竜の図鑑
たいっっっへん間を空けてしまい申し訳ありません…
2024/09/01:歴史部分修正
窓の外はまだまだ明るい。
山に帰るのはもう少し先だろう。
ジークハイン様が図書室にやってきて聞きたいことも聞けたので、一冊の本に物申したく、読んでいた薬学書を閉じた。
ここに来て早々に見つけた『ドラゴン図鑑』を本棚から引き抜いて、不思議そうに私を見ている男の傍でその最初のページを開く。
それなりに古いものなのか、真っ白だったはずの紙は黄ばんでいるものの、書き込まれている絵も文字も丁寧だ。
図鑑というだけあって、革の表紙も丁寧で『長く残りますように』と願われているのが分かる。
残念ながら、間違いだらけの内容なのだけれど。
「ドラゴン図鑑か、懐かしいな」
パ、と顔を明るくさせたジークハイン様は私の手から図鑑を取り、『懐かしい』当時を思い出すように指で文字をなぞっていく。
ここの絵が見事で、とか、知らない卵を見つけてはドラゴンの卵かと温めていた、とか、楽しそうに話しているところ申し訳ないのだが、ページをめくりかけている手を止めて最初に書かれている文を指し示す。
「『ドラゴンは肉食で、牛や羊などの家畜や人間を攫っては骨まで食べる』」
「ああ、そう書かれている」
「これ、間違ってる」
「人を攫うところか?たしかにズメイはそうしないが他のドラゴンもそうだとは限らないだろう?」
「そうじゃない。ズメイも他の竜も、主食は魚だ」
「……………そうなのか!?」
目を丸くして最初のページにかじりつくジークハイン様に頷き、そういえば彼の前でズメイが食事をしたことがなかったなと思い出した。
人間を攫うとか家畜を食べるとか、物騒すぎる前提の知識があったのによく彼はここにズメイを入れたものだ。
妹のリリアーナ様だってそうである。
いくら私がズメイの相棒だっていっても、だ。
「山に湖があったろ。あそこの魚を食べてる。じゃなきゃとっくに森にいる魔獣たちは食べ尽くされてるよ」
「魔獣も食べないのか?」
「食べる時もある。気分だ。人間と一緒。魚を食べたい時も肉を食べたい時もある」
「人を攫わないと?」
「少なくとも山にいる竜たちは攫わない。まあ、宝石とか金の腕輪とかしてたら攫うかも?でも、食べるためじゃないのは確実だ」
ズメイたち曰く、人間は『骨ばかりでまずそう』だそうなので。
自分好みの光り物を寝床に飾るのは竜の習性だ。
ヒュミル山脈のあちこちにある竜の寝床には、少なくない数の宝物、文字通りの金銀財宝が置かれており、一つ無くなればすぐに気づくほど持ち主の執着はすごい。
相棒の寝床にはカザンビークで買った角飾りが十個はあるし、金細工の薔薇の花束が隅に置かれ、ダイヤモンドが砕かれて作られている吊るし飾りが天井を埋めている。
もし太陽の光が彼の寝床に差し込めば強く発光するほどに、宝物でいっぱいだ。
私の部屋にもズメイとお揃いの吊るし飾りはあるけれど、天井を埋めるほどじゃない。
部屋を照らすランプを囲むようにぐるっとあるだけでより明るくなったので置いてあるだけ。
とにかく、竜たちは光り輝く美しいものが大好きだ。
なので、飛んでいる最中にどこかが『キラッ』と輝いたら目的をしばし忘れてそちらに向かってしまう。もちろん止める術はない。
ズメイでさえそうなのだから、もし王侯貴族が身につけるような豪奢な装飾品を見つけてしまったら、そしてその装飾品を誰かが身につけたままであったなら。
(人間ごと攫って持って帰るんだろうなあ)
もしかしたら図鑑を書いた人は『人を攫った』事実を知っていてこう書いたのかもしれないが、そうだとしたら調査不足だ。
光り物を身につけるな、とでも書いておけば誰も食べられる心配はしない。
1ページ目から間違っている図鑑をめくっていき『これは違う』『これは合ってるけど竜による』『こんなことしない』『オスとメスの見分け方が違う』などなど、丁寧に指摘していけば驚いたり顔を青くさせたりと、ジークハイン様は忙しそうだった。
一通り物申したいことを言い終えたので満足し、冷めた紅茶に口をつけると、まだ図鑑を睨み付けている彼が『ううむ』と唸る。
「ここまで違うとは…かなり長い間調査をしていたと聞いたんだが、違ったようだ」
「書いた人と知り合いなのか?」
「いや、シドニアの人間なら誰でも知っている。一生をドラゴンの研究に費やした人で有名でな」
「ふうん」
「シシーが教えてくれて助かった。これで私たちを運んでくれたドラゴンたちにも礼ができる」
新鮮な魚を手に入れるのは難しそうだから宝石だな、と何かの算段を付けているジークハイン様は嬉しげだ。
その気持ちは有り難いのだけれど、あの二頭はこの人たちを運んだ後に旅立った。
そのことを伝えるとあまりにも肩を落としたので、『次に会えたら教える』と肩を叩きながら伝えてみる。
「また山に来るのか?」
「さあ。竜は長生きだから、時間の流れが違う」
さらに落ち込まれてしまった。そんなに会いたかったんだろうか。
窓の外にいるズメイが意気消沈しているジークハイン様をクルクルと笑った。
言葉が足りないところはありそうだが、たしかに大人の彼が子どものように思えて私も思わず笑ってしまえば、口を少し尖らせて『笑うな』と唸る。
それがますます子どものようで手の平だけでは到底、笑い声を抑えられなかった。
「さすがに竜の民はドラゴンについて詳しいな。シシーが本を書けばきっと国の財産になるだろう」
「私が、本を?」
「ああ」
本、本か。私が本を書く。
ちょっと想像してみた。
