シシーの怒り
少し残酷描写があります。
突入前に見張らせていた時から分かっていたことだが、廃墟だったはずの砦は見た目は朽ち果てていても中はかなりの改造をされている。
主に地下。ある程度掃除もされていれば整理もされており、拡張だってやりたい放題。
同時に、なぜこんなに『証拠』が残っているのか分からないほど、膨大な数である書類や走り書きがあり、あまりの量にノード城に持ち帰って情報を精査することになった。
元からまとまっていないので手当たり次第に鞄に紙束を詰め、どんな効果があるんだか分からない薬品を魔法使いたちが丁寧に木箱に並べ、あとは何十人もいる『捕虜』をどうするかという段になる。
驚いたことに、金や命の保証で何でも話しそうな奴らばかりなのに一向に口を割らないのだ。
これでは誰が重要な情報を持っていて、誰が何も知らないのか分からない。
『どうするか』と一度広場に集めるよう指示を飛ばせば、真っ暗だった空の端が白い靄のように明るくなり始めていることに気づく。
もう早朝と言って良い時間帯になっていることを知り、早く立ち去らねばならないと気合いを入れ直した。
シシーとズメイは次々に連れて来られる砦にいた奴らを睨めつけているものの、状況を理解しているようで暴れ出したりということはない。
静かに腕を組んでいる彼女らを一瞥し、何人かが頬を張らしたり血を流していたりする集団を見下ろすと怯えた様子を見せる。
が、それもこちらにこいつらを死なせる気が無いことを理解するまでの一瞬のことだった。
「お前たちはシドニアの人間だろ!?ここはビザンチンだ!このことはシドニアが勝手に進軍してきたと領主様に報告するからな!」
「黙れ。そもそもここは過去に定まったシドニアとビザンチンとの協定で未来永劫、使用してはならないと決まった場所だ。そちらが進軍だというならこちらは協定違反だと言える」
「追加の『そもそも』でお前らを逃がさなきゃその領主様にも報告がいかないんだけどな」
「ぐっ…」
威勢の良い一人が声を荒げて抗議してきたが、領主に報告、と漏らしたので、領主はこの砦のことを知っているようだ。
呆れた声と共に敵意を持った視線を砦の人間に投げたミグの追撃により、誰もがそっと視線を外したので、まだまだ事情を知っていそうな奴はいそうである。
できれば全員連れて帰りたいところではあるが、そうできるだけの人員は今は無い。
さて、どうしたものか。ここは切り口を変えてみるか。
「この硬貨」
シシーから渡されたものと全く同じ、黒い硬貨を指先で摘まんで男たちに見せれば、ごく、と何人かの喉が鳴る。
決して欲から来るものではなく、焦り、あるいは怯えからくるもの。
全員がこの硬貨をじっと見つめていることから、全員これが何なのか知っているらしい。
「お前たち全員が持っていたことは分かっている。聞きたいのは、これが何を意味するのか、だ。話した者はここで解放しよう」
返答はない。
何かを言いかけて口を閉じ、近くの人間とぽそぽそと何かを話し合ってはまた口を閉じる奴ばかり。
これはもう全員連れて行くしかないか、と少々厳しいが帰りの行程を頭の中で計算していると、じっと見ているだけだったシシーが男たちに近寄っていく。
顔半分を隠した異邦人にたじろいだ男たちだったが、近くに寄ったことでシシーが女性であると分かり、鼻で笑い始めた。
あからさまな嘲笑にミグが一歩踏み出したが、気にしていない風の彼女がやることが気になって手で制す。
砦の人間たちの固まる一番端にいる男にあと一歩で爪先が触れるという距離で、シシーは静かに口を開いた。
「地下にいた竜は、なぜ痛めつけた?」
「何だって?」
「聞きたい。捕まえた竜を、なぜ痛めつけたのか。あんなに傷だらけにしたのか」
純粋な疑問だが、何の感情も籠もっていなさそうな声音に、『シシー・ルー』という人間像が揺れる。
ドラゴンのために命を駈けて奔走している竜の民。
傷ついた仲間を救いたいと寝る間も惜しんで治療を続けるただ一人の人間。
怒っていると思った。仲間の骸を弔ったばかりで、悲しみより先に怒りが勝っていると。
だのに今の彼女からは怒りに任せて声を荒げる素振りもない。
いつだってその腕力で男たちの腕なり足なりへし折れるだろうに、それもしない。
図書室で本を読んでいた時のように平静なシシーに毒気が抜かれたのか、顔を見合わせて鼻で笑った男たちは言う。
ドラゴンは人間の敵。言葉は分かるかもしれないがただそれだけの凶暴な魔獣。
「ただの『材料』だ!何匹死のうが知ったことか!」
「材料?」
「はっ、それ以外に何がある?」
捕まっているというのに、『下』に見れる存在が現れただけでこの様か。
『お里が知れる』とはこのことである。
だんだん尖ってきた感情をこれ以上尖らせたくなくて、シシーに『もういい』と言おうと口を開いた時、答えた男をしげしげと眺めて顎に指をかけたシシーが『そうか』と頷いた。
「ズメイ」
背後を見ないまま彼女の相棒に声をかける。
相棒の誘いに鳴き声をあげて返事をしたズメイが、その場を動かないまま次の言葉を待つよう唸った。
感情を読ませない声音のまま、シシーが言ったのは。
「こいつら落とそう」
落とす。
何を。
どこから?
