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竜の民  作者: とんぼ
二章

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刺青



「っくしゅ、!ッフー、しかし寒いな、そろそろ暖炉で温まりたいんだけど?」

「また唐突に…今日はノードリッチの中じゃ暖かい方だ」

「これが!?」


未練がましくシシーを見つめ続けているロルフが冷たい横風に身をぶるりと震わせたので、妙な視線が外れる。

防寒具を纏っているものの、ノードリッチでは薄着に入るその格好では寒かろう。

なぜロルフがここに来たのか聞いていないな、とも思い当たったので中に入ることにした。

シシーも共に、と振り返った先、話は終わったとばかりにズメイに跨がって飛び立つ準備をしている姿を見てしまい、慌てて止める。


ゴーグルの薄いガラス越しにも分かるほど機嫌を損ねたシシーは、ドラゴンたちの手当てのために山に戻ると堂々と言った。

その気持ちは分かるが、太陽は高く、いくらノード城の回りを囲む塀が高くとも町から見上げればくっきりズメイの姿が見て取れてしまう。

それはまずい。

遠目からではシシーの姿を見て取れることはないだろうが、ドラゴンが城から出てきた、と人々が知ればいらぬ混乱を招いてしまうのは明白だ。


「一気に上昇すれば良い。ズメイならあっという間だ」

「それは分かっているが、青空に黒一色というのはどうしても目立つ。立ち去るならせめて夕方にしてくれ」

「…早く帰りたい」


珍しく子どものようにふてくされた声音を出したシシーに自分の目が丸くなったのが分かった。

短い付き合いながらも、彼女は賢く、意志が強いことを知っている。

見た目と身長のせいで幼く見えるが、内面の大きさが表に出ていて1人の大人だ。

そんな彼女が『早く』帰りたい、と。

思えば無理もない。

貴族の住まう城にもてなされ、くだらない噂に一時振り回され、真面目な話が終わったかと思いきやロルフ(知らない人間)の登場だ。

ドラゴンたちの面倒をみる彼女にとっての日常に戻りたくなるのも当然だった。

けれど。


「、引き止める理由が完全にこちら側の理由なのは承知している。だが、せめて日が落ち始める時間まで待ってくれないか」

「…………本」

「うん?」


本が読みたい


マスクの布からぽつりと零れた言葉は、『日が落ちるまで留まること』の対価。

ずいぶん欲が無いなと思ったけれど、まだちゃんとした礼も出来ていないことに気づいて、静かに頷いた。これぐらい、なんの礼にもならないけれど。

一度ズメイの黄色い目と視線を合わせたシシーは、はあ、と分かりやすくため息を吐いて再び雪の上に着地する。


「外で読むから本をくれ。医学書がいい」

「さすがに冷えるだろう」

「平気だ」

「…やはりダメだ。女性の体は冷やさない方が良いと聞く。図書室に案内しよう」

「としょしつ?」


医学書は読めるくせに図書室の存在を知らないとは。

ふ、と少しだけ漏れた笑いは風に攫われて消えていった。



『図書室』とは、貴族のほとんどが持つ『本を保管するためだけの部屋』なのだそうだ。

なんと贅沢な、と思う。

ジークハイン様とミグはロルフを伴って違う部屋で話すらしく、中庭から城の中に入った時に分かれた。

案内役は、さっきから無言のままのヘルマン騎士団長である。


綺麗に鍛えられた体が、その体にぴったり沿うように作られた服のせいでその存在感を増していた。

紺色の服によく馴染む丈が長い黒い靴が、ご、ご、と重い音を立てているのについて行くと、ほどなく『図書室』の扉の前につく。

濃い飴色をしている両開きの扉が片方、ヘルマン騎士団長の手によって押され、木と金属が擦れる音が少しだけ鳴った。


「…すごい、」


本、本、本、本の山。いや、壁。

等間隔に並んでいる棚にはぎっしりと革張りの本が詰められ、その部屋の壁もまた天井まで続く棚で埋まっている。

