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竜の民  作者: とんぼ
二章

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身だしなみ



黒い硬貨の調査に協力できない、と話がついたはずの話し合いは、私がビザンチンの集落について話をしたら方向を変えて『協力する』となった。

とはいえ、ビザンチンを調べる必要ができた、というだけで、他の国や他の領地には手を出せないそうだが。


(それでも協力してくれるっていうなら、是が非でもない)


再び希望が見えてきた。

再び広げられた地図を見ながら、親子で口早に話し合っているのを聞いて早数分。

こちらに質問も飛んでこないので静かに聞いているだけなのだが、たぶん、おそらく、作戦を立てていると思う。


このノードリッチの人たちは口の中に籠もるように話すため、ひとたび早口で話されると何を言っているのか分からなくなるのだ。

言葉の節々に『砦』『壁』『攻略』『記録を』と言っているのが分かるので、私が集落だと言った場所はかつて、ビザンチンの砦だったようだ。

彼らの話を聞いて『辺境伯』の役割は国境を守ることも含まれるのだと理解した。

ならば、『国境線に近い場所に少ないとはいえ兵力が集まっている』のは十分に調査対象だろう。


どれぐらいの人数で、どんな装備で、いつから、と具体的な話をするのみになった段で、私は応接室の外に出された。


「母上の部屋は真っ直ぐ進んで突き当たりを左だ。部屋の前に護衛がいるはずだから、声をかけてくれ」

「分かった。…最後までいなくていいか?」

「ああ。耳が良いから聞こえるかもしれないが…これから具体的な兵力の話になる。聞かずにいる方がいい」


言っている意味は分かるな?と言わんばかりだけれど兵力の話の何が危険なのか。

きっと『兵力』に関係する何かなのだろうが、兵法やら戦略やらを学んだ訳でも、本を読んだ訳ないので分かるはずがない。

呆ける私に静かに唸ったジークハイン様曰く、兵力や有力な人材の情報は戦時では『貴重』なのだそうだ。

その情報を私が知っていることを誰かが知れば、どこぞに狙われる可能性があると。

『どこぞ』の裏に『ビザンチン』の意味が強いような気がしてようやく理解する。


(ああ…まだあの人には疑われてるのか)


私がビザンチン側の人間じゃないか。

その可能性を、国境線を預かる辺境伯は考えているのかもしれない。

なので私がいる場所で具体的な兵力や人材の話をしたくないのだろう。

別に怪しまれたって痛くも無い腹なので、文句もない。

ジークハイン様の言に素直に頷き、部屋を出た。


「なるべく早く結論を出す」

「分かった。私は詳しいことは分からないから、あとは任せる」

「その信頼に必ず応えよう」


片方の拳を胸においてそう言い切った彼は、真面目の一言に尽きる。

女性を前でもこの真面目さが発揮されているなら確かに親だって『女作ってこい』と言いたくもなるな、とマスクの下で薄く笑った。


指を差して示された廊下を歩きながら扉が閉まる音を聞く。

聞き耳を立てれば詳しい流れが分かるだろうけれど、朝から怒濤の流れで疲れてしまった。

今のところ、私を『敵』と見る目はないことだし、ジークハイン様たちに任せよう。


(話し合いの収穫としては、調査の協力の約束と『辺境伯』の立ち位置を知れたこと、かな)