突拍子も無い宣言に思考がそれで停止したが、ズメイはその意味を的確に理解したようで自身の黒い両翼を大きく広げて高らかに鳴いた。
笑い声にも聞こえる鳴き方は『よしきた!』と言っているようにも聞こえて『何が【よし】なのか』と疑問符が止まらない。
そうこう言っている内にあっという間に黒いドラゴンは飛び立ち、頭上で一度旋回したかと思うと一気に砦の人間たちへと下降して、器用にも男たちを縛っている縄へ爪を引っかけると4人ほどを空へ引き連れて行く。
自由に動けない男たちが叫び声を上げたのにようやく我に返った。
「シシー!?一体何を!?」
「大丈夫だ。あの高さなら死なない」
「そうなのか?って、そういうことじゃなくてだな!?」
慌てて彼女に近寄るも、ズメイは楽しげに翼をはためかせてだいたい三階分より少し高いぐらいの高さまで上昇し、爪に引っかけている男たちを落とした。
頭から落ちてなるものかと身を捻った彼らは、それでも無防備に足から着地し…というより文字通り落下する。
溶けた雪が水となって地面はぬかるんでいるものの、地面は地面。
相応の衝撃が受け身も取れなかった体に走ったのだろう。
骨が折れる音がここまで聞こえた気がするほど、大きな叫び声を上げて悶絶する姿が飛び込んできた。
「あ、し、足が…!」
「いてえ、いてえよ…!」
「ほら死んでない」
「ああ、そうだな…………いやだからそうじゃなくてだな…?」
言った通りだったことを証明するようにシシーが苦悶する男たちを指差したけれど、本気で何がしたいのか分からなくて頭を抱える。
まだ空に連れて行かれていない男たちが顔を青ざめ、喉を引きつらせたが文句を言う余裕はあったようで、何人かが『何するんだ!』と抗議の声を上げた。
本当に何をしたいのか。
ため息を吐きながら一瞬閉じていた目を開けば、彼女こそ心外だと言わんばかりに目を瞬かせたシシーが、ことん、と首を傾げている。
「お前たちと同じことをしてるだけだ。文句を言われる筋合いはない」
「何だと!?」
「知ってるか。東の方では骨を粉にして混ぜた土で作った食器は高級品なんだ」
「それがなんだっていう「人間の骨だとさらに綺麗だから、もっと高級だ」………は?」
「私も作ってみたい」
ひら、とズメイと同じ色をした黒髪が静かに風に揺れた。
子どものような要望がその風に乗ったが、にこりともせず人骨を使った食器を作りたい、と恐ろしいことを言うシシー。
見慣れない東からの異邦人であるのも加わって不気味さに拍車がかかる。
顔が半分隠れているのもあるのだろう。淡々とした声音と合わせて今、彼女がどんな感情を抱えているのかますます分からなくなり、一人狼狽えた。
カカカカ、と笑いながらズメイがもう一度降下してきて、さっきとは別の4人を空に連れて行き、また落とす。
ぐしゃ、と聞こえたのはぬかるみが乱れた音であるというのは分かっているのに、人から発せられるそれに思えてならない。
まだまだやる気のシシーとドラゴンを察したらしい砦の男たちは慌てて命乞いをし始めたが、意味が分からないというように片眉を跳ね上げたシシーが、呻く男たちの前にしゃがみ込んだ。
「『材料』は捕えて、痛めつけるものなんだろ?」
さきほどの言葉が頭の中で反芻される。
同じことをしてるだけ。文句を言われる筋合いはない。
ようやく腑に落ちた。
分かりにくいだけで、シシーはこれまでにないぐらい、いや、私たちが考えていたよりずっとずっと怒っていたのだ。
『これぐらいじゃ死なない』と言うだけまだ理性が効いていると言って良いぐらい、怒っていたのだ。
ズメイが次の標的を空に攫っていき、上から叫び声が聞こえては下に落ちてくる光景を見て、ようやく自分たちが何を相手にしていたのか理解し始めた男たちは、静かに憤るシシーを前に顔を青ざめる。
カチカチ、と誰かの奥歯が震える音が聞こえてきた。
「わ、悪かった…!」
「たっ、たた、たすけてくれ…!」
本気の命乞いをしたのは、シシーが女性であるからか。
許すはずがないだろうに。ズメイが彼女の言うことを聞いているのを見ていなかったのか、それとも『同じ人間』だから情けをかけてくれるのでは、と期待しているのか。
もうシシーの表情は立っている私からは見えないが、これだけは言える。
