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竜の民  作者: とんぼ
二章

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71/152

終わらない話



長机の一番端に辺境伯が、角を曲がって右隣に夫人が、机を挟んで正面にジークハイン様が座り、リリアーナ様は夫人の隣に。

さて私はどこに座れば。女性が固まっているからリリアーナ様の隣だろうか。

そう思ったけれど、いつの間にか現れたエミールさんがジークハイン様の隣の椅子を引いたので、どうやらそこが私の位置らしい。


次々と並べられていくお皿、何種類ものスプーンにフォーク、ナイフ、ガラス製のコップ…?だろうか。

細長く、背の高い持ち手が簡単に折れそうで怖い。

カザンビークで経験した食事とまるで違う。どちらかというとあちらは大皿に乗ったものを自分の皿に取り分け、最初に使った食器を最後まで使うのだ。

東方の箸で一口ずつ摘まんでいく食事とももちろん違うので、何かやらかして仕舞わないかとさっきから内心、冷や汗が止まらない。どうしよう。


長机の上には白いパンが篭に入っておかれており、隣に黄色いバターがあった。

着席してすぐに運ばれてきたお皿の上には『出来たて』を体現したかのように湯気がくゆる美味しそうな料理が乗っている。

黄色いものは卵を炒めたものだろうか。卵は久しぶりだ。

別の小皿に詰められている緑は、冬だからか野菜の種類は少ないけれど嬉しい一皿だ。

いつも食べる野菜は煮たり焼いたりが主なので。

瑞々しい生の野菜、なんて贅沢。


最初に運び込まれてきたお皿のこんがり焼かれたベーコンも美味しそうだし、柔らかそうな白いパンと合わせて食べたら最高なのでは。

こっちのスープは何のスープだろう。

野菜の匂いがするけれど、刻まれた欠片一つ見当たらない。

何はともあれ美味しそうだ。

久しぶりのご馳走を目にして首を覆っているマスクの下、小さく唾を飲み込んだ。

よし、スープからいただこう。


「さ、どうぞ。シシー」


穏やかな春の空気を醸し出す夫人は『母親』の顔をしていた。

それが少しこそばゆくて目線を下げながら小さく頷く。

マナーは気にせず、遠慮なく、とは言われているが限度はあるだろう。

自分にできる最大限の丁寧さでいただこうと決めて、スプーンを手に取る前に両手を目の前に合わせ、軽く目を伏せた。

命に感謝を、作り手に感謝を、そのための言葉を紡ぐ。


「いただきます」


さて、スプーンだが…3つ並んでいるどれを使うのか分からない。

というかこんなにたくさん、何に使うんだろう。


(うーん…内側に並んでるスプーンは小さいから…外側のを使おうか。たしか西方ではすすっちゃいけないんだよな)


外側に並んだスプーンであればしっかり掬えそうだ。

半透明の薄茶色のスープを掬い、遠い記憶の本の知識を思い出しながらマスクを上へ押し上げて口に含む。

胃に染み渡る優しい味だ。『朝に飲むならこれが一番』といった味がする。

一口、二口と飲んでいけば色んな味がするが、たぶんこれはタマネギのスープだ。

塩はもちろん胡椒も使われている。

とても贅沢なスープだなあ、得したなあ、ともう一口飲んでいると、手を動かしながらも目を瞬かせているジークハイン様が視界の端に入った。


「何だ?」


背の高いガラスのコップに注がれた水を口に含んでマスクを下げると、ジークハイン様がこちらを見たまま手に持ったパンにバターを塗っていく。

慣れているにしても器用すぎないか。

パンを口に入れる前に顔を前に戻した彼は、思案げな表情のまま静かに言う。


「ずいぶん短い祈りだと思っただけだ」

「祈り…?」

「一言だけだっただろう。てっきり『天におわします我らが神よ』とかで始まるものかと」

「何で食事の時に祈るんだ?」

「祈らないのか?」



驚きの眼差しが飛んで来たが、なぜ食事で神に祈らなければならないのか。

そもそもこの世は弱肉強食で、食べて食べられてを繰り返して回っている。

全ての生き物を作り出したのが『神』であっても、実際に糧になってくれるのは神ではない。

感謝すべきはその糧になってくれるものであるべきだ。

神頼み、という言葉はあるけれどそれは不治の病を治したいとか、日照りをどうにかしたいとかそういう時の言葉だろうに。


(そういえばこのあたりの大きな宗教は『唯一神』で、ただ1人の神に選ばれた人間が他の生き物を統べる、とかそんな宗教だったか)


