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竜の民  作者: とんぼ
二章

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62/152

清潔感は大事



青い焚き火に照らされているだけだというのにドラゴンの低い唸り声は穏やかな寝息になり、遠目からしか分からないが、横たわっているアッシャー卿とモンロー卿の様子が快方に向かっているのが分かった。


(不思議な魔法だ)


呪文を唱えている訳でも、魔法陣を描いている訳でもないのに心地よい魔力が明かりに乗って部屋中に行き渡っていく光景を見ながら、どれぐらい時間が経ったろうかと思いを馳せる。

この部屋には唯一時間が分かる太陽石がない。

部屋の中心にある焚き火がなければ真っ暗な部屋。

たまにシシー・ルーが手を叩く音が静寂の中に響くので肩が跳ねる。


何人かは元いた建物に返した。

ほとんどがこちらに来てしまったので、もし何かあった時のために全滅を防ぐ意味合いで。

懐から、先ほど彼女から渡された黒いコインを取り出して指先で表面を撫でる。

横から覗き込んできたミグとバルド卿が、顎に手を置いて私の手元を覗き込んだ。


「良かったんですか?いくら彼女に恩があるとはいえ、荷が重すぎる気がしますが」

「…………ミグ、もしお前がドラゴンを捕まえたらどうする?」

「そりゃあ、武器にしたり、薬にしたり…」

「その場合、討伐すれば済むだろう。わざわざ生きたまま捕える必要はない」


確かに。

小声の話し声にミグの同意が乗った。

魔獣の頂点と言ってもいいドラゴンに『わざわざ』捕える手間と世話をする手間をかける。

その意味がわからない。必要性も感じない。

だのに彼女は『組織の犯行』だと言うのだ。

このコインだけでは疑っていたが、目の前にこれだけの数のドラゴンが怪我をしているのだから、少なくとも捕える者たちがいるのは確かなんだろう。

一体何のために。


「ジークハイン様は何か心当たりでも?」


言葉になる寸前の直感のようなものはある。

何者かに乱獲されるドラゴン、最近きな臭いビザンチン、コインに刻まれた紋章とシシー・ルーの言う『国』の後ろ盾。


(300年ぶりに現れた竜の民…は、タイミングが良いだけだろうか)


ここで私たちが助けられたのもタイミングが良いだけ?

だとしたらなんて数奇な、天の巡り合わせと言うしかない。

彼女の話をもっと詳しく聞かなければこの直感は言葉にならなさそうだが、すぐそこに『争い』の気配がある。それだけは分かった。


こちらに背中を向けている上に逆光で影になっているシシー・ルーの表情は伺い知れない。

ポンチョとゆったりした造りのズボンで体格が隠れていたのかと、ほっそりした背中を見つめる。

と、意識を取り戻す直前に見た夢の中の、見知らぬ人影の姿と重なった。


(なぜ)


私の夢の中に彼女が出てきたのか。

いや待て、本当に彼女かどうか分からない。

もっとちゃんと比べようと目を細めてじっと見つめていると、彼女の相棒だという黒いドラゴンが首だけを動かし、私の方を睨む。

不機嫌そうな唸り声と、シシー・ルーを隠すように広げられる翼。


(相棒というより親のようだな)