念でズメイに『協力してくれるって!』と報告したけれど、あちらは眠っているようで返事は無かった。



ジークハイン様たちとの話し合いの後、言われた通りに夫人の部屋に行けば、中にはリリアーナ様と夫人が優雅に紅茶を飲んでくつろいでいた。

茶色の絨毯は建物の中で統一されているらしい。

ただ、夫人の部屋というだけあって無骨な無地ではなく大ぶりの花模様が描かれている。

壁紙は乳白色の落ち着く色合いで、久しぶりにシチューが食べたくなった。

さっきの朝食も美味しかったけれど途中から食べた気がしなかったのだ。

あとでズメイの食事に混ぜて貰おう。


思考を元に戻して、改めて2人を見る。

ばっちり私の視線とぶつかったリリアーナ様が目を引き絞ったので、朝食の最後には薄らいでいた敵意が時間を置いて復活したようである。

早くも退散したい気持ちになった。

そんな彼女がいるので椅子に座るのも躊躇われ、2人から少し距離を取って立ったままでいると一言二言、娘を会話をした夫人が立ち上がりこちらに近づいてくる。


私より頭一つ飛び抜けて高い身長なのに圧を感じさせない笑みを浮かべながら肩を押し、私を鏡台の前に導くと、背もたれのない椅子に誘った。

久しぶりに見る鏡と対面した私の、顔のほとんどが隠れているとはいえ意味が分からず呆けている表情が反射する。

背後に立った夫人と、座ったままこちらをじっと見つめるリリアーナ様も写り込んだが、私がいてはいけないんじゃないかと思うほど綺麗に飾られた部屋の中に溶け込んでいた。


「ずっと気になってたのよ~」

「、何がでしょう…?」

「あなたの眉よ!整えたくてうずうずしちゃって!」

「お母様は身だしなみに厳しいの。私も雑草の生えた芝生のような眉で驚いたわ」


雑草の生えた芝生のような眉。

言われて鏡の中の自分を見るも、そんなに酷いだろうかと思う。

彼女たちのように艶のある綺麗な色合いでなく、優しい丸みのない眉だけれど、顔の造形というのは生まれながら決まるものだ。

ましてや毛が生える場所など選びようがないし、『整える』だなんて無理がすぎる。

両の眉が眉間で繋がっているならさすがの私もどうにかしたいけれど、きちんと離れているしちゃんと終わりも始まりもある。


そんなにか?と自分を睨んでいると、背後に立つ夫人の手にカミソリが握られた。

光の一筋が刃に当たって小さく瞬いたのに驚いて体を横に滑らせ逃げの体勢を取ると、素早く夫人の手が肩に食い込む。

水仕事の気配がまるでない白魚のような手に筋が浮き上がり、全力が込められているのが分かった。


「ただのカミソリよ。眉毛の要らないところを剃るだけ」

「…剃る」


眉毛の要らないところってなんだろう。

偉人の日記を歴史書に交えた本では『眉毛を無くすことが美しさの証』という時代もあったという。

一度生えた眉毛を全て剃って、墨で理想の形を描くんだそうだ。


(もしかして全部剃られる!?)