だいぶ前に一度読んだきり、棚にしまったままの5冊の歴史書を思い出した。

名前がさっぱり出てこないが、たしか、唯一神が糧を用意してくれたから『ありがとう』と言うのがその宗教だったはず。

目的に合わせた神がいる東方の『多神』と違うな、と思うだけでそれ以上興味が湧かなかったのも思い出す。

東方での『唯一神』といえば皇王のような王族だが、あれは絶対に従わなければならない尊い存在であって食前に祈りを捧げる対象ではない。


「さっきのは糧になってくれる命と、作り手に『いただきます』と感謝の言葉だ」

「…………………なるほど。良い言葉だな」

「?ああ、そうだな」


話は終わりだろうか。

沈黙して食べ進めるジークハイン様に倣って、水をもう一口含んでから料理を食べ進めていく。

それにしても美味しい。スープだけでも作り方を教えて欲しいところだ。

噛んで食べなければならないものはマスクを下ろして食べ進めていると、向かいに座っているリリアーナ様から針のような視線を感じてパンを掴む手が止まってしまった。


(何、何かやらかしたか)


遠慮なくどうぞと言われたから遠慮なくいただいていたのだが。

少し居心地が悪くなり、小さくパンを千切って小さく切ったベーコンと一緒に掴んで口に放り込むと、むう、と形の良い彼女の口が尖る。


「見たところ東方からの方のようですし、食べ方に文句は言いませんが…そのマスク、外せませんの?」

「リリー、彼女は家族以外に顔を見せてはならない教えだ」

「ですが…いくら神の教えとはいえ、食事の時ぐらい顔を見せては?」


そう言われてしまうとその通りなのだが、この分だと彼女が顔の傷を見たら悲鳴を上げて気絶しそうだ。

リリアーナ様の隣に座る夫人をチラリと見れば苦笑されたので、好まれた食べ方ではない様子。

夫人はどうだろう、と考えたけれど、気絶までいかなくとも顔を青くさせて近づかなくなりそうだ。

辺境伯とジークハイン様は傷を見たことがあるだろうし、倒れはしないだろう。

けれど、まあ、受け入れられるかどうかは別の話だ。


それにここにいるのは城主一家だけではない。

使用人の人たちもいるし、兵士たちもいる。全員が全員、受け入れてくれるかと言ったら、答えは『否』一択だ。

ただでさえ好奇の視線が痛いというのに、これ以上視線を集めるのはごめんである。


ツンと唇を尖らせたままのリリアーナ様を真っ直ぐ見て、できません、と言えば『マナーがなってないわね』と言われてしまった。

無礼で申し訳ない。

平民(わたし)』が同じ机に座ることなどこれからないだろうから許して欲しい。

痛められた卵をフォークに乗せて、食べ方を変えないまま口に運ぶ。

美味しいけれど、マスクの件で部屋の空気が重くなった気がした。


(いたたまれない)


いたたまれないけれど、私から話題を振って良い状況でもない、と、思う。

厳格な貴族とのお付き合いなど初めてだけれど、沈黙を痛く感じるということは声を出してはいけない、ということだ。

せめて手早く食べて先に退室する許可が得られれば、と腹八分目まであと少しのお腹に食事を詰め込んでいく。


「さっきの話、まだだったな」

「!そうね、あなた。噂を消すためにも今話してしまいましょう」


沈黙を破ったのは意外にも辺境伯だった。

少し肩を竦めて野菜を刺しているフォークを口に運んだ彼に、視線が集中する。

それに合わせて頷いた夫人が、エミールさんに『あれを』と言って下がらせた。


「…良いのですか?その、彼女がいても」


再び私に戻ってきたリリアーナ様の視線に含んでいたパンが喉につっかえる。

咳をしないようなんとか飲み下し、急いで水を含んだ。


「構わない。この話は『幸先が良い』ぐらいの話だからな」

「「幸先が良い…?」」


ジークハイン様とリリアーナ様の頭が不思議そうに傾く。

その角度が全く同じで、似たような表情をしているものだからさすがは兄妹だ。

血の繋がった家族はやっぱり仕草も似るんだな、とニコさんとニーチェさん以来の発見にこっそり頷いた。


辺境伯曰く、リリアーナ様の嫁ぎ先を探すべく夏の始まりから王都にいたそうだ。

ジークハイン様はノードリッチ(ここ)で領主代理の任についていたと説明されて、背筋がひやりとする。


(領主、代理)


