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竜の民  作者: とんぼ
二章

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空の旅



ジークハイン様たちのタオルを彼らのいなくなった部屋に置いてすぐ、私は別の入り口から入る別の湯船に浸かった。

薄い壁一枚を隔てた隣の湯船からは、何人もが水に飛び込む音がした後、激しく水を打ち付ける音が続いている。


「落ち着いて入れないのか、あの人間どもは」


騒がしい音から逃げるように湯船に頭をどっぷり浸けて沈んでしまったズメイに続いて湯に頭を沈めれば、少しだけ音が遠くに行った。

私とズメイは他の人間と風呂に入ったことがない。

カザンビークでは専用の誂えがあったし、私も他の人に体の傷を見せるのは抵抗がある。

故に、他の人間が浴場でどう過ごしているのか知る機会がなかった。


基本的に大雑把なドワーフたちもこうして騒ぎながら入る様子が想像できる。

私より長く生きているドワーフもジークハイン様たちもこんなに騒がしいのだから、むしろこれが『普通』なのでは、と思うけれど、風呂はゆっくり静かに入りたいものだ。


息が続かなくて呼吸のために浮上すれば『いい加減にしろ』と叱りつける声がした。

普通ではなく『やりすぎ』の部類だったらしい。

叱られても騒ぐのを止めないのが分かる会話と騒音に、駄々をこねる子どものようだと思わず笑えば、浴場に私の笑い声が木霊した。

浴場を分かつ壁のすぐ向こう側にいるらしいジークハイン様が私の呟きに返事をする。

途端、ピタッと止まった騒音。

そういえば隣にも浴場があることも、私も入ることも言っていなかった気がする。


「隣に、いたのか」

「汗をかいたから流そうと思って。…まずかったか」

「い、いや、そんなことはない。少し驚いただけだ」


ただ話していただけなのに誰も騒がなくなった。

楽しそうな雰囲気だったのを壊してしまったかな、と気まずく思うも小さな話し声で『恥ず…』『ガキみたいな…』『やりすぎた…』と言っているのが聞こえるので、我に返っただけらしい。


(メスの前で格好つけたがるオスみたいなもんだな)


竜たちでさえ、好みの番の前では良いところを見せようとするのだ。

人間の彼らだってきっとそうなんだろう。

静かな入浴時間が戻ってきたのを幸いと、一つ伸びをして長い息を吐く。

半日も青い火を使い続けた弊害か、あちこちの筋肉が痛みを訴えていた。

壁の向こう側も大人しく入って脱力しているらしく、野太いため息が聞こえてくる。

できるだけ長く入り、体の芯まで温めて欲しい。

ここを出ればすぐに空の旅なのだから。


(……あれ、言ったっけ?)