見るな、と言外に言われているようで、小さく肩をすくめて黄色い目を見据える。

何かに気づいたように片目を大きくさせた黒いドラゴンは、自分の内に囲っているシシー・ルーへと視線を移し、また不機嫌そうに鼻を鳴らした。

あのドラゴン、さっきからずっと不機嫌なのはなぜだ。私たちが何かしただろうか。

少し考えて、話しかけなくとも様子を見るぐらいは許されるだろうと腰を上げた時、彼女の作り出す影が横に倒れる。

それは影の主が倒れたということで。

地面に倒れる寸前でドラゴンの尻尾に支えられ、持ち直したようだった。

無理やり魔法を使っているように見える姿に焦って一歩踏み出せば、きん、と耳鳴りが鼓膜を貫く。


『邪魔をするな』


低い、低い声。父上より年老いた、祖父と同じ年代の男の声。

どこから聞こえてくるかなど、頭を動かさなくても分かった。

目の前だ。目の前の黒いドラゴン、シシー・ルーの相棒から、男の声がする。

黄色い目も、禍々しい顔も焚き火の方を向いているのに、鋭い視線に体を貫かれた。

一歩踏み出したままの体勢の私を不思議がったミグが、どうしました、と声をかけてくるも、耳鳴りのせいで遠い場所にいるようだ。


『聞こえなかったか、小僧』


圧倒的な強者に睨み付けられている。

髪の先まで行き渡る脅威の感覚に、踏み出した足はそれ以上動かず、再び変な体勢で止まった私を心配そうに覗き込んだミグが私の肩を掴んだ。

男の声に反応していないようなので、この声は私にしか聞こえていないらしい。

両翼を一度動かしたドラゴンはこれ以上動かない私を見て『それでいい』とばかりに鷹揚に頷き、再びシシー・ルーを支える役目に戻る。


「ジークハイン様?」

「……何でもない」

「そう、ですか?」


なぜ私にしかあの声が聞こえないのか。

どくどくと激しく心臓が太鼓を叩く音を落ち着かせながら考えても、終ぞ答えは見つからなかった。



半日経った頃だろうか。

シシー・ルーの灯した青い火が普通の火になったことで、治療が終わったことが分かった。

もう近づいても良い。それを示すように彼女の腕が上がって、大きく手招きする。

真っ先に傍へ駆けつければ、目を覚ましたアッシャー郷は地面に手をつき、彼女に頭を下げていた。


横たわったままのモンロー郷を見やれば、呼吸は穏やで、包帯からにじみ出ていた血も完全に止まっていた。

アッシャー郷も、体が重いだけであの重傷を痛がっている素振りはない。


(本当に、治してしまった)


信用していなかったわけじゃないが、この短時間で瀕死の状態を回復させた魔法の強さに目を見開く。

その代償はシシー・ルー1人にのしかかり、ここに来た時より遙かに疲れている。

食事を取らせて休ませろ、元いた建物に戻っていろ。

端的にそう伝えるシシー・ルーは全身が汗だくで、立ち上がるのも無理なほど体から力が抜けきっていた。

このままここに置いておくのも、と思われて一緒に運ぼうと思ったのだが、にべなく突き放され、ドラゴンの背に乗ってしまう。

肩を包むように刻まれているタトゥーが明かりに照らされ、艶やかに輝いた。

そのまま飛び去っていった彼女は違う場所で休むのだろう。

あの疲れ果て具合だ。もしかしたら丸一日寝ているかもしれない。


元いた場所に戻ってから2人の包帯を取れば、傷跡は残っているものの完璧に塞がっていた。

抉れていた傷跡など、完治して数ヶ月経っているであろう肉の盛り上がりを見せている。

アッシャー郷曰く、酷く体が重いだけで気分は晴れ渡っており、できることなら今すぐ走りたいぐらいなのだとか。


「…不思議な夢を見ていました」


シシー・ルーの魔法で治療されている間のことを、彼はそう表現した。


「夢?」

「はい。草原の中で焚き火を囲み、ただ寝ているだけの夢です。夜空は見たことがないほど晴れ渡っていて、宝石のような星が散らばっていた」

「、他には?」

「焚き火の周りに誰かがいました。いや、何かかな。とにかく、いくつもの影が私と一緒に焚き火を囲み、その温もりに安心していた。風が吹いていく音、草が擦れる音、木が爆ぜる音…人生で一番穏やかな時間で、ずっといたい程でしたが…肩を」

