちの分』はさっきでかなり消化したというか、家族が人質であるなら引くに引けない気持ちも分からなくもないというか。

やったことは許せないが、やらせたのは組織の幹部とやらで、そこを叩かないと『思うところ』は無くならないわけで。

ぽり、と首を掻きながら隣の相棒の黄色い目を覗き込む。


「ズメイは?」

「あんな弱いの、いつでも潰せる。どうだって良い」

「だよな。……うん、無いよ。ジークハイン様」


今のところ、ではあるけれど。

私の返答に大きく頷いた彼は、男たちの上半身を固定する縄だけ外して撤退準備の指示を出した。

命令に忠実な騎士たちが元気よく返事をして、バタバタと走り回り出す。

来る時より増えた荷物と人数のせいで、迅速に移動しなければいけないらしい。

そういうことなら荷物だけでも運ぼうか、と申し出ると細かい指示を出していたミグの顔が明るくなった。


「助かるよ。馬に括り付けるには薬の瓶が割れそうで」

「どこまで運べばいい?」

「ノード城まで頼む。連絡はしておくから、受け入れ体勢は整ってるはずだ。どれぐらいで着く?」

「ノード城なら…ゆっくり飛んで半日ぐらいだ」

「…頼もしすぎる!!!」


ありがとう!と両手を掴んでぶん回してから、運ぶ荷物のある場所を指し示して慌ただしく去って行く。

去り際に旅の安全を祈る声かけを忘れないあたり、誠実な人だなと思った。

さて、割っちゃいけないものがあるなら編み目が細かい網を作らなければ。

ズメイの爪にギリギリ引っかけられる幅を測りながら編んでいると、ジークハイン様に連れられて、捕らわれた男が1人、おっかなびっくり近づいてくるのに気づく。

何か用があるのかと睨み付けて近づくのを制すれば、離れた場所で立ち止まった男へジークハイン様が何かを囁いた。


その言葉に何かを決意したのか、両腕は縛り付けられたまま、大きく頭が下げられる。


「先ほどは、すまなかった…!」

「?」

「謝ってすむことじゃないが…その、とにかく、すまなかった」


下がったままの頭に見えるつむじからズメイへと視線を向けて、何への謝罪だろうかと不思議を投げると、大きく欠伸をした口で『ただの自己満足』だと言われる。

その意味が分からなくてさらに首を傾げていたが、すでに興味が睡眠へと移っているズメイはそれ以上の詳しいことを教えてくれない。

呆れの息を吐いて『そうか』と男へ言えば、どこかほっとしたような顔をして背中を見せた。

一回り小さくなった気がする背中を苦笑したジークハイン様が見送り、私の方へ大股に近づいてくる。


「シシーは賢いが、もう少し人の感情を勉強した方がいいな」

「そんなの勉強しようがない」

「ある。もっと人と関わって、年頃の娘と同じような暮らしをするべきだ」

「はあ…」


何の役に立つのかいまいち分からないが、ここは素直に頷いておいた方が良さそうだと曖昧な返事をしながら縄を編む手を止めずにいると、唇を変にもにょもにょと動かしたジークハイン様が、だが、と言葉を句切った。


「さっきは、助かった。意志が固い奴らばかりで困っていた」

「そうか」

「……それだけか?」

「何が?」

「無理に血生臭いことをさせたのではないかと思ったんだが」

「あれは自業自得。怒らせたあっちが悪い」


再び蘇りそうだった怒りを落ち着かせつつ、そう言い切れば、びっくりした顔をしたジークハイン様が固まる。

目が丸くなりすぎて青い宝石が飛び出してきそうだ。

すっかり日が昇った空からの光が彼の青に溶け込んで、とても綺麗な色になっている。

が、驚かれる理由が分からなくて手を止めて彼を見つめ返せば、ジークハイン様が片手で口元を隠した。

さっきまでの驚いた顔から眉間に皺を寄せた苦々しい顔をしている。


(コロコロと顔が変わるなあ)


