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竜の民  作者: とんぼ
二章

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計画の話



シシーが部屋を出て行った後、場所を父上の書斎に移して計画に必要なメンバーを呼び寄せた。

ノルトマルク騎士団長のヘルマン、家令なれどビザンチンの侵攻を知っている者としてエミールが集まり、印がつけられている地図を睨み付けている。


「『草』の定期報告にはこんな報告はない。『竜の民』の話を信じる信じない以前に、事実だとすれば大問題だ。一度全員呼び戻そう」


紺色の騎士服を着ている金髪の男、父の幼馴染というヘルマンが眉の上に刻まれた一本傷を深くしながらそう言ったのを父が止めた。

『草』

いわゆる、シドニアに所属する諜報員が少ないながらも周辺国にいて、定期的に周辺国の世情や不穏な話がないかの報告があるのだが、私が生まれる少し前から平和な時代が続いているため、新たな施策や法律が施行される時ぐらいにしか動かないよう命令が下っている。

深く潜り込むにはそれなりの準備と人材が必須なので、今、他国にいる『草』のほとんどが市井に紛れ込んでいる状態だ。


しかも国境付近の村や町ではなく、情報がいち早く集まる王都周辺に住んでいる。

市井に紛れている状態で国家機密を知る機会など中々ないだろう。

そんな状態なのだから報告の中にないのは当たり前で、むしろ『王都で妙な噂や動きがない』のが問題だ。

これではビザンチンが絡んでいるのか、違う何かが絡んでいるのか分からない。


「呼び戻すとしても、集落を調べてからだ。調べる前に呼び戻せば、寝返っていた場合にあちら側に気取られる可能性がある」

「…それもそうか」

「相変わらずだな、ヘルマン。嫁が来て熱血も少しは落ち着いたと思ったが」

「まさか!毎日、妻と嫁が喧嘩して、その度に叱り飛ばしてる」


疲れた、家に帰りたくない、と頭を抱えている父の幼馴染だが、実際は家族を大事にしている男だ。

彼の妻も嫁も人柄は良いのだが、好みというか、ウマが合わないようで。

お互い本音で話しているからこその頻度なのだが、穏やかに茶を飲んでいると一つの菓子が『美味しい』『甘すぎる』ぐらいの違いで声が大きくなるそう。

そんな些細なことで喧嘩をしていればそりゃあ家の中も気まづくなる。

近々、息子夫婦と別居するそうだ。


団長の話はさておき、と雑談になりかけた空気を正して、国境を越える手はずと調査期間を話し合う。

事が事だ。急がなければならないので、雪解けを待たずに実行することになった。

ビザンチンを知っている者と、情報収集に長けている者を選んで少数精鋭とし、問題は『何を調べるか』という話に移る。


「シシー曰く、ドラゴンを捕まえて何かを企んでいる、と。その『何か』が問題な訳だが、ビザンチンが企んでいると仮定して…エミール、何か心当たりはあるか」

「ふむ…ただドラゴンを殺して回っている、という話なら単なる復讐では、と思うのですがね」

「「「復讐?」」」

「ほら、120年ほど前にカザンビークを攻め入った際にあちらがドラゴンに大打撃を受けたでしょう」

「…ああ、あれか」


ぱらりぱらりと頭の中で歴史書がめくられていき、学んだ内容を思い出した。

