砦の近くにて
短めです
朝から降っていた雪がやんで、半欠けの月が木々の隙間から見えている。
かじかむ指を数回揉み込み、眼下に散らばる荒らされた荷物を太い幹に掴まりながら見つめた。
ウオウ、ウオウ、と鳴きながら近くをぐるぐる回っている影が視界の端で時折見える。
(まずいことになった…)
■
急遽決まった隣国にある砦だった場所の調査。
極秘任務故に人数は少なく、日程も決まっているもの。
冬の森で野宿しなくちゃならないが、ボーナスが付くというなら何の文句も無い内容だった。
人目に付かないように国境を越え、野営地を決めて砦を十分に監視。
人の入れ替わりや見張りの位置、どのような人間が出入りしているかを確認できたので、次は『中』に入ろう、という段になった。
最初は何事もなかった。共鳴石で連絡も取れていたし、中に入っていった3人の内1人が何かの書類を写した紙の束と袋に詰まった黒い硬貨を持って先に出てきたから。
「あとの2人は?」
「地下になにかありそうだと偵察に行った。頑丈な鍵がかかってたから、どの鍵がいるのか調べたいんだと」
「危険すぎるだろ…『危ない橋は渡るな』と言われてるのに」
「あの2人は竜の民に恩があるからな。仕方ないさ」
ジークハイン様についてスノッリに向かった隊が1ヶ月も消息を絶ち、ドラゴンと共に戻ってきた時は驚きすぎて目が飛び出るかと思った。
その背に『竜の民』が乗っていたものだから、向こう20年分の驚きを使った気がする。
不思議な空気を持つ女性だった。もしかしたら子どもかもしれない。
顔の下半分をマスクで覆っていて、この寒さだというのに心許ない防寒具を身につけている体は細く。
黒い髪と黒い瞳に少し身構えたが、口から滑り出したのは聞き慣れた言葉で、立ち振る舞いも粗野だったり横暴であったりは無かった。
東方の人間は野蛮人である、と言われている。
なぜなら、東からの侵略で大戦が起きたからだ。何百年も前だが。
ただ、当時の大戦のせいでいくつもの国が無くなり、難民が生まれて各国に散らばったため今も禍根を残している。
商人の町であれば珍しくもないのだろうが、ここシドニアまで来るのは滅多にいない。
話が逸れた。
東方の人間であろう『竜の民』に助けられて、彼女のために行う今回の調査に手を上げたのが地下を調べると残った2人だ。
戻ってきたばかりなんだから休んでいればいいのに、全く疲れていないんだそう。
その2人が捕まったと分かったのは、共鳴石の向こう側で急いでいるのが分かる声が聞こえてきたから
地下に魔法使いがいたことと、何かの実験をしているようだということを口早に言った後、魔獣の唸り声と2人の叫び声で音は途切れた。
共鳴石の光が失われたので、対となる石は壊されたようだ。
すぐにノード城へ連絡を入れて救援を願い出たが、最後の唸り声が嫌な予感に拍車をかける。
砦から離れた場所から見ているが、砦も砦で騒がしくなってきた。
松明の明かりが右に左に走り回り、指示を飛ばす怒声も聞こえてくる。
「おい、まずい、上だ、木の上に隠れろ!」
砦から魔狼が放たれたのが見えて、託された書類と黒い硬貨だけを手に急いで近くの木に登った。
登ったところで見つかるのは時間の問題だが。
1人ずつ離れた木の上にいるため声は出せない。
騎士団の間で使う最低限の手話で『行ったか?』『まだだ』を繰り返しながら、なぜワーグがいるのかに思考を巡らせる。
(ワーグを従魔にしてるのか…?)
ワーグとは、従魔にできても生来の気性が荒いせいで命令を聞かないことで有名だ。
一頭でも管理が大変なのに、今周りにいるのは三頭はいる。
もし複数のワーグに命令を聞かせることができたなら主人が相応に優秀ってことだが、砦にそういう輩が出入りしていた気配はない。
ならなぜワーグなんてものがいるのか。
(そんなことより今はこの状況をどうにかしないと!)
足音が大きくなっている。
ぐるぐると回っている足音も、円を小さくしてきているのか間隔が短い。
寒さ以外の震えが足を襲い、幹にしがみついていないと滑り落ちそうだ。
ああ誰か助けてくれ、と心の中で手を組み祈りを捧げる。
その瞬間、キャイン!キャン!と子犬のような叫び声が聞こえて、足音が二つ消えたので、神はいるのだと白い息を吐き出した。
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不定期更新で申し訳ないですが、
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