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竜の民  作者: とんぼ
一章

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絆の契約

『お前の血の匂いがするから何か起きたかと思えば…人間なんてものにされるがままになって、馬鹿だな』


パチパチと木が弾ける音と、耳元で聞こえる声にゆっくりと意識が浮上した。

洞窟の中かと思ったけれど竜の声がするので夢の中だと分かる。

夢の中ではいつも足を三角に曲げて座っているのに今日は横たわっていて、いつもより近い距離に焚き火があった。

その焚き火もまた、いつもより小さい。せっかく大きくなっていたのに。

ふと、火が小さい時は私が弱っている時だなと気づいて、おそらく私を囲うように横たわっている竜に聞いてみる。


『…焚き火、私の感情で大きくなったり小さくなったりしてる、の?』


飛び出た声は夢の中だというのにずいぶんと小さく、囁き声のよう。聞き逃さないようになのかぐっと距離を縮めた竜は、鼻先を頭に押しつけ、荒っぽい吐息で髪を乱した。

くすぐったくて小さく笑うとわざとらしく大きな鼻息を立てられて思わず目を瞑る。

赤子をあやすような悪戯に今度こそ声をあげて笑えば、焚き火が大きく揺らいで明かりを広げた。


『そうだ。それに、これがあるから俺と話せる。【意志の火】だ』

『意志の火…傷も治せるの?』

『それはお前の力だ』

『…私の?』

『理由は知らん。ただ、お前の火は俺たちを癒やせる。体の大きさに関わらず、明かりが届けばいくらでも』

『他の人もできるの?』

『他の人間を知らない』

『そっか…』


そっか、と再度呟いて押し黙る。

何でそんな力が私にあるんだろうか。悶々と考えている私を余所に、竜は私が眠っている間のことを話してくれた。

食べ物を探しに行ったのに帰りが遅く、気になった頃合いに血の匂いがしたこと。

その匂いが私のものだったこと。

動物に襲われたのかと思って急げば、三人の人間に足蹴にされていたこと。

人間たちは竜の姿を見て逃げて行ったので、血だらけの私を背に乗せ、洞窟まで戻ってきたこと。

気を失った日の夜と、2度やってきた昼に近くで人間たちが騒ぐ音がしたから、今は洞窟を閉め切っているということ。

私は3日間、眠り続けていたこと。

3日、と聞いて目を見開いた。ただ蹴られただけなのにそんなに眠っていたのかと心底驚く。

詳しく聞けば、治ったばかりの傷が開き、蹴られただけとは思えない血が流れていたのだという。

自分も怪我をしているなら先に言え、と怒られた。

怒られたことにも驚く。会ったばかり、そもそも話すのは夢の中だけだというのに、この竜は私に優しい。

甘えるな。癒やしの力があるだけで私には何の価値もない。そう自分を叱咤すれば、焚き火の揺らぎを感じた竜が『またか』と嘆息する。


『だんだんお前の考えてることが分かってきた』

『、え』

『これだけは勘違いするなよ、娘。俺はお前だから助けたんだ』

『はは、まさか』

『信じられないか?』

『だって、私は、私に、癒やしの力がなかったら、焚き火がなかったら、何の価値もない、のに』

『でも持ってるだろ』


焚き火を見ていた顔を真上に向ければ、逆さになった竜の顔が覗き込んでいる。

何を悩むことが?と言わんばかりに首を傾げている竜は、トカゲそっくりの顔なのに表情豊かだ。

表情があると分かるほどには長い付き合いになった。

この竜はぶっきらぼうだ。人間と関わった事が無いからか力加減は雑だし、いきなり目の前で口を開けられれば怖い。

この竜は横暴だ。初めて話した時だって『助けてくれ』の一点で、いくら私が何者なのか聞いても教えてなんてくれなかった。


けれど、この竜は優しい


遠回りでない言葉は直接頭に入る。裏を勘ぐる余地がない。

そっと手を伸ばして竜に触れてみた。嫌がられることなく受け入れられた私の手は、鱗の輪郭を何度もなぞっていく。

嫌がられない。人間には、あんなに嫌がられるのに。

良いんだろうか。私には価値があると信じても。良いんだろうか、この竜に甘えても。


『お前の火は、誰かから奪ったものか?』

『…ちがう』

『その癒やしの力は、誰かからかすめ取ったものか?』

『、違う』

『ならそれはお前の力だ。お前が使える、お前だけの。だから会えて、俺の傷も癒えた』


横になっていた体を起こした竜は、きちんと座り直して大きな翼を広げる。