領都に行く前に風呂に入れ、とは言ったがどうやって帰るかは言った記憶がない。

言ったっけ?と翼を広げて浮かんでいるズメイに聞くも、彼も知らないと首を振る。

お湯で顔を洗ってもっと深く記憶を遡ってみた。

やっぱり帰る方法を言った記憶がない。


「…」


考えてみる。領都に帰る方法を言った方が良いのかどうか。

方法は簡単だ。竜たちが運ぶ。

背中に乗ることは誰も許さないから荷物を運ぶのと同じだが、竜が掴むにはジークハイン様たちが小さすぎる。

比較的温厚な中型の竜二頭に10人ずつ運んでもらう。そういう風に話はついている。

ズメイと絆を結んだから、私は空を飛んでいても寒さはあまり感じない。

最初はあまりの高さが怖かったけれど、今となっては雲に触れて風がずっと吹いている方が落ち着く。

けれど、他の人間にとってはどうなんだろう。


タイトルは忘れたが、『魔法使いの弟子が初めて空を飛んだ』描写のあった小説は二つ。

一つは言葉にできないぐらい素晴らしい出来事だったと綴られ、もう一つは二度と味わいたくない最悪な思い出と綴られていた。

そしてどちらにも、身が凍える程の寒さが体を包み、呼吸もしづらくなったんだそうだ。

果たしてジークハイン様たちは耐えれるだろうか。今は元気だけれど、一応病み上がりである。

彼らが無理だと判断したなら他の運び方を考えなきゃいけない。


とはいえヒュミル山脈の出入り口は山頂しかないので空の旅は外せないのだが。

ちょっと乱暴だけれど無理やり気を失わせることも考えないと。

ズメイならすぐに『そうしてやれ』と言うだろうと想像がついて1人笑い、とにかく話をしないことには今後が決まらないため、壁の向こう側へ声をかける。


「領都への行き方は説明したっけ?」

「いや、聞いていない」

「今説明しても?」

「頼む」


ぱしゃり。湯船から体を出した音がしたので、湯あたりしないようにしたのだろう。

囁くような話し声も聞こえなくなったのでちゃんと全員聞いてくれているらしい。

長い髪に湯を行き渡らせてから絞りつつ、竜に運んでもらうことと、空を飛ぶ最中、凍えるだろうから今のうちにしっかり体を温めておくことを伝えた。

ら、しばしの沈黙の後、とんでもない叫び声が壁を突き抜けて木霊する。

あんまりな大声なもんだから耳を塞いでしまった。

ズメイなんて怒りながら吠えて出て行く始末である。


「シシーさん!?飛んで帰るの!?聞いてないけど!?」


この声は知ってる。ミグだ。

なぜか私を「さん」付けで呼んできた。

1人しか叫んでないのに声が大きすぎて、両方のこめかみを指先で押しながら頭痛を抑える。

浴場で叫ぶと耳が痛くなることを学んだので今後気をつけよう。


「今言った」

「いやそうなんだけどね!?もっとこう、ない!?優しい方法ない!?」

「気絶する…?」

「そっちの優しさじゃないんだよねえ…!」


直接見えないけれど、ミグは頭を抱えているようだ。なぜ。

そこまで理不尽なことを言った覚えはない。

ここの出入り口は山頂しかないこと、馬もない状況では森の中に置いていっても時間がかかること、この二つも伝えればミグ以外も納得してくれる。

良かった。さすがに全員気絶するとかいう話になったらまた手間がかかるところだった。

彼を慰めたジークハイン様の声が飛んでくる。


「シシー・ルー、ドラゴンに運ばせるとはどういうことだ?背中に乗るのか?」

「いや、あんたらは荷物だ」

「…荷物?」


再び不安そうな声が聞こえてきたけれど、これ以上説明をするのが疲れてきた。

あとは実際見てもらおうと考え、一旦湯船から上がる。

体を洗う用の布から水気を絞り、足や腕に滑らせた。


「ちゃんと考えてる。とにかく体を温めて、匂いを落としてくれ。運び手の竜に不機嫌になられると困る」

「それで風呂に…いろいろ説明が足りない気がするぞ」

「人間相手は慣れてないんだ」

「他に話していないことは?」

「あー……分からない。聞きたいことがあれば聞いてくれ」


心の中で『答えるかは分からないけど』と付け足して向こう側からの質問を待っていると、一拍二拍、ぴちょん、と水滴が落ちる音の後にジークハイン様の声が響く。


「なぜ顔を隠している?」


少しだけ空気が揺れたのはあちら側か、それともこちら側か。

いつ聞かれるかと待ち構えていた質問が今来て面食らう。

もっと早く聞かれると思っていた。あちらとしても私は怪しいに違いない人物だろうに。

擦って出てきた体の汚れをお湯をかけて洗い流しながら、言い慣れた嘘をつく。


「神の教えだ。家族と婚約者以外に顔を見せられない」

「そんな教えを説く神を知らないが」

「だろうな。東の神だ」

「…」


どの神を信じているか、それを口にしない方が騙しやすい。

それを教えてくれたのは両肩に刺青をいれてくれた人だ。


シドニア騎士王国の南の端には小さな島が連なっている。

他の国に属している島々で、そこに竜が1頭捕まっていた時に訪れたのだけれど、潜伏先が巧妙に隠れていてそれなりに長く滞在した。

その時に知り合ったのが、その島の先住民族と言われる人たち。


法律で明確に、具体的に彼ら彼女らが虐げられている訳では無い。

肌と目の色で『よそ者』とされたその人たちはその日暮らしの仕事しかできないようだったけれど、その分、ずっと昔から住んでいる島のことには詳しかった。

だから情報が欲しくて親しくしていたら、子どもたちに懐かれて水浴びに行ったのだ。

服を着たまま、川辺でただ見守っているだけだったのが、あれよあれよと言う間に腕を引っ張られ水浸しになった。


子どもたちの服を乾かすのに火を起こした時、『シシーも!』と上着を掴まれて、左肩にある傷が露わになった。

