魔獣の体
薄緑の長髪と、森の色を落とし込んだ様な色の瞳、長く尖った耳は長命種『森の守人』の証。
けれど、ロルフという男は尖った耳を持っていないことから、先祖の人間がエルフと結ばれたことを示している。
通常の人間より多い魔力量と、魔力の扱いに長けた才能、そして並外れた頭の回転の速さから、将来有望な魔法使いになるであろうと噂されていたし、実際そうなった。
「『まさに貴族のお坊ちゃん』な奴とペアとか運が悪すぎる」
それがロルフが私に投げた最初の言葉だ。
王都にあるアカデミーはいわゆる貴族の子息子女が通う、4年間という期間限定の社交場である。
専門的な学問や経営学を学ぶことより、領地同士の取引から家で運営している事業の取引に至るまで様々な人脈を作る事と教養の育成を目的として、ある時代の騎士王が開設した。
シドニア騎士王国に属する貴族家は、このアカデミーの卒業を義務として課されている。
とはいえ、より給金の高い職に就くための知識を得る場であることに違いなく、学費を払えるほど裕福だったり、飛び抜けて優秀だったりであれば姓を持たない平民も存在する。
エルフを先祖に持つロルフも『飛び抜けて優秀』であるからこそアカデミーに在学していた。
薬師の家の生まれである彼は、製薬の研究よりも生まれ持った魔力を扱うことに興味を募らせ、半ば家出の形で王都に出てきたのだとか。
初めて相対する前はどこの家の生まれだろうと思っていたのだが、柔和な見た目とは裏腹に口の先を尖らせ、およそ貴い生まれでは口走らないような乱暴な言葉に違和感しかなかった。
かつてあった戦乱の世。
父より祖父より前の、シドニア騎士王国そのものができる前、故郷を失って森を彷徨っていた際にエルフと交流を深め、共に生きると決めた『人間』
当時のエルフたちも戦いに巻き込まれて家を失っていたことも相まって共に暮らすようになるのは自然なことだったそうだ。
ロルフの故郷は現在もエルフと人間、エルフと人間のハーフが住んでいる村である。
当時、傷ついていた人々に薬を配って回り、多くの命を救った。
そんな薬師が始まりであると聞いて、なぜ爵位が無いのかと不思議だったが『エルフと共に生きるからには森と共に暮らす』と決意したため、ロルフの先祖は『爵位は不要』と考えたらしい。
戦乱の波に隠れてエルフ自体を隷属させたがる人間が多かった、というのも理由の一つらしいけれど。
そこで爵位ではなく安全地帯を選んだのだから相当の覚悟だったろうと、ロルフからの話を聞きながら頷いた。
話は戻って。
ロルフという男は生まれ持った才能に驕ることは無かったけれど、周りに求める質も高い。
一度読んだ本の内容は忘れず、教師の一を聞いて十を理解する才能の塊は常に何某かの考察をし続け、さらに理解を深めようと周りと話して…気づけば周りが追いつけなくなっていた。
幼い頃から家庭教師をつけられている貴族も、努力と才能を開花させて入学した平民も、いっそのことアカデミーの同級生からも一歩引かれていたと言っても過言ではない。
そこで人間関係の築き方を学べばよかろうものを、知識に対して貪欲な彼はそれを不要なものとしてすっぱり切り捨てたらしい。
当時、入学して2年目、互いに齢16の頃。
ロルフも私も、母上曰く、様々な葛藤と羞恥を経験し、意味もなく悶々と過ごす『思春期』だった。
そんな時にたまたま討論の授業でペアになったものだから最初の言葉が無礼だったのも仕方がないし、ロルフの言葉が癪に障った私と理論と感情論を混ぜた討論になったのも仕方がない。
たとえ、本来なら共に議題について調査し、共に違うペアと討論しなければならないところを1対1で言い争ったとしても、仕方がないことだった。
その授業の後、教師からは反省文を書くよう指示されたけれど。
ロルフとは、口喧嘩のような会話から始まってミグも交えて一緒にランチをするようになった。
そこからの付き合いである。
親の顔より見た顔、とまではいかないが、互いにどんな性格か把握できるぐらいには長い付き合い。
自身が人より優秀であると理解しているからこそ『そんなことも知らないのか』という態度がにじみ出る。
自身が考えていることがどんな本にも論文にもないから新しい知識を得られない。
経歴と性格を知っているからこそ言える。
口調こそ乱暴だが、理論で物事を考えることを止めない男だと。
そう思っているからこそ、ロルフがシシーに言い放った言葉も、突然攻撃した理由も理解できなかった。
鍛錬場から場所を移した一室で、落ち着いて座っていられないとばかりに窓辺に立っている男は、緩めに三つ編みされた髪の先を跳ねさせながら腕を組んでいる。
そんなロルフをミグと共に囲い、なぜ、どうして、と問い詰めた。
「なんだってシシーのことを『魔獣』って言ったんだ」
「ミグも分からないのか!?見たら分かるはず、そうだ、騎士団長はどうだ!分かっただろ!?」
