表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の民  作者: とんぼ
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/152

調査隊



山の中の真ん中にある湖からひしゃくで一掬いした水を口に含む。

外では草木に霜が降り、家の中にある水瓶の表面が凍っている早朝だ。

当然、一口含めばキン、とした冷たさが舌を包み、もう一度布団に戻ろうと囁きかけてくる。

口の中で少し温めてから飲み下せば、働かねばならぬと目がすっきり覚めた。


空っぽの手桶を湖に差し入れて水をくみ上げ、ひしゃくの柄で肩を叩きながら畑へ続く道を歩く。

この時間は静かだ。

竜たちの寝床からはいびきが木霊し、起きてくる気配もない。

たまに尻尾を揺らしているのか、金貨が地面を滑るような音がサラリサラリと聞こえた。


太陽石からの光を受けようとしているのか、少しばかり葉を広げたように見える畑のそこかしこに、ひしゃくの水を蒔いていく。

ここは薬草、あっちは食用、その隣が薬草と食用を兼ねたもの。


「一年中、日照りも水害もないなんて便利だなあ」


なんならバッタやイナゴなんかの虫もいない。なんせ山の外側は年中寒いので。

昆虫型の魔獣もいるらしいけれど、やっぱり寒くて羽化できないのか本でしか見たことはない。

水滴をまぶされた緑たちがどんどん強くなっていく光を受けて輝いた。

よく育てよ、と念じて隣の畑に移り、同じように水を蒔く。


畑の世話が終わったので、手桶をいつもの位置に戻してから治療室に向かった。

ようやく翼の骨格ができてきた竜、片目の傷が塞がってきた竜、元の色より薄く、柔らかい鱗が生えてきた竜。

順番に一頭一頭声をかけていきながら、青い火を当てていけば、昨日より今日、今日より明日と傷が治っていく。


「シシー・ルー、おれ、うごける。そとでる、いいか?」


土の色に赤い斑点のある鱗を持つ竜が、潰れた両目を瞼で隠して、その身にそぐわない小さな羽を動かしながらのんびりと言う。

ズメイより大きな竜だが、元々飛ぶのが苦手なようで空への未練はないそうだ。


目は見えないが、この山の中で過ごす分には匂いと音だけで事足りるとのことで、このままここに住み着くらしい。

きっと外に出たいのも自分の寝床を探したいのだろう。

傷ついていた目と両手両足の付け根が膿んでいないことを確認し、痛みがあるようならすぐ呼ぶことを約束して見送る。


「ここの魚は美味いぞ。獲ってこようか」

「おれ、とる。シシー・ルー、いるか?」

「じゃあ頼むよ」

「いっぱいとる」


のっしのっしと歩いて行く後ろ姿は象か牛かといったところだが、声が弾んでいるので足取りは軽そうだ。

青い光に照らされている道を進んでいく竜を見送り、赤い焚き火を青に変えてしばらく。

胡座をかいてじっと焚き火を見つめていると、腰帯から垂らしている紐からここにはない光が点滅しているのに気づいた。


ジークハイン様から貰った…いや、事が終われば用済みだろう。彼から借りた共鳴石だ。

山に戻ってきてからずっと身につけているが、彼に言われた『一ヶ月後』まであと1週間と少しある。


(もしかして早めに調査が終わったのか?)


治療を一旦切り上げ、治療室を後にしながら筒の下側を押す。

かちん、と歯車が噛み合った時のような音を立てたそれから男の声が響いた。


「シシー!すぐに繋がってよかった!」


岩壁に反響してジークハイン様の声がより大きく聞こえた。

どれぐらいの音量で聞こえるのかと共鳴石の筒に耳を近づけていたため、急いで腕を離す。

危うく放り投げて地面に落とすところだった。危なかった。

久しぶりの人の声に首に指を当ててマスクを探したが、声は聞こえても近くにいないことに気づいて安堵する。


「シシー?聞こえないか?」

「おっと、えーと、上、上だったな…これか」


下側についているのと同じ突起を押せば、共鳴石の色が濃くなった。

けれど向こう側から聞こえてくる音が変わらない。


(…話して良いんだろうか?)