そんな彼もまた何かを決めたのか、うん、と頷いて『また後で』と言い去って行った。

その場に立ってさっきの表情の意味をぼんやり考えていると、早く帰ろう、とズメイが頭突きをしてくる。


「眠い。腹も減った」

「そうだな。ここ1週間まともに寝てないし…帰ったらゆっくりしよう」

「ああ、人間が多くて落ち着かん…鎧の擦れる音が蟻どもの音に聞こえてきた」

「さすがに可哀想だから見逃してやってくれ」


こふっー、と白い煙混じりに息を吐いたズメイを宥め、水色に染まった空を見上げた。

冬の朝は好きだ。いつもより空気が澄んでいる気がする。

でも今日はちょっと違い、ずっとずっと高く、遠く、けれど柔らかい空に見えた。

止まったままだった全てが進み始めたからだろうか。


「あともう一踏ん張りだ」


全てが終わったら、薬草を育てよう。カザンビークに行ってお館様たちにも『終わった』と報告しないと。

ウモクたちは元気だろうか。相変わらず、自分の好みで刺青を彫っているんだろうか。

そうだ、海に行こう。川や湖で獲れる魚よりもっと大きい魚が獲れる。

港のある町は珍しい薬草があるかもしれないし、のんびり見て回るのもよさそうだ。


これから待っているであろう『楽しい事』に思いを馳せながら、ズメイの背に跨がる。

あっという間に空の中へ舞い上がった体を朝の冷たい空気が包み込み、あと少し、と教えてくれた気がした。



ようやく帰れる、と安堵の声を漏らす部下たちと共に馬を走らせ、国境を目指している最中、先導するミグの背を見つめながら、今朝起きたことすべてに考えを巡らす。


シシー・ルーという人間は、気配りができる優しい人間だ。

いつも穏やかで命の重さを知っている彼女はだからこそ、拷問も尋問も人殺しだってできないと思っていた。

山で治療を受けていたことから推測していた人物像が徐々に崩れていくことに、自分が一番驚いている。


(感情というやつに馴染みがないようだ)


そう、まるで本の中で得た『喜怒哀楽』をパターン通りになぞっているというか。

突入した時最初に見たのは、あっという間に体を一突きされたのであろう死体。

シシー・ルーがしたことなのは明白で、やらせてはいけないことをやらせた、と自分を責めた。

さらにあの地下で傷ついて死んだ『仲間』との遭遇。

暗い感情に支配されて、あんな残酷な手段で尋問したのではないかと危惧していたが、さっきの会話からそんな気配は一切感じなかった。

これまでの全て、彼女自身が『やる』と決めたことだと理解した瞬間、肉を貫いた感触を嫌悪せずケロリとした態度のシシーが、何度でも痛みを与えようと本気で思い、実行したシシーが、少し末恐ろしく感じたのだ。


(端的に言えば、容赦がない)


命を弄ぶような血生臭い行為を、命を救う力を持つシシー・ルー(治癒師)に見せてはならないと思っていたが、認識を改めなければ。

端的に言えば『敵に』容赦がないのだろう。


一度味方と思えば必ず約束を守るし、話も聞く。

どちらか分からない場合は彼女なりに大切にする。

善悪の概念も、誇りがなんたるかも、罪の意識もあるんだろう。

でなければ突入前に『死なれたら後味が悪い』だなんて言わないはずだ。

ただ、それらの人間らしいものが文字で学んだ『知識』であり、大半を経験しておらず『敵』に対して全く抱かないだけ。


(まるで獣だ)


縄張り意識とは違うかもしれない、それに近いものがある。

自身に害なすものは排除しようとする。

『身内』が害されたら怒り、徹底的に排除しようとする。

その反面、自身の気がすんだらなんの憂いも葛藤もなく、あっさり引く。


(あいつらは本当に運が良かった)


いや、私たちも運が良かったのだろう。

『たまたま』彼女の求める人材で『たまたま』彼女の怒りの琴線に触れず、運良く適切な関係を得れた。


過去、『竜の民』と共生していた人々はどう接していたのだろうか。

かつての人々も『竜の民』のことを恐れを含みながら、話をしたのだろうか。


そう考えて初めて、人に対して純粋な命の危険を感じる『恐れ』を感じている自分に気づく。

今までと違う種類の『恐れ』だ。

気を抜けば取って食われるとか、引きずり下ろされるとかいう種類ではない『恐れ』に、そっと腰にある剣の柄を撫でる。


(貴方なら、この恐れとどう向き合うのか)


撫でたところで『憧れの人(かつての持ち主)』から返事があるはずもなく、ただ馬が大地を蹴る音が響くのみだった。




沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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