「肩?」

「妻が揺すってくれたような気がして。…それで目を覚ましました」


『惚気がすぎますね』と照れくさそうに頬をかいたアッシャー郷が、水色の瞳で窓の外を見やり、ほう、と息を吐く。

早く帰りたい。早く家族に会いたい。会ってこれが夢じゃないのだと確かめたい。

そう呟いた彼に頷き、すぐに帰れる、と励ました。


事実、シシー・ルーが再び姿を現せば帰るのだ。

治癒の力がこもった魔石のおかげで、私を含めるほとんどが治ったため帰り支度は速やかに終わる。

そもそも手元にある私物自体が少ないのだ。

各々が剣の手入れをし、着ている服を集めれば完了である。

少ない防具は出発直前に身につければ良いだろう。

全員、ようやく帰れる喜びから仮眠を取る素振りも、体力を温存する素振りもない。


早々に完了した帰り支度を持ったのはそれから丸一日経った後だった。



「先に体を洗ってくれ」


完全に疲れが取れないのを主張するように目の下に隈を作ったまま、シシー・ルーが現れたのは、重傷者の手当てが終わって半日後。

太陽石が真夜中を指し示す頃合いだった。

もう『立ち入り禁止』ではなくなった道を先導し、今度は治療をした道より奥にある、違う道へ進んでいく彼女の背を追いかける。


これから風呂に入るのだという。

嗅覚が敏感なドラゴンが、私たちの匂いを捉えて嫌がったそうだ。

たしかに、湯で濡らした布で簡単に体を拭く日々だったので匂いはそれなりに強いだろう。


案内されている道はどうやら居住空間のようで、道というより廊下だった。

均等に廊下に置かれている松明が、廊下の先の暗闇を照らし、完全に朽ちたドアだったものが、岩壁をくり抜いてできている部屋の前に置いてある。

中にはもちろん誰もいない。

僅かに『人が住んでいたんだろうな』と思う程度の物が置かれているだけだ。

中には掃除が行き届いていない部屋もあり、乱雑に皿やコップが床に散らばっている部屋もある。


どれだけ進んでも廊下の景色は変わらない。

岩壁をくり抜いているだけの空間なのも相まって、まるで蟻の巣だ。

松明の明かりがある廊下が通っている場所だ、と説明されて安堵する。

うっかりではなく、彼女がいなければ確実に迷子になるだろう。


「…聞き飽きたかもしれないが」

「なんだ」

「私たちを助けてくれて、ありがとう」

「勝手にやったことだ。コインの件を調べてくれたらそれでいい」

「だとしても、だ。私たちが敵だったかもしれないんだろう?」

「もしそうだったらとっくの前に放置してる」


素直に礼を受け取ってくれないと思った。

会ったばかりのころは表情が豊か立った気がするのだが。

それだけ疲れているのだろう、ということにして、一つのドアの前で止まったシシー・ルーと同時に止まる。

ギギ。

古びた金具が擦れる音が少しして、中から吹いてきた生暖かい風が前髪を揺らした。

両手を擦り合わせた彼女が壁沿いについている松明に明かりを灯す。

広い空間の壁沿いについているらしい松明が明かりを得る度、部屋の広さが分かるようだった。

再び呪文もなく火を灯したことに驚いていると『私はいつもこうだ』と慣れたように言われる。


「魔法を習ったことが?」

「ズメイに教えてもらった」

「ズメイ?」

「私の相棒だ」


相棒と聞いて黄色い瞳の黒いドラゴンの姿が頭を過ぎる。

あのドラゴンの声が聞こえたと、彼女に聞いたらその理由が分かるだろうか。

聞きたくはあったけれど、もしかしたら気のせいかもしれないし、詳しく聞くにはまだ会話が足りない気がして口を噤んだ。

全ての明かりを点けれたらしい彼女は、私たちの方に向き直って奥の部屋を指差す。


「ここで服を脱いでくれ。あっちが浴場。全員まとめて入れる広さだ。タオルは後で持ってくる」

「分かった」

「あー…一つ、良いかな、シシー」

「なんだ?」


人差し指を軽く曲げて手を挙げたミグが、不安が詰まった顔をしながら質問した。

シシー・ルーがすらすらと話すようになってからは彼女の無愛想具合に拍車がかかっているようで、う、と喉を詰まらせた男が深呼吸する。


「奥にドラゴンはいないよね、?」

「………………いない」

「何その間!?」

「ここで風呂に入るのはズメイぐらいだから、たぶん、いない」

【たぶん!?】


否の返事がすぐに返ってくるかと思いきや、声を出しかけたシシー・ルーは顎に手を当て曖昧な返事をした。

その答えに一気に顔を青ざめたミグは、入るのやめようかな、と引け腰になる。


「心配しなくても人間は食べない。ズメイの好物は魚だから」

「………………魚なのか!?」

「そうだ」


人間が好物なら『食い殺される』って言ってる、なんて分かりにくいにも程がある正論を言われてしまった。

たしかに『立ち入り禁止』の先に行ったら『焼き殺される』と言っていたが。

他に注意事項はないかを再度確認したものの、呆れ混じりのため息をつきながら『さっさと入れ』と背中を押されてしまう。

