閑話 娘の事情
短いです
「かっこいいだろう?」
そう笑っている娘を見て『ああ、だめだ』と思った。
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シシー・ルーが鍛錬場の空に飛ばされた時、目の良い奴らは彼女の両肩にある、対になった刺青を見た。
肩から二の腕までを覆うように施された鱗模様と、巻き付くように重ねられた花模様。
あまりにも大きすぎて、痣だと思いたかった。
「あれ、刺青だったよな?」
「あんな大きさ、どんな罪を犯したらあの大きさになるんだ…?」
ジークハイン様たちが鍛錬場を去って行く時に部下たちがヒソヒソとしていたのを聞いて、場を治めるために『確認が取れるまで他言無用』と厳命する。
恩人であることは理解しているようで、口元を引き締めて頷いたのを見届け、シシー・ルーが1人になったところを狙って聞いた。
そして、大きすぎる刺青が傷跡を隠すためのものだと知った。
年頃の肌に似つかわしくない深い傷跡は、形こそ分からないが相当深い。
なぜこんな傷ができたのか。
疑問に思ったが聞けなかった。
肩に触れるまで近づいて、気づいたのだ。
右耳の、あのドラゴンと同じ黄色い宝石がはまったイヤーカフ。
そのイヤーカフの下から僅かに、茶色い肌がのぞいている。
それは、顔を隠している理由がもしかしたら宗教上の理由だけではないんじゃないかと思い至るには十分で。
見たことのある肌の色だ。
凍傷で失った指に見られる色、魔獣の牙が食い込んだ傷が塞がった時に見られる色。
その傷が、耳にあるということはきっと顔にもあるんだろう。
ずっと顔の下半分を隠さなければならないほどの傷が。
(なんで、こんな若い娘に)
18の年頃といえば、化粧だってする。肌を出さねばできないお洒落もあるだろう。
自分には息子しかいないが、もし娘がいたら許せない。
傷があることも、傷を作った奴も。
だってそうだろう。
自分の血を分けた子どもが、痛みに泣いてようやく塞がっても、その身に刻まれた傷のせいで『普通の幸せ』が遠くなる。
誰もが当たり前に祝福し、願い願われての結婚は難しい。
身分なんて関係ない。体に傷がある時点で『ワケアリ』になる。
そんな『ワケアリ』は、苦労しか待ち構えていない。
自分の子どもの幸せを願わない親がいるだろうか。
目の前の彼女が実の子でもないのに、彼女にやってくるであろう暗い未来を想像して視線を下げ始めていると、眦を楽しそう…いや、嬉しそうに曲げたシシーが確かに笑った。
「かっこいいだろう?」
大罪人が背負うより大きな刺青を誇りと胸を張る、主人の息子より若い娘。
傷があることを気にしていないかのように。
傷のせいで不幸しかないと予想した俺を笑い飛ばすように。
(ああ、ダメだ)
すでに知っていて強がっているこの子に、これ以上追い打ちはかけられない。
思わず口元に手を当てて、溢れかけた涙を堪えていると黒い瞳が覗き込んできた。
その目は漆黒なのに光が差し込むと七色に変わる、不思議な色。
心配しかできない情けない己がシシーの目に見抜かれているような気がして、頭を上げて鼻をすする。
何でもなかったかのように『お洒落』と言い切った彼女になんとか笑い返した俺は、必ず調査を成功させようと決めた。
メイドに図書室へ飲み物を持って行くように指示を出した後、すぐに鍛錬場に戻ればさっき話していた部下たちが声をかけてくる。
「どうでした?」
「彼女と話ができましたか?」
「ああ。結論から言うと、彼女は罪人じゃない」
「「よかったぁ…」」
ただ否定しただけなのに胸に手を当てて安堵した部下二人に首を傾げると、完全に疑っていた訳ではない様子。
『もし恩人が罪人だったらどうしよう』と、そういう心配がつい口から出ただけらしい。
全く人騒がせなことだ。流した涙を返して欲しいぐらいだ。
「じゃあ、あの刺青は?」
「神に仕える印だそうだ」
「うっ、敬虔すぎる…!」
「疑った自分たちが恥ずかしい…!」
再び胸を押さえた二人の肩を叩いて持ち場に戻らせる。
訓練に戻っていったのを見送り、程なく始まったかけ声と一団を眺めた。
調査についての決意を新たにしながら、瞼の裏に浮かぶのはシシーと黒いドラゴンの姿。
(あんなに一緒にいたがるなんて、読み聞かせでもしてんのかね)
金銭を強請ったり、豪華な食事や贈り物を強請ったりするでない無欲な娘に、これからの幸あれとそっと願った。
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