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竜の民  作者: とんぼ
二章

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閑話 伝説の絵画



ノルトマルク辺境伯家に物心つく頃より仕え続けている、私ことエミール、今までにおもてなしをしたことのないタイプの客人を目の前にしております。


「なっ、だ、ダメだ!厩舎だぞ!?」

「何でだ。馬は好きだ」

「そういうことじゃない!君には多大な恩があるというのに、藁の上で寝させるわけにはいかない!」

「野宿する時はいつもズメイと寝てる。気にしない」

「部屋があると言っているんだが!?」

「いらないと言っている」


ジークハイン様と20人の騎士を救った、ヒュミル山脈に住む『竜の民』シシー・ルー殿が、恩人以前に客人だというのに下男でさえ寝ない場所に、さらにはこの真冬に、外とほぼ同じ環境で寝るというのです。


(どうしましょう)


さすがは『竜の民』

そんじょそこらのおもてなしでは、通用しないようです。

(すね)も痛いし、さて困った。



およそ一ヶ月前、スノッリへの視察を名目にドラゴンが目撃された村へ小規模の討伐隊を組んで出立された次期当主、ジークハイン様。

スノッリに到着されたという知らせは受けていたのに、消息を絶ちました。

現当主のスヴェン様は、婚約適齢期となられたご息女のリリアーナ様に付き添うため、一時的に領主代理の任をジークハイン様に任せて王都に滞在。

つまり、北方の護り手が二人合わせて領都に不在という、このまま不運が続くかと思ってしまうほど、城中が慌てふためきました。


ここノルトマルク領は、今でこそ海辺の交易都市を持ち、目立った商売のない村でも飢えずに冬を越せるほど豊かになりましたが、私がノード城で働き始めた頃はまさしく激動の時代でございました。

隣国のカザンビーク王国と共同でビザンチン王国からの侵攻を食い止めつつ、収穫時期に干ばつが起きたため飢える領民を救い続ける毎日。

人手も足りなければ資金も足りず、遠い王都に赴き連日金策に走っていた先代辺境伯夫人が病に倒れてから、スヴェン様が当主の代に着くまでありとあらゆる苦難が襲いかかりました。

王家の援助も、カザンビークからの援助もございましたが、ビザンチンからのちょっかい(・・・・・)は不定期に起こり、今もその名残が国境を緊張させています。


ジークハイン様が消息不明という知らせは、そんな当時を思い出させるほど衝撃的なものでした。

すぐに情報を統制し、城下町には話が届かないようにしたものの、いつまでもつか、と言う時、一通の手紙が届きました。

ジークハイン様が消息を絶った5日後のことです。

一通の手紙が、スノッリからの早馬で届けられました。


『全員生存。安全な場所で治療中。警戒を』


見慣れたカーライン郷の文字と、ノルトマルク騎士団団員に許される紋章の印。

スノッリの印が入った封筒に包まれていたので、きっとスノッリの代官も確認したのでしょう。

名前を書かず、情報だけが端的に綴られている簡素な手紙ですが、漏れたため息は安堵からのもの。


(生きて、おられた)


深く息を吐けば手も膝も震え、その場に崩れ落ちそうになりましたが、やらねばならないことはまだまだございます。

不安が消えた今、主人の帰りを待つ城を守らなければ。


朝目が覚めては不安が過ぎり、何度も手紙を読み返して一日を乗り切る。

スヴェン様方がお戻りになられて城内は少し落ち着きを取り戻したものの、重苦しい空気が漂い続けて約一ヶ月。

細い三日月が空に浮かぶ真夜中、領都の門が開かれジークハイン様たちが帰還されました。


「ただいま戻りました」


『親の心、子知らず』とはよく言ったもので、あまりにあっけらかんと言い切ったジークハイン様に、スヴェン様は喜ぶより先に怒りの鉄拳を飛ばし、クラーラ様は泣きながら飛びつきました。