それでも全員服を脱ごうとしないので、シシー・ルーが大股で浴場へ向かい、横滑りになっているドアを開けると中を確認した。

むわ、と白い湯気が脱衣所の天井に昇っていき、少しだけ部屋の温度を上げていく。


「ドラゴンは一頭もいない」

「…後から入ってくるなんてことは」

「入らないように言っとく。良いから早く体を洗ってくれ。私も鼻が敏感なんだ。今気づいたけど、正直言ってクサい」


マスクの上から鼻をつ摘まんだシシー・ルーが分かりやすく眉間に皺を寄せて一歩下がった。

ノード城にいる侍女長と重なってしまう。

三人の息子がいる彼女もまた、容赦なく訓練後の騎士たちに『さっさと汗を拭きなさい!』と叱りつけるのだ。


滅多に言われない『くさい』の一言に精神的に打撃を受けながら、彼女が出て行った脱衣所で服を脱いでいく。

洗っては乾かしている服も一度洗った方が良いだろうか、と思うも、そうなっては着て帰るものがなくなってしまうので諦めた。

脱いだ服を入れておくためのものらしいカゴに布をまとめて、浴場へと続くドアを滑らせる。

湯気の立ち籠もる浴場にドラゴンの影が無いのを確認して、ミグたちと共に一歩ずつ進んでいけば、ほどなく大きな湯船が現れた。


(温泉か?)


北方での『風呂』は珍しくはない。

四季はあるものの夏の夜でさえ肌寒い気候なので、大きな都市であれば貴族専用だけでなく、どんな身分であっても使用できる公共浴場がある。

とはいっても、湯を温めるためには薪を大量に燃やすか、高価な魔道具を使用する必要があるので『金銭を払えば』入れるもので、暮らしに余裕がない者たちは記念日や『どうしても』という時にしか使われないが。


目の前にある『大浴場』は見知っている、切りそろえられた石材を並べた中に溜まっている場所ではなかった。

適当な大きさの石を床に並べ、その隙間を粘土と泥で固めただけのような、大浴場と言うには荒い造りである。

温泉かと思ったのは、自然の中でたまに見られる場所と似ているからだ。

けれど温泉独特の鼻の奥を突くような刺激臭はしない。


ここは魔石を使用したランプで明るくなっているようで、足元がかろうじて分かる程度のぼんやりした明るさが気持ちを落ち着かせてくるのも、煌々と照らす造りが基本の普段のそれと全く違う趣だった。

風情があるというならこういう景色を言うのだろう。


といっても、ミグを含める大半の男たちにはあまり関係なかったようだ。


最初は右に左に観察していたのに、何も害はないと分かるや否や、駆け足で湯船に飛び込む者複数。

川や湖に飛び込むのと同じ動きに、熱い湯が床へあふれ出ていく。


「っはー!!気持ちいいー!」

「あっつ、思ったより熱いな!?」


つい昨日まで怪我を気遣っていた姿はどこにもない。

残された数人で顔を見合わせ、呆れのため息と苦笑を浮かべながら足を湯に差し入れた。

足先が痺れていく感覚と、強ばった筋肉が解れていく感覚が交互にやってきて、胸に溜まっているものが取れてくる。

完全に肩まで浸かって大きく深呼吸すれば、熱が一気に頭の先まで行き渡った。


肩に手を当てながら首を回し、手の平で掬った湯で顔を拭う。

天然の温泉ならば湯にとろみあったりするが、今回はない。

本当に『浴場』のようだ。


「ドラゴンが嫌がるから体を洗えとは、シシーは本当にドラゴンが好きなんですなあ」

「、そうだな」


大きく口を開けて笑うバルド郷が、のんびりしているところに顔に水飛沫をかけられてこめかみをヒクつかせながら湯をかき分けていった。

ほどなくザップザップと湯が飛び交い始めたので、1人端に寄ってため息を吐く。

久しぶりの風呂とはいえ、少しぐらい落ち着いて入れないものだろうか。

肌の表面を撫でて汚れを落としていると、遂に二つの隊に分かれてにらみ合い始めた男たち。

さすがにはしゃぎすぎだと口を開けば、背にしていた壁の向こう側から小さな笑い声が聞こえた。


「普通は風呂でそんなに騒ぐのか?」

「まさか。あいつらがはしゃいでいるだけで………、シシー・ルーなのか?」

「ん?ああ」


ぱしゃん。穏やかに湯をすくい上げる音が再び壁の向こう側から聞こえて、一同、取っ組み合いの体勢で止まる。

首から軋む音がしそうなほどゆっくりした動きで上を見上げれば、壁の向こう側にもあるらしい湯船から楽しそうな声がした。


「あっちに入らなくて良かったな、ズメイ」

「グガア」





男湯と女湯分けようかどうしようか迷ったんですが、分けました。

あるでしょう、今はシシーしかいないとはいえ、村ですもん。

入り口は違うんですけども。


――――――――――――――


沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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