二階にあたる床を取り払って吹き抜けになった図書室は、上の方の本にも届くよう、あちこちにはしごがかかっていた。


「あの窓がバルコニーに続いている。小さいからドラゴンが座れば埋まるだろうから、君が外に出るのはやめておいた方が良い」


外で読むのはズメイと一緒にいたいから、という理由なのがバレていたようで、扉の真向かいにある縦に長い細窓を指差される。

話をしながら本が読める、と気分が上向いた私は早速、念で相棒を呼んだ。

ほどなくして窓の外に黒い影がすっと流れ、バルコニーに着地する。

鼻先を窓ガラスに近づけたので、透明の板があっという間に曇った。


窓辺に駆け寄って、指先でガラスをこつ、と叩けば、私を見留めたズメイは安心したらしく、いつものように丸まって目を閉じる。

ふと、膝に当たった柔らかい何かに気づいて視線を下げれば、花模様の布が張られた長椅子があった。

窓辺で読めるようになっているのだろう。さすが貴族の屋敷である。

ここに座っていよう、と決めて本棚を回って本を見繕っていると、しゅ、とマッチが擦れる音がした。


棚の影から頭を出して音のした方を見れば、暖炉の前でかがんでいる男の姿。

『騎士』が分からないけれど『団長』とつくのだから、暖炉に火を入れて良い人じゃないはず。

さっと駆け寄って手元を見ると、持ち前の握力でマッチの持ち手を半分に折ったヘルマン騎士団長が、私を見上げて曖昧に笑った。


「マッチが湿ってるみたいだ。新しいのを貰ってくるから、待っていてくれ」


擦ったばかりのマッチの火薬部分は火がつかないまま削れている。

立ち上がろうと膝に手を置いた男の隣にしゃがみこんで、手の平を擦って火を起こせば、目を見開いてまじまじと見つめられた。

何度見ても、これで人が驚く顔を見るのは楽しい。


(…ズメイの癖が移ったかな)


いや、私の些細な楽しみ方は、相棒とは比べられないぐらい小さいはず。

1人で静かに反省して復活して、をしながら火のついた手を火口に近づければ、あっという間に太い薪に燃え移った。

その火が消えないことを確認して手の平を揉み込めば、煙も立てずに火がなくなる。

またしても驚かせてしまったらしく、少しのけぞったヘルマン騎士団長は『便利だな』と笑って今度こそ立ち上がった。


「日が暮れるまでここにいるんだろう?何か飲み物を持ってこさせよう」

「ありがとう」

「気にするな。…あー、とだな」

「?」


何かを言い淀むように目を閉じ、額の傷を歪ませている男の仕草がどこかジークハイン様と似ている。ミグにも、どことなく。

もしかして彼が剣の師匠とやらなのだろうか。

だとしたらとても厳しい修行をしたんだろう。

さっきの鍛錬場での一喝は、巻き込まれた側である私も姿勢を正してしまうほど威厳に満ちていた。

そんな男が『回りくどい言い方は知らん』となぜか開き直り、直角に腰を曲げて頭を下げる。


「君はジークハイン様と、うちの部下たちを助けてくれた。どんな感謝の言葉でもこの気持ちは言い表せられない。『ありがとう』を言うのは、私の方だ」

「、…えっと、私も目的があったから、その、えー…、助かって良かった、です」


こう真正面から率直に告げられると気恥ずかしい。

やりたくてやったことなのだと伝われば良いと思いながら言ったのは正しく伝わったようで、謙虚だな、と苦笑したヘルマン騎士団長は身を起こして『その上で聞きたい』と視線を鋭く尖らせた。


「シシー・ルー。君は、罪を犯したのか?」


その問いに、すぐ答えることができなかったのはなぜだろう。

罪なんて犯していない、と胸を張って言えるのに声が出てこない。

喉でつっかえるより先に、腹の辺りが重く冷えて言葉にならないのだ。

ここから逃げ出したい気持ちになってそっと片足を後ろにずらしてしまう。


(ダメだ、こんなことをしたら否定できなくなる)


頭で分かっているのに体が言うことを聞かない。

きっと青ざめているであろう私を真っ直ぐ射貫いてくる男の目が『いつか』と被る。

いつに?ずっと昔に。


(昔って、いつ?)