筒を手に握ったまま首を傾げていると、ちょうど竜たちが起き始める時間だったようでそこかしこの穴から『おはよう!』の声が響いた。


「無事か!?何があった!?」

「!な、なんでもない!ただの挨拶だ、朝だから!」


普通の人には竜の鳴き声がしているようにしか聞こえないことに気づく。

私の声より先に色んな叫び声が聞こえたら誰だって驚くだろう。

今度から気をつけよう。

向こう側で安堵の息を吐いたジークハイ様が、気を取り直して『朝早くからすまない』と前置きした。


「君が城を離れてすぐに調査隊が出発した」

「ああ。何か見つかったのか?」

「どちらとも言えない。ただ…いや、経緯は後だ。結論から言おう」

「?」


何か問題が起きたらしい。

さっきより一段、重くなった声音に足を止める。

景色はとっくに岩壁から太陽石の明かりと緑に変わっていて、ちょうど目の前に水色の蝶が通っていった。

緊張した男の声と、のどかな景色。まるでちぐはぐな状況に、夢の中にでもいるようだ。

起きてきたズメイが頭上を通り、喉を潤すべく湖に向かって行く。

飲む、というより浴びる、の方が正しいか。遠くで水が弾ける音がした。


「砦の人間が黒い硬貨を持っていることは確認できたが、調査隊の何人かが捕まった。最後の連絡から、魔獣がいると思われる」

「何で魔獣がいると?」

「鳴き声だ。獣のいななきのような音が聞こえて「竜じゃないのか」…種類までは分からない」


私がその声を聞けたら良かったのに。

今まで聞いてきた叫び声が耳奥で蘇り、頭の中を揺さぶっていく。

なぜ夢の中で会えなかったのか。握りしめた手の平に爪が食い込む感触がした。

何度か私の名前を呼ぶジークハイン様の声がしてようやく、腕から力が抜けていく。

一つ深呼吸して共鳴石に向かって声をかけた。


「…聞いてる」

「今から調査隊の救出に向かう。だがヒュミル山脈からの方が近い。先に行って、待機している者たちと合流してくれるか」

「分かった」

「あと、私たちが到着するまで何もしないでほしい」

「何でだ。仲間が捕まったんだろう」

「理由があるとはいえ法を犯している。勝手に動かれては困る」

「私だけで行けば良い。砦一つぐらい、ズメイと一緒に潰せる。法は関係ない」

「関係ある!」


机か何かを叩いたんだろう。落ち着くように言う誰かの宥める声がした。

一時、向こう側からの声が聞こえなくなったので、もしかして握りすぎたかと筒を揺らして確認していると、ジークハイン様の声ではなくミグの声がする。

危うく取り落としそうになって、手の上で筒がくるりと回った。

両手でしっかり掴み直すと、『時間がないから手短に説明するよ』とさっきと打って変わって落ち着いた声がする。


「シシーに先に行って欲しいのは、調査隊の人数が減って魔獣からの脅威が高まったからだ。だから、砦に乗り込むんじゃなく調査隊の方を守って欲しい」

「だから何でだ。私とズメイなら負けない」

「ああ、そうだろう。砦を潰して、きっと君らは生き残れる。こっちの仲間も救い出せる。でもね、それをしたら『シドニアからの侵攻』と捉えられかねない」

「しんこう」

「ええっと、国が攻め入ることって言ったら分かるかい?」

「ああ…それなら分かる」

「良かった」


ミグ曰く、すでに不法入国という法を犯しているので、こちらから先に手を出したら『国際問題』というやつになるらしい。

ビザンチン側が過去の協定で無くしたはずの砦を復活させていた『可能性』があるため、どちらが悪いかと言えば五分五分のようだが、『可能性』は『可能性』

砦にいる人間が黒い硬貨を持っていることは確認できたが、背後にいるのがビザンチンかどうかは分からないので、シドニア側(こちら)が少しばかり不利だと。


調査のためとはいえ少なくない人数を投入しているため、戦をしに来たと言われれば完全に否定できないんだそうだ。

少なくとも、自分たち以外は『そう』に見える事実しかないらしい。


「砦にいる人数も、中に何があるかも調査中で報告を待っているところだった。だから、早まらないで欲しい。…国のために」

「…もし起きたら、大きな戦になる?」

「あー、予想できない、が正しい。なんせビザンチンは荒っぽいから」


カザンビークのこともある。あの国が今でも当時のままなら、国全体を巻き込まなくともそれなりの被害が出るだろう。

黒い硬貨について調べて欲しかっただけなのにこんな大事になるとは。

目元を手で覆って、苛立ちを込めた爪先で地面を叩く。


(黒い硬貨の目的に国が関係してて、砦に竜がいるかもしれなくて、しかも戦になるかもだって?)


全部『可能性』止まりなのが腹立たしい。

が、無闇やたらに命を犠牲にしたい訳じゃない。ズメイなら気にせず突っ込んでいくんだろうし、私だってそうしたいけれど、でも。


(落ち着け、落ち着け。人は、大勢集まったら怖くなる)


1人1人は小さくとも、大勢集まったら恐ろしい。

もし今、砦を潰して戦が起きてしまったら、取り返しがつかないなんてもんじゃない。

無事に勝利で戦が終わったとしても、犠牲は出ることぐらい知っている。

その犠牲は戦う覚悟のない人たちだ。怒った民衆はここにまで手は伸ばせないだろうけれど、二度と町に降りることはできないだろう。

カザンビークに逃げたって火の粉がそっちに向くだけだ。

ずっと逃げ回る、なんてできるはずがない。できるとしたらズメイ1人だけだ。


「シシー?どうした?」


ずいぶん考え込んでいたのか、ミグの気遣う声がして、目に当てていた手の平で髪を後ろに撫でつけ、苛立ちを肺に吸い込んで諦めを吐いた。


「、分かった。ジークハイン様たちが来るまで動かない」

「よし。理解してくれてありがとう」

「ただし」

「っ、ただし?」

「もし竜がいると分かったら、私とズメイは行く」


本来の目的はそちらなのだ。彼らを巻き込んで申し訳ないが、竜を助けたい。

一頭でも多く、なるべく早く。

生きたいと思わなくなる前に、空の色を忘れる前に。

これ以上は譲れないことが伝わるように願いながらそう言い切れば、大きく唾を飲み込む音がした後、分かった、と返事が返ってきた。



4月ってなんでこんなに忙しいのか…!余裕ができたので、がしがし書いていきます!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