地下の貯蔵庫
短めです。
その通路は進めば進むほど酷い匂いがした。
造りは砦によくある造りだが、薬品の匂いと土埃の匂いが混ざり合い、その奥に何かが腐った匂いが潜んでおり、鼻の奥を槍で突いてくるようだ。
こんなに薬品の匂いがするのだから研究施設ではあるだろう。
(一体何の?)
厳重な鍵で閉じられている鉄の扉をこじ開ける様子を見ている間にも、これは、と思われる書類や研究資料の報告がまとまってきている。
どうやら『どんな魔獣も従魔にできる方法』を研究していたようだ。
ならば森にいた魔獣が成功例なのだろう。
手渡される内容に目を通しながら『調査が本分ではないだろうに、よくこんなに早くまとめられるものだ』と考えていると、それだけ重要な証拠が散らばっているのだ、という。
「隠すつもりもないほどあっちこっちにあるようです。まあ、整理はされていませんが」
「なるほど。散らばっているなら、報告は全てまとまってからで良い。この向こう側の方が重要そうだからな」
「了解しました」
報告のために駆けつけてきた一人を作業に戻した時、扉の鍵が壊され、ギギ、と重い金属が軋む音が地下の廊下に響く。
途端、腐った臭いが一気に押し寄せてきて、ぐ、と奥歯を噛みしめた。
扉の一番近くにいたやつなど鼻を押さえて涙目になり、吐き気を堪えるように口と腹を抱えて走り去っていく始末だ。
これは絶対シシーは入れない。
嗅覚が鋭いと言っていたから、この匂いは耐えられないだろう。
「これ、俺も行かなきゃです…?」
鼻を摘まんでいるせいで声をくぐもらせているミグが、口で必死に呼吸している。
気持ちは分かるが、私だって入りたくないのだ。ここは道連れになってもらおう。
男の肩を叩いた手で背中を押せば、諦めたように大きくため息を吐いた。
その瞬間に鼻から空気を吸い込んでしまったようで、咳き込む声が革靴の足音と一緒に奥に響く。
「げほ、ごほっ、何なんですか、この匂い…」
「分からん。しかし暗いな。明かりはないのか」
「こういう砦だと、歩けば反応してランプが付くはずですが、あー、壊れてますね」
小型の魔導ランプをそれぞれ手にしても、照らせる範囲はせいぜい数歩先。
厳重に鍵がかかっていた扉の先は、砦の見取り図では地下の貯蔵庫に繋がっている。
とはいえ貯蔵庫までは細い廊下があるはず。
が、ランプで照らして見えた廊下は全く『細くない』
「広いですね」
「この先から獣の唸り声がしたと報告もある。隊を組もう」
「はい。おーい、そこ3人、付いて来るように」
「「「えー!」」」
「叫びたいのは俺もなんだわ…」
扉を開けて任務完了と言わんばかりに道具を片付けていた3人を呼び、5人一組で進んでいく。
何が出てくるか分からないので剣は抜いたまま。
装備を調えた男3人が横並びになっても歩けるほど広い廊下は薄暗く、奥へ奥へ行くほど匂いが酷くなっていく。
奥へ奥へ行くほど壁や床に獣の爪痕が増え、このまま進むのはまずいのではないかという気にもさせてくる。
廊下の左右を見れば好き勝手に拡張されているようで、鉄格子の檻が並び始めてきた。
檻の奥からは獣の目がチラリチラリと瞬いている。
人間の姿を見てすぐに飛びかかってくるかと思われたが、意外にもそんなことはなかった。
(ここにいる魔獣は従魔ではなかったのか…?)
実験体、だろうか。
それにしてもじっとこちらを見てくるだけで大人しいのは不可思議だ。
念には念を入れて左右を注意しながら、奥へ進み続けると、突き当たりについた。
突き当たりといっても壁があるわけでは無い。
「踊り場?」
「下に続く階段がある。だが何の空間だ?えらく天井が高いが」
「地下二階を作って、地下一階の天井までぶち抜いた、って感じですね。うっ、でもこの匂いの原因、ここから来てません?」
「ジークハイン様、カーライン郷、俺、帰りたいです」
「私も」
「バカ、何言ってるんだ」
「「却下だ」」
廊下の最後にある階段の踊り場。そこからさらに下へと続く階段。
目の前に広がる暗闇はどこまでも静かで、漂ってくる腐臭だけが異質だった。
一つ、魔導ランプを踊り場から落とすと一階分下がった床に落ちて暗闇の一部を浮き彫りにする。
音がしても何かが襲ってくる気配もなければ、誰かいるようにも見えない。
しばし沈黙して、互いに目を見合わせ、4人で階段を降りていく。
いざという時の連絡係のために一人は踊り場で待機。
『早く戻ってきてくださいね』とか細い声で見送られた。
一番最後の段を降りて、数メートル進んでみる。
何もない。貯蔵庫であるはずの場所が大きく拡張されているというのに空箱の一つも無ければ、石の一つも転がっていない。
あるのは腐臭。これ以上の調査は時間を置いてやるべきか、と悩み始めた頃、一歩先を歩いていたミグが足を止め、伸ばした腕で進行を止めてきた。
「どうした?」
「地面に魔法の形跡があります。ロルフを呼びましょう」
「!分かった、一旦戻っ…………待て」
「ジークハイン様?どうされ、!」
ミグの向こう側に薄ぼんやりと浮かんだ影に見覚えがあり、手にしたランプを地面に転がす。
カン、カン、カン、と転がった明かりが、影の正体を明確にした。
蛇のような鱗、四枚の翼、トカゲをより一層禍々しくしたような頭部に、鋭く先端を尖らせた凹凸のある角。
常ならば獲物を見つけるなりギラつかせる目は光を失って白く濁り、涙を流すように赤い液体がぽとりぽとりと地面に落ちて。
「シシーをここに」
「、はい」
目の前にあったのは、ズメイの3倍はあろうかという大きさのドラゴンの亡骸だった。
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