誰かに髪を掴まれた気がした。長い髪を掴まれ、結び目から乱暴に切られる感覚も。

反射的に自分の黒髪に手を伸ばして触れれば、切られていない。

手入れされていない、少し乾いた黒があることに安堵する。

ヘルマン騎士団長から見れば怪しいことこの上ない行動をしていることに気づき、何か言わねばと口を開くも、何を言えばいいか分からない。


「…さっき、君の両肩に刺青があるのを見た。他にも見た者がいて、君のことを怪しんでいる。一つ二つならば目の錯覚かと思うが、君のそれは違う。明らかに『多い』」


ああ、なんだ。刺青のせいか。

ようやく腑に落ちて詰めていた息を吐き出し、ボタンを外して上着を脱ぐ。

両肩のこれを見せることに躊躇いはない。だって服で隠せるから。

見られて困るのは『顔』の方だ。


近くではっきりと刺青を目にした男は、喉仏を静かに上下させ、僅かに眉を潜める。

きっとここでも見苦しいものなんだろう。

東方でだって女が刻んで良い大きさではない以前に、平和に生きる人が体に纏って良い物ではない。

多くの人にとって刺青は、罪の証なのだから。


左肩に刻まれている肌の凹凸を少し撫でて、これは私の神を信仰している証だ、と説明する。

ジークハイン様に説明したように、神に仕える証として体に刻むのだと。

宗教か。独り言のような問いに頷き、実は体のどこにでも刻んで良いことを告げると、目の色を変えて『何でそんな目立つ場所に!』と男の声が荒ぶる。


「左肩を触ってみて欲しい」

「……良いのか?」

「気にしない。この辺りだ」


ちょうど角になっている辺りを指で丸く示し、躊躇う手の平がもう一つの『理由』を理解するのを待った。

最初は指先だけで模様をなぞっていたのを、何かの違和感に気づいたのかしっかり手の平全体で包んだヘルマン騎士団長は、理由に気づいてくれたようだ。


「この傷を隠すために、刺青を?」


さっきまで敵意に近い眼差しを向けていたのに、その勢いが萎んでいく。

打って変わって、男の声は震えている。

刺青に隠れた傷跡を探す青い瞳がどんどん翳っていった。

ちがう、そういう暗い気持ちにさせたかったわけじゃない。


体中にある傷はどれも深い。

魔法でも薬でも元通りにならないほど。

化粧でも隠せないほど。

けれど健康なのだ。どこも損なっていないし、もう痛まない。

だから私は『大丈夫』なのだ。

傷があるせいで『竜の民』『シシー・ルー』として見られない事の方がよっぽど悲しいと思えるぐらい、私は『大丈夫』


(傷があるせいで『可哀想』になりたくない)


「かっこいいだろう?」


ヘルマン騎士団長の問いの代わりに明るい声でそう言えば、窓の外で『その通りだ!』とズメイが吠える。


(ほら『大丈夫』)


傷があったって生きていける。刺青があったって犯罪者じゃない。

そう見られても、理解してくれる存在がいれば私は『大丈夫』

マスクが顔を隠していても、本心から笑っているのが男に分かったようで、なぜか手の平で口を覆って俯かれた。


「、ヘルマン騎士団長?」


俯いても私からは見上げていることになるのだが、手で隠されていては表情が読み取れない。

体を斜めにして顔を覗き込めば、ず、と鼻をすする音がした。


「っ、なんでもない。…すまん。立ち入ったことを聞いた」

「気にしてない。刺青は罪を犯した人が持ってるのは知ってる。でも、この刺青は違う。こっちの方が洒落てる」

「…………ああ、そうだな。まったく、その通りだ」


顔を上げた男は、どういうわけか青い瞳を潤ませて快活に笑う。

どことなく悲しい、いや、痛い?風だけれど、もう敵意はなくなったようだった。

『調査』をしてくれる人たちの代表、それヘルマン騎士団長。

そんな男の信頼を取り戻したようで何よりである。


「俺に話して良かったのか?」

「話さなきゃならないと思った」

「、そうか。…ジークハイン様の分も、部下の分も、さっきの分も、ちゃんと恩は返すからな」

「?よろしく頼む」


何をそんな神妙な顔をしているのか。

たしかに危険な場所かもしれないが、調べるだけに命をかけないで欲しいのだが。

そう言える空気ではないのは人付き合いが少ない私にも分かったので、一言で済ませ、図書室を大股で出て行くヘルマン騎士団長を見送った。


「…なんだったんだ?」

「随分、情にもろい奴らが多いな、ここは」

「ズメイ、分かるのか?」

「いい、いい。シシーは知らないでいい」


上着を着直しながら首を傾げていると、ズメイが呆れた声を出して欠伸を一つ。

相棒は昼寝の時間らしい。


さて、時間は限られているのだ。

こんなに大量の本を目の前にできる時間なんて滅多に無い。

さっそく医学書を探して、できるだけ多くの知識を頭に叩き込まないと。


『俺に話して良かったのか?』


本を選んでいると、なぜかヘルマン騎士団長の最後の質問が思い出された。

背表紙をなぞる手を止め、少し考える。

話さなきゃならなかった。事実だ。協力してもらう人たちに疑われたままだと成果が得られないかもしれない。

ただ『ヘルマン騎士団長』なら良いと思ったのも事実だ。


「…あの二人と似てるから」


ジークハイン様と、ミグ。

あの二人に似ている男なら、傷があることを知られても良いと思ったのだ。

すとん、と納得できる理由にたどり着いて満足し、気を取り直して背表紙をなぞる。

すでに腕に抱えただけで10冊ある。


さて、どれだけ読めるだろうか。




沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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