ビザンチン王国がカザンビークの国土ではなく資源を求めて始まった侵略。

魔法士、騎士、兵士、奴隷、あらゆる人員が投入されて地下に入る門の前まで進んだ時、地下から出てきた巨大なドラゴンの息吹で一掃され敗北。

最初はビザンチン側が有利だったのを、たった一頭のドラゴンは状況をひっくり返したという。

逃げる時間もなく焼かれたビザンチンの大軍の中には名家の嫡子や、武に優れた騎士と指揮官、優秀な魔法使いなどが存在していたため、一気にビザンチンの国力が低下した。

ゆえに、あの国はドラゴンを恨んでいる。

国が衰えたのは『ドラゴン』がいるからだ、と。


そんなはずはない。

他の土地から奪うのではなく今ある実りを糧にさらなる実りを促し、もっと国民全体のことを考えれば、戦争だけが手段ではないと考えれば良いだけの話だ。


「そんな国がドラゴンを捕えようなど考えるでしょうか?」

「ジークハイン様、実際にドラゴンを見たんだろ?どうだった」

「どう……、酷い傷があった」


そう、酷い傷だった。

目が抉られていた。鱗が剥がされていた。爪は削られ、翼だって切り落とされて。

束縛の魔法をかけられていたにしたって、よく生きられたと思うほどの酷い傷だった。

あの青い火があった部屋にいた全てのドラゴンは血が止まっていたけれど、ズメイと比べれば酷く痩せていたのが瞼の裏に過ぎる。


見たこと、聞いたことをそのまま話せば父上たちの表情が尖った。

想定していたより惨い内容だったからだろう。


「そんな傷をシシーが治療したのか?お前たちの体も?」

「そうです。ドラゴンの方は全てが完治したというわけではなさそうですが…あの巨体だ。相応の時間が必要かと」

「まさしく『治癒師』ですな。私の脛も治して頂きましたし」

「……エミールさん、今なんて言った?」


ほほ、と笑ったエミールに問いかけたのはヘルマンだ。

いつ怪我をしたのか、と言いたげな丸い青の瞳に、自分の足を指差すことで返事をしたエミールは『昨夜ぶつけまして』と一言。

昨日の夜に打った時のか、待て、それは聞いていない。


ズボンの裾をめくって見れば、打ち身の痣や痕が一つもない。

あんなに勢いよく音を立てたからきっと青あざになっているはずで、てっきり塗り薬が効いて痛みが治まっているのだろうと思っていたのに。


「長年生きて参りましたが、あんなに心地よく、速い治癒魔法は初めてです。彼女の青い火は特別なのでしょう」

「確かに効き目は抜群だが…。エミール、青い火を使った後、シシーは疲れていなかったか?」

「特にお疲れの様子はなかったかと」

「それならばいい。アッシャー郷とモンロー郷を治した時は、半日は眠ったままだったから…そうか、軽傷だと疲れないのか」

「ちょっと待ったジークハイン様」

「彼女が魔法を使うとは聞いてないぞジーク」


話していなかっただろうか、と昨夜からの時間を振り返る。

たしかに、話していなかった。

シシーが手当てをした、とは話した。だが魔法で治療をした、とは話していない。

話す必要があることを話していなかったことに焦っていると隣に座っている父からの鉄拳が頭の先に落ちてくる。


「昨日の今日で忙しなかったのもあるが、さすがにそれは聞きたかったぞ!道理でおかしいと思ったはずだ!魔法使いなら納得だ!あんなに若い娘がどんな特効薬を使って大怪我を治したのか不思議だったのだ!」

