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竜の民  作者: とんぼ
二章

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あの噂の件

「モーリス」を違うキャラで使用していることに気づいたので、「モーリス伯爵」→「モアレ伯爵」に変えました…!(2025\03\23)



廊下の絨毯と同じ茶色なのに、カザンビークの装飾に負けず劣らず豪華な茶色の絨毯を厩舎で寝た靴で踏んで良いものなのかと、朝の挨拶を辺境伯とその夫人と交わしている時だった。

ジークハイン様の妹という、夫人をそのままそっくり幼くしたような若い娘が長い銀髪をなびかせながら食堂に入ってきて、私を視界に入れるなり明るかった表情を一変させ、信じられないものを見るかのように青ざめたのだ。

リリアーナ、と紹介されたその娘に両手を会わせてお辞儀し、挨拶をしようとしたら、ツカツカと目の前まで歩み寄ってくる。

花が開くように膨らんでいるスカートの裾が私の足先に触れるか触れないかぐらいの距離に思わず少し背をのけぞらせれば、勝ち誇った顔をしたリリアーナ様が顎の下に手を当てて声高らかに。

夫人そっくりだと思ったけれど、その時に引き締まった目元はなんとなく辺境伯の面影が見えた。


「あなたはお兄様に相応しくありませんわ!」


相応しいもなにも、である。

何がどうなって宣言するかのようにこんなことを言われているのか意味が分からず、返答に詰まった。

目を白黒させている私を見て再び『勝った』と言わんばかりの表情をした彼女に、そんな彼女を見ていた夫人から声がかかる。


「リリアーナ、こちらへいらっしゃい」


はっきりと感じた、冷気。

振り返るのすら躊躇われる極寒の冷気は吹雪よりも苛烈に背後から感じる。

きっと振り返った先には般若のように、いや、笑っているのに笑っていないという技を身につけた夫人()がいるはずだ。

かといって城主一家に背を向けたままなのも失礼に当たる。

なるべく真正面を見ないよう、足元に目を滑らせて体の方向を変えた。

隣に並び、同じように振り返ったジークハイン様もどことなく関節の動きが鈍い。


「お母様?どうかし、痛い!」


どこから取り出したか、手に扇子を持った夫人が走り寄ってきた娘の手を取り、パシン、と叩いた。

白魚のような手の甲が真っ赤に染まる。血は出ていないけれどあれは痛そうだ。

一度叩いた後に広げられた扇子は布張りだったようで、竹で作られた頑丈な作りではない。

良かった、と思う。

扇子は扇子でも、全てが竹で出来ていると重みも違えば痛みの度合いも違うのだ。


【獣医だと!?馬鹿を言うな!】


誰かの声が耳の奥で響いて、叩かれてもいないのに手の甲が痒くなる。

会釈をする時に隠したままの手を指先でかいた。

何をするの、と涙目のリリアーナ様の声を聞きながら二度、三度、手の甲をひっかく。

妙に大きく心臓が鳴るのはなぜだろう。早く落ち着かせないと。

大きく息を吸って静かに吐いていると、ジークハイン様の声がかかった。


「どうした」

「、なんでもない」

「そうか?少し待ってくれ、母上の説教は一度始まると…な」

「気にしてない。…躾は大事だ」

「?そうだな」


そう、あれは躾である。夫人も一度叩いただけで、今は声を荒げているだけだ。

その荒ぶり方だって、自分の娘を慮っている情を感じるではないか。

左手の痒みは治まったので、そっと手を入れ替えて今度は右の甲をかく。

段々、心臓が落ち着いてきたので先ほどの宣言は何だったんだろうかと考えることにした。


「彼女はジークと、私たちの騎士の命を救った恩人です!それをあなたは何ですか!いきなり突拍子もないことを!」

「で、でもお母様、お兄様に相応しいのはもっと「お黙りなさい!」っ、」

「恩ある方をこれ以上侮辱することは許しません!そもそも感謝の言葉どころか、挨拶の言葉も交わさず上からの発言をするなんて、あなたは王都で何を学んできたのです!?」

「それ、は、だって、『最初が肝心』って、助言を、」

「最初ですって…!?そんな助言をしたのは誰!?モアレ伯爵の娘かしら、それともダントン子爵の妹さんかしら!?友人は選びなさいといつも言っているでしょう!」

「っ、」


だめだ。お説教の声で考えが遮られて全く答えに行き着けない。

これいつ終わるんだろう。

夫人を前にしているリリアーナ様は、叩かれた痛みによる涙ではなく、怒られていることからの涙がこぼれ落ち始めた。

泣いてても絵になるとか、本当に西方の人たちは見目が整っていると思う。

同じ顔の要素(パーツ)で作られているはずなのに一体何が違うのか。

思考が遠くに飛びかけた私を見留めた辺境伯が『友人とはー、』と違う方向に話がずれはじめた夫人の肩をそっと包んで止めた。

ほう、と息を吐き出したのは私が先か、ジークハイン様が先か。


「友人関係については後ほどにしよう、クラーラ。…一つだけ聞くぞ、リリアーナ。『相応しい』とは何の話だ。まるでジークとシシーが恋仲だと言っているように聞こえたが?」