自分の部屋にある小さな机で、今まで書きためてきた竜たちの観察帳と、自分の日記と真摯に向き合い、たまにズメイと軽口を立てながら文章にまとめていく。
4年かけて色んな傷を治療してきた記録もあるが、それも本にできるだろうか。
いつか読んだ冒険譚のように旅をする人たちの役に立つといい。
誰かの記憶に残って竜を見たら逃げるのではなく、手を振る人たちが現れるといい。
いつか誰かの、ここみたいな図書室の一角を埋めるといい。
そしてもし叶うなら。『シシー・ルー』という名前が本として残るといい。
想像してみると悪くない事のような気がした。
いや、むしろ幸せな時間のような気がした。
「…考えとく」
少なくとも今することではない。
もしやるとしたら、黒い硬貨の奴らの正体を突き止め、奴らに苦しめられている全ての竜たちを助け出してからだ。
新しい目標を見つけて満足の笑みを浮かべながら、ふと『竜の民』について何も知らないことに気づく。
不思議に思ってはいたのだ。
いくら竜と話せるからといって、ここの人たちは私を信用しすぎている気がするのだ。
その目はカザンビークの人たちと同じ熱を孕んでいて、これが噂の、さすがの竜の民、と口々に言う。
「…シドニア騎士王国は、昔竜に助けられたのか?」
もしそうなら、ジークハイン様たちを助けたことを差し引いてこの受け入れ具合も分かるのだが、と補足すると隣に座る彼は首を振った。
「この国は昔、ドラゴンと共生していたと伝わっている」
「昔…?今は?」
「知っての通り、災いの一つに数えられている。300年ほど前に『竜の民』は姿を消した。その頃、シドニア騎士王国の国境を巡る大戦があってな。国内のあちこちでも小規模な諍いがあったせいかいろんな文献や書物が焼けてしまって、なぜいなくなったのか、詳しいことは何も分からない」
国内にある遺跡から出土する様々な品から『竜の民』が実在していたことは確認されており、かつて国境を守るため協力していたことは分かっているらしい。
現在国に伝わる歴史は300年前の大戦後、当時の王家がまとめたもので大まかな流れしか書かれていないのだそうだ。
その『大まかな流れ』の中に『竜の民』はいない。
「じゃあ、何でよそ者の私を受け入れてるんだ?ここは領主の城なんだろう?」
「あー………うむ。…一番に、シシーが私たちを救ってくれた恩人、というのがある」
「、二番は?」
「……………………笑わないか」
「がんばる」
うろりうろり、と青い瞳を彷徨わせたジークハイン様は、諦めたようにため息をついて図鑑の最後の方を開いた。
見開きの絵が描かれたそこには、ヒュミル山脈を背に大小様々な竜の群れが描かれている。
その背に、今の私と似た服装をした人たちが乗っていた。
ある者は剣を、ある者は斧を、ある者は弓を持って、山から吹く風に髪も服もたなびかせて、堂々と胸を張っている。
堂々と胸を張り、眼下にいる誰かを不敵に見つめる視線を持つ人々。
言われなくても分かった。この絵はかつての『竜の民』なのだと。
「この絵は、この国の者なら誰でも知っている」
「へえ」
「そして、私はこの絵を見て憧れた」
「…憧れる?」
「ああ。『ドラゴンと同じ肺と目を持つ国一番の戦闘民族』で『生涯、ドラゴンと共に空を駆ける者たち』だと」
「、戦闘民族」
それは初めて聞いた。
見開きの絵を自分に向けたジークハイン様は、何かを思い出すように目を細め、そしてその思い出が悪いものじゃないことを証明するように小さく口元を綻ばせる。
その笑い方は、カザンビークの子どもたちと同じもののように思えた。
「ドラゴンは恐ろしいものだと言われた後、竜の民の話を聞いた子どもの私はいつも思っていた。そんなドラゴンの背に乗って、大空を自由に飛び、この地を眺めたらどんな景色が広がっているんだろうかと。まあ、子どもの夢だな。だから実際『竜の民』を目の前にして、少し心が躍った。他の者もそうだろう」
「なるほど」
ようやく腑に落ちた。それでこんなに受け入れられているのか。
ようは『竜の民』はこの国の『伝説』なのだ。
いるはずがないと思っていたお伽話の王子や勇者が目の前に現れたら、そりゃあ目を輝かせてしまう。
私も、小説の中の人たちに会えたらどれだけ嬉しいか。
納得できる答えが返ってきたのに一人頷いていると、図鑑を閉じたジークハイン様がほんのり頬を赤らめて『笑って良いぞ』と嘯く。
「笑わないよ」
「、そうか」
穏やかな気持ちになっている私を見て目を瞬かせた男から顔を逸らし、先ほど広げていた薬学書を手に取る。
どこまで読んだかを思い出しながらページをめくっていると、妙に横から視線を感じるので落ちてきていた横髪を耳にかけながらジークハイン様を見た。
もう顔は赤くないけれど、やけにまじまじ、見つめられている。
「誰もが持つ夢だ。笑うことじゃない。な、ズメイ」
「可愛らしい夢もあったものだ」
ズメイも笑っている風はない。
私と同じ、穏やかに凪いだ海のような心地になっているのが分かる。
黄色い瞳を細めて『グルルァ』と鳴いているようにしか、ジークハイン様には聞こえないだろうが、笑っていないことは分かったのだろう。
私とズメイを交互に見て、ありがとう、と柔らかく笑った。
(…そんな風に笑っていれば、いくらでも女を引っかけられるだろうに)
いつも無愛想な顔をしているからあのご両親が心配するのだと、少し呆れたのは私だけの話だ。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




