突入
「何であの高さからロープ一本で下降できるの…こわ…」
「戦闘民族というだけあるな。シシーがあと5人いれば十分一つの部隊になるぞ」
「恐ろしいこと言わないでください。そう何人も竜の民がいてはたまりません」
シシーが脱出する予定の出口とは違う方向から結界を張るギリギリのところまで砦に近づき、敵の注意をこちらに向けている最中、ミグと共に望遠鏡を覗いてシシーの姿を追いかけていたのだが、何の傷害もなく着地した様子を確認して望遠鏡を懐にしまう。
あとは森へと逃げ込むであろう影を確認し、突入するのみ。
「やっぱり面白い魔力の使い方をするな、彼女は。お近づきになるにはどうしたら…」
「まだ諦めてないのか、ロルフ」
結界を張るべくミグの隣で待機しているロルフが、望遠鏡に目元を張り付けたまま寒さに一つ身を震わせた。
雪の積もる地面に突きさしている自分の杖よりも今は望遠鏡の方が大事らしく、シシーの姿を追いかけながら何かを呟き続けている口は止まらない。
シシーがノード城に来た日から今日まで『何が何でも彼女と話したい、あわよくば研究したい』と居座っているのだ。
王宮の仕事はどうしたのかと言いたくなるが、ロルフは王太子に命じられてここにいる。
帰らなくてもなんとかなる理由に十分すぎる大義名分である。
ため息を吐きながら馬を近くに寄せ、手綱を掴んだ。
「そういえばロルフ、仮説がどうのって言ってたが、シシーの魔力の使い方と関係があるのか?」
後ろに控える部下たちに最後の確認を取ったミグが馬を引きながら戻ってきた。
ミグの問いかけに『待ってました!』と言わんばかりに声を弾ませたロルフは、望遠鏡から顔を離して、まず、と人差し指を立てる。
「大前提として、魔力の使い方が私たちと違う。同じ人間であるのに、だ」
「使い方…?」
「そうだ。私を含めて、魔法使いは心臓あたりに魔力を溜め、呪文を唱えることで魔法とし、杖の先に移動させて放つ。が、彼女はずっと体全体に魔力を流し続けている。それこそ血が流れるように。その使い方は魔獣と同じで、だからこそ最初、シシー・ルーを『人間』だと思わなかった」
「言ってたな。それで、使い方が違うことで何が変わるんだ?」
「これは彼女をよく研究してみないと分からないが、一つは魔獣と同じ使い方をしているが故に身体能力を含めて体が強化されている、とする説だ」
「「!」」
「伝説に残る竜の民が皆彼女のようだというのなら『戦闘』に長けるのも当然といえる。普通に暮らしているだけなのに握力だけで骨を折り、高所からの衝撃にも耐えられるほど体が強靱とくれば、どんな幼子もそこらの大人より物理的に強い」
竜の民が『戦闘民族』と呼ばれる理由が形になってきた。
ロルフの仮説が正しければの話だが、『魔力の流れが魔獣と同じ』というだけで十分有り得るのだから。
なぜ魔獣と呼ばれる生き物がこの世にいるのか、それは今もなお分かっていない。
普通の動物の突然変異なのか、それとも特別な餌を食べ続けた蓄積の結果なのか、それとも別の理由なのか。
ただ分かっているのは、魔獣の肉食、草食に限らず全てが恐ろしく『頑丈』だということ。
その頑丈さの理由が『魔力の流れ』のためだとするなら、これは世界中が注目する大発見だ。
もし人間にも同じ事ができたなら、兵力が底上げされるだけでなく魔獣の対処も今よりもっと楽になるだろう。
もちろん犠牲者も減る。
(これはシシーに協力を願っても良い案件かもしれないな…)
かなりロルフのことを警戒しているようだから叶うかどうか分からないが。
水に怯える猫のように距離を取り、潜めた眉を隠しもせず『嫌悪』を伝える彼女がロルフと打ち解ける日は遠い。
そもそも初手がまずかった。改めてきちんと謝罪させよう。
「もう一つはドラゴンとの『絆』が…、おい、まずいんじゃないか?」
人差し指の次に中指を立てたロルフが意気揚々と語ろうとしたところで、砦の見張りからは到底見えない高さの夜空に溶け込んでいた黒い影が何かを目指して一直線に下降したのが分かった。
小さな断絶魔が聞こえたことからも、作戦に支障が出たらしい。
が、黒い影が少しだけ大きくなって空に再び飛び立ったのも見えたので、シシーは脱出できた。…はずである。
「行動開始だ!ロルフ、頼む」
「了解!」
「突入準備!砦から一人も逃がすな!」
【は!】
土砂崩れの音に似た、馬が大地を蹴る音が鳴り響くのと、ロルフを含める魔法使いたちが詠唱を終えて砦をすっぽり囲んだのはほぼ同時。
砦の方はズメイが姿を現したことで一時的な混乱状態のようで、幸いと言えた。
(どいつも装備は軽いな、これならすぐに制圧できそうだ)
元がうち捨てられた砦というだけあって、守るのも難しいほど壁も老朽化している。
見つけられなかった自分を棚に上げて言わせてもらえば、よくもまあこんな場所で企もうと思ったものだ。
侵入させまいと正面の門が閉じたが、かこん、かこん、と内側から急造の補強がされていく音がしたので、このまま馬で突入して問題なさそうだった。
部隊が三手に分かれて砦全体を包囲していくのを横目に馬の首の辺りを労うように軽く叩けば、それが何の合図か理解したとでも言うように大きくいなないた。
両の前足を振り上げて、閉じた門を蹴る。
二発蹴られてあっさり崩れた守りは文字通り木っ端微塵となり、補強の柱を持っていた奴らが尻餅をついたり、逃げていったり。
一番最初に檻の置かれていた広場に出たのでさっと辺りを見渡し、シシーたちがいないことを確認する。
姿も声もないので、遠慮無くやれると判断して、腰から剣を引き抜いた。
「火を付けさせるな!全て押収しろ!」
波のように襲いかかる騎馬と騎士に右往左往する者たちばかりで、ろくな戦闘訓練を受けていないことが分かる。
おそらくここは研究施設なのだろう。
それでも少なくない数の戦闘職はいるようで、先へ進ませまいと立ちはだかってきた。
「誰だお前ら!ここはただの研究所だ!盗るものなんて何も、がはっ」
戦闘を指揮している男は何かを知っていそうだったので、数手、剣を交わした隙を見て鞘で殴った。
うまく意識を失ってくれたようで、剣を握っている分厚い手から力が抜け、その場に膝をついてうつ伏せに倒れる。
半身を下げて避けた時には、突入時に聞こえていた金属が擦れ合う音は止まり、あっちこっちから捕縛されたのに抵抗する怒鳴り声が響いていた。
男の手元から剣を蹴り離して、自分の剣を鞘に収める。
「私たちが盗賊に見えるか?」
「見えるでしょうよ。やってることまんま盗賊ですよ」
追随していたミグが男を腕で締め上げつつ呆れの言葉を投げ、柄頭で殴って静かに気絶させた。
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