ただの城主の息子ではなかったのか。

だとしたら無事で良かったなんてもんじゃない。

運良く見つけれて本当に、本当の本当に良かった、と紫色の球根…のような野菜にフォークを刺した。

口に入れるだけでは味がないけれど、噛みしめれば生の大根のような味がして、ベーコンのうまみに満たされていた舌が奥に引っ込む。

独特の苦みが口の中に広がったけれど、ここで吐き出す訳にはいかない。

あまり咀嚼せずに飲み下し、口直しにスープを飲んだ。


「喜んで良いぞ、リリアーナ。なんと3人もの求婚者が現れた」

「3人も!?」


さっきまでの憂鬱な表情はどこへやら。

3人の求婚者と聞いて頬を赤らめるリリアーナ様はとても可愛らしく、夢ある少女のように見える。

先に話を知っていた夫人も、娘の努力の成果を前に微笑ましそうだ。

ジークハイン様が『おめでとう』と言ったので、ここで無言なのもおかしいと思い、それに倣ってお祝いの言葉を言う。

火照った頬を手で冷やしているリリアーナ様は喜びの方が勝っているようで、ありがとう、と返してくれた。ひとまず今は拒絶の色はなくなったようである。


「慣れない中、よく頑張ったな」

「詳しいことは後で教えるけれど、日程を組んで顔合わせよ。そして、お相手はあなたが決めるの」

「、わたくしが?良いのですか?」

「ああ。今回の3人から選ぶもよし、引き続き探すのもよしだ」

「わたくしが、選ぶ…」


珍しい貴族だな、と思う。

私の知る貴族は、娘の嫁ぎ先は家長が決めるもの。

そこに個人の意志が反映されるだなんて、貴族の中でも珍しいのでは?と空になったお皿の上にそうっとフォークとナイフ、少し迷ってスプーンを置いた。

『食べ終わった時はこうするのよ』と言った後『でもあなたはもっと食べなきゃだめ』と言っていたイリサ様を思い出す。

あの頃と比べたら断然、食べる量は増えたなあ。


「我が辺境伯家の断りに否を言う家は中々いないさ。心配しないでいい」

「リリーが幸せになることが私たちの望みよ。納得のいくお相手を見つけなさい」

「だができれば遠い場所は「あなた?」…すまない、娘に任せる」

「父上はリリーに過保護では?遠い場所に嫁いだとしても、一生会えない訳ではないでしょう」

「お前も親になれば分かる」


娘と離れがたい父、旅立ちを祝う母、父から妹への言葉に呆れる兄、幸せそうに笑い未来に夢を膨らませる妹。

まるでお伽話のような『愛に溢れる幸せな家族』だ。初めて見た。

きっと辺境伯と夫人が主人公の物語であれば、今がきっとハッピーエンドの場面だろう。


(貴族にもこんな家族がいるんだな)