リリアーナを見送って部屋に入ってきたヘルマンが、何を聞かれたのか察して素早く首を振る。
さっき父上と話していた時にはなかったシシーへの疑いが少しずつにじみ出ている気がして焦った。
「分からないから聞いている。そもそも風の魔法を使ってまで引き離さなくても良いだろう。彼女に敵意がないことぐらい分かったはずだ」
「友だちの目の前にドラゴンとよく分からない魔獣がいるんだぞ!?危ないって思って当然だろうが!」
在学中にも聞かなかった『友だち』宣言に、一緒にロルフを詰めていたミグがまんざらでもなさそうな顔をして閉口する。
私だってなんだかむず痒くて下唇を突き出してしまった。
ブフッ、とヘルマンが口元を抑えて笑いを堪えたのが視界の端に入ったので、睨み付けたい気持ちを抑えて『もっと詳しく』とロルフに詰め寄る。
誰も分からない、と理解した男は、森の色の目を瞬かせて大きくため息を吐いた。
正気かよ、とはため息に混じって聞こえてきた呆れの言葉である。
「あの魔獣、見た目は人間だが中身はまるっと違うんだぞ?本気で分からないのか?」
「「中身?」」
「ああ。まあ、中身っていうより魔力の巡り方だな。あの巡り方は人間じゃない」
魔獣と同じだ
確信しているロルフの発言に『ちゃんと話を聞く必要がありそうだ』とミグと顔を見合わせた。
■
気づけばすっかり日が昇りきり、太陽が真上を通り過ぎている。
ズメイと一緒に先ほどの緑髪の魔法使いに対して文句を言いながら、雪の上を散歩中の馬たちを眺めた。
もちろん人に聞かれたら問題かもしれないので、ズメイと私にしか分からない念話で文句は言っている。
雪を掬っては手の中で固め、憂さ晴らしも兼ねて厩舎の壁に放って壊していると、ざ、ざ、と重い足音が聞こえてきた。
鼻をひくつかせて匂いを辿るにジークハイン様とミグである。
さっき男の人たちを叱り飛ばしていたヘルマン騎士団長もいて、ついで分かったのはあのいけ好かない魔法使いの匂いもあるということ。
少し一緒にいて匂いが移ったような薄い匂いではない。
確実に、ジークハイン様たちと一緒にこちらに向かっている。
腰に納めた槍を最大限に伸ばし、ズメイの傍に寄り添っていつでも逃げられるようにした。
雪の積もる大地の向こう、中庭のある方から4人分の影がこちらへ近づいてくる。
ミグが緑髪の魔法使いへ『絶対に手を出すなよ』と念押ししているのが聞こえてくるが、ちゃんと果たされるかどうか。
はっきりと顔が見える距離まで近づくと、ミグ以外の3人が足を止めた。
日に照らされて柔らかい色を放つ茶髪の男が躊躇いなくこっちに来るけれど、その表情はなぜか緊張して口を一文字に引き結んでいる。
ミグの手にはそこに納まるぐらい小さい糸車が握られており、たまに手の中を見つめては不安げな目でじっと私を見ていた。
戸惑っている風に見えるミグに槍を向ける気にならず、5歩分ぐらい離れた位置で止まった男に腰を僅かに落としながら近寄る。
「えっと…シシー、昨日ぶり、だね?」
「、ああ」
「どう、よく眠れたかい」
「…まあまあだ」
「そっか、だよな。厩舎だもんな。あー……これ、気になるよな。ちょっと触ってみてくれるか?」
「……これは?」
「糸車だよ」
差し伸べられた糸車の先端、針の部分がやけに輝いているなと思ったら水晶じゃないか。
糸車に糸が巻き付いていないのも気になるし、ミグ本人が使うように見えなければ、今この時に私へ差し出すのも気になる。
私の肩越しに頭を突き出してきたズメイが、糸車の匂いを嗅いだ。
彼の呼吸に合わせて黒い鼻穴が蠢き、嫌な匂いがしないことを確認したズメイが鷹揚に頷いた。
怪しい。
そう思いながらミグの後ろへ視線を投げ、ジークハイン様たちを見やる。
内緒話をするように集まっている男たちが私が見ているのに気づいて、ぱっと離れた。
特に何かを話していた風でもないのに、ますます怪しい。
「ジークハイン様たちは何で離れてる?」
「ちょっと事情ができて…これ、触ってくれたら来るから」
「……ただの糸車?」
「も、もちろん」
じっとミグを見据えればそうっと茶色い瞳が横に流れた。
とてもとても気まずそうである。
それに、このまま黙っていても何も進まなさそうでもある。
ズメイが『よし』としたならば私にも問題ないだろうと、左手を槍から離して指先を水晶に触れさせた。
ごくり。ミグが大きく唾を飲み込む音だけが聞こえたが、何も起きない。
もっとしっかり掴まなきゃならないのかと思って指先だけ触れていたのを親指と人差し指だけで摘まんでみる。
何も起きない。
訳が分からなくて首を傾げると、詰まっていた息を吐き出したミグが大きく息を吸い込み、振り返ってジークハイン様たちを呼ぶ。
大丈夫、問題ない。そう叫ぶミグにさらに疑問を深めていると『馬鹿な!』と大股で走り寄ってきた魔法使いの男。
女の人のような長い薄緑の髪がふんわり漂って幻想的なのに、本人の表情は険しい。
(来ないって言ったのに…!)