何をするのか不思議に思って半身を転がし、私も座ろうと地面に手をついた時、深々と頭を下げられた。

まるで最上位の辞儀のような優雅さに、体勢を整える途中の中途半端な姿勢で面食らう。

黄色い目が瞼の裏に隠れ、大きな口からは硫黄の吐息でも火炎でもなく、言葉を紡いだ。


『ありがとう』


ありがとう。

それは誰にも言われたことのない、温かい言葉。

じわりじわりと胸の内を浸食していく温もりに座り直すなんてできず、そのまま地面につっぷして背を震わせる。


『よく泣くやつだな』

『…泣いてない』

『泣いてる。目から水が流れるもんか』

『流れるよ』

『流れない。ああもう、うつ伏せになるな。夢の中とはいえ、(うつつ)にも影響するんだぞ』


器用に爪が背中側の服を引っかけて、仰向けに転がされる。泣き顔を見せたくなくて両腕で顔を隠せば、しょうがないな、と小さく竜が笑った気がした。

再び私の隣に横になった竜は、これからどう逃げるかと静かに話す。


『たぶん外には人間がいる。大勢だ。魔法使いどももいるかもしれない』

『魔法…あの矢を使った人?』

『ああ。ま、あと1日もすれば翼の穴も塞がる。洞窟の岩ごと吹き飛ばして空に逃げるか』

『ふふ、豪快だ』


口から吐いた火が巨大な岩を砕き、外にいる人たちが慌てふためく。そんな中を意気揚々と飛んでいく竜の姿を想像して出た笑い声を抑えれば、再び私を覗き込んできた竜が『お前はどうする』と聞いてきた。


『外にいる人間たちと共に行くか?』


うん、とはすぐに言えなかった。

外にいるのは果樹園の近くにあったあの町から来た人たちだ。

その人たちが竜を襲った犯人であり、私を足蹴にした張本人。

桃をくれたおばあさんのように優しい人もいるだろう。けれど私が罪人だと知られれば、どんな扱いを受けるか分からない。

あの町にも私の噂が広がっているなら、モンロニアに隣接するどの国でも同じ扱いだろう。

でもどうすればいい。

帰る場所もなく、待っている人も頼れる人もおらず、行く当てもない。

財布の中のお金は残り僅かだ。稼ぎながら旅をするとしても稼ぐ当てもない。

どうしよう。どうすればいい。

ぐるぐるとあらゆる手を考えていると、そんなに悩むなら、と竜が口を開いた。


『俺と一緒に来るか?』

『!?』


今度こそ驚いて、体が跳ね上がった。私が起き上がると思っていなかったのか、竜の頭とぶつかることになり条件反射で額を抑える。

夢の中だから痛みはなかったけれど、竜も条件反射なのか鼻先を手で押さえながら、喉で唸りながら睨んできた。

思わず謝る。


『全く…それで、一緒に来るのか?来ないのか』

『一緒って、どこに』

『西にある故郷だ。もう東の地は懲り懲りだ。二度と来たくない』

『い、いいの』

『小さい子どもの体なんて俺には何の重しにもならない』

『それはそう…って、そうじゃなく』

『何だ』


不機嫌をそのままに長い尻尾が波打つ。その風で焚き火が消えるんじゃないかと思って火を見るも、関係ないと言わんばかりに火花を散らしていた。

ほっと息を吐くと、私の何かに反応して火が大きくなる。


『答えは出たみたいだな』


ぐいっと眼前まで迫った黄色い目が三日月のように弧を描いた。

きっとこれがお伽話ならば、悪魔のような目だとか、邪竜の目だとか表現されるんだろうけれどこの竜を知っている私からしたら悪戯が好きな子どもの目だ。

肩から力が抜け、安心感からまた泣きそうになる体を奮い立たせて、今度は私が竜に頭を下げる。


『お世話になります』

『よし!では契約だ!』

『…契約?』


声高に喜んで4本の足をしっかりと地に着け立ち上がった竜は、最初に出会った時のように焚き火の反対側に回り込む。

居住まいを正しているんだろうか。人間が背筋を伸ばすようにしゃんと、背中から首までまっすぐにした竜に倣って私も正座をする。

これからするのは、『絆』を結ぶ契約なのだという。


『俺に名前をつけろ』

『名前を?…今の名前は?』

『ない。ずっと黒いの、とかチビ、とか呼ばれている』


チビではないと思う。そう突っ込みたかったが、竜の中では小型ではあるので他の竜からしたら小さいのかもしれない。

それはそれとして、いきなり名前をつけろと言われても、と腕を組んで悩んだ。

黒い、竜。クロ、はさすがに安直すぎる。

私1人分の唸り声が響く中、なんだか期待に満ちた視線を感じた。

そうだ、伝承から引っ張ってくるのはどうだろう。もし同じ竜が今も生きていたら困ったことになるけれど、千年も前の伝承なら問題ないはずだ。

(伝承、伝説…あ)

