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竜の民  作者: とんぼ
一章

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看る命

私が近くに居ると傷が治る。その意味を、鏃を抜いて1日経った今、目の当たりにした。


「嘘でしょ…もう塞がってる…」


痛みに暴れ、尻尾が洞窟の壁を叩く竜をなんとか落ち着けてから縫合した傷が、血も流さずぴっちりと塞がっている。もちろん傷跡があるし、傷ついた鱗は元に戻っていないけれど、それでも洞窟の外に出れるぐらいには歩き回れるだろう。


(どういう原理…?魔法なんて私、使えないのに)


昨日の夜だって、聞きたいことがたくさんあったのに夢の中で顔を合わした竜は挨拶もそこそこに焚き火を中心に丸まって目を閉じた。

夢の中なのに寝るとはどういうことだと思いもしたが、眠っているならば起こすわけにもいかず、私はまた竜に寄り添ってぼんやりと焚き火を見ていたのだ。

気を取り直して、抜糸しなければと糸を切るため、唾を飲み込みながら拙い縫合痕をのぞき込む。

医療用の糸でなく普通の糸だったが大丈夫だろうかと手当ての最中は不安でしかなかったけれど、抜糸の最中くすぐったそうに喉を震わせるだけで痛がる様子がないので問題なかった様子。


(竜じゃなかったらきっと危なかったんだろうな…素人の手当てだし…)


少し前までは貴族だったのだ。竜が無事だったこと、私も食べられずに生きていること、どちらも奇跡のような出来事だ。

数日という短い間とはいえ、これで洞窟暮らしの終わりも見えてきた。残るは翼膜の穴だけなのだが、昨日みた時より傷ついた翼の穴が小さくなっているので、おそらく数日もすれば完璧に塞がるだろう。

竜の頭を一つ撫でて、汚れた包帯を小さく燻る焚き火に放り込んで燃やす。仮にも魔獣の血がついた包帯だ。洗って取れるものでもないし、取れたとして使って良いはずがない。

少しばかり大きくなった火をぼんやり眺めているとまだ朝ご飯を食べていないことを思い出したので、鞄の中を漁る。


「…あ」


問題発生。

少ない着替えと旅に必要な細々とした物の他は食料だ。ほとんどが乾き物だったり調味料なのだが、今、鞄の中は底が見えるほどすっからかん。


「そうだった…魚だけじゃ物足りなさそうだったからあげたんだった…」


昨日の夕方のことだ。朝方に仕掛けた罠にはまた魚がかかっていて、ありがたく全ていただいたのだが、回復してきた竜には少ない量だったようで追加で食料を分けたのだ。

残り僅かだった干し肉と、食べれなくなるギリギリのチーズをぺろりと食べた竜を見て、雑食なのかと目が遠くなったのは今は置いておく。

調味料の塩も残り僅か…つまり、自給自足をしなければならない。

となると。


「森の中に果物あるかなあ」


この谷底は寂しいところだ。岩肌がむき出しだし、生えているものといったら雑草しかない。谷を登った所には森がある。昨日馬の足音が聞こえたから、もしかしたら街道か、町が近いのかもしれないが、この谷を拠点にするなら身を隠せるはず。

私だけ離れてここに通うという手もあるけれど、せっかく回復してきている竜を放ってはおけない。


(初めて看る命だから)


獣医として働くなら、正しくは『患畜』だ。どの本を読んでも、治療する動物の相手は『患畜』とされ、当たり前だが性格や感情は優先されない。

治療するためには一線を引くのは必要なことなのだろう。手術ともなれば生死を分けることもある。必要以上の感情移入は時に、取るべき手段を取らせなくする。

初めて看る命。家で飼っていた犬や馬は、そういった意味では関われなかった。


病気の一つでもすればすぐ殺処分されたからだ。

名前をつけた大切な友人がある日突然いなくなった時、『ああ、だから名前は大事なのだ』と漠然と理解した。今もまだ、あの日うずくまって泣いた感情にも、どれだけ失ってもまた新しい友人に名前をつける気になる感情にも、名前をつけられない。

大切な命と、一線を引く必要を知っている。けれど助けたいと思う気持ちは不要だろうか。

そんな疑問から『患畜』と呼ぶのは気が引けた。


「…あなたは『竜』だからね」

「ぐぅ?」


名前があるのかないのか分からない。けれど、この竜とは傷が治るまでの関係だ。

なんのことだと言いたげに首を傾げているこの竜は、飛べるようになったらこの黒い鱗に太陽の光をさんさんと受けて、大空に消えていく。それを見送って、良いことをしたと私は満足する。それがいい。