今度こそ腰を落として槍を構えると、斜め後ろにいるズメイが後ろ足で立ち上がって大きく翼を広げた。
ずざ、と前へ進もうという足を無理やり止めた魔法使いの男が後ろに仰け反り、雪の上に尻餅をつく。
追いついたジークハイン様が間に立ち、そのすぐ傍をヘルマン騎士団長が柄に手を添えたまま固めた。
「シシー、説明させてくれ」
「来ないって言った」
「ああ、そうだな。すまない。だがさっきと事情が変わったんだ」
「……」
「分かった、槍はそのままでいい、簡単に説明すると…ああ、この男はロルフという。私の友人だ」
構えを解かないまま槍先を上へ向けて『攻撃』の意志を示すと、戦う意志はないとの意思表示のためか両手を肩の高さまで上げた。
目に見えて分かる『降参』の手に片眉を跳ねさせ、槍の先端を緑髪の男に向ける。
初めて攻撃された時からさっき走り寄ってきた時までずっと向けられていた恨めしげな目が、なぜか輝いていた。
深い森が朝露に光を受けてキラキラとしている、そんな緑の瞳が私の頭から足の先を一心不乱に見つめている。
「それで、ロルフは魔法使いなんだが…その、君のことを『魔獣』と言っていて」
「私は魔獣じゃない」
「分かっている。さっきの糸車はロルフに証明するために触ってもらった。あれは魔道具で、死んだ魔獣から魔力を吸い出す時に使う」
「それで」
「魔獣から魔力を吸い出すと糸車に糸が巻かれる。もちろん人間が触れば何も起きない」
「………、」
それならそうと言ってくれれば良いのに。
その気持ちを込めてジークハイン様を見つめれば、瞼を落として銀髪のつむじが見えた。
並び立つヘルマン騎士団長がそんな彼を見て『ぎょっ』と目を見開く。
「重ね重ね、すまない。シシーのことを誤解したままでいられるとロルフは何をしでかすか分からなかったんだ」
足下を冬の風がくすぐり、細く雪の欠片を巻き上げて吹いた。
男たちの外套の裾がたなびき、小さく雪玉をくっつけて真っ直ぐ垂れる。
互いに無言の時間が通り過ぎて、ズメイが『早く終わらせよう』と唸ったので槍を下げた。
「、私は人間だ」
「ああ。ロルフも、分かったな?」
「もちろん!いや、攻撃してすまなかった、魔獣と同じ魔力の流れだったからてっきり人型かと!」
尻餅をついていた体を起こした緑髪の男が一気に私と距離を詰めたので再び身構えると、おっと、と言いながら一歩下がり、丁寧に頭を下げる。
腕を両側に下げ、両手の手の平を見せてくる姿からこれも『敵意はない』と示しているものらしい。
それでも魔法使いだ。ズメイが嫌っている存在でもあるし、一歩下がって距離を取る。
次の瞬間、ぱっと顔を上げて見せた表情がとても明るいことに面食らった。
「俺はロルフだ。300年ぶりに現れた竜の民と聞いた。いくつか詳しく聞かせて欲しい」
君の体に興味があるんだ!
無言が続く時間が再び訪れる。
言葉の意味そのままに受け取ればとんでもなく失礼な気がするのだが、失礼なままの意味で取っていいのだろうか。そうならば今度こそズメイと逃げるが。
槍だって振るうし火だって吹くが。
下から上へ背筋を撫で上げていった何かに鳥肌が立つ。
『なんだこいつ?』
『私が知るもんか。どういう意味?』
『俺だって知らない』
頭の中に響いたズメイの声に答えつつ、そうっと腕を伸ばして手綱を握れば、いち早く我に返ったミグがロルフとかいう男の頭を力一杯殴った。
「こんの馬鹿!シシー違うからな!?興味ってそういう意味じゃないから!俺らの誰も君をどうこうしようとか考えてないから!」
「何言ってるミグ!彼女をちゃんと調べれば今までの魔法の概念が覆るんだぞ!?」
「だから誤解を生む言い方をするんじゃない!」
もう一度ミグに殴られたロルフは、次に我に返ったヘルマン騎士団長に羽交い締めにされ、あっという間に離れていく。
このままでは埒があかないと思っていたので、離れてくれて何よりだと思った。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。
不定期更新で申し訳ないですが、
必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。