理想の家族からそっと視線を外し、目の前に用意されていく紅茶をぼんやり見つめる。

今朝から、いや、ジークハイン様たち家族が全員揃っているところを見てから胸がざわざわするのだ。

微笑ましい光景であるはずなのに、今の胸の内は分厚い雲に覆われた空模様。

何でだろうか。自分には関係ないことのはずなのに。

そんな私の気持ちを感じてか不意に、ズメイの声が飛んできた。


『シシー?』

『…起きた?おはよう』

『ああ、おはよう。何かあったか』

『何もないよ。今、ジークハイン様たちの吉報を話してるところだ』

『吉報?』

『妹さんにお見合いの話だ』

『見合い…?ああ、番探しのことか?』

『そうそう』

『フン、つまらん。そんな話をするぐらいならこっちに戻ってこい』

『まだ硬貨のことを話してない。終わったら戻るよ』

『はあ…お人好しめ』


最近幾度となく言われている『お人好し』の言葉に1人クスクス笑っていると、何の脈絡もなく笑い出した私を見てリリアーナ様が不審がる。

竜と話していたのだと言えば、目を見開いて驚かれた。

『竜の民』はそんなこともできるのかと。


「伝説よりやっぱり実物ね…知らないことばかり。後であなたのドラゴンを見に行っても良いかしら?」


一瞬ズメイに聞こうかと思ったが、すでに厩舎にいるのだ、見られるぐらい良かろう。

そもそも彼は目立ちたがり屋なところがあるし。

リリアーナ様の言葉に頷いて返せば、子どもらしいところを残した笑顔で『約束よ!』と言われた。


「話が逸れたな。と、こういうわけだから、城内の噂は嘘だ。リリアーナの婚約の話をしていた。そう伝えるように」

「「承知いたしました、旦那様」」


エミールさんとテベッサさんが頭を下げて答えたので、今日中にでも例の噂は消えるだろう。

妙なことにならなくて良かった、と胸を撫で下ろしながらようやく紅茶に口を付ける。

昨日とは違う味がしたけれど、これも美味しい。


これが飲み終わったら、硬貨の話ができるだろうか。

一度そう考えてしまうと腰がそわそわする。

竜たちの治療と、奪還。

ヒュミル山脈に元々住んでいる竜たちのことではないので、奪還というのはおかしいかもしれないが、心情的にはそれぐらい強い。

早く、早く、という焦りをなんとか理性で押しとどめている状態なのだ。

協力を得られるという今、長く静かな戦いに決着がつきそうで嬉しい。


「とはいえ、シシーが良いなら我が息子と婚約して欲しいところだがな」

「げほっ」


冗談なのか本気なのか分からない声に、思わずむせた。

エミールさんに差し出された布で口を拭い、マスクを下ろす。

口の中に何か入れていたら全部吐いてしまいそうな話が来てしまった。

その判断は正しかったようで、辺境伯はとんでもないことばかり言い出す。

やっぱり冗談なのか本気なのか分からない声音で。


「お父様!?さっき婚約するつもりはないと!」

「まあまあ、落ち着け、リリー。ジークもそんなに睨むな。冗談だ、冗談」

「たちの悪い冗談を…」

「そうは言ってもねえ…我が息子ながら、なんというか、朴念仁というか、鈍感というか…今まで浮いた話の一つもないじゃないの」

「…………妻となる女性は将来、北方を治める家の女主人です。恋だの愛だので決めて良いものではないでしょう」

「あら、あなたの父は私と恋をしましたよ?」

「そうだぞ、ジーク」


なんだか話がずっと結婚だの婚約だのの話になっている。

リリアーナ様との婚約の話で盛り上がったし、しょうがないのだろうか。

いや、それにしたって冗談が過ぎるだろう。

何やら熱心に私の方を見てくるジークハイン様が、どうやら助けを求めているようなので小さくため息を吐いて、辺境伯へ頭を下げた。


「平民である私と、貴族籍の方とのそういった縁は荷が重すぎます。遠慮申し上げたい」

「むう…別に身分は気にしないのだが。そうだ、財産は?そこに興味はないと?」

「父上、彼女は『断る』と言っております」

「だがなあ…いくらお前の婚約を急いでいないといったって、良い家の令嬢はほとんど王都の方に取られているぞ?お前は次期ノルトマルク辺境伯。王族ほどとはいかないまでも、地位も財産もある。恋人の1人や2人いたって良いだろう」


言外に『そろそろ女の1人ぐらい親に見せろ』と言われている気がする。

やんわりとした圧に言葉に詰まるジークハイン様に頑張れ、と思ったけれどそれ以上返す言葉がないようで、これは早く違う話題にしなければ終わらないのでは?とにらみ合う父子の間に声を挟んだ。


「あー…えっと……そう、財産ってお金のこと、ですよね?そちらの興味はないです」


声を挟んだは良いものの、どうやって話題を逸らそうかと迷って口籠もってしまう。

『財産』について質問されていたので、その返答をしてみれば4人の目が丸くなって限界まで開き、全員の背筋が後ろに下がった。


「ないのか!?」

「そうなのか!?」

「「そうなの!?」」


なぜ家族揃って同じような反応をするのか。

もしかして私が薬代やらなんやらを上乗せするような人間だと思われたんだろうか。

舐めないでいただきたい。

カザンビークでの活動しかしたことがないとはいえ、蟻掃除の報酬はまだまだ残っている。

それに、ズメイのために『光り物』を買わなきゃいけないので『お金はあるだけあればよい』と狩った魔獣の角やら毛皮やらを商会に卸しているのだ。

自分でも見たことがないぐらいの額が口座に貯まっている。


それに、だ。


小さく咳払いをして山にある『石』はどれぐらいだったかと頭に描きながら、驚愕の顔でこちらを見たままのジークハイン様へ向き直った。


「山に転がってる石を売れば食うに困らない」

「…………石?ヒュミル山脈に?」

「死火山だからか、地下に潜ればいつでも取れる。えっと、ルビー、サファイア、トパーズ、アメジスト…?あとアクアマリン?だったかな。掘れば他にも出て「待て待て待て待て、今言うなそんな重大な情報を!」…?必要なら取ってくるぞ」

「違うそうじゃない!…はあ、今言ったことは誰にも言うな。今後、誰にも、絶対だ。分かったな?」

「…?分かった」


なぜそんなに驚いているのか分からないが、うまく話題が逸れたようで安心する。

驚きの表情は消えていないけれど、落ち着いて紅茶を飲み始めた4人。

ふう。

誰が最初に漏らしたか分からないが、私こそため息を吐きたい気持ちだった。



『いただきます』と言うのは日本の文化だと分かっちゃいるんですけど、入れたくて…

特定の宗教観がない、神を信じていない、というシシー独自の『いただきます』ということにしてください…


ーーーーーーーーーーーーー


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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