ご就寝間際だったリリアーナ様も騒ぎを聞きつけて、スリッパも履かずに駆けてクラーラ様に続きます。

ご家族に心配され、怒られ、喜ばれ、城内の誰もが安堵する中、後に続いて入ってきた騎士たちの姿を見て目を見開きました。


もちろん全員が両足で立っております。

けれど着ている服はパッと見て分かるほどくたびれ、中には血の痕も残っている。

何かに切り裂かれた布を繕った痕も、焼け焦げた痕も。

そして、出立した時より遙かに装備が少ない。

そもそも乗ってきたはずの馬はおりませんでした。

極めつけはアッシャー郷とモンロー郷の二人。

一人は片目を失い、一人は指を失っていた。


思わず息を呑み、あまりの深手に口元を手で覆いました。

相当な戦闘があったのが見て分かり、事情の説明を求めるスヴェン様にジークハイン様は報告します。


「ドラゴンの目撃情報がありました。その確認のため調査をしていると爪熊6頭の群れに襲われ、全員が負傷しました」

「爪熊だと?それに6頭…いや、先に全て聞こう」

「はい。軽傷から重傷者までいたのですが、とある民間人に救われ、今まで治療を受けておりました。連絡がすぐ取れる場所でも、詳細に書ける状況でもなかったため…ご心配をおかけして申し訳ありません」

「お前が無事で良かった。それだけで十分だ。どこにいたのかは気になるが…その民間人は?今どこにいる。一緒ではないのか」

「あなた、暖炉の前に座ってからでも話は聞けるでしょう。こんな夜中を馬で駆けてきたのよ、きっと疲れているわ」

「いえ、母上。休んでいる場合ではないのです」


このままサロンに向かうのだろうということが予想されて暖炉に火を入れようとしたのだけれど、休んでいる場合ではない、の一言に歩き出しかけた足が止まりました。

話の続きをしようとしたジークハイン様は口を開いたものの口籠もり、泣き続けるリリアーナ様の肩に手を置いて先に休むように言います。


「リリー、お前には少し急な話かもしれない。明日、ちゃんと話をするから先に寝なさい」

「私だってもう立派なレディよ!子ども扱いしないでちょうだい!」

「ダメだ。…隈ができている。これが残っては良い嫁ぎ先も見つからないだろう?」


リリアーナ様の目元をくすぐった指先が冷たかったのか、小さく肩を跳ねさせたリリアーナ様は、渋々といった感じで離れました。

ちゃんと話をする。その約束をしっかりして自室に下がった背中を見つめたジークハイン様は緊張が少し解けたように息を吐き、スヴェン様とクラーラ様に向き直ります。


「我々の恩人は外にいます」

「何ですって!?この寒い中を!?なぜ連れて来なかったの!」

「違うんですよ奥方様、ちょっと事情が…というか特殊なやつでして…」


ジークハイン様と一番仲の良いカーライン郷がひょこりと顔を出して言えば、戻ってきた騎士たちも一様に頷き始めました。

けれどさすがに疲労がたたっているのか、お互い肩を貸しあってなんとか立っている状況。

少なくとも騎士たちは休ませた方が良いとスヴェン様が判断なされて、ジークハイン様とカーライン郷のみが玄関先に留まります。


「それで特殊な事情というのは?カーライン郷」

「えー…っと、ですねえ…」

「…」

「………ええい二人とも黙ってないでちゃんとおっしゃい!どんな大男でも異人でも恩人は恩人!早く温まってもらわなければ!」


肩からかけているスカーフの端をねじ切りそうな勢いで握りしめるクラーラ様が若い二人を叱り飛ばせば、おずおずと口を開く。

それも二人同時に。

ああ、昔を思い出す。まだ学生の時、夏期休暇でノード城を訪れた際にやんちゃをして叱られていたお二人を。

あの時もこうやって横目で互いを見やり、そんなことで括らなくていい腹を括った顔をして「「竜の民です」」いた………………はい?


イマナント?