手加減しているとはいえ、子どもたちの腕力は侮れないなとその時思ったものだ。


顔を真っ青にして私の上着を離さないまま泣き続ける子どもたちを抱え、先住民の集落に入ると、何事かと慌てた大人たちにも傷がバレた。

見てとって古傷だと分かるので大人たちは視線を逸らすばかりだったけれど、1人だけ、上着を掴み続ける子どもの頭にげんこつを落とし、私を自分の家に引き入れたのだ。


ウモクと名乗ったその(ひと)は、刺青を彫ることを生業としていた。


『刺青ってのはな、悪さをした奴だけが入れるもんじゃねえのよ』


昨今、西方はどこの国も刺青は『罪人』の証であるらしく、その身に一筋あるだけで忌避の対象なのだという。

ウモクが言うには、とんだ笑い話なんだそうだ。

下書きの墨で描かれていく竜の鱗と『未来に幸あれ』と祈って刻まれる手向けの花。

紙の上に描かれた図案を手に、ウモクは日に焼けた肌を輝かせながら自慢げに笑う。

どこの神も信じていない、と言ったが、信じている神がいるかもしれないと『騙すこと』が大事なんだとさらに笑われた。

人の物を騙し取ったり、罪を隠すのとは違って、見せたくないものを巧みに隠すことは『悪いこと』じゃない、なんて。


『どんな古傷も、こうやって飾ってやれば立派な花瓶。ほぅら、綺麗なもんだ』


体に刻まれた魔獣の爪痕を、そうと分からないように彩る藍色の墨にきっと私は救われた。

自分には治しきれない傷跡だったと、生涯隠し続けていたかもしれない。

言い方はおためごかしのようだったが、顔のマスクのことも『どう言えば』らしく見せれるかの助言もくれた。

体中にある傷を『恥ずかしくないもの』にしてくれたウモクは、今どうしているだろう。


黒い硬貨の件が片付いたら、今まで行った場所を順に回るのも悪くないと思えた。

竜の手当てに頭がいっぱいで、ろくに観光もできていないのだ。


「体の刺青も『神の教え』か?」


納得いっていなさそうな声がする。

ずっと思ってたのだが、ジークハイン様は疑り深いというか、慎重というか。

わざと言葉を拙くしていた時も、最後の最後まで私を疑っていた。

何かの機会に疑いは晴れたようだったけれど、いつ手の平を返されるか気が気じゃ無かったのがもはや懐かしい。

再び垣間見える彼の『疑い深さ』に相づちを打つ。


「そうだよ」


嘘をつく。

ジークハイン様の長い名乗りから貴族なのは分かったが、詳しい爵位が最後まで分からなかった。

けれど貴族であるというだけで十分だ。


ここはカザンビークじゃないから


例え男爵位だろうと公爵位だろうと『貴族』は傷のある女性を人間扱いしない。

それだけはどこの国にいても変わらない当たり前(常識)

町の人たちだって私に傷があることが分かれば遠ざけるのが分かりきっている。

平和に、穏やかに暮らすためには絶対に、傷があることがバレてはいけない。


(身を守るためだ。仕方が無い)


嘘をつくことのチクリとした罪悪感を見なかったことにして、体にお湯をかけて立ち上がった。

壁の向こうに先に出ることを伝え、ジークハイン様たちを運ぶのに必要な道具を頭の中に書き出していく。

木材、釘、縄、頑丈な網。

人間を運ぶのは初めてだ。うまくいくと良いが。



男10人が座れる大きさの正方形の木枠に、床板を張るように板を並べて釘を打ち付けた。

簡易的にできあがった二枚の床を頑丈に作った網の上に置けば、装備を調えたジークハイン様たちができあがったものを見て立ち尽くす。


「これに乗れと…?」

「乗ってどうするの…?まさかこのただの板をドラゴンが掴むの…?」

「縄で網を作った。その網の中に板を置くから、網の方を竜たちが爪に引っかける」

【引っかける】

「カザンビークで教えてもらった作り方だから解けない。……はずだ」

【はず】


しょうがないだろう。木箱を作ったって、結局竜が掴むのは縄だ。

外の景色が見えない状況が続くので半狂乱になる可能性だってある。

そうなったら運ぶのが嫌になった竜たちは真っ先に木箱を手放すだろう。

空から真っ逆さまに落ちたその後のことなんて考えたくも無い。


大雑把な仕草が目立つバルドさえ尻込みする移動方法。

どれだけ【早く】と言っても誰も乗らないので、力尽くで乗せようとすれば、強く唾を飲み込んだジークハイン様が腹を括った顔をして板の中央に座った。

剣をしっかり掴んであぐらをかくその姿に鼓舞されて、他の男たちも順々に座っていく。

空に飛び立ってもいないのに顔が真っ青だったり、眉間の皺が濃くなっていたりする男たちへ少しでも暖が取れるように毛布を投げた。


「そういえば今は真夜中を過ぎているが、夜じゃないとダメなのか?」

「昼間に竜が町に近づいたらすぐに見つかって攻撃される」

「それはそうだが…夜だと何も見えないだろう」

「竜も私も夜目が利く。問題ない」


翡翠の竜と蒼い竜を呼び、恩を返してくれ、と鼻先を撫でれば、不服そうに唸りながらも頷いてくれる。

ジークハイン様たちが息を呑んだのが分かったが、怯えが止まるのを待っていたら夜が明けてしまうので、手早く網の四方を一点にまとめ、二頭の爪に引っかけた。


網を引っ張っても解けないのを確認すれば、傍にズメイがやってくる。

鐙に片足を引っかけ自分の体を引き上げればすぐにズメイの背中だ。

行くぞ、といつものよう、黄色い瞳が無言の内に気遣いを滲ませる。

一つ頷いて、領都への空に飛び上がった。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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