静かに怒りを滾らせている夫人が、辺境伯の言葉に反応して再熱しかけている。

とはいえ、その問いこそ私が聞きたかったことなので止める術がない。

その答えが聞けるかと少しだけ視線を上げた。

『あの噂か…』とあまり開かず呟いた隣の男を聞き逃すことはない。

そうか、あれか。婚約うんぬんのあれか。


会話らしい会話をしていないが、リリアーナ様はジークハイン様が大好きのようだ。

あんな風に宣言したんだから最上級の尊敬を捧げていると言っても過言ではないだろう。

自分の父であり、家の主人でもある圧を真正面から受けているリリアーナ様は、スカートを握りしめて小さく震えている。

声を出そうとしているのにうまく出てこないことが伺えた。


「ちゃんと理由があるなら話しなさい。感情に身を任せて怒りを露わにしていては、社交の場で恥をかくだけですよ」


怒りから苛立ち、ぐらいにまで落ち着いてきた風の夫人に発破をかけられたリリアーナ様が、勢いよく顔を上げて声を張り上げる。

今までで一番大きな声がしたので、耳の奥がキンとした。助けてズメイ。


「わたくしこそ聞きたいわ!お兄様と彼女が婚約するとは、本当なのですか!?」


あー、やっぱりさっきの噂か。

思いがけず頭が痛くなり、指をこめかみに当てて押せば少し和らいだ。

隣にいるジークハイン様は目に痛みが来たようで、眉間に皺を寄せて目頭を揉み込んでいる。

自分の娘の問いに鳩が豆鉄砲を食らった顔をした辺境伯は、私とジークハイン様を交互に見て、最後に壁際で控えている先ほど会った女の人に顔を向けた。


「テベッサ、そんな噂があるのか?」

「………………そのような噂は朝から城内で囁かれております」

「どこからそんな噂が」

「旦那様と奥様が今朝方そう話されていると聞いた、と」


じわりと汗を滲ませながら丁寧に答えている女性はテベッサ、というらしい。

ここに来て名前を覚える人が増えた。

悪いことではないけれど、今までの私に比べたら怒濤の勢いなので早く山に帰りたい気持ちが強まる。

何かを考え込むように顎に指をかけた辺境伯は、きっと朝の出来事を思い出しているんだろう。

それも知りたい。本気で婚約の話をしていたんだろうか。


「、……ああ、そうか。クラーラ、あれだ」


何かの記憶に繋がったらしく、妻に『あれ』と告げた。

見ているこちらとしては『あれ』と言われても分からないので詳しく教えていただきたい。

肩に夫の手を乗せたまま、広げていた扇子を口元から下ろした夫人も一瞬、その意図が分からなかったようで記憶を遡るよう首を傾げる。


「あれって…まさか『あれ』のこと?まあまあまあ、それはとんだ勘違いよ!もう、いやね」

「安心してほしい。ジークの婚約の話をしていたのではない」

「では、何の話を…?」