「いっ…!」

「この話が終わったらちゃんと、最初から最後まで話してもらうからな、ジーク」

「はい…承知しました…」


怪我が完治しているとはいえ、1ヶ月も行方不明だった息子の頭を力任せに殴れるなと思いつつ、こればかりは私が悪いので受け入れた。


話を戻して、『何を調べるか』だが。

現状、シシーが砦の方からドラゴンの声を聞いていないので『なぜ集落を作っているのか』を調べることになった。

もちろん集落にドラゴンがいるかもしれないので、牢らしき場所は探すし黒い硬貨を持っている者も探すが、目下の理由はそれだ。

国境付近に村はないので、必然的に野営しなければならない。


「この寒さだ。長い期間の調査はできない。となると、最大で1週間が限度だな」

「国境まで馬で3日、森に入れば徒歩が良いでしょう。国境越えに1週間といったところでしょうか」

「そうなるな。この天気だと来週からは吹雪くだろう。吹雪が明けるのを待って動こう」


つまり、来週から移動時間含めて約1ヶ月間の調査だ。

時間はかかってしまうが、これでシシーへの恩を返せる。

そう意気込んで誰を連れて行こうかと考えていると、ヘルマンから『ジークハイン様は行けないぞ』と釘を刺された。


「!?」

「驚くってことは考えてたんだな…ダメだ。辺境伯の嫡子が『隣国の調査』に直接出向くなんて前代未聞だ」

「だがシシーに恩返しを」

「俺たちに話をつけた。実際に俺たちも動く。それで十分なはずだ」

「…」

「ジーク、自分で恩を返したい気持ちは分かるが、お前には思い込みがある」

「思い込み?」

「『砦にドラゴンがいる』という思い込みだ」

「!」


『思い込み』は指揮官として致命的なのだと、父が言っていた。

敵がいると思い込んで窮地に陥ったことがあると何度も彼は語って、その時を悔いるように唇を噛みしめる。


祖父が死んだのは、敵と戦闘したからだという。

父は祖父と違う場所で少ない数の盗賊を、盗賊と見せかけた小部隊を相手にして。

全て倒したから帰城しよう、という部下の言葉よりも、もっと多くの敵がいるはず、という直感を信じ、いない敵を深追いした。


そんな時に祖父が死亡した報せを受けたのだ。


結果だけ見れば、父は違う場所にいて良かったのかもしれない。

祖父と共に亡くなっていたかもしれないのだから。

けれどもし早く戻っていれば、祖父は死なずに済んだのかもしれないと。


「今回は事情が事情だ。いるかもしれない。が、いないかもしれない。そもそもビザンチンが黒幕かどうかも分からない。だから客観的に見る目が必要だ。『なぜ集落ができたのか』その理由を正しく探せる目がいる」

「……分かりました」


静かに頷いた私の肩を父が軽く叩き、シシーにはお前から伝えろ、と言った。

その言葉を最後に、ヘルマンは騎士たちに連絡を、エミールは調査のための物資を用意しに書斎を出て行く。


(まだまだ、未熟だ)