玄関に集まる誰もが耳を疑った。

あの厳格でめったに表情を崩さないスヴェン様が目を点にされている。

クラーラ様は『そう竜の民なのね!なら早く……』と言いかけた言葉を止めて、スカーフを握りしめたまま口を開いて固まったままです。


「我々を救ったのは、竜の民です」

「………300年前にいなくなった、」

「はい、その竜の民です」

「ドラゴンと話しができて、国一番の戦闘民族…」

「そう!その竜の民なんです!」


ジークハイン様とカーライン郷が交互に同じことを口にする。

たしかに出立前に見ていた報告書からその可能性は考えられていたけれど、そんなまさか、本当に実在していたとは。


「父上、中庭に誘導しても良いでしょうか」

「あ、ああ……いや待て、誘導、外ということは、空か!?空にいるのか、ドラゴンと一緒に!?」

「はい。そういう訳なので、何が降りてきても攻撃しないよう、警備の者に伝達をお願いします」


スヴェン様の表情を見てから『そういう訳なので』と言っていただきたいですな。

幼子のように目を輝かせ、胸を張って言うことではございません。

20歳を迎えられたといってもまだまだ『子ども』であらせられる。


何度も口を開閉させ、唾を飲み込み、遂に頷くしかできなくなったスヴェン様は、クラーラ様を伴って中庭へ歩いて行く『子ども』について行かれました。

私はどうしましょう。本当に『竜の民』というなら見てみたい気もいたしますが、おもてなしの準備をした方が良いでしょうか。


(ふむ)


ティーセットを用意しがてら、お湯を沸かしている最中なら中庭の様子が窺えます。

そうしましょう。

老いて動きにくくなってきた膝も、少しだけスムーズに動くようです。

ああ、生きていて良かった。



中庭にドラゴンが降り立った、とようやく頭が理解したのは中庭を囲む回廊からざわめきが聞こえてからでした。

剣の刃が月明かりに反射して銀色に光る中、雪が積もってあまり手入れする必要のない庭に、『伝説』がいます。


ドラゴンにしては小型の部類でしょう。

大人数人分の巨躯は黒い鱗に覆われ、風音すら立てなかったというのに体に比例して大きな両翼が開かれている。

黒い鱗だというのに、冬の月明かりに照らされて時折、銀色の光がチラついています。

黒いドラゴンの目はトパーズのように黄色く、縦長の瞳孔が注意深く辺りをうかがっているのが分かりました。


少しだけ下がった両翼の間に、槍を構えている御仁の姿が見えます。

今にも飛び出しそうに丸まっている背中は勇ましさに溢れ、青い異国の服の上を滑るように一つに結ばれた黒髪が落ちていきました。

顔の半分を覆うマスクの上にある黒い瞳はドラゴンの鱗と同じ輝きを持ち、御仁に向く武器を警戒しております。


そんなドラゴンとその乗り手に歩み寄り、見事槍を下げさせたジークハイン様が『安心してくれ』と伝えるように手を伸ばしました。

目の前の光景は、博物館や貴族の館に備え付けられているどんな絵画より『絵画』のよう。

生きている。生きる『伝説』が目の前にあります。

見慣れているノード城の景色全てがまるで別世界のもののようで、思わず息を止めて魅入ってしまいました。


特段騒ぎもなく『客人』を招き入れたジークハイン様と当主夫妻を追いかけるように、全員が集まっている部屋に入れば、こっそりとクラーラ様からご宿泊の旨を伝えられます。

これは気合いを入れて、迅速に、丁寧にご用意しなければ。

慣れていないのか、椅子に勢いよく座った御仁がその軽さから『若い娘』だと分かったので、明るい雰囲気の客室を頭の中で選び、部屋を出てメイドに伝えました。


部屋でどのようなお話がされているか分かりませんが、温かいお茶をお出ししなければ。

お湯が熱さを失わず湯気を立てているのを確認し、人数分のティーセットと共に再び部屋に入った時、聞こえたのが『厩舎で寝る』の言葉。

意気込んでいただけに、打ち付けた脛がいっそう痛くなります。


無事に立ち上がってお茶を入れていると、一つ視線を感じました。

座ったままの『竜の民』はシシー・ルー殿と仰るそうで、心配そうな色が浮かぶ黒い瞳が可愛らしい、東方からの異人です。


「足、痛くないですか」


入った時に注目を浴びてしまいましたが、気遣われる程だとは。

少しばかり恥ずかしくなって言葉を濁せば、私の足に視線を落としたシシー・ルー殿が『あとで治します』と淡々と言われます。


(ほほ、お優しい方だ。ジークハイン様が恩人というだけは…ん?)


あとで治すとは?

疑問に思いましたが、今は美味しいお茶を淹れることを考えましょう。




ちょっと茶目っ気のある執事、それがエミール(のつもりです)


ーーーーーーーーーーーー


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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