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竜の民  作者: とんぼ
二章

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92/152

彼の悔い



捕まっていた二人の体が大方温まってきて、小さい傷が塞がった頃に砦の方に張られていた結界が光の粒となって消えたので、突入作戦は無事に終わったことを理解した。

森で暴れていたズメイも大人しくなったので、めぼしい魔獣は狩り尽くしたらしい。

ざわざわと人の話し声が聞こえてくるのに耳を傍立てながら、震える男二人に毛布を巻き付け、もっと焚き火を大きくしようと枝を集めていると、私の名前を呼ぶ声がする。

名前が分からないが、山にいた一人だ。


「シシー!ジークハイン様がお呼びだ!」

「何かあった?」

「地下で何か見つけたらしい」

「分かった」


腕に抱えていた枝を焚き火に放り込み、先ほど焚き火の中に仕込んでいた小石を掴んだ。

火で熱された石は私にとっては熱くないものだが、普通の人には熱いはずだ。

温石(カイロ)としては雑だが、焚き火の火より直接体が温まるだろう。

十分熱を持っていることを確認した後、小さな布で包んで火に手をかざしている二人に一つずつ渡す。


「これは?」

「腹に当てておくと体が早く温まる。すぐに冷たくなることはないけど、ぬるくなったらまた火にくべるといい」

「おお…あったけえ…」

「こんな使い方あったんだな…」


二人は血を失いすぎて今動くのは危険なので、呼びに来た人にあとのことを頼み、砦の方に走った。

ざっくざっくと雪を踏みしめる音はするけれど、先に馬で踏みしめられたせいか雪が足にかかることもない。

さっきまで人目から隠れるようにちらりちらりと松明の明かりを見せるだけだった砦が、今は煉瓦壁の線が見えるほどくっきりと照らされている。


(改めて見ると大きかったんだな)


今はすっかり廃墟だが、ちゃんと砦として使われていた時ならばもっと大勢の人間が出入りし、強固な守りがあったんだろうと分かる門構えをちらりと見上げながら通り過ぎる。

馬で蹴破り、木の破片となった扉の残骸を片付けている人たちに、ジークハイン様がどこにいるか聞けば砦の最奥へと続く扉を指し示してくれた。


「地下は酷い匂いがするらしいぞ」

「気をつけろ」

「分かった」


示された扉に向かう途中、広場の中央に集められ縄で縛られている男たちを睨む。

よくもワーグなんて嫌な魔獣を寄越してくれたな、という恨みと、これまでの竜たちに謝れ、という怒りを込めて。

ジークハイン様たちシドニアの人たちとは違う格好をしている私は目立ったのか、じっとこちらを見ていた何人かと目が合った。

途端、大きく体を震えさせ始めたので片眉を上げる。


「どこに行くんだ、シシー」

「ズメイ。魔獣は?」

「あらかた狩った。外で山にしておいたから好きに剥げ」


しばし立ち止まっていた間に背後にズメイが舞い降りてきた。

なるほど、いきなり怯え始めたのは彼が姿を現したからか。

散々竜たちを好きなようにしておいて怖がるなんて、肝が据わっているんだか、何も知らないんだか。


魔獣の群れの中にはミルメコレオもいたらしく、近くで大きな鳴き声を上げられてうるさかったようで、黒い爪で角の裏辺りを掻くズメイに地下へ行くことを伝える。

一緒に来ようとしたけれど、すでに入り口の扉が狭い。

翼を畳めば入れなくもないが、ここは廃墟となった砦だ。

ちょっと暴れて壁や天井が崩れ、生き埋めになるのは御免被りたい。


「ズメイはここにいてくれ。まだ魔獣がいるかもしれないし」

「それもそうか…なら、あそこにいるので遊んでいよう」

「あそこ?…ああ」


かちかちと楽しそうに歯を鳴らしながら口端をつり上げ、ゆっくり捕まっている男たちに舌なめずりしながら姿勢を低くして近づいていった相棒に納得する。

左右に揺れる大きな尻尾が獲物を定めた蛇のようだ。

竜は人間を食べないのに食べられると思ったのか、動けない男たちの足が地面を削っては滑る様を見て、マスクの下で遠慮無く笑みを浮かべた。


「そんなの食べたら腹壊すぞ、相棒」


ちょっとぐらい先に鬱憤を晴らしたって良いだろうと冗談を言ったのに、ひい!と情けない叫び声を上げたので、私の冗談に乗っかったズメイが大きく口を開く。

背後から野太い断末魔を聞きながら喉で笑い、地下へ続く道のりを進んだ。


地下は酷い匂いがするらしい、というのは正しかったようで、マスク越しにも伝わってくる腐臭に眉をしかめた。

酷い匂いであると同時に、知っている匂いだったのもある。

無理矢理こじあけられた鉄の扉の向こう、なぜだか檻の中にいる魔獣たちの間をすり抜け、どんどん濃くなっていく腐臭に、待っているであろう光景をいくつも想像しては覚悟した。


「来たか」


ジークハイン様の声が耳に届くより先に地下の最奥が目に入った。

今いる場所よりもう一階層、深くなっているその部屋は中型の竜が五頭は寝れようという広さだったが、目に飛び込んできたのはたった一頭。

蛇のような鱗の色は赤。ギータのように溶岩のような輝きはなく、よく熟れた林檎のような一色の赤。

四枚の翼があったと分かるのは、翼の付け根が二対あるからで、その先に広がっていたであろう翼の姿は無い。

常ならば獲物を見つけるなりギラつかせる目は光を失って白く濁り、涙を流すように目から流れた血が地面に水たまりを作っている。


腐臭は『彼』から漂ってきており、ちりんちりん、といつかと同じ鈴の音が聞こえてきた。

最後の階段を段飛ばしで駆け下りて『彼』の傍に近寄る。

ギータのように光の粒が出てくることはなかったが、グググウ、と竜の唸り声が地下に木霊した。

死んで日が浅いからか、ズメイの通訳なしでも分かる『悔い』の内容に膝から力が抜けて尻餅をつく。


「まだ生きていたのか!?」

「シシー、こっちに!」


唸り声はジークハイン様たちにも聞こえたらしく、抜剣して構えている姿を振り返った。

額に汗を滲ませ、真剣な眼差しで唾を飲んでいるところ申し訳ないが『彼』の唸り声は怒りのそれでも悲しみのそれでもない。

再び大きく唸り声が響いたのに呆れながら、片膝を立てて立ち上がった。


「ジークハイン様、煙草持ってるか」

「煙草!?そんな武器を持ってるわけ………待て、煙草?」

「そうだ」

「……………火を付けて煙を漂わせるあれか」

「そうだ」

「肺まで煙を吸い込む、害にしかならない嗜好品のあれか」

「そうだ」

「……………今必要か?」


戸惑いの目と『正気か?』と言いたげな疑いの目に深く頷く。

私の頷きに力が抜けたのか、剣を鞘に納めるまではいかずとも剣先を下げた男たちを見やり、すまん、と目を閉じた。


もう本当、その問いかけには同意しかないのだけれど、しょうがないのだ。

ぐうぐうがるがると唸る声はさっきより落ち着いたけれど、それでも早く寄越せと言い続けている。

さっきから『彼』がずっと欲しがっているもの。それは。


『ヤニをくれえ!じゃなきゃ死んでも死にきれん!』


悔いを残す第一声がそれっていかがなものかと、思わず引き締まった眉間を指でもみこんだ。



仕事に忙しくしておりました…!申し訳ありません…!


ーーーーーーーーーー


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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