『調査』に後継者(わたし)は行ってはいけない。

だとするならば、そもそも一ヶ月前のあの調査に私が行くべきではなかった。

ミグに任せ、ミグからの報せを聞いて、対処すればよかった。


そうしていれば私は『竜の民(シシー)』をどう思ったろう。

西方では見かけない黒髪と黒目、黒いドラゴンに乗った女性、特別な治癒魔法を使う戦闘民族。

ふ、と自嘲の笑いが漏れた。

やはり間諜だと疑ってかかったろう。


「…さっきはああ言ったが」

「?」


すっかり冷め切った紅茶に口をつけた父が、声を和らげて私を見ないまま告げる。


「今回はシシーからの信用があったからこその情報だ。でかした」

「!…ありがとうございます」


幼い頃、よく頭を撫でた手を思い出した。

剣だことペンだこが出来て、関節が節くれ立った大きな手だ。

体が成長しきった今、撫でられることはなくなったが、もしまだ私が子どもだったならばきっと撫でられていただろう。

テベッサに怒られるぐらい、髪がぐしゃぐしゃになる撫で方で。


「さて、シシーについてのことを聞かせてもらおう」

「はい。…そうだ、もしかしたら彼女は貴族だったかもしれません」

「言った傍から!ほんっとうにお前は話をしないな!」


順序立てて話せ、と肩を落とした父に申し訳ないな、と思いつつも、やっぱりシシーについて知っている全てを話すには時間が足りなかったと思うのだ。

なんせ、朝食ではリリーの縁談で話が埋め尽くされたのだから。



「何やってんだ、あいつら」


ノルトマルク騎士団の団長、ヘルマン・ノートンこと俺は、平民上がりの騎士だ。

生まれは南方の鍛冶師の家。

ノルトマルク家から父に声がかかり、ここノルトマルクに移住した。

元々喧嘩っぱやいところがあって、家族から鍛冶師には向いていないな、と言われていたので騎士を目指すのは自然なことだったんだろう。


騎士を目指す、と聞いた前当主様が俺に声をかけてくれて、同い年のスヴェンと共に訓練するようになった。

共に努力し、共に苦難の時間を過ごした結果、今、騎士団の団長を任せられている訳だが、今目の前の光景はそれなりに長い経験でも見たことがない。


まず、樽が壊れている。一つだけだが、それはもう木っ端みじんに。

樽の板を止めるための輪になった金属片が、散らばっている木片が樽だったのだと告げていた。

鍛錬場の端にまとまっているので後で燃やされるのだろう。


次に円形の鍛錬場、その中心だ。

『品行方正を心がけ、規律正しく』が理想とされる騎士たちが野太い声で野次を飛ばして輪になっている。

その輪の中で何かが起きているのは間違いないが、人混みで何が起きているかは分からない。

分からないが、一定の間隔で落胆する声が響いているので賭け事か喧嘩だろう。

喧嘩はしょうがない。騎士とはいえ、口より手が先に出る男が集まれば殴り合いも起きるだろう。

それがプライベートな時間ならいざ知らず、鍛錬中にするとは何事か。

若い頃の自分に言えた義理ではないが、今の自分(団長)は言わなければならない。


「おい!お前ら何やってる!鍛錬はどうした!」

「あ!団長!」

「団長も見てくださいよ!やっぱり竜の民は強いです!」

「はあ?」


やんややんやと盛り上がっている輪をかき分け、ようやく見えた中心にはジークハイン様とミグから聞いていた黒髪の若い娘と、それを取り囲むように身構える若い従者3人。

まさかノルトマルク家の恩人を複数人で囲んで喧嘩をしているとは思いもよらず、瞬時に頭に血が上る。

何やってやがる!と叫びかけた声は口を開いただけで喉の途中で止まり、次の光景を見て腹の奥底に戻って行った。


3人同時に飛びかかった。

体を掴もうとした手を低く腰を落として避けた娘が、一番近い距離にいる従者の腹部を蹴り飛ばす。

そうして、蹴られた従者が輪を作っている人混みの中に突っ込んで行った。


くの字に折れ曲がった体のまま、宙に浮いて。


紐で後ろに引っ張られたとか、魔法で吹き飛ばされたのかと思うぐらいの勢いだった。

地面を滑る、とかならまあ、分かる。

蹴られた方の体が軽ければ、威力が強いほど地面を滑っていくだろう。

だが、騎士になる前の従者(見習い)とはいえ訓練の内容は騎士と同じだ。

そう簡単に地面に滑るような体格でもなければ、宙に浮くはずもない。


何が起きたのか分析して理解する前に、体を起こしてもう二人の腕を片方ずつ掴んだ娘が、片足を軸に体を横に回し、その回転に合わせて腕を振るついでに男二人も引っ張って…


そのままさっきと同じく人混みに放り投げてしまった


「3人吹っ飛んだ!」

「すげー怪力!」

「どこにそんな力があるんだ!?リリアーナ様と同じぐらいの背なのに!」

「次どいつだー?」


どうやら喧嘩ではなく人間放り投げ大会をやっていたらしい。

だって今も目の前で大の男が放り投げられていく。

受け止める方も楽しそうに笑っているし、放り投げられた方も笑っている。

たまに蹴られて痛がっているけれど。

それは良いことだ。喧嘩じゃないならとてもとても良いことだ。


だが、一体全体なぜこうなっているのか。

若い娘が、大勢の男たちに群がられて襲われている光景が信じられない。

そして一番信じられないのは、誰も若い娘の表情が『うんざり』というように遠い場所を見ていることに気づかないことである。


「~~~っ、お前らァ!!恩人に何してんだァ!」


鍛錬場に広がった一喝が空気を揺らし、一気に場の熱が下がっていく。

やりすぎた、と誰かが呟いて顔を青ざめ『整列!』の声に駆け足で。


肩幅の広さに足を広げて腕を後ろに組んだ騎士であろう男たち。

訳が分からない顔をして、けれど男たちの真似をし、整列した面々の端に並ぶ若い娘。


ちがう、君はそっち(叱られる側)じゃない。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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