浅はかである、と。
「そうやって助けを求める竜たちを、お前たちは切り刻んだ」
ゆら、とシシーの手の平に火が灯る。それを男に向けるのかと思ったがそんなことはせず、指先に灯したり、火を大きくしたりと何かを確認し始めた。
魔法を発動するための言葉もなく発動したそれは、こういう状況でなければ視界の端に写るロルフが飛びついただろうが、さすがに空気を読んで大人しくしている。
かくいう私も、何も言えない。
なんと声をかけて良いか分からないというのと、止める理由が思いつかない、というのと。
「考える力を奪われた竜たちを、お前たちが見殺しにした」
「っ、ァ」
「驚いたことに生き延びた竜たちは『人間』をどうこうしたいと思ってないらしい。けど、私は違う。ズメイ」
「グガア!!」
だから『よし』ではない。元気に返事をするな。
全員一度は落とされた時、再びズメイを呼んだシシーは彼女たちしか分からない会話で打ち合わせたようで、二回目を始めようとしている。
そのことに驚いて止めようとしたが、異様な彼女の空気に気圧されて二の足を踏んでしまった。
二回目の落下をした男たちは完全に足の骨が折れたようで、足から血を流しながら泥に塗れるのも構わず地面に横たわっていく。
次に落とされるのは自分か、と少しでも逃げたい男たちは這いずって逃げようとしたが、そういう男たちこそにズメイが爪を背中に突き立てて空へ連れて行く。
見せつけるように落としていく黒いドラゴンはきっとこの状況を楽しんでいるんだろう。
私たちも、シシーに保護されている間に何かを間違っていればこうなっていたかもしれない事実に背筋が寒くなった。
二回目が終わったらしいズメイが休憩と言わんばかりに降りてきて、爪に付いた血を嫌そうに眺めた後、地面を引っ掻く。
嫌ならやらなきゃいいだろうにと思うが、今この時に言えるはずもない。
シシーの背後にいつものように回り込んだズメイは、地面に横たわる男たちを上から見下ろして喉を震わせた。
「全部話せ。誰が、どうして、何のために竜たちを捕まえたか。ここで何をしていたのか」
簡潔な問いに答える声はなく、痛みに呻く声ばかり。
それもそのはず。これではいつ失血死するか分かったものではない。
おそらく次落とされれば、この中の何人かは死ぬだろう。
生きていたとしても、まともに話せる状況では無い。
明らかに慣れていない尋問のやり方に眉を潜め、シシーの肩に手を伸ばす。
不意に、手に灯し続けていた赤い火が青くなった。
「!?」
それは重傷だった二人を治した時と同じ色。
高く昇る青い焚き火は、ドラゴンも人間も癒やしていた、それと同じ火。
彼女は一番近くにいる男の足に青い火を当てた。
みるみるうちに血が止まり、傷口が塞がっていく。
神官が使う治癒魔法と明らかに違う、速すぎるそれにシシー本人が心配で顔を見たが、なんともけろりとした風である。
ズメイと同じように嫌そうに目を細めているが。
「嘘だろ、」
「傷が治って…?」
一人を治し、もう一人、もう一人と青い火による手当てが広がっていく。
6人ほどを治して7人目に取りかかるころには、私たちも砦の人間たちも『もう終わりか?』と胸を撫で下ろした。
が、次の瞬間、竜の民の気はまだまだ収まっていないことを知る。
「話すまで落とす」
【!?】
「話すまで死なせない」
【!!!???】
「落とすのに飽きたら火炙りだ。私の相棒は火加減がうまいから、死にはしない。よかったな」
それはつまり、怪我をしても強制的に治される、永遠の痛みが待っているということか。
落とそう、と言った時と同じく、感情の上下が無い声が宣言したこれからを正確に理解した男たちの目が絶望に染まる。
標的になっている全員が声無き声で『悪魔だ…』と喉を引きつらせて身震いしているだろうが、こちら側とて恐ろしい。味方側で良かったと心底思った。
シシーを止めるべく伸ばしていた手をそうっと下げて、一歩二歩と後退する。
後退したそこにいた騎士たちがちょうど隊をまとめるメンバーだったこともあり、青い火から視線を外さないまま、彼らに命じた。
「絶対に彼女を怒らせるな」
【肝に銘じます】
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