夫婦が互いの目を横に見合わせ、満足そうに、楽しそうに笑みを深めた。

先ほどまでの怒気はすっかり消えたようである。


「朝、クラーラと話していたのはお前のことだよ」

「………わたくし!?」

「そうだ。さあ、食べながら詳しく話そう」

「吉報が一つあると続くものね。でもね、リリー」


再び『笑ってるけど笑ってない』顔、到来。

扇子で叩かれた痛みを思い出したのか、リリアーナ様が自分の手を庇うようにぎゅっと握り込み、すごすごと肩を縮こまらせた。


「シシー・ルーに、謝りなさい」


その声に怒気はない。夫人の笑みは恐ろしいけれども。

自分の娘を正当な理由で叱り。毅然として優雅な態度に、女主人の風格を見た。

夫人の周りの空気が、魔法も使っていないのに光が瞬いている。

一度瞼を下ろして再び視界を広げれば、その光が消えてしまったのが残念だった。

リリアーナ様が夫人を正面に置いていた体をこちらに向けて、先ほどと同じ勢いで歩み寄ってくる。

が、先ほどの威嚇するような雰囲気はもうない。


「………謝る前に、確認させてちょうだい」

「…何でしょう?」

「あなた、ほんっっっっとうにお兄様と婚約しないのね?」


えらく間を溜めたな、と視線が遠くなる。

リリアーナ様の肩越しに夫人の目尻がつり上がったのが見えたけれど、それは辺境伯の手で止められた。


「尊敬するお兄様のことだから、私も引けないの。どうなの?シシー・ルー」


本当に大切に思っているんだな、と感じた。

私を値踏みしている視線は続いているけれど、誰かを想ってのことならば嫌な気も半減する。

私の方を向いたことでジークハイン様とも向き合うことになった彼女は、声を出そうとする彼の動きを手で制した。

いくら妹とはいえ、彼ならば簡単に否定できるだろうに言葉に詰まったのがおかしくて。

決意が固い人間というのは、頼もしいものである。

暖かい形の『家族』を前に、マスクの下で口の端が緩むのが分かった。


「当然、婚約しませんし、するつもりもございません」


きっぱりはっきり否定すれば、ジークハイン様も私の言葉に同意するように頷いている。

頷くぐらいならちょっとぐらい口添えしてくれたっていいだろうに。

妹が兄を尊敬しているなら、兄は妹に甘いのだろうか。


「…ずいぶん簡単に否定するのね?」

「事実ですので」

「…剣の腕も容姿もずば抜けているお兄様との婚約を、望まないの?」


あれおかしいな、ものすごく食い下がってくる。

ここは一度否定したら終わりのお話ではないのだろうか。

瞳に熱を灯しながら見つめ続けてくるリリアーナ様から視線を逸らし、首を傾げながら今度こそジークハイン様に助けを求めるも、彼もおかしな方向に話が逸れているのに気づいて目を白黒させていた。