咄嗟に両手で眉を隠し、無言のままの夫人を振り返って仰ぎ見れば『安心して欲しい』と言い聞かせるような『母』の顔があって。


「マスクは外さないわ。お顔は見たいけれど、信仰というなら蔑ろにできないもの」


伝えたいことはそれじゃないけれど、眉ぐらいなら良いかと思った。

竜の美醜感覚は人間と違う。

ズメイだって私の眉が無くなったぐらいでは何も変わらないだろう。

それに、どうせ人前に出ることは少ないのだ。

全部無くなったって生えるまで山に籠もれば良い。


そろそろと両手を下ろして静かに頷けば、夫人の機嫌が一気に上昇した。

『うきうき』という音が聞こえてきそうなほど声が弾んでいる。

使用人の人2人も鏡を覗き込んで、あーでもないこうでもないと相談し始めた。

もちろん私の眉の形について。

眉毛の形ぐらいで何が変わるというのかと内心首を傾げつつ、きっと言ってはいけないことなのだろうと口を噤む。


「優しい雰囲気の丸い形はいかがです?」

「それより凜々しい形が良いですわ!」

「そうね。竜の民というなら侮られちゃだめよね」


やりがいがあるわ、と腕まくりなんてしていないのにその姿が見えた気がした。

目を閉じているようにと言われるがままに瞼を下ろすと、ショリ、ショリ、と肌の上を刃が滑っていく感覚が続く。


「アイブロウもいるかと思ったけれど、揃えるだけでいけそうね」

「さすがの腕前です!」

「そのまま閉じていてくださいね。剃った毛を払いますから」


柔らかい毛の感覚が目元をくすぐって少し肩が上がった。

くすくすと楽しそうな笑い声が響いたので『実は酷い出来なのでは?』と一抹の不安が過ぎる。

もう目を開けてよいと言われたので恐る恐る片目を開けば、全剃りされた訳ではなさそうな眉が見えたので、両目でしっかり鏡を見た。


「…………きれい、?」


始まりと終わりがくっきりとしている黒い眉。

鏡に写っているのは確かに私なのに、さっき見た自分とまるで違う。

ぼんやりしていた顔の印象が浮き上がったというか、瞼の上に散らばっていた毛がなくなったことで清潔感が増したというか。


目尻の上で角の作られた毛がだんだん細くなって確かに『凜々しさ』がある。

たったこれだけのことで変わるのかど目を見開いて驚いていると、手に赤や桃色の絵の具のようなものを持った夫人が手を伸ばした。

どうやら瞼の上にその色を乗せる『化粧』をしようとしているらしい。

が、筆の先に乗った化粧品から鼻をつく独特な匂いがして顔がのけぞる。


「どうしたの?」

「すみません、匂いが、ちょっと…」

「匂い?あ、化粧品の匂いかしら」

「はい」

「そう。じゃあ今日は眉だけにしましょう」


次はお化粧させてね、と筆を下げた夫人の『今日は』の言葉が引っかかったが、無事に乗り切れたようなので胸を撫で下ろす。


夫人の部屋に呼ばれたのは私の眉を整えたいとの理由だけだったようで、この後はどうするかと聞かれた。

鏡を覗き込みながら、筆で払いきれなかった毛を指先で取りながらズメイの元に戻ることを告げる。

そんな私に挙手をしたのがリリアーナ様だ。


「私も行きますわ!ドラゴンを見せてくれると約束しましたものね!」


もっともである。

夫人も否やはなかったようで、手早く使用人の人が冬用の分厚い外套をリリアーナ様の肩にかけた。

私の方にも出されたけれど、あまり外の温度は感じないので断ると『凄いですね!』と笑顔で見送られる。


「私は書類を見なければならないから、リリーの話を楽しみにしているわ。『竜の民』がいるから安全だとは思うけれど、護衛もつけて行きなさいね」

「はい、お母様!」


護衛がつくことにそっと安堵の息を漏らした。

私がいるから大丈夫だとは思うけれど、もしズメイが悪戯をしたくなったら私では止めきれないかもしれない。

ズメイの力を分けられた私ではどうしたって力勝負では負けてしまうので。


雪が染みこまないような丈の長い靴を履いて準備万端になった彼女を伴って廊下を歩く。

折り返しの廊下で護衛の人たちらしき二名の男性がつき、雰囲気が少し物々しくなった。


「ドラゴンにお名前はありますの?」

「はい。ズメイといいます」

「ズメイ…珍しい響きね。鱗の色は?赤?青?」

「黒です」


次々と投げかけられる質問に答えながら、魚をもらえるか聞いてみる。

ズメイが食べるのだと言えば護衛の人たちまでも口を開けて驚いた。

久しぶりに見るその表情に『やっぱり驚くよな』とズメイと初めて会った時と、オドさんたちとの短い旅路を思い出す。


驚きに満ちた表情と、途中立ち寄った厨房で快く分けてもらった魚に満足し、中庭に出て、朝辿った道を戻っていった。

雪の積もる平地にぽつねんと立っている厩舎はすぐに見えてくる。

馬番の人が出入りしているのが見えたので、ズメイは眠ったままらしい。

念で呼びかけると、私の気配が近くにあることに気づいたらしく今度は返答があった。


『お客さんだ』

『あの男か?』

『あの人の妹だよ』

『匂いが似ていると思ったらそういうことか。男が花の匂いをさせているからおかしいと思った』


花の匂いはたぶん香水のことだろう。

いつものジークハイン様の姿は朝食の時のものなんだろうけれど、私たちが多く知っているのは山にいた頃の据えた匂いのする姿だ。

各自で洗濯はしていたようだけれど、1着2着を着回していれば匂いも濃くなる。

そんな彼とよく似た匂いのする人間から香水の匂いがするんだから、少し笑える。

そういえば彼もまた貴族だ。

人前に出る時は彼も香を焚きしめた服を身につけるんだろうか。

そちらも想像してちぐはぐな格好になったので、リリアーナ様から顔を背けて静かにむせた。


「ズメイ、起きてるか?」

「…起きた。魚か」

「うん。取れたてじゃないから、焼くか?」

「頼む」


厩舎の中に丸まっていたズメイが黄色い瞳を覗かせて首を伸ばす。

欠伸をするため大きく口を開いたので、硫黄の匂いがわずかに漂った。

ちょうど厩舎に入るところだった馬番が悲鳴を上げて後ずさり、ついてきたリリアーナ様が護衛の背後に回る。

護衛二人は柄に手を伸ばして腰を落とした。


一気に警戒する姿を見せた一同に、首を傾げ、あることに思い至る。

鋭い牙に真っ赤な口、長い舌に硫黄の匂いのする息。

火を吹くと思われたんだろう。

たった一回の竜の息吹で、厩舎どころか彼女たちまで焼いてしまうと、そういう風に。

魚の入った桶を持ったままリリアーナ様たちの傍により、安心するように伝えた。


「ただの欠伸です」

「「「………欠伸?」」」

「寝起きなので」

「………………………それは人間と同じ、なのね」

「はい、同じです」


自信満々に私が言い切ったのが功を奏したのか、恐る恐るといった風に柄から手を離した護衛二人は姿勢を真っ直ぐにして半歩下がる。

完全に目を覚ましたズメイはそんなリリアーナ様たちを喉で笑い、翼を折り曲げたまま立ち上がって厩舎を出ていった。


彼女たちの前を堂々と通っていく黒い竜が『早くしろ』と急かすので、火を起こして良いか聞いてみる。

竜とあまりに近い距離に声を出せずにいるリリアーナ様が大きく首を縦に振ったので、積もっている雪を地面が見えるだけ掘った。

いつの間に指示されたのか、薪を持ってきてくれた馬番に礼を良い、馬の餌である藁を火付けにして焚き火を作る。

いつものように魚を焼いていると、隣に座ったズメイが翼を片方ずつ広げて関節をほぐし始めた。


「それで、話はできたか?」

「ああ。協力してくれるって」

「そうか。なら、少し休めるな」


隈が酷い、と鼻先をすり寄せてきたズメイ。

心配させてしまっていたことに気づいて、申し訳なく、時間を作って思いっきり散歩しようと心に決めた。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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