だから竜は『竜』のまま、それがきっと良い。

たとえ夢の中、焚き火一つの暗闇の中で話し相手がいなくなるとしても。


「さて、果物の一つでもあればいいけど」


探してくるよと立ち上がった時、くい、と袖が後ろに引っ張られる衝撃にたたらを踏んだ。

後ろを向けば、鋭い爪を器用に袖に引っかけて、見上げていた黄色い目が横に流れる。その視線の先には、昨日から付けていない口布が鞄のポケットから飛び出していた。


「ありがとう。うっかりしてた」


ずいぶん長い間人に会っていないのと、竜が気にしないようだったので忘れていた。

腰を曲げて鞄ごと布を広い、頭の上から被る。久しぶりに感じる布の感触を口元に感じながら空に近い鞄を背負い、洞窟を出た。

日はすっかり昇っていて、谷の上からは風に揺れる木々の音がしている。ぐっと背を伸ばして意気込み、谷の上に続く道を探した。

ほどなく現れた細くて険しい坂道を汗だくで登り切った時、比較的背が低い木が並んでいる。


「背が低い…果物ならあるかも」


食べれるほど熟していてくれたらいいのだが。

額からあふれ出す汗を袖で拭い、口布に指をかけて空気を通した後、上や下に首を動かしながら歩いていく。たまに道しるべとして、ナイフで木に印をつけながら。

なんだか段々と木が少なく、間引きされている気がする。

そう感じ始めつつもしばらく歩いていると、甘い匂いが口布越しにも感じられた。

2度しか食べた記憶はないが、それでも見知った香りだ。


「桃だ、」


匂いを嗅ぐだけで喉が潤うような甘い香りに引き寄せられるよう、小走りにかけていけば一気に視界が開ける。

草原、ではない。綺麗に整列した木々には黄色い実がたくさん実っていて、それも地面に落ちているものがないことから果樹園だと分かった。

よく目をこらせば、かなり遠いものの町の影も見える。


「こんなに近かったんだ…」


あの谷からここまでそう離れていない。頑強な竜がこんな距離しか走れなかったことを考えると、あの鏃は特別なものだったのかもと思い至り、私の到着が遅ければ竜は死んでいたんじゃないかと寒気が走った。

身震いをしながら果樹園を眺める。遠くまで続く木々の隙間に、ここで働いているんだろう人たちの姿が見えた。きっと収穫中なんだろう。

収穫中、ということはここの木は商品ということだ。


「さすがに盗むのはダメだ…他を探そう」


そうやって来た道を戻ろうと一歩踏み出した時、おや、としゃがれた女性の声がした。


「お前さん、旅の人かい?」

「っ!」


驚いてそちらを見れば、篭を背負ったおばあさんが歩いてきていて、たった十数歩の距離をゆっくり詰められる。髪を一つにまとめ、収穫用なのか手袋をつけ、片手にハサミを持っていた。


「珍しいね、こっちの方から来るなんて」

「っ、……途中で迷って、しまって」

「そうかい。若いのに大変だったね。町まで行くならここの果樹園を突っ切っていくと良いよ」

「あ、ありがとう」


うまく声が出せない。言葉を紡ぐのは難しいことじゃないし、頭の中では文章だってできているのに。

途中で迷ってしまった。食べる物が無くなったので何か売ってくれないか。

言えば良い。言えばいいだけなのに、相手は害なんてなく、初めての相手を心配してくれる優しいおばあさんなのに、今までの人たちと重なってしまって声が震える。


「行かないのかい?」


目の前に人がいる。私を覗き込んでいる。優しく下がったまなじりのはずなのに怖くて仕方が無い。

けれどここで怖がっていては怪しまれる。もしかしたら誰かが後を付けてくるかも。町にも、私の見た目を噂されていれなくなるかも。

そう考えてすぐ、口布でほとんど表情は見えないだろうがぎこちない笑顔を貼り付け、声を絞り出す。


「連れが怪我をしていて、食べるものが無くなったので探しに来たんです。…近くに町があってよかった」

「それは大変じゃないか!お連れさんは今どこに?」

「あっちの谷の方で休んで、ます」

「ああ、あそこ!ずいぶん遠回りしてきたんだね。馬を寄越そうか?」

「い、いえお気になさらず!か、軽い捻挫で、ええと、…お腹が空いて動けないって言っているだけなので!」


おばあさん、ごめんなさい。でもその優しさはまずいです。

竜を追いかけていたのはあの町の人たちかもしれないのだ。私が手当てをしているとバレたらどうなるか分かったもんじゃない。

尚も心配そうに眉を下げているおばあさんに申し訳なくなりながら慌てて考えた言い訳を早口で話す。そう?と頬に手を当てて何かを考え込んだおばあさんは、おもむろに背負っていた篭を下ろして、その中に腕を突っ込んだ。


「これで良かったら持ってっておくれ」


比較的大きい、形が不揃いの4つの桃を渡された。黄色から薄桃色へと変わっていっている果実からはやはり甘い匂いがしていて気持ちが和らぐ。

が、持ってって、とは。


「えっ、え、そんな、いただけません、!」

「いいのいいの!店に出せない大きさだから家で煮込もうかと思ってたやつなんだ。あんまり多いから家の人も飽きてきちゃってね。助けると思って食べとくれ」


一瞬固まってしまったから出遅れたが、おばあさんは桃を渡すと篭を背負い直して手を振り、果樹園の方に向かっていく。


「あの、お代を…!」

「いいよいいよ。いっぱいあるから」

「でも、」

「若いんだからちゃんと食べるんだよ!」


本当はもっと引き留めたかったけれど、これ以上拒んだりお礼を渡そうとするのはためらわれて、こちらを見たままのおばあさんに精一杯頭を下げてその場を離れた。

腕の中には取れたての桃が4つ。初めての、人からの好意。


「、また会いたいな」


そうしたら、今度こそおばあさんにちゃんとお礼を渡そう。



沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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