一つ思いついた話がある。国の名前は忘れてしまったけれど、西の方では守護竜で、東の方では悪い生き物とされる一匹の竜の名前を。


『ズメイ…』

『ズメイ?…うん、いいな』

『えっ』

『気に入った。俺はズメイだ』


ズメイという名前をお気に召した黒竜が、焚き火に向かって小さな火を吐き出す。

私の小さな焚き火に、竜の火が加わって私の背より大きく燃え上がった。

けれど熱くない。前髪は炎に押されて後ろに流れていくのに、服の一つも燃える気配がしない。

ごうごうと燃えさかる火の向こう側、私の名前を聞いた後、黄色い目二つが私をじっくり見て呟いた。


『シンシャ…?何か違う。…お前は、シシーだ』


私を『シシー』と名付けた言葉を聞いた途端、耳の奥がぐわんと揺れて息が苦しくなる。

まるで水の中にいるよう。

次第に呼吸は元に戻り、燃え上がっていた火は穏やかになっていく。

よく見ると、さっきまで炎らしい炎だけだったのに、金色にも輝いている。

とても綺麗な色だった。


『【絆】の契約が成された』

『これが…?』

『いつでも互いの声を聞ける。いつも互いがどこにいるかが分かる。一方が死なない限り、この絆は切れることはない』

『、ズメイ?』

『シシー。人間の恩人』



シシーが俺を助けたように、俺もシシーを助けよう



『一緒に帰ろう』

たまたま出会った、たまたま手当てをした、そんな竜と契約をした。

言葉では分からない。分からないけれど、名前を呼ばれて体に刻まれた何かが教えてくれる。

仲間だと、竜の誇りである翼を預けるに足ると、証明してくれた。

帰る。

見たこともない場所なのに、ズメイを通して彼の故郷を知って、言い表せないほどの懐かしさが鼻をついた。


『かえ、る、一緒に、帰る、!』

『また泣くか。シシーは魔力に慣れてないからな』

『泣いて、ない』

『泣いてるだろう』


カカと牙と牙を打ち鳴らしながら笑ったズメイは、目が覚めても話せるようになったと教えてくれた。

また、絆の契約は魔法の一つで、慣れていないと竜と共感しやすく、ズメイからの情報をがんがん受け取ってしまい、一時的に感情のコントロールができなくなるとも。

そう話しているのが聞こえたけれど、この時の私は泣くしかできなかったので、後から再び説明されることになる。


『竜と絆を結ぶと、シシーの体もすぐ治る。俺と同じ体になるからな』

『…それって起きたら私も竜になってるの?』

『そうじゃない。人間のままだ。なんて言ったら良いか…そう、加護がつく』

『加護って、神様からもらうやつじゃない…?』

『そうなのか?まあともかく、俺の力がシシーにも分けられる。だから体が強くなる』


そういうものらしい。

原理はさっぱりだが、そういうものならば感謝の一言しかない。

見た目は何も変わっていないが、確かにズメイと繋がった感覚がある。

手を握ったり開いたりして喜んでいると、その場でズメイが横になった。

初めて姿が見えた時と同じように、焚き火をぐるりと囲みながら。


『起きたら背中に乗る練習だ』

『上手く逃げれたらご飯だね』

『そろそろ腹いっぱい魚が食いたいなあ』


他愛もない会話をするなどいつぶりだろう。数日前までずっと夢の中で話していたというのに、長い間、離れていたような気がする。

私もズメイの頭の近くに体を寄せて横になった。


『おやすみ、ズメイ』

『おやすみ、シシー』


暗闇だけが続いていた夢の中に、ズメイの呼吸と心臓の鼓動が加わる。

もう怖いものなんてない。もう私は1人じゃない。

ズメイと飛ぶ空はどんな景色だろうか。

きっとどんな冒険譚にも負けないぐらい、素晴らしい世界のはずだ。

それを想像して目を閉じるだけで涙がはらはらと流れてきた。

本当に今日は泣いてばかりだ。


(明日から、泣き虫はやめよう)


嫌な涙じゃないなんて初めてのことでまだ戸惑いの方が多いけれど、不思議と涙を拭おうとは思わなかった。


っふーーーーーーーやっとこ名前を出せました。

早くいろんな人出したいですね…!


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沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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