なんなら妹なのに『理解できないもの』と見ているような気さえする。


聞いてるの?と問われて我に返り、なんと答えようかと。

容姿は分かるのだ。

雪の積もる森で見つけた時は、血みどろの姿で倒れていたからてっきり死体だと思ったけれど『こんなに綺麗な死体ってあるんだな』と感心した記憶がある。

それぐらい、目を閉じていても彫刻か何かだと思った。

身元を知りたくてうつ伏せの体を転がしたら声がしたので、逆に生きていた方に驚いたぐらいだ。


さて、剣の腕だが。

話の流れから推察するに、どうやらジークハイン様は剣の扱いに長けているらしい。

たしかに彼の剣はよく使い込まれていて、剣を()いている姿勢が様になっている。


ジークハイン様たちを見つけた場所に倒れていた爪熊たち全て彼が倒した訳でもないだろうが、それでも生きているんだから実力はあるんだろう。

凍傷になりかけていた体から服を引っぺがし、包帯を巻いている時に触れた体は『よく鍛えている』と感心もした。

以上のことからからそれなりに長く鍛錬してきたんだろうとは、思う。


が、彼が戦っている姿を見たことがないのだ。『強さ』を確認しようがない。


しかも、だ。

山へ運んだのは竜たちだが、寝台に運んで血塗れの肌を拭き、手当てをしたのは私である。

途中からは手伝いがあったとはいえ、食事の用意も看護も担っていたのは私1人だ。


正直、面倒ごとを抱えてしまった、と何度思ったか知れない。


極めつけは、彼が山にいる竜たちを怒らせた人間の1人、ということだ。

本人の意思であろうとなかろうと、新たに捕らわれていた竜を山に連れ帰り、人間を敵と認識した竜たちの手当てを始めようという時に大声を上げて騒ぎを起こした。


(ほんっとうに、あの時は危なかった)


私も人間の味方かと言わんばかりに怒り狂い、治療できないところだったのだ。

そんな状況だったので、いくら剣の腕がずば抜けていようと『それが何か』としか言えない。

そもそも竜であるズメイの方が強いし、私だって自分の身を守れるぐらいには戦える。


「容姿はその通りだと思いますけど、剣の腕と言われても…ジークハイン様は杖をついていたから剣の腕を知らないですし、私が抱えられるほどの痩せた方はちょっと…好みではないというか…」

「………………………えっ」


好みではない、と言ったのは無礼だったかな、と思ったけれど『私がジークハイン様を抱えた』の方が衝撃的だったのか見逃された。

でもしょうがない。男たちの中で一、二を争う軽さだった。

今ならオドさんだって抱えられるが、きっとジークハイン様より重いだろう。

懐かしささえある大剣を背負った背中を脳裏に描きながら1人頷く。


「…シシー、君が抱えられない人間がいたとしたらそいつは人間ではない。オークか何かだ」


『オーク』って何だろう。魔獣だろうか。

分からないが、なんだか私もその『オーク』と同列にされた気がしてカチンときた。

神妙な面持ちでジークハイン様が声を引き絞ってきたので今度こそ睨み上げる。


「痩せてる方だ。バルドは縦にも横にも大きい」

「やめろ。彼を持ち上げた君に言われたら本当にそんな気がしてくる」

「ジークハイン様はミグより軽いぞ」

「何!?」


さっきまで黙りこくっていたくせにいきなり大声を出さないで欲しい。

彼には耳が良いことを言ったのに。

再び耳の奥がキン、としたのでせめてもの抵抗に手で耳を塞いだ。

聞こえてくる音が少しだけ小さくなるも、はっきり聞こえてくる。

『嘘だ』とか『防具の違いだ』とか言ってるようだが、事実である。事実に文句を言わないで欲しい。


「…………聞き間違いかしら」

「いや……持ち上げたのか…あのバルドを…」


昨夜のようにジークハイン様と言い争いになっているところを辺境伯と夫人が呆然としているので、より近くで見ているリリアーナ様が『驚き』に染まった顔で言い争いを制してくれた。

分かったわ!と彼女の止める声が食堂に響く。


なんだか納得いっていないような顔をしながらも、値踏みするような目をやめたリリアーナ様が、次の瞬間つむじを見せた。


「お兄様を救っていただき、感謝いたします。先ほどの非礼を、お許しください」


どうやら彼女の中で決着がついたらしい。

私としては特に『非礼』と思うところがなかったので頷くと、手打ちと見なした辺境伯がパンパン、と手を叩く。

たったそれだけでさっきまでの雰囲気が霧散し、給仕の人たちらしきが奥の扉からずらっと出てきた。


「思わず話し込んでしまったが、食べようか。せっかくの料理が冷めてしまう」

「マナーは気にしないで良いわよ、シシー。遠慮なく食べてね」


そうだった、朝食にお呼ばれされていたんだった。




沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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